日誌4 つまりは、変態だ
日誌4 つまりは、変態だ 記入者・葵愛美
毎度前置きする事だが、私は日誌においては普通に話す。
私が出勤しているという事は、本日は土曜日だ。客も少なく、店内作業がはかどる日という認識になっている。
今日の出勤者は店長を除き三名。私、野中さくらさん、柳葉真志君。私以外の二人は店内作業であれこれせわしなく動いている。
野中さくらさんとは本日始めて邂逅したが、見た目通りの中身の可愛さと、それに似合わぬ仕事への積極性を持っている。一生懸命にせかせかと動く姿は本気で可愛らしく、あれで私の服を着ていたらどんなに……と。
そう言えば、朝会ったときにこんな会話を交わした。
「愛美さんは、何でそんな格好をしてるんですか~?」
お互いの名前を名乗った後に出た第一声がこれだった。
当然のことながら、本日も私はゴスロリ服(細かく言えば色々ジャンルはあるのだが、ここで主張するような事でもないと推測する)に身を包んでいる訳であり、野中さんの発言もこれを差してのことだろう。
「………」
理由を聞かれてもこの子を納得させるだけの理由を説明出来そうに無いと思い、こう返した。
「なら、何故あなたは、そういう格好をしているの?」
「えっ!?」
目をまん丸にして反応した。とても意外な返答だったらしい。
「なぜ、私のような格好を、しないの?」
「ええ!?」
困っている、うん、可愛いなぁ。
「この格好は、割と世間で広く認知された、常識の範囲内の格好」
「本当に!?」
本気で驚いている顔だ。……いや、考え出した。どうやら記憶を辿っているらしい。きっと無駄だろうが。
しかしせっかくなので、追い討ちを掛けてみる。
「……ねえ、キバ君、ちょっと」
たまたまそこにいた柳葉君を手招きして呼ぶ。
「俺は結局キバで定着っすか……。で、何すか?」
朝故か、少々眠そうな彼に私は質問する。
「私の、この格好、知ってる?」
「……?、そりゃあ、まあ。」
「じゃあ、何て、名前?」
「あ~……、ゴスロリファッション、っすよねぇ?」
それを聞いて、私は野中さんに再び目をやる。
「……と、いうこと、ね」
「おお~っ」
彼が一応知っていた=世間的にも知られている、という図式を示してみせる。本当は彼が知っていても不思議でも何でもない世界の物なだけで、世間的に認められているのかは甚だ疑問ではあるのだが。彼が世間一般の代表ではないという事は本人も自認の事であろう。
それでも野中さんにとっては充分であったようで、もの凄く納得したように頷いている。彼女はそれなりに世間知らずらしい。どういうご家庭で育って来たのか、その内明らかになろう。
「じゃ、じゃあ私も今度こういう服を買ってくるねっ!」
「あ、うん、……やめて」
こういう事言い始めてしまうのだから。私のせいで道を踏み外されても困る、それなりに留めておくべきであろう。そして私以外にこのスタイルをする人がここに現れても困る。
そしてもう一人のバイト、柳葉真志君。私とは仲良くなれそうな匂いがする男性。
野中さんとは真逆に、常にクール、やる気無さげ、でも仕事は出来てしまう。いわゆるやれば出来る人、その点でリアと気が合う気配。そしてかなりの女性好き、その点で水音と気が合う。更にそれなりのオタクと公言、この点で私と気が合う。言ってしまえば新人という点で野中さんとも気が合うと推測される。
本人はこの職場はハーレムだと述べていたが、ある意味その通りである。私の中の「感覚」も告げたが、彼に対してここの女性陣は相性が良い。普通に接してさえいれば放っておいても良い仲になるというのが私の「感覚」の意見なのだが、彼はその欲望を全面に押し出すきらいがあるので素直に好感を持たれないというのが現状である。
本人はそれでも「自分に正直なだけっすよ」と言い態度を軟化しないのだが、それが果たして本音なのかどうか分からない。本気であるなら、特定の人間と特定以上の仲になるのは困難だと思われるのだが…何も言うまい。
彼とは、私自身がそれ程口数も多くないのもあって会話する事も少ないのだが、彼のほうから話しかけてくれる事も珍しくない。だがまあ、そういうときには大抵こんな会話になる。
