2019/03/31(3)〜小休憩〜
3
「あっ印刷が終わったみたいだから、取りに行ってくるね。」
白旗がふっと席を立って、部屋を出て行った。
「少し休憩してていいよ。帰ってきたら、さっそくシルバーズ教育を始めるから。」
白旗がぱたんと扉をしめて、部屋にしんとした空気が流れる。
「水晶は。」
「はい。」
光希の声に愛が答える。
「いやなんでもない。」
「なんなんですか。」
光希が何を言いかけたのか考えながら、愛が立ち上がった。
「紅茶とホットミルクのおかわりはどうしますか。今なら作りますよ。」
正雪が頷いた。
「お願いします。」
「俺は、コーヒーミルクがいい。」
「えっ。」
二人がまた光希を見る。
「だからコーヒーミルクだよ。ホットミルクの次はコーヒーミルクだろ。」
「同意を求められても困ります。」
「まあ作れるので、作りますよ。牛乳も賞味期限が来る前に飲み切ってもらわないと、もったいないですし。」
愛が手際よく紅茶とコーヒーミルクを作りながら、二人に聞いた。
「お二人は、沈黙には耐えられる人ですか。」
「はい。」
「いや無理。」
二人の答えがすぱっと別れた。
「やはりそうですか。では、今まで勉強をしてきた中で、暗記系の内容はどうやって覚えてきましたか。」
「1対1の記憶ではなく、その内容に至った経緯や理論もすべて覚えていれば、苦労はしません。一つの物語として頭に入れたほうが、覚えられる知識量も増えますし、効率がいいと思います。」
「俺暗記系はてんでだめでさ。覚えるっていうことじたいが苦手だな。覚えなくちゃあって思ったら、それが頭の中を独占してさ、中身が入ってこなくなるんだよ。」
「なるほど。」
愛がお盆に乗せた紅茶とコーヒーミルクを正雪と光希に渡して、自分の机に紅茶を置く。
「砂糖お湯じゃないんだな。」
「砂糖お湯を飲むのは一日一杯までです。あれ以上糖分を摂ったら、体に悪いですから。」
3人が席についてまた沈黙が続いた。
(暗記が得意で、言われたこと以上の内容も併せて覚えたほうがスムーズに学習が進む金子君と、暗記が大の苦手で、覚えることが大嫌いな菊高君を一緒に教育するとなると。)
愛が光希を見た。
「菊高君。」
「なに。」
「菊高君は、これまでの学生生活の中で何を頑張ってきたんですか。何が楽しかったですか。」
光希が目をぱちぱちさせる。
「なんで今。」
「今からシルバーズ教育をする中で、金子君へのアプローチの仕方はなんとなくわかりましたが、菊高君へのアプローチの仕方はまだ把握しきれていません。そこで、菊高君のこれまでの頑張ったことや楽しかったことから、ヒントを得ようと思った次第です。」
「あー、なるほど。」
光希がしばらく考えてから愛に言った。
「俺は勉強以外は好きだ。」
「勉強以外。」
「あー、座学って言われる教科は嫌いだったが、実技は大好きだったぞ。体育、家庭科、技術、美術、音楽。どれも楽しくてさあ。」
「成功学園では実学的な学びはそこまで充実していないと思います。「水縞」学園や「紅玉」学園のほうが良かったのではないですか。」
光希が頭をかいた。
「まあ実学が好きっていうことだけならそうなんだけどさ、俺は将来総理大臣になりたいんだ。」
「えっ。」
正雪と愛が二人で口をそろえた。
「総理大臣ですか。なぜ。」
愛より先に正雪が尋ねた。
「おい、おまえら今呆れてるだろ。失礼だなあ。俺は本気だ。本気で総理大臣になりたいんだ。そのために俺は考えた。どうすれば総理大臣になるという夢を実現させることのできる可能性が上がるのか。そして俺はたどり着いたんだ。総理大臣を日本で一番輩出している学園に入学すればいいってな。でもそこからが大変でさ、幼、小、中ってずっとここを受けてたんだけどなかなか受からなくて、高等部を受験してようやく受かったってわけだ。」
「総理大臣になりたくて、ここに来たんですか。」
愛が光希を見た。
「そのお話が聞けてよかったです。」
正雪が何も言わずに光希を見ていた。
「なんだよ。」
光希がにこにこした顔で正雪を見た。
「いえなんでもありません。」
「俺のこと軽蔑してるな。」
「いいえ、それはけしてありません。人の夢をばかにしたりはけしてしません。」
「よかった。おまえはそんなやつだと思ってたからな。」
二人が話している間に、愛が頭の中で、二人への教育方法を構築していく。
(うん、こんな感じでいいでしょう。)