2019/03/31(4)〜シルバーズ教育〜
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「戻ったよー。」
白旗がスリーノックをして、執務室に入ってきた。
「先生それは。」
白旗を見た光希が、白旗の手元をじーっと見る。
「菊高君、目の付け所がいいですね。」
白旗はまず光希に分厚い紙の束を渡した。
「輪ゴムでとめてるだけだから、手を離せばばらばらになるよ。気を付けてね。」
そう言いながら、白旗が正雪と愛にも同じ紙の山を渡した。
「水晶さんには必要ないかもしれないけど。」
「私が作ったマニュアルですか。」
「うん、二人用に印刷したからついでに刷ったんだけど、やっぱりいらないかな。」
「改正版ですよね。」
「そうだよ。」
「ということは寮則や校則も今年度版ですか。」
「うん。」
「ありがとうございます。その分だけでも新しく印刷しようと思っていたので、助かりました。」
「それならよかった。」
愛たちが分厚い紙の山を自分たちの机の上に置く。
「水晶さん今10時55分なんだけど。」
「11時50分ぐらいまでやりましょう。そのあとお昼にしてもいいですか。」
「予定では12時までは顔合わせとなっていますが。」
白旗と愛の会話に正雪が疑問を投げかけた。
「13時から高等部の四季秀会顔合わせということは、私たちは12時45分までにその会場に入らなければなりません。」
「どういうことだ。」
光希が白旗を見た。
「君たちは高等部の中で再下級生だろ。だから、ほかの上級生たちが来る前に部屋に入って準備やお手伝いをするんだ。」
「年功序列ですか。」
「まあそんなところですね。先輩を後輩が尊敬し、敬意をもって敬うといった感じです。」
「俺そういうの嫌い。」
「嫌いでもやってください。きっと今年の高等部2年と3年の四季秀会会員はとても優秀です。初めは嫌かもしれませんが、そのうちもしかしたら抵抗感がなくなるかもしれません。」
「まあこうなることを期待してるよ。」
光希が話し終えて紙の山の1枚目を見た。
「本当にすげえ量だな。」
「うん。でも今は気にしなくていいかな。今から金子君と菊高君には、必要とされる力を優先的に教えるね。基本的には全部水晶さんが教えて、僕はそのアシスタントをするから。そこにも同じことは書いてあるけど、今はいいよ。後で復讐のつもりで読んで。」
「えっ。」
愛が白旗を見た。
「当然だろ。僕がいうより、水晶さんが言うほうがいい。39期生高等部1年四季秀会の仲間なんだから。」
愛が正雪と光希を見て頷いた。
「わかりました。お二人ともよろしくお願いします。」
「お願いします。」
「よろしくな。」
正雪と光希の返事を聞いてから、愛が席を立って、部屋をぐるっと見回した。
「まずは自己紹介や立ち居振る舞いですね。明日の式での動きの流れは後程大講堂で練習しますから、今は自己紹介と歩き方、それから座っているときの姿勢などをお教えします。」
愛が自分の机の前に立った。
「まずは自己紹介からです。」
愛が正雪を見た。
「金子君の場合は、「239期生高等部1年シルバーズ金子正雪と申します。」と名乗ってください。」
「わかりました。」
次に愛が菊高を見た。
「菊高君は、「239期生高等部1年シルバーズ菊高光希と申します。」と名乗ってください。金子君と菊高君だと、アルファベット順では金子君のほうが先なので、菊高君は基本的に「同じく」を名乗る前につける機会が多いと思います。」
(あっ覚えてないな。)
話ながら、愛が光希の表情を観察していた。
「覚えられそうですか。」
「無理。」
「問題ありません。想定の範囲内です。」
愛が椅子の横に置いていたカバンの中から白い紙を取り出して、ペンで菊高の自己紹介文を書いた。
