2019/03/31(9)
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そのあと、237期生から順番に昨年度の公表と今年度の学年運営方針に関する外観案が提示された。
「239期生主席。」
「はい。」
237期生の発表の前、木雷が愛に声をかけた。
「水晶は、昨年の238期生237期生の経営再建マネージャーであり、238期生の一時的統括者であり、四季秀会風紀委員委員長として237期生に対し完全教育を行っている。それと関連し、昨年度末にいくつか課題を出しているでしょう。それについてこの場で尋ねていいですからね。」
「わかりました。」
愛は米と鉄の表情を見ていた。
(米はわかっていて、険しい顔。鉄は何の話かさっぱりわかっていない顔ね。)
まず、鉄が発表を始めた。
「こちらの資料をお配りしろ。」
鉄たちが起立し、守とジョージが資料を配っていく。
「スライドの準備は間に合いませんでしたので、本日はこちらの資料を使って、説明させていただきます。」
鉄の説明は形式的には何の問題もないできのいいものだった。
「では今の発表に対して質問のあるものは。」
愛が手を挙げた。
「237期生高等部3年主席。」
「なんだね。」
鉄が少し不服そうに愛を見た。
「2点お尋ねいたします。まず、経営再建マネージャーとしてお聞きしますが、昨年の経営破綻に関する反省点と今年度の対策をまとめた報告書は完成済みでしょうか。」
「何のことだね。」
(はっ。)
愛の口が一瞬開いた。
「237期生主席、経営破綻をした学年は、次年度の4月30日までに、経営破綻に関する反省点と今年度の対策案をまとめた報告書を作成し、それを経営再建マネージャーに提出することが義務付けられています。それをご存じでしたか。」
「いいえ、何も知りませんでした。すでに2018年度の237期生主席が済ませているのではないですか。」
木雷に鉄が答える。
「いいえ、まだお預かりしておりません。前年度237期生主席からは「2019年度の237期生主席にやらせる。」というふうにうかがっていますが。」
「はっ。」
鉄の顔が険しくなった。何を言っているのかという顔だ。
「わたくしが作るのですか。」
「そうですね、今の237期生主席はあなたです。」
木雷が平然と答える。
「重ねてお尋ねしますが、昨年度の「過度なまでの風紀の乱れ」に対する完全教育を行った四季秀会風紀委員委員長に対して、237期生主席は再発防止案をまとめた書類を提出することになっていますが、それについては。」
愛が鉄に尋ねた。
「いいえ何も。」
木雷がため息をついた。
「今日の午前中、2018年度の237期生四季秀会会員と、2019年度237期生四季秀会会員が引継ぎを行ったと聞いているのだが、その時にこれらに関する話題は何一つとして出てこなかったのですか。」
「はい。」
鉄たち3人が頷いた。
「気四田先生、あなたも何も聞いていないのですか。百八先生から引継ぎを受けているでしょう。」
百八が頷いた。
「たしかにお伝えいたしました。」
「たしかに私は百八先生からお聞きしました。しかしこれは生徒の問題なので、私が口をはさむ必要はないと判断しております。」
「つまり、生徒に一任するということですね。」
「はい。」
「239期生主席。」
「はい。」
木雷が愛を見て、低い声で言った。
「237期生主席からの経営破綻に関する書類と過度なまでの風紀の乱れ対する再発防止策をまとめた書類の提出に関しての一切の監督をあなたにお任せします。」
「お待ちください。」
鉄が大きい声を出した。
「何ですか。高等部学生最高責任者たるものが品のない声を出すのではありません。」
「大変失礼いたしました。どうしてもお伝えしたいことがあり、つい大きな声を出してしまいました。以後気を付けます。」
鉄が木雷に一礼した。
