2019/03/31(2)〜偉大なる四季秀会〜
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「なんだここ。」
扉の向こうには開けた空間が広がっていた。
かなりの広さがある。
「さあ奥にどうぞ。ここから見て右ての机が金子君の場所。左てが菊高君の場所だよ。とりあえず座って。」
正雪が右側の席に座り、左側に光希が座る。
「水晶さんは一番奥のテーブルへどうぞ。」
「はい。」
(ここでよかった。)
愛が心の中で微笑んでいた。
常にポーカーフェイスで感情を顔から読み取るのは難しいが、愛は今今日一番喜んでいる。
3人が席に着くと白旗が頷いた。
「いいねえ、威厳があるよ。」
「そろそろこれがなんなのか教えてくれよ。」
光希が白旗を見た。
「あー、そうだね。ここまで来たんだし、話さないとね。でもその前に飲み物を準備しようか。」
「なんでわざわざ。」
「それぐらい永井話になるということではないですか。」
愛が執務室のキッチンへ向かいながら話した。
「そうなんですか。」
「はい。」
白旗が頷いた。
「先生、私が準備します。」
愛がポットのお湯やコーヒースティックやティーバックを確認していく。
「みなさんは何がいいですか。」
愛がキッチンに立って、3人を振り返った。
「なら紅茶をもらえるかな。」
「僕はコーヒーをお願いします。」
「俺はねえ、ホットミルク。」
「えっ。」
愛も正雪も白旗も光希を見た。
「今なんと言いましたか。」
正雪が聞き直す。
「だから、ホットミルクがいいって言ったんだ。さっき道に迷ってる間に身体が冷えてさ。明日から4月なのに、おかしな気候だよな。」
愛が光希の話を聞きながら、冷蔵庫を開ける。
「あった。」
愛がつぶやいて、紙パックの牛乳を出す。
「あったんですか。」
白旗が愛の隣に行った。
「賞味期限は問題ないですし、まだ空いてない。」
「238期生が購入してそのままになっていたのかもしれませんね。」
「飲めますかねえ。」
「ええ、未開封ですし、賞味期限も生産日も分かっていますから、怪しくはないでしょう。それに、ホットミルクということはレンジで温めるわけですし、衛生面的にも問題はないと思います。」
愛が光希を見た。
「少し待っていてくださいね。」
「あざーっす。」
「先生もおかけになってお待ちください。好きな椅子を使っていただいてかまいません。」
「手伝いますよ。」
「いえ、キッチンの配置や中身も把握したいので、私がやります。」
「そうですか。ではお任せします。」
「はい。」
愛がコーヒー、紅茶、ホットミルクを作る後ろで、正雪と光希が白旗を問い詰めていた。
「いつまで待たせるおつもりですか。」
「水晶さんが飲み物を持ってきてくれるまでかな。」
「さすがに俺らだってここまで何も言われないまま連れてこられたら、少しは動揺するって。」
「その気持ちはよーくわかるよ。わかるから、もう少し待って。」
「お待たせしました。」
愛がコーヒーとホットミルクと紅茶を持って、3人のところへ行った。
「水晶さんの分は。」
「私は別に作りますので。」
水晶がキッチンに戻る。
「早くしてくれよ。おまえが戻ってこないと、白旗先生話してくれねえから。」
「おまえではなく水晶です。」
「はいはい。」
光希があきらめたように頷く。
「何を作っているのですか。」
今度は正雪が愛に聞く。
「砂糖お湯です。」
「砂糖お湯ですか。」
「はい。」
愛がカップにお湯を入れ、そこに角砂糖を二ついれる。
「もちろん、紅茶やコーヒーは飲めますが、社交的な場所でなければ、私は砂糖お湯を飲みます。甘いだけで美味しいですよ。」
愛がカップをソーサーに乗せて、自分の席に持って行く。
「お待たせしました。」
3人が席につき、その席に向かい合うような形で白旗が座る。
「では改めて、入学式前日の忙しい時期に集まってくれてありがとう。3人そろったし改めて、僕は古文の教師で、今年高等部1年の学年主任をすることになった白旗です。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
愛が白旗に1令した。
あとの二人が難しい顔をしている。
「いつまで先延ばしにするつもりですか。」
