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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

八月蝉

作者: まゆりえ

 うるさい。

 うるさい。

 うるさい。


 うるさいは、漢字では確か『五月蝿い』とも書くんだったか。だが、今は5月でもなければ、蠅が飛んでいる訳でもない。


 夏休みに入ってから、僕の目覚ましは蝉だ。小さな庭にある、紅葉の木にとまった蝉の鳴き声に、毎日起こされる。


 いや、ウチのだけじゃない。


 この辺りは昭和50年頃に売りに出された住宅地で、どこの家も敷地が80坪前後はあり、庭もあれば木もある。その木にとまった蝉が、隣も裏も前の家でも鳴いている。


 ミンミンゼミやツクツクボウシなら、ここまでうるさいとは思わなかっただろう。それどころか、風情があるとさえ思えただろう。


 だが、今鳴いてるのはクマゼミだ。


 ただでさえ暑いのに、暴力的な音量の濁点の鳴き声が、暑さを助長させる。気温が高すぎると鳴かないようだが、聞きすぎたせいか、鳴き声が耳について離れない。あの下品な鳴き声が、常にどこからか聞こえてくる。


 うるさい。

 煩い。

 五月蝿い。


 うるさいは、『五月蝿い』では無く、『八月蝉い』と書くべきだ。


 いつからか、夜になっても鳴き声が聞こえるようになった。昼間は暑すぎて鳴けないから、日が落ちてから鳴いているんだろう。おかげで寝不足だ。


 ***


 登校日の朝、行きたくはなかったけど、親がうざいので、とりあえず行くことにした。

 今日の鳴き声は、一段と大きい。


 自転車の前かごに、ほとんど空のリュックを放り込み、ふと足下を見ると、コンクリートの地面にクマゼミが転がっていた。オレンジ色の腹が、目に付く。オスか。


 クシャリ。

 踏みつぶすと、軽く、小気味よい音がした。

 一瞬、鳴き声が止んだ。


 学校へ着き自転車を止めていると、後ろからいきなり首に腕が巻きつけられた。

「よう、久しぶりだな」

 面倒くさいのに見つかった。鳴き声がうるさくて、足音に気づけなかった。

「ちょっと話しがあるんだ。来いよ」

 そう言うと、僕の意思などお構いなしに、首に腕を回したまま、人気のない体育館裏にグイグイと引っ張って行く。

 奴の手首の骨が、首の脂肪に食い込んで、少し苦しい。


 引っ張って行きながら、奴はしきりに喋る。ナンパした女がどうとか、カラオケがこうとか、だから金が足りないとか。

 要はカツアゲだ。「金を出せ」の一言ですむ内容だ。なのに何故、こんなにダラダラ喋る。自分で自分の頭の悪さを謳っているようなものだ。


 これ以上喋るな。耳障りだ。

 蝉以上に耳障りだ。


 煩い。

 五月蝿い。

 八月蝉(うるさ)い。


 うるささに耐えきれなくなった僕は、思いっきり奴の腕を払いのけ、突き飛ばした。今まで逆らったことなかったせいか、僕の行動に不意をつかれた奴は、バランスを崩し、コンクリートの地面に派手に尻もちをついた。


 その瞬間、奴の第2ボタンまで開けたシャツの襟元から、オレンジ色のTシャツが覗いた。


 オスだ。


 僕はローファーのかかとの角を、オレンジ色目掛けて、力いっぱい落とした。くぐもった声が聞こえて、奴は仰向けに倒れた。でも、僕が望んでいる音は聞こえない。


 だから、何度も、何度も、何度も踏みつけた。

 胸も、腹も、鳩尾も、顔も。

 何度も、何度も、何度も。


 だけど、何度踏んでもあの軽快な音は聞こえてこなかったし、蝉は鳴き続けていた。

投稿日、十月。タイトル、八月。

季節感無さすぎて、申し訳ないです。

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