「それで何を伝えたかったのですか。」
「経営再建マネージャーとして、前年度237期生に関わった水晶さんに報告書を提出することの筋は理解いたします。しかし、過度なまでの風紀の乱れに関する
再発防止案をまとめた書類は2019年度の四季秀会風紀委員委員長に提出するべきではありませんか。」
「もちろんその通りだ。しかし、完全教育案件は今年度の風紀委員委員長のサインはもちろん、その案件に風紀委員委員長として携わった、前年度の風紀委員委員長のサインも必要とするということが規定によって決まっています。」
鉄が愛をにらんだ。
(露骨に感情を見せるようになってきた。幼いわね。)
愛が木雷に頷いた。
「仰せつかりました。」
愛が鉄を見る。
「また追って詳しいことはご連絡させていただきます。経営破綻に関する報告書の話は私と237期生主席で行い、過度なまでの風紀の乱れに関する再発防止策をまとめた書類の件はわたくしとこのあと決まる2019年度四季秀会風紀委員委員長と237期生高等部3年主席との間で詳しいことを取り決めましょう。」
「わかりました。」
次に238期生が発表をおこなった。
「我々も書類をお配りさせていただきます。」
計と貴湯が書類を配っていく。
「スライドを使用しないのか。」
「申し訳ありません。引継ぎに時間がかかり、スライド作成は間に合いませんでした。」
「2年生、3年生がスライドも準備せずに初顔合わせに来るとは。」
「申し訳ありません。」
米と鉄が頭を下げた。
(言われてみればそうね。初顔合わせの時は、前年度の主席がスライドを準備しているか、今日の引継ぎが終わった後、大急ぎで作るものよね。)
「わかった。始めなさい。」
「はい。」
米の発表は鉄のものよりはるかに聞きやすかった。
形式ばった形をとりながらも、途中途中に少し崩れた部分がある。
それが、話にメリハリを生み、内容が頭に入りやすい
発表になっていた。
「以上です。」
米が軽く一礼した。
「239期生主席。」
「はい。」
「質問は。」
「では失礼いたします。」
愛が米を見た。
「238期生の昨年の経営破綻に関する反省点と今年度の対策をまとめた報告書は完成済みでしょうか。」
「その件につきましては、4月14日を提出目標として作業をしております。内政破綻に関する反省点と対策案をまとめた書類も14日を目標に作成中です。」
「わかりました。書類が完成次第、ご連絡をいただけますでしょうか。」
「わかりました。」
愛が木雷を見た。
「以上です。」
「ほかに質問のあるものは。」
数秒の沈黙が続き、木雷がコーヒーカップを置いた。
「水晶。」
「はい。」
「2杯目をもらえるかしら。」
「かしこまりました。」
愛が立ち上がって、木雷のカップをもらう。
「シルバーズの二人で発表の準備をなさい。」
「はい。」
(あー試されてるのね。)
愛がキッチンで木雷のコーヒーを入れている間に、正雪と光希が発表の準備をする。
「発表で使用する資料になります。」
正雪と光希が2年生や3年生、木雷に書類を渡していく。
「菊高君、スライドの準備をお願いします。」
「わかりました。」
(シルバーズがどれだけのことをこなせるか試したくて、わざと私にコーヒーを入れるように言ったのね。)
愛は安心しきっていた。
(資料の配り方、スライドの準備の仕方。そんなことはとっくに教えているわよ。こうなると薄々気づいていて何もしないほど私は間抜けではありません。)
「お待たせいたしました。」
愛が木雷にコーヒーを渡して、そのままスクリーンの左側に立った。
「金子君、菊高君、着席してください。」
「はい。」
二人が座り、愛が一同を見た。
「それでは239期生の昨年の評価及び、今年度の学年運営に関する外観案についてお話させていただきます。」
愛がスライドを使いながら、すらすらと説明をしていく。
「続きまして、昨年の各分野における獲得評価をご説明いたします。」
