2019/03/31(1)〜高等部一年指揮秀会〜
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入学式前日の10時前、愛が校舎のエントランスのソファーに座っていた。
今日は、天気がとても良く、暖かい風が学園の校舎や通路に植えられた木々の枝を優しく揺らしている。
(とりあえず呼び出されたということはよかったわ。)
愛がエントランスの入り口を見る。
透明な自動ドアの向こうからスーツを着た男性がこちらに向かって歩いていた。
愛がソファーから立ち上がって、扉のほうに向かう。
「おはようございます。」
エントランスの扉を出て、下り階段の手前で愛と男性が対面した。
「おはようございます。「水晶」さん。お待たせしてしまいました。」
「いえかまいません。」
男性が愛に名刺を渡した。
「一応自己紹介しておきますね。高等部で古文を教える白旗です。ことし水晶さんの学年の主任をすることになりました。よろしくお願いします。」
愛が白旗から名刺を受け取って1令した。
「水晶愛です。よろしくお願いいたします。」
白旗が腕時計を見る。
「そろそろあとの二人も来るはずなのですが。」
「10時に高等部1年の校舎前で待ち合わせでしたよね。」
「はい、二人にもそう伝えています。」
「校舎が分からなくて迷っているということは想定されますか。」
「十分にあり得ますね。」
「そうですか。」
愛が下り階段の向こうの1本道を見た。
「彼ではありませんか。」
白旗が愛の視線を追う。
「そうです。」
愛が見つけた青年が愛たちに気づき、こちらへ歩いてくる。
「金子君。」
愛の隣に立つ白旗が手を挙げた。
「こっち、こっち。」
金子と呼ばれた青年が階段を上る。
(制服をきちんと着て、リュックを背負い、片手には本科。典型的な優等生ね。)
「おはようございます。」
青年が二人の前で1令した。
「おはようございます。」
愛が挨拶をして、白旗が青年に名刺を渡す。
「金子正雪君だね。僕は白旗といいます。高等部で古文を教える先生で、君たちの学年主任だよ。」
正雪が名刺を受け取った。
「金子正雪です。よろしくお願いします。」
「水晶愛です。よろしくお願いします。」
愛も1令した。
「詳しいことも話さずに、突然呼び出して申し訳なかったね。もうすぐ菊高君が来るはずだから、詳しいことは全員揃ってから話すよ。」
「はい。」
愛は階段下の1本道を見ていて、正雪は辺りをきょろきょろ見回していた。
「もしかしたら、本当に迷子になっているのかなあ。」
白旗が腕時計と校舎に続く1本道を順番に見た。
「10時5分オーバーですからね。」
愛が金子を見た。
「金子君、寮では今オリエンテーションが行われているはずですが、間違いありませんか。」
「はい、寮長さんからオリエンテーションがあるが、こっちに行きなさいと言われたので、来ました。」
「金子君がこちらに来るとき、同じぐらいの時間に別の男子学生が寮を出るところを見ませんでしたか。」
「何人かいましたよ。ただ、僕と同じ制服を着た学生は見ませんでした。」
「そうですか。ありがとうございます。」
愛が階段を降りていく。
「水晶さん。」
「少し周りを見てきます。」
「すみません、お願いします。」
白旗に頷いてから、愛が階段を降りきって右に曲がった。
「今僕はただ呼び出されてとりあえず来たという感じなのですが、詳しいことは何も教えていただけないのですか。」
愛が見えなくなった後、正雪が白旗に尋ねた。
「うん、情報漏洩を防ぐために今はまだ伝えることができないんだ。気になっていることがたくさんあると思うけど、今はまだ我慢してね。」
「分かりました。」
正雪が校舎を見上げた。
(まさか本当に迷子とは呆れるわ。高校1年生なら、地図の一つや二つ読めてほしいのに。しかも、私たちと一緒ということは。)
道を進み、橋のところで愛が止まった。
橋の下を穏やかな「成功川」が流れている。
(ほとんどの生徒が寮にいるべきこの時間に橋の真ん中で辺りをくるくる見回している。制服も高等部1年生のものだし。)
愛は男子学生に近づいた。
「おはようございます。」
男子学生が愛の声にぴくりとして、振り返る。
「おはようございます。」
「高等部1年の校舎をお探しですか。」
「はい。」
「ではそこまでご案内いたします。菊高君でお間違いないですね。」
「はい。」
「どうぞ、こちらです。」
菊高が口をぽかんと開けている。
数歩進んだ愛が振り返った。
「待ち合わせの時間を8分もオーバーしているのですから、急いでください。」
「あなたは。」