「最近、深夜アニメにあまり魅力のある作品が無いんすよね~」
「同感。似たようなのが、多い」
「萌えばかり追求されても飽きてきちゃうんすよね。エロシーンばっかでも飽きますけど」
「大事、なのは、内容」
「そうっすよね~」
「と、美系、キャラ」
「あれ、中身は!?」
……仕事中にする話ではない。ないが、暇なんだもの。
「愛美ちゃ~ん?お仕事してね~?」
店長が何故か売り場に来ていた。おかげで怒られた。今レジにはお客は誰もいないのに……。
しかし夕方になると、土曜日でもそれなりにこの店も忙しくなる。会社帰りのサラリーマンや買い物中の主婦などが訪れるからだ。
私もそれなりの期間ここで働いているため、客も馴染みの顔が多い。口うるさく私のファッションをからかうおば様や、若い女性に飢えていそうなおじい様などは、相当いる。勿論、客ではない、いるだけの男達も。最早新規の客が来れば分かってしまうほどである。
水音やリアはそれを楽しんでいるかもしれないが、私はそうではない。私はどこであっても、ただ一人、共感者がいてくれればそれでいいのだ。それさえ見つかれば、ここにも未練は無いのである。まあ、今の所客の中にはいないからこうして客馴染みになるのも耐え忍んでいるのだが。
「何暗そうな顔して思っても無い事思ってるのよ」
と、突然降って沸いたように私の目の前から声がかかる。
「あ、リア……、何でいるの?」
「何でも何も、買い物に来てるのよ?それに、ちょっとおすそ分けにね」
そう言って、リアは買い物かごと、近くの洋菓子店の包みを私に見せる。かごの中には女性に必要な物やら化粧品やらしか入っておらず、それ程売り上げにはなりそうにない。
が、それより気になるのは、洋菓子店の包みの方。
「シュー、クリーム、ある?」
「あるわよ。愛美の好みくらい把握してるってば。まあ、他の二人の好みはさすがに知らないけど」
「聞いて、くれば、いいじゃない」
頬を赤くして少し恥ずかしそうに、異性に「好きなもの、なあに?」と聞くリアの姿が是非とも見てみたい。
「しないわよ、そんなこと」
「――!」
「驚く事?心の声、思いっきり漏れてるわよ」
「げ、そう、だった?」
「まあ、さっき私が来たときからはずっと。面白そうだから黙って聞いてたけど、突っ込みたい気持ちに負けたわ。」
「……、リア、意地悪」
「意地悪でも何でもないわよ。それに、ここ以外でそのファッションでバイト出来る所なんてこの辺であると思ってるの?店長が寛容だから許されてるけど、都心まで行ける体力も無いから専門店で働けないって面接の時泣いて頼んだって聞いたわよ?それが未練も何も無いなんて言っていいの?」
「あぅ……、何で、バラすの……?」
「孤独なキャラ作りされたら面倒だからよ。本当はただ口下手なだけなんでしょ?」
リアにはいつもこんな感じで言い負かされてしまう。リアの弱点は知ってはいるが、それを絡められないと口では勝てない。この流れでは無理だ、さっきは惜しかったが。
リアは私に言うだけ言って会計を済ませ、事務所へ入っていった。誰にも食べられないといいなぁ、シュークリーム。
その後、忙しくなりそうだったので、もう一台のレジに野中さんが入ることになった。彼女もまだ勉強中であったのでいい修行になるだろう。
事実、二人で回していてもレジはかなり混雑してしまった。野中さんは大慌てで困っていそうだったし、私もあまり店内の様子に気を配る余裕も無かったほどだ。
「愛美さんっ、五千円札が足りませんっ!」
「なら、こっちのと、交換」
「愛美さんっ、レジ袋が無くなっちゃいましたぁ~!」
「後ろの、下の棚に、入ってる」
「愛美さんっ、このお薬って何処にあるんですかぁ~!?」
「右から、三番目の棚の、上3右6」
……こんな具合である。私はこれを全て真横の野中さん側を見ずに言っている。
「ま、愛美さぁ~ん!」
「……、今度は、何?」
「あ……、あの……」
……今度はなかなか言い出さない。こちら側の客が少し途切れたので手を休めて振り返って尋ねる。