愛が七角形のグラフを出した。
「学力、運動力、文化力、進路学習意欲、学校行事貢献意欲、生活力、社会貢献力の7領域すべてにおいて歴代10期生の中学3年のデータの中で、トップになりました。また、昨年度の成功学園学年別獲得ポイントでも、23学年中3位になりました。学習力に関しましては、グループワークやディスカッションなどを積極的に導入し、アクティブラーニングの時間を増やしました。運動力に関しましては、スポーツ系の部活動が華々しい功績を上げました。文化力に関しましても部活動で上げた成績が目覚ましいものでした。」
愛がさらさらと発表をしていく。
よどみなく、躊躇いなく、自信を持って話している。
(さすがによどみはないわね。聴衆を前に発表をすることにも慣れているし、自分の発表に自信を持っている。)
愛が発表を終え、木雷が2.3年生を見た。
「2.3年生質問は。」
「よろしいですか。」
手を挙げたのは鉄だった。
「239期生主席、よろしいかな。」
「はい。」
鉄が愛をまっすぐ見て、愛がフォーカーフェイスで鉄を見返す。
「239期生は非常に生活力の高い優秀な学年のようだな。そこでだ、237期生にもぜひその優秀さを分けていただきたい。どうすれば、239期生のような高い生活力を身に着けることができるんだい。」
(なるほど。)
愛が答える。
「239期生では規定通り全学生に「校則書」と「寮則書」を配った後、毎日少しずつ校則と寮則を教えます。冊子を渡しただけで、生徒が自発的に熟読してくるということはめったにありません。そこで239期生では、校則や寮則に覚える優先順位をつけて、少しずつ解説をつけながら、伝えるようにしています。」
「それはすべてあなたがおこなうのですか。」
「いえ、教育プランを各クラス担任の先生にお配りし、朝の集まりの際に説明をしてもらうようにしています。」
「教育プランを学生が教員に渡すなど。」
鉄が軽蔑した声で愛に言った。
「生徒の校則や寮則違反数が少なければ、生活指導の回数が減ります。そうすれば、先生の仕事量も減ります。生徒は生活力が上がり、先生は仕事量が減り、お互いにとって利益があるのです。」
「効果的な方法かもしれませんね。」
鉄の不機嫌な顔に米が気を聞かせて口を開いた。
「そうですねえ。239期生主席、私の学年にもその教育プランをいただけますかな。今年度は過度なまでの風紀の乱れを起こさないためにも。」
「237期生主席。」
木雷のびしゃりとした声が鉄をさした。
「何を考えているのです。」
「とおっしゃいますと。」
「再発防止を推進するのはあくまで、237期生主席自身です。」
「その私が、私の判断で239期生主席にわざわざ頭を下げているのです。237期生が再び過度なまでの風紀の乱れを起こさないために、他学年にも助けを求めるべきだと思ったのですから、かまわないでしょう。」
木雷に鉄が余裕たっぷりの声で答えた。
「木雷先生。」
愛が木雷に声をかけた。
「237期生主席の考えは的を得ていると思われます。」
愛が鉄を見た。
「お渡しすることに異論ありませんが、高等部3年生を対象とした教育プランはまだ作成できておりません。」
「高校3年生用の教育プラン。」
米が首をかしげる。
「学年に応じて、生徒がやりがちな規則違反も、生徒が言われて納得できることも異なります。それらを考慮したうえで、その学年の生徒に適した教育プランを立てていますので、高校3年生の分はまだ作っていないのです。」
「何日で作れるかね。」」
「作らせるのですね。」
木雷が低い声で鉄を見た。
「ええ、私に教育プランを渡すことに抵抗がないようですので。」
「明日どこかでお渡しいたします。本来であれば、明日から始めて
いただきたいのですが、さすがに今すぐには作れませんので、ごりょうしゃください。」
「もちろん、かまわないさ。」
鉄が満足げに頷いた。