「そろそろ話してくれねえとうずうずするんだが。」
「あーそうだね。お茶とお菓子の準備もできたしお話ししようか。」
白旗が一度咳払いをして3人を見た。
「君たちは今年度の高等部1年生1005人の中でベストスリーに選ばれた生徒だよ。」
「はっ。」
光希が目を点にした。
「つまりここにいる3人が僕たちの同級生の中で賢いわけですね。」
「そうです。学力に特化して採点されているわけではなく、いくつかの視点から総合的に評価した結果、君たちの同級生の中でみなさんが上から3人分賢いということになりました。2位と3位の二人はどちらが上ということは公表されず、二人セットで一定の地位を得ます。そして、学年で一番優秀と認められた生徒は主席となって、学年の運営の一切の責任を負います。」
「どういうことですか。」
「具体的に言うと。」
白旗が、部屋の壁に掛けられた写真を指差した。
「ここに3人の学生が映っているでしょう。彼らはみなさんの一つ上の先輩です。真ん中に立っているのが、首席で両サイドに立っているのが、シルバーズと通称される二人組です。主席は胸に金色のブローチを付けていて、両サイドの二人はシルバーのネックレスをつけていることが決まりになっています。シルバーのネックレスをつけた二人組なのでシルバーズです。」
「彼らが俺らの一つ上の学年のベストスリーということだな。」
「そういうことです。金子君も菊高君も呑み込みが早くて優秀ですね。」
「おそらく菊高君の飲んでいるホットミルクをおいていってくれたのは彼らですよ。」
愛が美味しそうにホットミルクを飲む光希を見る。
「会ったらお礼を言わねえと。」
白旗が微笑みながら3人を見ていた。
「いろいろ説明しないといけないことがあるのですが、まずはこれを言っておきましょう。みなさんが主席とシルバーズであることや、これからお話しすることは明日の四季秀会会員発表が終わるまでけしてほかの学生に話さないでほしいんです。もし明日の四季秀会会員発表を前に四季秀会の会員が他学生にばれれば、情報漏洩で情報を漏らした生徒が退学処分になることがありますからね。」
「退学って、そんなに大事なことなのか。」
「退学はやりすぎだと思いますが。」
「学園が大切にしている理念の一つに情報の徹底的保護があります。情報漏洩を防止する意識を持っていることは社会人になってからも求められることですし、今から身に着けておいて無駄ではないと思いますよ。学園にとって四季秀会の情報はそれだけ大切なものなのです。実際に、四季秀会に選ばれた学生が、四季秀会会員発表を前に自分が四季秀会のメンバーであることを他学生に伝えて、退学処分になったことがあります。」
「それって226期生の話かい。」
「はい。」
「あれは衝撃的だったね。」
「その学生はシルバーズだったのですか。」
「いいえ、首席でした。」
愛の答えに、二人が黙り込む。
「自分からほかの学生に自分がシルバーズであることを言わなければいいのです。もっとも、寮のオリエンテーションの時間に寮にいない学生なんてほとんどいませんから、怪しまれることはよくありますが、首をかしげるか、今は言えないと言い切ってしまえばいいですよ。」
愛がカップを置いた。
「理解してもらえたかな。」
白旗が正雪と光希を見る。
「はい。」
二人が返事をした。
「理解してもらえてよかったよ。それじゃあ、今からこの後の予定を話すね。」
白旗先生が3人に数枚をホッチングした紙を渡す。
「今日は紙で渡すけど、できるだけ早い段階でインターネット上でも情報をやり取りできるようにしたいと思ってるんだ。少し落ち着いたら、また声をかけるね。」
「わかりました。」
愛が書類に目を通しながら、白旗に答えた。
「これって今週1週間の予定か。」
光希が愛を見る。
「そうですね。」
愛の返事の後ろに正雪が付け足した。
「書類の前半は今週1週間の予定が書かれていますね。1枚の紙に1日分の予定が書かれていて、縦軸が時間、横軸が私たち3人の名前になっているようです。ただ。」
正雪が目を細めた。
「ここまで過密で3人がばらばらだと、少し見にくいです。」
「やっぱりそう思うよね。僕も作っててそう思ったんだけど、どうしてもこうなっちゃうんだよ。」
「せんせいこれは。」