「自己紹介は歩きながら。」
愛の隣に菊高が並び、愛についていく。
「私は水晶愛といいます。今日菊高君たちと一緒に待ち合わせをしている生徒の一人です。」
「呼び出されていたのは、俺だけじゃなかったんですね。いやあ、よかったよかった俺入学前から何かやらかしたかと思ってひやひやしてたんです。」
「何もやらかしてはいません。ただ、今後は待ち合わせに遅刻されては困ります。気を付けてくださいね。」
「おす。」
菊高が大きく頷いた。
「そういえばおまえの名前の水晶って水晶玉の水晶か。」
「はい。」
「不思議な苗字だな。俺は菊高光希。どこにでもいる普通の苗字の、普通の名前だ。
とりあえずよろしくな。」
「よろしくお願いします。」
(なれなれしいというか、ノリが軽いというか。この人で本当に大丈夫かしら。)
道を曲がり、校舎の前の上り階段のところへ愛たちがつくと、白旗と正雪が愛たちを見た。
「水晶さん、見つけてくれてありがとう。」
光希と愛が階段を上がり、4人がようやく顔を合わせた。
「それじゃあ、部屋に案内するよ。ついてきて。」
愛たちは白旗の後ろに続き、校舎に入る。
歩きながら、金子と聞く高が簡単な自己紹介をしあった。
「金子正雪です。」
「俺は菊高光希だ。よくわかんねえけど、よろしくな。」
「はい。」
白旗は戦闘を歩きながら、後ろの会話に耳を澄まして、微笑んでいる。
愛は金子と菊高の間を歩きながら、考え事をしていた。
(まさか白旗が1年の学年主任になるとは思わなかったわ。何か思惑があるのかしら。)
「なんで俺たちが呼ばれたんだ。」
光希が正雪を見る。
「しりません。詳しいことは放せないそうです。」
「愛ちゃんは知ってるの。」
愛の感情を表に出さない顔に、一瞬いらだちの色が垣間見えた。
「おそらくという仮説はあります。あと、お願いですから上の名前で呼んでいただけませんか。」
「同級生だろ。」
「同級生でも苗字で呼んでほしいと感じる人はいますよ。」
「ふーん。」
「水晶さんの言う通りです。僕も下の名前で呼ばれることはあまり好みません。」
愛と光希の会話に正雪が口をはさんだ。
「へえ、そんなやつらもいるんだな。わかったよ。努力はする。でも、俺きっと忘れるからいらっとしたら遠慮せず、今みたいにずけずけ言ってくれていいからな。」
「ご理解いただきありがとうございます。」
愛とが菊高を見る。
「不快感を感じることはみなさん違いますからね。」
白旗先生が話をまとめる。
4人はエレベーターに乗り18階に上がった。
「やっぱすげえなあ。俺がいた中学ってすげえ建物が古くてさ。エレベーターとかなかったし、こんなに綺麗じゃなかったよ。」
「そうですか。僕が通っていた中学とほとんど変わりませんが、建物はここまで高くありませんでした。さすが成功学園ですね。」
エレベーターを下りて、白旗が3人を見る。
「このフロアーは重要ポストについている生徒たちが使う部屋が多いんだ。君たちが入るのはここだよ。」
18階のフロアーはジュータンが敷かれていて、壁の両サイドに教室に入るきどが付けられたつくりになっていた。
エレベーターを下り、廊下をまっすぐ進んだ一番奥にある扉の前で白旗が止まった。
「ここが、今日から君たち3人が1年間使う部屋だよ。鍵代わりに学生証をこのスキャナーにつけることになっているから、ここに入るときは、学生証を忘れないようにね。」
白旗がスキャナーの説明をしている横で、正雪がスキャナーではないものを見ていた。
(四季秀会高等部執務室。)
正雪がドアの上に取り付けられた金プレートを目で追って、白旗を見る。
(僕たちはなぜ呼び出されたのか。いまだに見当もつかない。僕が外部性だからか。いや違うな。僕と菊高という学生は同じぐらいそわそわしているが、水晶という女子学生は驚くほどに冷静だ。白旗先生が落ち着いているのは、これから何が起きるかをだいたい把握しているからだとして、水晶という女子学生が落ち着いているのは、これから何が起きるかを把握しているからではないか。とすれば。)
正雪が白旗を見た。
「すみません、まだ何も教えていただけないのですか。」
「ごめん、ごめん。この部屋に入ったら、全部話せるよ。」
白旗が3人を振り返った。
愛こそ落ち着き払った表情をしているが、正雪と光希は少し困惑した顔をしていた。
「部屋に入ったらすべて説明するよ。」
白旗がスキャナーに教員しょをかざした。
「僕はこの学年の主任だから、入室許可を取ってあるんだ。まあ一応ノックはするから安心してね。あと、今日はまだ学生証をもらってないだろうから、このまま入って。」
白旗の後ろに愛たちが続いて、中に入った。