「怒らないから、言って、……?」
見ると、野中さんは何かに怯えたようにこちらを見て涙ぐんで震えていた。レジにいた客も目を丸くしてこちらを見て驚いている。
何か私が奇想天外な事でもしていただろうかと思い返してみるが、全くもって思い付かない。服装に乱れが生じていたかと思ったが、いつも通りの可愛いコスチュームだ。めくれたりもしていない。
しかし、未だに野中さんの怯えは解けていない。私の方を指差し、ガクガクと震えている。……いや、よく見ると、私の肩より少し上を指しているようにも見える。
「う、後ろ……後ろにぃ……」
「え、後ろが、何……?」
よもや幽霊でも私に憑いているのだろうか、こんな夕方から―――
「………………」
振り返った私の視線の先にいたものに、私は迂闊にも硬直してしまった。私の外見的にはおそらく無表情のままに見えるのだろうがこれでも本気で驚いていた。
野中さんが指して私の視線が向いた先にあるのはこの店の出入り口。が、問題はそこではない。
ドアの前に立っている、明らかに異質な存在、の方である。
身の丈、六尺程。寒くも無いこの季節に漆黒のコートを纏い細身の全身を隠そうとしている、おそらく体格からして男。
そして、何より異質な存在へとその男を成り上げているのは、両手に持つ出刃包丁と黒光りするピストル―――ではなく、
「……、……、オムツ?」
その男が顔を隠すために被っている物が、介護用の純白大人用オムツであることだ。
……まあ確かに覆面と言うか、フルフェイスのヘルメットと言うか、そのような役割を果たしているとは言えなくもないのかもしれない。しかし、その様はどう見ても変態だ。下着泥棒が盗んだ下着を頭に被っているかのような、もしくは野外プレイに勤しんでいた直後のような……。
つまりは、変態だ。
いや、まあ、強盗だ。
どれだけおかしく奇妙で奇天烈な格好をしていようが、武装しているという事は強盗の類なのだろう。そういうことで話は進めておく。
ちなみに、被っているのはアクトンという名前のオムツなので、アクトン仮面とでも名付けておこう。
店内は、この奇天烈な乱入者によって(いろいろな意味で)騒然としている。ひそひそ奇異の目を向けて話すおば様方や、写メを撮る女子高生、突っ立っているだけのご老人と、反応は様々だが、基本近付こうとしたりはしない。あまりに奇妙なので逃げようとする人もいないくらいだ。そういう意味ではアクトン仮面もやりやすいだろう。
アクトン仮面は、ゆっくりと私のいるレジの方に近付いて来る。私も正直これでも仰天しているので体が動かない。それ以上にこのアクトン仮面が何をこれからしでかすのか興味もあるため動かないでいるというのもある。
そして私の眼前に辿り着いたアクトン仮面は、オムツのせいでかなりくぐもった声でこう言った。
「れ、レジを開けろ。開けないと、酷い目に遭わすからな」
出刃包丁を私に向けるアクトン仮面。声の具合から四、五十代か。揺れる様子も無い事から、心理状態はそれ程揺れてはいないようだ。
しかし、うん、どうしようか……。
無表情が幸いしてか、相手は私が固まっていると思っているようだし、対策を考える時間はたっぷりありそうだ。
本来なら素直にレジを開けて内部の現金を差し出してお引取り願うのが定石であろう。が、このアクトン仮面に素直に差し出すのは非常に癪に思う。
とは言え、私一人でどうにかするには無理がある。後ろの野中さんも先程の様子から怖がっているだろうし。勤務二週間で強盗に遭遇するというのも貴重な体験であろう。よかったね。
それよりも、いつまでも睨み合っている訳にもいかない。いい加減何かの行動を起こさねばアクトン仮面も焦れて何をしでかそうとするか分からない。考えてみればこの店にはこういうときの妙案があるのだが、今それをするためには時間を稼がなければならない。仕方が無いので動くとしよう。
「……私、レジ、開けられない」
ほんの少し、見慣れない人には分からないレベルの当惑を瞳と表情に乗せ、上目遣いになり呟く。
「ああ?そんな訳無いだろう!」