愛が顔を上げて、白旗を見た。
「築いたかい。そう、君が中学部1年生の時に作ったマニュアルの一部アレンジバージョンだよ。」
愛が苦笑した。
「どういうことだ。」
「私は中学1年生の時、四季秀会で「四季秀会会員円滑業務推進委員」の委員長になりました。その時、外部生が初年度にシルバー図あるいは主席になっても、パニックになったり、その学年が破綻したりしないようにマニュアルを作ったのです。一般的な主席やシルバーズになってからの年中行事の一覧表、その時までにできるようになっておいてほしいことのリスト、それから校則や四季秀会規則、一般的なマナー、挨拶などの方法をまとめてあります。」
「ほかにもいろいろ載っててね、まさに金子君や菊高君のためにあるようなマニュアルなんだ。四季秀会会員円滑業務推進委員のフォームページで無料公開されててさ、それを自分のパソコンに取り込んで、日程の日付の調整とかを加えたものがこれなんだ。」
白旗が3人に渡した紙をふわふわさせた。
「今から具体的な日程の説明をするね。まずは今後の流れを頭に入れてもらった方が、後々の見通しを立てることができるだろうから。」
白旗が先生らしく解説を始めた。
「あー、水晶さん、補足があったら付け足してね。」
「わかりました。」
白旗が椅子から立ち上がって、紙の文字の部分を指で指示して話始める。
「まず、この時間は、10時から12時までの高等部1年四季秀会顔合わせだよ。この後、12時から1時間3人でお昼休憩を兼ねた親睦会をしてもらうね。お弁当は学園御用達の美味しいお弁当屋さんのを頼んでるから楽しみにしてて。13時から14時40分までは高等部四季秀会の初顔合わせで、15時から17時までが成功学園四季秀会の初顔合わせだよ。この時に、今年君たちがつく四季秀会のポストが決まるんだ。17時に四季秀会全体の顔合わせが終わったら、君たちが当たったポストによって多少の変動はあるけれど、前年度のそのポストの人たちから引継ぎを受けて、明日のリハーサルをして解散だよ。ここまでで質問はあるかな。」
光希が正雪よりも先に手を挙げた。
愛は二人と書類を順番に見ている。
「はい、菊高君。」
「さっきから出てくる四季秀会ってなんだ。」
「菊高君、いい質問だと思うよ。その説明は水晶さんに頼もうかな。」
愛が白旗の顔を見た。
「わたくしがしてよろしいのですか。」
「うん、同世代の人から聞く説明のほうが分かりやすい時もあるからね。」
愛が書類を置いて二人を見た。
「四季秀会は各学年の主席とシルバーズが所属する組織です。成功学園学生の作る組織の中でもっとも強い権力を持ち、各学年のベストスリーのみが所属しているということで、学園内外を問わず、高い評価を受けています。対象学年は幼稚部、商学部、中学部、高等部、4年大学、短期大学、大学院博士課程前期の計23学年で、各学年から3人ずつ所属するので、四季秀会所属学生は69人です。成功学園教職員及び事務職員や寮関係の職員などを合わせたその他の職員が所属する教職会と対等に渡り合えるのは四季秀会に認められた特権の一つです。四季秀会に所属する学生は、その学年の代表と言ってもけして過言ではありません。」
愛がここでいったん話を止めて、正雪と光希を見た。
「四季秀会すげえな。」
「まるで。」
正雪が口を閉じた。
「まるで、小説に出てくるような組織ですか。」
愛が正雪の言葉をつづけた。
「はい。」
「俺もそう思った。」
白旗が納得したように頷いた。
「そうだね、ほかの学園にはない組織だしね。まあ、すぐ慣れるし、慣れないといけないかな。四季秀会の会員がどういうものか、ちょうどいいからこれを見て理解してもらおうか。」
白旗が執務室のDVDプレーヤーに1枚のディスクをいれた。
「前年度の4月にテレビ番組で放送された特集だよ。ゴールデンタイムに2時間の特別番組として放送されたんだ。全部見てたら、きりがないから四季秀会を紹介する部分だけ流すね。」
番組が始まった。
「先日成功学園で行われた始業式で250代四季秀会会員が華やかな雰囲気の中、発表されました。」
スクリーンには成功学園の大講堂が映されている。
生徒たちが姿勢よく席に座っていて、舞台上の隅に二人の学生が立っている。