「金子君は覚えられたようなので、一度二人で通してみましょう。菊高君はこれを
このまま読んでください。」
「わかった。」
金子と菊高が並ぶ。
「239期生高等部1年シルバーズ金子正雪と申します。」
「同じく239期生高等部1年シルバーズ菊高光希と申します。」
「239期生高等部1年主席水晶愛と申します。」
二人の前に立っていた愛が二人の挨拶の後ろに自分の挨拶を続けると正雪と光希が驚いたように愛を見た。
「どうしましたか。」
「突然言うから驚いた。」
「はい。」
「すみません。流れ的にやっておこうと思っただけです。それと、私の場合はもう少し長くなりますよ。」
「どうしてですか。」
「四季秀会の重要ポストの名前が一つ追加されるからです。」
「あー、去年のビデオの時もえげつなく長かったもんな。」
「去年は中学部の最高学年首席でしたから、肩書が三つありましたが、今年は二つです。」
「高等部1年主席の分と四季秀会のポストの二つってことか。」
「はい。」
光希が愛の渡したメモ書きをぺらぺらしながら、頷いた。
「自己紹介の内容は、覚えましたか。」
「え、これを読みながら挨拶をすればいいんじゃないのか。」
「違います。もしそんなことをしようものなら、菊高君は体調不良で今日はこれなかったということにします。」
「そんなにか。」
「はい、そんなにです。どのあたりが覚えられませんか。」
「名前が固いし難しい。」
「あー。」
愛が顎に手を当てて考える。
「239期生の意味は分かりますか。」
「えっ、学園が始まって239年目に入ってきたから、239期生だろ。」
「そうです。そのあとは特に難しい言葉はないと思うのですが。」
「うーん。」
「菊高、部屋を一周しながら、自己紹介を繰り返し言い続けてください。」
「えっ。」
「いいから。」
正雪が光希を見た。
「わかった。」
正雪に言われた通り、光希が部屋をぐるぐるしながら繰り返し言い続ける。
「これでは魔法のようですね。」
「菊高、あと3分続けてください。」
「はいはーい。」
「金子君、成功率は。」
白旗が正雪を見た。
「88%です。」
「具体的な理由は。」
「反復練習ですよ。体育や音楽が好きと言うからには、同じ動作を繰り返す練習方法は今までに山ととってきたでしょう。覚えるという意識以外に歩くという動作をつけることで、覚えなければならないというプレッシャーが減り、頭に入りやすくなるはずです。」
「なるほど。」
「理にかなっていますね。」
白旗と愛が頷いた。
「3分経ったぞ。目が回りそうだ。せめて廊下でやってくれよ。」
「すみません。その発想には至りませんでした。」
「おい。」
光希が立ち止まった。
「菊高君、私が書いたメモ書きを返してもらいますね。メモ書きなしでやってみましょう。」
光希の手からすっとメモ書きを引き抜いて、愛が微笑んだ。
「えーっと、239期生高等部1年シルバーズ菊高光希、光希。」
「と申します。」
正雪が付け足した。
「そう申しますだ。」
「きっと敬語と縁がないのでしょう。」
「そうだな。気を付けてはいるんだが。」
「回数をこなせば、使えるようになりますよ。」
愛が頷きながら正雪と光希の会話を聞いていた。
「ではもう一度通しましょう。この自己紹介は13時からの高等部四季秀会初顔合わせでさっそくやりますから。」
正雪、愛、光希の順番に並び、白旗のほうを見た。
「僕が正面だよ。さあやってみて。」
正雪を愛が見た。
「タイミングが分かりにくいのですが。」
「本番はなんとなく分かると思います。とりあえず、始めてください。」
「わかりました。」
正雪が前を見た。
「239期生高等部1年シルバーズ金子正雪と申します。」
「同じく、239期生高等部1年シルバーズ菊高光希と申します。」