そう、そんな訳無い。開けるのは簡単だ。名札のバーコードをスキャンしてボタンを押せばいい。
「新人だから、開け方、知らない……」
そう言っておく。これにより、事態は次のステップに進めそうなのだ。
案の定、アクトン仮面は今度は奥の野中さんに同じようにレジを開けるように迫る。野中さんは当然ながら新人なので本気で開け方は知らないために、私と同じセリフを繰り返す。泣きながら。
……これならば、何とかなるだろう。
「チッ、じゃあどけよ!」
アクトン仮面は私を強引に押しのけ、レジをガチャガチャいじり始める。今時のレジは叩こうがどうしようが開きはしないが、オムツを被っていておつむが弱くなっているのかアクトン仮面は無駄な事に勤しんでいる。喚き、叫んで、やかましい。
私は野中さんに視線を向ける。野中さんは泣きそうになりながらも私の視線に気付くと、どうしたらいいのかを聞きたそうに手をプルプルと伸ばしてくる。
私はそれに対して、そっと自分の唇に指を当て「静かに」とメッセージを送る。そう、ここまで来れば私達がやることはもう殆どない。既に、私達がチェックをかけたも、同然だ。
「……あ~?……何事だこりゃ?」
……あ、予定外の方が来てしまった。
店の外で店頭の商品を陳列していたキバ君が呆けた様子で店内に入ってきた。騒然とした店内の様子にキバ君も怪訝そうだが、アクトン仮面を見つけるとさすがに目を丸くした。
「………………………………ぷっ」
じっくり貯まった笑いメーターが堪え切れずにほんの少しはみ出してしまったのを、アクトン仮面はめざとく見つけた。気付かなければそれはそれで違う手法が取れたと言えばそうなのに。
結局、私や野村さん共々キバ君も包丁とピストルを向けられてレジ横の壁際に整列させられた。
「あそこで、笑うとか、どうなの」
「いや、すんません。つい……」
ボソボソと言い合う私達。私にも、キバ君にも、焦りの色は全く無いが。
「で、ででででも、ど、どうしたらいいんですか……?」
対して、私の後ろに半分隠れるようにして私の袖を掴む野中さん。本気で怖がっているらしい、可愛いなぁ。ここまで来れば私たちに被害が及ぶ事など無いようなものなのだが、そこはまだ知らないのだろう。
キバ君が落ち着いているのは、単にそういう性質なだけだ。
「まあ、このままにするのも、良くない」
ここにいる中では最年長として、二人を誘導するのは今の所私の役目だろう。アクトン仮面がレジと格闘している間に、こちらもこっそり打ち合わせ。
「……どうにかする気なんすか?」
キバ君が嫌そうな、面倒そうな顔をしてそう聞く。
私の考えがおそらく、キバ君でどうにかするという内容だと思っての発言だろうが、それは実際は保険のようなもので、私の考え……というより、ここでの常識は別である。
あと、念のため聞いておく。
「ちなみに、キバ君は、刃物怖い?」
「は?……まあ、そりゃあ人並みには」
唐突の異質な質問なので嘘はつけないだろう。安全には最低限気を払わなければならないので。
「ならキバ君は、いつでも動けるよう、ここで待機」
「え、あ、はぁ……」
理解が追いつかないという感じで反応するキバ君。彼は状況が動けばすぐに私の狙いが分かるだろう。
「野中さんは、私と一緒に、いればいい」
言われた野中さんは、涙目になりながらもコクコクと頷く。割と必死に袖を掴むので、服が皺になってしまいそうで心配だ。
アクトン仮面が入ってきて、既に三分が経過している。さすがにもうお客の中の誰かが警察に通報でもしているだろう。もう数分すればサイレンの音でも聞こえてきそうだ。
そうなる前になんとかしなければならない。
速やかに、この強盗、もといアクトン仮面を取り押さえなければ。警察が来てからでは面倒だし、犯人確保の機会を逃しかねない。
……では、ボス戦を、開始しよう。
敵、アクトン仮面、1ひき。
対して、こちらの戦力は……、
「……あら?何の騒ぎ?」
購入したものを持ちようやく事務所から出てきてくれた、藤沢リア。1ひき。
「誰が1ひきよ。……で?この見事なまでに強盗に入られた感のある空気は……、そういうものとして受け取っていいわけ?」