「そうだ、明日の会もこういう雰囲気になるからね。」
「えっ。」
光希が顔を顰めた。
「正雪は平気なのかよ。」
「はい、私が通っていた中学部もこんな感じでしたよ。」
「へえ。」
「さあ、続きを見よう。」
白旗が再生ボタンを押す。
「四季秀会は、成功学園の計23学年から各学年のトップスリーが所属する会です。今年は250代目という節目の世代であることから、注目が高まっています。」
綺麗なナレーターの声を聴きながら、正雪と光希が画面にくいいっている。
「それでは2018年度250代四季秀会会員を発表いたします。」
舞台の端に立つ学生は司会者のようで、分厚い原稿を見ながら話している。
「各学年の主席及びシルバーズのお名前と、主席のかたに関しましては四季秀会におけるポストも併せて発表いたします。名前を呼ばれたかたは舞台までおこしください。理事長より主席及びシルバーズの証明と主席のかたには四季秀会上位ポストの証明が渡されます。」
正雪が白旗を見た。
「今見ているかぎりだと、学生たちは全員同じフロアーで出世基準に並んで座っているように見て取れます。ここから名前を呼ばれた四季秀会会員の生徒が前に出ていくのですか。少し、時間のロスが多いように思いますが。」
「そうだね、僕もそう思うけど、これが伝統なんだって。」
「効率より伝統が勝つのかよ。」
「はい。」
愛が答えた。
「それでは発表いたします。」
学生が上手に発表を進めていく。
「水晶さんが呼ばれるところまで飛ばすね。」
白旗が早送りをして止めた。
「続きまして、239期生中学部3年シルバーズ、不水桃絵さん。」
「はい。」
不水桃絵と呼ばれた女子生徒が自分の座席で立ち上がり、スポットライトに当てられてから返事をした。
「まじか、スポットライトが当たるんだ。」
桃絵が深く1令してから歩き出す。
「同じく、日勝広木君。」
「はい。」
広木が立ち上がってスポットライトに照らされてから返事をした。
「このタイミングってけっこう厳格に決まってるんだよね。」
「続きまして239期生中学部3年主席、中学部学生総統責任者、並びに250代四季秀会風紀委員委員長水晶愛さん。」
「はい。」
愛が立ち上がり、スポットライトに照らされてから返事をし、1令してから舞台に向かって歩いていく。
舞台に到着するまで、スポットライトはアイを照らし続け客席から多くのフラッシュがたかれる。
「以上239期生主席及びシルバーズの皆さまです。」
舞台に並んだ桃絵、愛、広木の3人が客席のほうを向いて深く一礼した後、軽やかに180度回転して舞台に立つ高齢の男性と向かい合った。
「それでは理事長より証明をいただきます。」
光希が愛に尋ねた。
「あのじいちゃんが理事長か。」
「口に気を付けてくださいね。はい、彼が理事長本末登先生です。白旗先生、今年度の理事長も。」
「うん、これは伝えてもいいことだね。そうだよ、今年度の理事長も本末先生。」
「そうですか。」
愛が頷いた。
「239期生中学部3年シルバーズ不水桃絵、日勝広木。」
「はい。」
二人が返事をして一歩前に出る。
「二人が239期生中学部3年998人の中で主席に続く成績優秀者として、学年の発展に貢献することを切に期待し、この証明を贈る。」
理事長が代から降りて、順番にシルバーのネックレスをかける。
「誠心誠意をもって、努力いたします。」
理事長にそう答えた後桃絵と広木が理事長に深く一礼し、一歩後ろに下がった。
「239期生中学部3年主席、中学部学生総統責任者並びに250代四季秀会風紀委員委員長水晶愛。」
「はい。」
理事長に名前を呼ばれた後、愛が一歩前に出た。
「中学部3年の代表として、中学部全学生の模範として、成功学園全学生の風紀の徹底と健全な学習環境、生活環境の発展と維持の一切を行うものとしての責任を持ち、日々の公務、学習、学生生活に取り組むことをここに切に願い、中学部3年主席の証明、中学部学生総統責任者の証明、250代四季秀会風紀委員委員長の証明を与える。」
理事長が代から降りてきて、三つのブローチを愛の制服につける。
正面に三つ葉の形をモチーフにした純金で作られたブローチ、左側に中学部学生総統責任者を表す赤、青、黄の三つの花が横に並んだブローチ、右側に四季秀会風紀委員委員長を示すトリートメントブルーダイヤモンドを使用したブローチがついている。