「239期生高等部1年主席水晶愛と申します。239期生高等部1年を代表し、この場でご挨拶させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」
愛が頭を下げた。
「おいおいおい、聞いてないことをするな。」
「水晶さんのその挨拶に合わせて僕たちも頭を下げればいいのですか。」
「あー、すみません。言い忘れていました。そうです。」
「もう一回頭からやってくれるか。」
光希がため息をつきながら愛を見た。
「わかりました。」
それから3回ぐらい通し練習をして、なんとか自己紹介は様になった。
「さて次は、座り方と歩き方と静止の仕方とお辞儀の仕方かな。」
「そうですね。」
愛が正雪を見た。
「正雪君。」
「はい。」
「一度しっかり立ってみてください。体育でやる気をつけの姿勢です。」
「はい。」
正雪が気をつけの姿勢をした。
「それで気をつけの姿勢ですか。」
愛が険しい顔で正雪に聞いた。
「はい。」
「できてないな。」
光希が正雪のほうへ近づいて行き、正雪の前に立った。
「俺を見て見ろ。」
「あー。」
正雪が光希を見た。
「これが気をつけだ。」
「僕も同じ姿勢をしていると思うのですが。」
愛と白旗が正雪と光希の間に立って二人を比較する。
「金子君はまっすぐ立ててないんだね。」
「えっ。」
「そうなんだよ。おまえ重心が左に傾いてるんだ。だから、おまえがまっすぐ立ってるつもりでも立ててない。」
正雪がうまく理解のできていない顔をする。
「みなさんの言っていることは理解できるのですが、具体的な直し方が分かりません。」
「菊高君、少しどいてもらっていい。」
白旗に促されて、光希が正雪の前からどいた。
「金子君気をつけの姿勢になってみて。」
「はい。」
白旗が正雪の気をつけを写真に撮った。
「菊高君、そこで気をつけをしてくれる。」
「なるほど、わかった。」
光希も気をつけの写真を撮る。
「水晶さんもやってみる。」
「はい。」
水晶も気をつけの写真を撮った。
「金子君、この3枚を見比べてみて。金子君は本当にまっすぐ買い。」
正雪が自分と光希と水晶の写真を順番に見ていく。
「たしかに、僕だけ左に傾いていますね。」
「そういうことだね。」
「このままにしておけませんね。今日の挨拶だって、明日の四季秀会会員発表会だって、長い間姿勢よく起立していてくれないと困ります。」
愛が正雪の姿勢をじーっと見る。
「なあ金子。」
「はい。」
光希が正雪の視線に少し大きめのクリップを持ってきた。
「これを目で追ってみろ。」
「はい。」
少し離れたところで愛と白旗が二人を見守っている。
「行くぞ。」
光希がクリップをゆっくり上げていく。
「首は動かすなよ。」
「はい。」
正雪が視線だけでクリップを追っていく。
「ストップ。」
光希の声に正雪がぴくりと反応した。
「白旗先生、今のこいつを写真に撮ってやってくれ。」
「わかった。」
白旗が正雪を写真に撮った。
「おー、まっすぐになってる。」
「本当ですね、素晴らしい。」
正雪が最後に写真を確認した。
「さっきの私と全然違いますね。」
「今みたいに立ってるのって気持ち悪いか。」
「はい、右に傾いているような感じがします。」
「それは左重心の姿勢におまえが慣れちゃってるからだな。式の時とかに今みたいにしてクリップを上げることはできないが、今の身体の違和感を覚えることはできるだろう。」
「はい、助かりました。」
数歩後ろの場所から愛が正雪と光希を見ていた。
(いい関係性ね。持ちつ持たれつでお互いにお互いの端緒を補い合っている。私は二人に助言と方向性さえ示せば、あとは二人だけでも十分やっていける。私たちなら、パーフェクトトライアングルになれるかもしれないわ。)
愛の表情を白旗が見ていた。
「さあレッスンを続けるよ。まだまだやりたいことがあるんだ。」