「うん、そう。お願い」
リアの堂々とした立ち振る舞いに、と言うか、静かな店内で通常音量で会話した声に、アクトン仮面も当たり前のようにリアの存在に気付いた。
アクトン仮面の珍妙な姿を一瞥し、リアはその鋭い眼光を僅かに光らせる。アクトン仮面はそれに一瞬ひるむも、新たに現れた自分の敵に警戒心を働かせ、両手の武器をリアに向けて威嚇し始めた。
「……………ふうん?」
リアはアクトン仮面の武器を見て不適に微笑むと、私に買い物袋を預け、アクトン仮面には目もくれず店の出入り口の方に歩き出した。そして、出入り口の前に堂々と腕組みをして立ち塞がり、アクトン仮面に向けて言い放つ。
「もう逃がさないわよ、アホ仮面」
「な!?」
あ、アホ仮面になってしまった。
勿論「な!?」と言ったのはアクトン仮面、もといアホ仮面である。アホ仮面でいいか、もう。
私は場を盛り上げるために、一言付け加える。
「……総員、戦闘、配備」
わざと聞こえるように大きめの声で私が言い、アホ仮面が振り返った瞬間、店内にいるいつもの男共がまるで軍隊のように統率された動きで全員で(と言っても十数人だが)出入り口を自らの体で塞ぎ、店内を封鎖した。
そして何故か店内の照明が一部消え、入り口付近の部分のみが照らされ、嫌が応にもこのボス戦に店中の人間の視線が集まるようになった。店長の差し金か。よく分かっている。
ちなみに店内の出入り口付近は四メートル四方程度の空間がある。いいリングだ。
アホ仮面はこの状況に激しく動揺し、周囲をきょろきょろと見回し刃物を無闇に振り回す。その辺には誰もいません。
「何をしている、愚か者!」
アホのアホな行動を見て、リアが一括。アホ仮面はそれまでの混乱っぷりをぴたりと止め、恐る恐るっぽくリアに向き直る。
「今、貴様に出来るのはこの私を倒し逃げ出す事のみだ!どうせ数分もすれば警察がやって来るだろうからな、そうすれば貴様には万に一つも勝ち目は無い。立てこもろうにもこの人数差だ、ジリ貧になろう。ならば、唯一の逃げ道である正面入り口を突破する以外には無い!周りの人間には手は出させないでおいてやる。貴様も貧弱なりに男なら、自らの力で自らの活路を切り開いて見せろ!」
リアが威風堂々と口撃を放つ。
厳密に言えば、私や野中さん、その他お客を人質に取ってしまえば確かに逃げ道にもなり得るかもしれないのだが、私たちの横には一応男性であるキバ君が作業に使うカッターを手に睨みを利かせているし、周りのお客もそれなりに距離が離れており、わざわざ捕まえに行く前に、取り押さえられかねない。
ならば、リア一人が相手の正面に行くのが普通に考えてまともな考えである。普通に考えて、だが。
「る、るせえっ!そ、そこどきやがれっ!」
いきり立ってリアにピストルを向けて脅しかけるアホ仮面。その手は小刻みに震え、興奮状態にあるのがよく分かる。
「そんな震えた手で、撃てるのかしら?」
ニヤリとするリア。ピストルを向けられても一ミリたりとも後ずさらない精神力……と言いたい所だが、私とてあんなもの向けられても震えたりしないだろう。それは私が鈍いとか図太いとかそういうのではなく、
「まあ、撃てて当たったとしても、痛くも痒くも無いけどね。そんなモデルガン」
「っ!」
アホ仮面が激しく動揺した。本当にあのピストルはおもちゃであったらしい。確信は無かったが、ご本人が証明してくれた。
造りからして何となく安っぽかったのでピストルの方はおもちゃだと思ってはいたが、反対に、包丁の方は当たり前に本物だ。包丁の偽物は用意する方が大変であろう。
故に、私達は近付かなければ何一つ危険は無いのである。
そして、リアに限っては包丁の一つや二つ何でもないだろう。
「こら愛美、私は化け物か」
あれ、ここも心の声が漏れていただろうか?だとしたらアホ仮面と言ってごめんなさい。そんなこと思ってないです。アホだとは思ってますが。
「キバ君、私の声、漏れてる?」
「いえ、多分リアさんの超感覚じゃないかと。少なくともこの密接していそうな距離で愛美さんの声は普通に聞こえ辛いです。」