どのブローチもライトに照らされてきらきらと輝いていた。
「12年目の主席としての行いに大いに期待しているよ。」
「誠心誠意をもって、与えられた責務を全ういたします。」
愛が理事長に深く一礼した後、一歩後ろに下がって、桃絵、愛、広木が理事長に深く一礼した。
「以上239期生中学部3年主席及びシルバーズの皆さまです。」
このアナウンスの後、3人が客席のほうを向いて5秒停止し、深く一礼した。
客席側から何枚もフラッシュがたかれている。
「それでは席にお戻りください。」
3人が理事長に会釈をしてから、舞台の奥に取り付けられた階段をのぼり、客席に向かって設置されたピラミッド型の座席に座る。
まだ大量のフラッシュが3人をとらえていた。
「ここまでが君たちが明日経験する流れだよ。」
白幡がビデオを止めた。
正雪と光希が固まっている。
「大丈夫。」
白旗が二人を順番に見ていく。
その奥で愛が平然と砂糖お湯を飲んでいた。
「俺無理だよ。」
「そんなことを言っている暇はありません。今から覚えていただかないといけないことが山とあるのです。」
「水晶さん、あの空気をプレッシャーだと感じないのですか。」
「慣れました。」
「ならよう、シルバーズだった二人は。」
「昨年私の隣にいた不水さんと日勝君は小学部からこの学園に在学していて、前回が9回目の四季秀会会員発表式でした。毎年見ていて、流れが頭に入っていましたから、問題ありませんでした。」
「つまり、外部生で入ってきて何も知らない僕たちがいきなりシルバーズになったこの状態は、比較的芳しくないということですね。」
「はい。」
愛が頷いて二人を見た。
「よくあることなのか。」
「新しい学部に上がるとよくあることです。内部生よりも外部生のほうが優秀だということが新学部になった1年目によくあります。主席もシルバーズも全員が外部生で固まった世代もあります。それが学年が上がるにつれて、内部生によって巻き返され、さっき見てもらったように全員が以前から成功学園にいた生徒で構築されるようになるのです。」
愛は2人を見てから、白旗を見た。
(二人が不安を持っている。自分たちがこれから何をしないといけないのかを察したように固まっている。あんなの序の口なのに。)
愛がカップを置いた。
空気が重くなっている。
白旗は何も言わず3人を見ていた。
「辞退することはできますか。」
正雪が愛に尋ねた。
「辞退することは可能ですが、それはつまりこの学園からの自主退学を意味します。」
「えっ。」
光希の開いた口が塞がらない。
「この学園に入学が決まった段階で、学生たちは実力主義ランキング絶対主義の学園方針を理解したうえで入ったとみなされます。それなのに、学園の完全方針であるランキングを拒み、成績優秀生として周りから尊敬される栄光を捨てるのです。当然でしょう。」
正雪と光希が愛を恐怖の目で見た。
「水晶さん、それ以上は怖いよ。」
白旗がここでようやく口を開いた。
「金子君、菊高君、水晶さんの言う通り二人がシルバーズになることを辞退すれば、二人は自主退学になってしまう。それが学園の意向だからどうすることもできない。でも、少し考えてほしいんだ。ここでシルバーズという1005人の同級生の中でトップスリーに数えられ、多くのプレッシャーをはねのけて、高い成果を上げたら、それが君たちの将来においてとても大きな財産になる。今は分からないことだらけで、不安だろうし、逃げ出したくなるだろう。でも、それを乗り切った時の達成感や君たちが得られるものは計り知れなく基調で価値があるものだよ。」
白旗の会話に愛が付け足した。
「外部生が新しく入学してきて、初年に主席やシルバーズになった時には、専用の教育が施されます。今回の場合はお二人のシルバーズ教育です。」
「シルバーズ教育。」
正雪と光希が口をそろえた。
「はい、それこそ今見たような式典での立ち居振る舞いの練習から挨拶、学園における校則や寮則の暗唱、あと私の学年では主席とシルバーズは全校生徒の顔と名前と特技を覚えることなど、すべて私と白旗先生がレクチャーします。しっかりついてきてくれさえすれば、今年度のシルバーズの中でお二人がトップクラスに仕事のできるシルバーズになりますよ。」