全学年の発表が終わり、木雷が立ち上がった。
「では最後に、私から一つ議題を提示しよう。この議題に対する議論が終わったのち、
この顔合わせを終わる。」
木雷がUSBメモリーをパソコンにさしてスライドを開いた。
「私が提示する議題は。」
木雷がエンターキーをおした。
「失墜した高等部の権威の立て直し。」
モニターの中央に大きな黒字で書かれた文字と木雷の声が相まって、教室に小さな衝撃が
走った。
「顔合わせの最初の方でもふれたが、前年度の学生たちが暴れまわってくれたおかげで、
高等部の名誉は地に落ちている。」
このタイミングで、木雷を正面から見ていたのは1年生だけだった。2年生と3年生には
少なからず罪悪感がある。
「この問題、どのようにして解決すべきだと思う。」
木雷が鉄、米、愛を順番に見ていく。
「これから高等部の生徒がその優秀さと威厳をしめせば、高等部の権威は自然と
戻るでしょう。」
「その具体的な方法を考える必要があるかと思いますが。」
「そうですね。どの世代に対してどういった媒体を使っていくかを検討することが、
最優先事項かと思います。」
(一応議論することはいいけど、今日結論が出る内容の案件ではないわね。)
愛が一瞬腕時計に視線を落とす。
(14時15分、木雷先生は、あと10分ぐらい議論ができたら、それでいいと思って
いるかも。それなら、この時間を利用して美東と強歩の理論の立て方や考え方を
把握したいですね。)
愛の勘は的中した。ちょうど14時25分になるまでどうやって高等部の権威を取り戻すかと
いう議題について、高等部の四季秀会会員と学年主任、そして木雷が白熱した議論を
展開した。
「なるほど、とても有益な意見を聞くことができた。少し早いがそろそろ解散と
しようか。」
木雷が起立し、一同も起立した。
「それでは2019年度、このメンバーでよろしく頼む。」
「はい。」
木雷に対して一同が礼をした。
「では学年全体の四季秀会顔合わせに向かおう。」
愛たちが入り口のほうに行き、扉を愛が開け、正雪と光希が廊下に出て、2.3年生たちを
送った。
「ごくろうさま。」
「お疲れ様でございました。」
米が愛に微笑みかけてから、部屋を出る。
「今年度、私の足を引っ張らないでくれよ。」
「はい、努力いたします。」
鉄が愛を見下したような目で見てから、守とジョージを連れて廊下に出た。
「ごくろう。」
最後に部屋に残っていた木雷が愛に話しかけた。正雪と光希が2.3年生を送り、部屋をのぞく。
「お疲れ様でございました。」
愛が木雷のほうに身体を向けて軽く一礼する。
「ここだけの話にするが、今年度の高等部四季秀会会員を見て、少し議論を交わし、
どのように評価している。」
愛が部屋の中をぐるっと見回す。愛の少し後ろに白旗がいて、正雪と光希が廊下から部屋をのぞいている。
「お二人、部屋の中に入ってきてください。」
「はい。」
正雪と光希が部屋に入り、扉をしめた。
「このメンバーで、高等部の権威を取り戻すために行動を起こすのですか。」
「あー、そうなるな。」
愛がしばらく黙った。
「雲行きが怪しいと予想するか。」
「残念ですが。」
「その根拠は。」
「まず、各学年の足並みを揃えるところに時間がかかります。238期生、237期生が
それぞれ考えていることが違いますし、237期生、238期生ともに主席とシルバーズの
皆様は、とてもプライドの高い方々ばかりです。」
「なるほど。水晶はどのようにして行こうと思っている。」
「現段階で、一番優先しなければならないことは、237期生、238期生四季秀会会員の
皆様に、239期生が警戒されないことです。」
「なるほど、わかった。引き留めてわるかったな。明日学部部主事会面談の時に、
もう少し踏み込んだ話を使用。」
「はい。」
木雷が自分で扉を開けて、出て行った。ドアが閉まる音の後、部屋の中がしんとする。