ならいいのだけど。こっちにアホ仮面の目が向いても困りものだ。
そうこうしているうちに、アホ仮面はレジ台の中から出てきてリアと正面から向き合った。結局レジは開けられなかったらしい、ざまあ。
その代わり相当レジに傷が付いてしまっているけれども。可哀想に。
「やっとやる気になった?」
リアは形のいい胸を前に突き出し、思いっきり背伸びをする。
アホ仮面の方はようやく色々馬鹿にされているらしい事に気づいたのか、呼吸を荒くしてはぁはぁ言っている。
本気で変質者に見える程に、キモい。
リアもさすがにそこら辺には悪寒を感じたらしく、伸びきった後に嫌そうな顔をした。
「あ、あの……、愛美さん」
アホ仮面が離れて少し安心したのか、やっと泣きそうになっていたのを堪えきった野中さんが何やら心配そうに聞いてくる。
「リアさん……、大丈夫なんですか?相手、大人の男の人なのに……」
本気で不安そうにリアのほうを見ながら言う。
今まで誰一人としてこのまともな思考に辿り着かなかった(もしくは分かってて言わなかった)のは不思議であるが、それには分かりやすい理由がある。そしてそれは、過去にこの店においての窃盗被害件数0というデータにも表れるものであった。
つまりは……、
「圧倒的に、強いのよ、リアは。何せ――」
私が言葉を続けようとした瞬間、アホが動いた。
包丁を振りかざし、リアに切りかかっていく。
アホ仮面の攻撃、しかしリアはひらりと身をかわした!
「何せリアは、藤沢流道場の、跡取り娘だから」
リアの腹部への強烈な回し蹴り、アホ仮面に364のダメージ!
「ご、ふぁ……」
アホ仮面はリアの回し蹴りをまともに受け、レジ台まで吹き飛ばされた。強かに背中も打ちつけ、痛みに挟まれている状態であろう。ご愁傷様。
「……う~ん、いまひとつね、今の蹴り」
片足を軸に蹴りを放った姿勢のままリアは今の自身の攻撃を振り返る。常人からすればかなり決まったように見える今の蹴りだが、満足ではないらしい。
と、かなりうるさく咳き込みながらもアホ仮面は起き上がった。アホ仮面がタフなのか、リアの言う通り決まっていなかったのか、復帰が早い。
アホ仮面はまだ逃げる意思を捨ててはいないらしく、出口を見据えている。しかし、足元はフラフラでガクガクだ。
「今度は、決める!」
立ち上がった敵に対し、リアは嬉しそうに微笑んだ。
リアの縮地法、アホ仮面との間合いを一瞬で詰めた!
リアの刹華獣連撃、会心の一撃!アホ仮面に999のダメージ!アホ仮面に999のダメージ!アホ仮面に999のダメージ!アホ仮面に999のダメージ!……――――――……アホ仮面に999のダメージ!
リアの一本背負い、アホ仮面に582のダメージ!
宙を舞い、床に叩きつけられたアホ仮面。リアの刹那の乱舞に、周りで見ていたお客一同から拍手と歓声が沸いた。
……死んでなきゃいいのだけど、アホ仮面。
「う~わ、あのオッサン気の毒だなぁ~……」
私の横で見ていたキバ君がかなり同情的な視線を向けている。
更には私の影で隠れて見ていた野中さんに至っては、口をぽかんと開けて呆然としている。普通に暮らしていればまず目にしない光景だものね、リアの必殺技「刹華獣連撃」(目にも留まらぬ速さの十連撃)とか。
被害者のアホ仮面は、もう完璧にボロボロで床に倒れている。背負い投げられた勢いでオムツのアクトンが取れてしまって素顔も丸出しだ。
その素顔を見れば、正直見知らぬ薄汚いオッサンであった。
「この店に来た事が無かったのね、この人。納得だわ」
リアが汗一つかかずに、僅かに乱れた髪をさらりと流しながら言う。
「リアを知っていれば、ここに強盗なんて、来る訳ない」
「だろうな……」
藤沢リア。父はバーリトゥードを操るイギリス人ハーフの現役SP、母は空手、柔道七段の、地元、藤沢流道場女性師範、本人は両親の格闘技を受け継いだ藤沢流道場師範代である。
地元の人間が、そんな人間がいる店に強盗に来る訳がない。