正雪と光希が二人の顔を見あって、愛と白旗の顔を順番に見た。
「退学しない限り、お二人がシルバーズから逃れるすべはありません。お判りでしょう。」
愛が最後の一押しというふうに諭す声で二人に言った。
「仕方のないことのようですね。」
「あー、わかるよ。俺らは逃れられない運命なんだって。」
「うん、今はそれで十分だよ。いやあ、よかった、よかった。自主退学しちゃうんじゃないかと思って、内心すごくひやひやしてたんだ。」
白旗が伸びをした。
「そのうち、自分たちの中にシルバーズとしてやっていきたいこととか、思いが芽生えると思うよ。そこまでは多少嫌々でも、頑張ってくれると嬉しいな。」
白旗の顔と愛の顔が対照的だった。
「嫌々でされては困ります。」
愛が白旗に言った。
「今はそれでいいだろう。そんなこと言ったら、また二人が拒否するかもしれないよ。」
「嫌々すれば、財学歴の長い生とはすぐに気づきます。」
愛が冊子を置いて席を立ち、二人を見た。
「これからお二人に挨拶の仕方や立ち居振る舞い、学園の制度などなどを時間の許す限りお伝えします。ですがその前に一つお教えしておきましょう。二人は今日初めて成功学園の正門を本学の生徒として通ったばかりです。さっきあんな映像まで見せられて得体の知れなかったものが、恐怖と不安に変わったことでしょう。辞退を口にされたぐらいですから。退学をしたくないという理由から、とりあえずシルバーズを始めるというお気持ちのようですが、それではけしてうまくいきません。」
愛が白旗を見つめた。
「白旗先生の言い方に問題があると思います。よろしいですか。主席やシルバーズは多くの内部生はもちろん、外部生の中でも一定量の生徒が憧れる地位なのです。お二人が座っているその椅子はたくさんの生徒が座ろうとして座れなかった席なのです。何人もの学生たちが欲しがったその責にお二人が今座っている。つまり、ちょっとやそっとの覚悟、意識ではあっという間に呑まれてしまいます。目の肥えた学生はシルバーズや主席の顔を見るだけで、挨拶を聞くだけで、その学生がどれだけ四季秀会の会員であることに誇りを持っているか、気高いか、優秀化を見抜きます。嫌々やっている、訳も分からないままとりあえず言われたとおりにやっている。そんなことでは、学生からの信頼は得られません。ですから、同級生の生徒たちにとって、孤高の存在であってください。それが外部生で学内のシステムをよく知らなくてもシルバーズとしてやりきる一つのコツです。」
愛が話し終えて席に戻ると、正雪と光希の目つきが変わった。
「すげえわ、白旗先生に諭されたときより、水晶にそうやって現実を突きつけられた方がなんか燃える。」
「同感です。」
「お二人は持っているものが優れています。成功学園の学生になれるというだけで、人はその生徒を天才と言い、一目置くものです。そんな中、天才たちが集まる学園で、「自分はシルバーズです。」あるいは「主席です。」と言うだけで、大手一流企業に入れるほどに成功学園のシルバーズや主席は社会的地位も高い。そしてお二人は私が12年間見てきた数々のシルバーズの中でもトップクラスに優秀な生徒だと思います。期待しています。」
「さっきからちょくちょく気になってたんだが。」
光希が愛を見た。
「水晶ってさ、ずっと主席なの。」
愛がしばらく黙って目を伏せてから、ゆっくり顔を上げて、正雪と光希を見た。
「はい、私は成功学園の学生になった幼稚部の年少の時から幼、小、中の12年間、首席です。それに今年も。」
二人の開いた口がふさがらなかった。
「すごいですね。」
「いいえ、勉強をすることがあたりまえの人に勉強をたくさんしていて偉いねえと言っても、心が動くことはないでしょう。それと同じなのです。こういえば、ほかの成績優秀生から恨まれてしまいますが、お二人なら、分かるでしょう。」
二人が頷いた。
「ええ、努力することは当たり前なのです。」
「目的を達成するためにする努力は目的を達成するための前提条件だからな。」
二人の顔を見て、ふっと一息ついてから、愛が白旗を見た。
「さあ、話もついたところで始めようか。」
「何を。」
「シルバーズ教育を。」
愛が飲み切った砂糖お湯のカップを置いた。