第1章(第1回)
2020年5月18日に初投稿しました。
カクヨム様にも投稿しています。
初作品です。よろしくお願いします。
植草守は、自室で小説を書いていた。守の家はパソコンが無く、原稿用紙の上でペンを走らせていた。特に不便と感じることもなく、休む間もなく手を動かす。何時間経っただろうか。ふと、守は顔を上げた。
部屋は真っ暗で卓上スタンドだけが守の顔を照らしていた。時計は午前1時を指している。
守は焦っていた。焦りともう1つ、絶望も感じていた。何としても賞を受賞しなければ-ー。これ以外の道はない。
守は言葉を発することができなかった。それは生まれつきでも、ストレスでもなかった。ある男によって、言葉を奪われた-ーと思っているが実際にはあの時の光景には自分の目を疑った。
植草守が小学生の頃、家族3人で遊園地に出かけた。その遊園地は西洋を題材にしていた。石畳が敷き詰められ、小川にかかった橋、聳える塔、石造りの城。見るもの全てが新鮮に映った。来場者の顔も生き生きとしていた。
乗るアトラクションを決め、列に並んだ。4つのアトラクションを体験した後に、守が言った。
「パパ、トイレ行きたい」
父親は休憩しようかと言い、トイレスペースへ向かった。人が集まっていたが、トイレの中は余裕がありさっと済ませることができた。
トイレから出る時に、道化師が目に止まった。立ち止まったまま首だけを守に向けた。口角が上がった不安になるような仮面をしていた。守はぞっとしたが、道化師は首を前に戻すとそのまま過ぎ去った。スタッフだろうか。頭の片隅に追いやった。
守の楽しい1日は終わりを迎えようといていた。
午後6時になり、広場がライトアップされた。陽気な音楽とともに衣装に身を包んだスタッフたちが笑顔で歩いて来た。そのすぐ後ろには、カラフルなオブジェがゆっくりと進んでいた。オブジェにはスタッフやキャラクターが見物人に手を振っていた。見物人も手を振り返す。守も手を振ろうとした時に、あの道化師がこちらをじっと見つめていることに気がついた。固まっていると見物人によって道化師は見えなくなった。守の中に急速に不安が広がっていく。
守はびくびくと怯えながらパレードを見ていたが、最後のオブジェが通り過ぎても何も起こらなかった。守はほっとし、両親を呼ぼうとした。
「マ……」
目の前には道化師がいた。目を見張り、後ずさりしようとしたが体のバランスを失い転けた。転ける途中、「喋」という字が守と地面の間に浮かび、道化師に吸い込まれていった。次に守が顔を上げると道化師は消えていた。
両親に抱き上げられた感触を覚えている。だが、両親の声と人々の喧騒は守を突き抜けていった。
瞼を開き守は机の引き出しから封筒を取り出した。それは、あの遊園地からの招待状だった。数日前に届き、明日がその日となっていた。守はもう一度短い文面に目を落とした。つづいて深く目を閉じた。
守は遊園地の正門の前で立ち尽くしていた。門は閉じられている。手をかけて押しても引いてもびくともしない。仕方なく外壁を見て回ることにした。上を見上げれば、アトラクションが見える。塔の上部に何かが一瞬、動いた。守はどうしようかと考えていた。これしかないか。そう思うと、入れそうなところに目をつけ侵入した。
園内はしんと静まり返っていた。人は誰もいない。アトラクションや建物は綺麗なままだ。まるで、ここだけが忘れ去られ元から存在しなかったようだ。
守は途方に暮れた。招待状は届いたものの、招待文と日付が書いてあるだけでそれ以外は何も分からない。そして、さっきから塔の上部から視線を感じる。罠ではないかと思う。だが、向かうことにした。
塔の入り口に来た。改めてその大きさを実感する。下部は太く、上に向かっていくにつれて少しずつ細くなっていく。
扉を潜ると広間に出た。天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。明かりは薄暗く心許ない。中央には台があり二冊の手帳サイズの本が置いてある。本の間隔は離れていて元々5冊あったようだ。ここに招待されたのは5人で、3人がすでに来ていることになる。さらに、本を持つ必要があるようだ。
本は黒色で表裏に何も書かれていない。ぱらぱらと一見しても白いページばかりだ。訝しつつもポケットにしまった。
本以外に何かあるかもしれないと思い、隅々まで探してみた。だが、広間はだだっ広いだけで他には階段があるだけだ。見切りをつけ、守は階段を上がる。
次の階は真っ暗だった。方向感覚が狂い、身動きが取れなくなる。手を伸ばし壁を探す。手のひらにひんやりとした感触を感じた。壁に背をつけゆっくりと移動する。何歩か動いた後で、手に突起物が触れる。掴む、ドアノブだ。音を立てないように回して中に入る。
部屋も真っ暗だった。多少は目が慣れてきたため、うっすらと部屋の様子が分かる。タンスや机などの家具類が置かれていた。引き出しを開けても空っぽだ。
どうやら一直線の廊下の左右には同じようにドアがあった。開けては閉めてを繰り返す。最後の部屋を覗いた。明るい。暖炉が設えられていた。守は暖炉に近づくと、本を取り出す。驚いて本を落としてしまった。本は温かみを帯びていた。屈み、指先で触れ、手のひらで摩った。床の上でページを開く。暖炉を見る。薪が重ねられオレンジの火が揺らめいていた。静かに燃える火から「火」という字が出てきて守の本に吸い込まれた。真っ白だったページに「火」の字が印刷されたように写し出される。守は凝視した。自分の体から出てきた時と同じだと思った。ここにはあの道化師がいると確信した。暖炉の火が一瞬燃え広がった。




