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ネオンと星空の下で

ネオンの光でキラキラと光る水面。

定年退職の送別会の帰り。

ふと気が付くと、私は、この橋の上に立っていました。

そして、あの頃を思い出していました。



私は17歳。

高校生でした。

勿論、私にも夢がありました。

それは、ミュージシャンでした。

よく私は夜中にこの川に架かる橋の欄干に座ってギターを弾きながら歌の練習をしていました。

共働きの私の家は起きるのも寝るのも食事もバラバラで家族が一同にそろったことはめったにありませんでした。

なので、学校以外の時間は自由に過ごせたんです。



彼女はこの近くのキヤバレーのホステスさんでした。

「ケンくん?」

時々、彼女は店が終わってから、この橋にやって来ました。

「今日 もう 終わりですか?」

派手な化粧、体の線が際立つ薄いドレス。

高校生の私にとってそれはとても刺激的でした。

「うん あー熱い 今日も いっぱい 飲まされちゃた もう ふらふら」

彼女がここに座る時は何時も酒に酔っていました。

「飲まされたんじゃないでしょ 自分で飲んだんでしょ」

「あったりー!」

歳は僕よりも5歳、いや7歳、いや10歳は年上だったと思います。

でも、その笑顔は、どこか幼さが残っていました。


あれは、今日の様に青葉薫る夜風が心地良い夜でした。

ネオンの灯りでキラキラと光る水面。

「あっ! コーラ ちょうだい!」

彼女は足元に置いていた私の飲みかけの缶コーラを飲んで微笑みました。

「あっ! それ!」

間接キス・・・

「あー 美味しい ふぅー」

ホステスさんに取ってみれば、間接キスなど、日常茶飯事だたのでしょう。

でも、思春期の私にとっては、それは何とも刺激的な行為でした。

「何だ また ここで 練習してるんだ」

「う うん・・・」

「ここ好きなの?」

「うん この川 見たら 何か 落ち着くんだ」

「ふーん ちょっとは 上手になった?」

「まだ ぜんぜん ダメです・・・」 

「ちょっと 歌ってみてよ 私 聞いてあげる」

「いいよ」

「どうしたの?」

彼女は肩を寄せて密着して来ました。

彼女のアルコールでほてった体温を感じました。

「近いって!」

私は思わず彼女からコーラの缶を奪い取って飲んでしまいました。

「あっ!」

また、間接キス・・・

「えっ? ひょっとして 恥ずかしいの?」

「違うよ!」

「顔 赤いよ」

「もう からかわないでよ! ルリさんこそ 酒 臭いよ」

彼女の源氏名は、ルリでした。

瑠璃って書いたでしょうか。

「悪かったわねぇー 飲むのが 私の仕事なんだもん! 仕方がないでしょ!」

「はぁー」

彼女は、突然、私の顔に生温かい息を吹きかけました。

それは、酒の匂いとタバコの匂い混ざり合ったなんとも言えない成熟した女性のフェロモンの香りでした。

「ケンくんは 彼女とか いないの?」

「えっ? そ そんなの いないよ!」

「だったら 好きな人は? 学校でいないの?」

「そ そんなの いないよ!」

「そんな 怖い顔して 怒らなくっても!」

「べ 別に 怒ってないよ!」

「ほらほら 顔 真っかっか! 本当は好きな人いるんでしょ? 言ってみなさいよ!」

「もー うるさなぁー!」

「ゴメン ゴメン そんな 怒らなくっても・・・ もう 聞かない! 聞かない!」

「ケンくんは やっぱり 歌手になりたいの?」

「えっ? ま まだ 判らない・・・ 俺 そんなに 才能ないから・・・」

「才能ないって・・・ そんなの 自分で決めたらダメだよ!」

「えっ?」

「それは 人が 決めることだよ」

「そうかなぁー?」

「そうだよ!」

「と ところで ルリさんは これからどうするの?」

「これからって?」

「ずっと ホステスさん 続けるの?」

「そうだなぁー どうしょうかなぁー」

彼女は、夜空を見上げました。

今では見る事が出来ない満天の星空でした。

「私の田舎ね これよりも もっと もーと 星がいーぱい 見えるんだよ!」

「そう・・・」

「もう 年だし そろそろ 決めないとダメなのかなぁー」

「決めるって?」

「それは 言えないな」

「もしかして 男の人?」

「バカ!」

「ゴメン・・・」

ふと彼女の顔を見ると目に涙が溜まっていました。

その涙はネオンの光が反射して七色に輝いていました。

「どこかに大金持ちで 地位も 名誉もあって 若くて ハンサム そんな人 いないかなぁー」

彼女はにっこりと笑って

「早く 歌たってみなさいよ!」

「今 そんな 気分じゃないよ!」

「酔ったら 歌ったってくれる?」

「えっ?」

「はぁー」

また、彼女の生温かいフェロモンが私の身体を駆け巡りました。



不思議なんですがその時に歌った歌 覚えてないんです。

その日から私は暑かろうが寒かろうが雨が降ろうが風が吹こうが、この橋の上で彼女を待ち続けました。

でも、二度と彼女がこの橋の上に来ることはありませんでした。

どこへ行っていまっのか・・・

あの涙に秘密があったのでしょうか。

あれから随分と月日が流れました。

でも、あの甘美なフェロモンの香りは今でも私の身体を駆け巡っています。


あれが、初恋と言うものだったのでしょうか。


キラキラと光る水面。

定年まで、私は自分の才能は自分で決めることなく生きて来ました。


もう、私は待つことはありませんでした。

だって、私には愛する家族が待ってくれてますから・・・






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