お客の中にも初めて来た人はいたと思うが、大多数の地元の常連客は私のように、リアがいるなら強盗くらい何の問題にもならないと思い、むしろ楽しんでいただろう。そして何も知らなかった強盗に同情したはずだ。
「何にせよ、これで、一段落」
じきに警察もやってくるだろう。アホを取り逃がすことも無く、平穏無事な解決だ。
「……………」
と、私の横にいたキバ君が、どこか納得行っていないような顔をしていた。
「じゃあ、警察が来るまでこのまま適当に縛り上げて……」
「いや、待ってください」
リアが場を仕切ろうとした瞬間、キバ君が歩み出てそれを制した。これまで何の役にも立たなかった(敢えて立たせていなかった)彼が、この全て無事に終わった場で何をしようというのか。
「このまま、逃がしたげましょ」
「は!?」
リアが素っ頓狂な声を上げたが、私も似たようなものだ。
なぜここでわざわざ犯人を逃がす必要があるのか。
そもそも逃げられる体力が残っているのやら。
「リアさん、全力でやってるように見えて、脚に関しては殆ど狙ってなかったっしょ?優しいじゃないっすか、リアさん。その優しさを汲んでのことっすよ」
「う……」
リアが照れる。そのままデレればいい。
いやそうじゃなくて、見るとこ見ていたんだなキバ君。いつもリアは基本ボディを狙って脚は狙っていない。それは逃がすためではなく、相手の今後の事を気遣っての事なのだが。
それを見抜いて逃がす事を提案したキバ君は、はて優しいのかどうか分からないけれど。
キバ君はそのまま倒れているアホ仮面もといオッサンに近付いて、もの凄い情けをかけているような優しい声で言う。
「それに、こんな衆人環視の中で捕まっちゃうなんて恥ずかしい事この上ないじゃないっすか。ひそひそ話題にされながら、こんな若い女性にフルボッコにされたのが警察にも丸分かりな状況で捕まるなんて、男としてはトラウマものっすよねぇ?」
催眠術でもかけるようにオッサンに囁くキバ君。まあ効いていないとは思うが、オッサンはキバ君に諭されていることがそもそも悔しいのかキバ君を睨みながら打ち震えているが。
「リアさん、武士の情けっす、今は逃がしてやって下せえ。……どーせ後で捕まるんすから」
何故か江戸っ子臭く喋るキバ君。ただのノリだろうが。武士の情けとか言った。
リアはリアでそういうフレーズに弱いのか、軽く頭を掻いて考えた挙句、入り口を塞いでいた男共を下げさせた。
外の世界への道が、正に希望に繋がるかのように光り輝いて開かれた。
……実際、暗かったし、店内。明るいよね、外。夕方だけど。
「じゃ、頑張って逃げろや、オッサン」
「……礼なんか、言わねえぞ」
「いらねーよ」
キバ君もオッサンから離れ、道を開ける。オッサンもノリの良い事だ。
何だか、安い刑事ドラマか何かのクライマックスシーンを見せられているかのようだ。近くに東○撮影所があるからって今ここでこんなことしなくてもいいだろう。ていうか撮るまい、こんなシーン。
ちなみにオッサンの持ち込んだ凶器は、リアが回収済み。オッサンは丸腰のまま逃げなければならない。
いよいよもって、逃がす意味が分からない。
それでもオッサンは、フラフラしながらも逃げていった。逆光の中、もの凄く哀愁漂う後姿で。……まあ、逃げるのなら精一杯逃げていただきたい。
「……柳葉、本当に何で?余計な手間、増やしただけじゃないの?」
リアが、嵐が去って静まった店内でキバ君に尋ねる。本心で納得して逃がしてあげた訳じゃやっぱりないらしい。
「私も、本当に、疑問……」
安全になったので私も前線に合流する。
一緒にくっついてきた野中さんは、
「柳葉さんやさしーからですよ!」
と言って来るが、そうは思えない。
が、当のキバ君はどこか遠くを見るようにして、
「いや~、酷く個人的な理由っすよ……」
としか言わない。
リアや私が心から疑問に思って、顔を見合わせて首を傾げ合った瞬間、
「ふぎゃーっ!」
「「「!?」」」
外から、男の下品な悲鳴が響き渡った。
「お、ktkrっ!」
キタコレって……。ktkrなんて言ったら知らない人は分からないじゃない。事実リアと野中さんは頭に疑問符出てるし。
ウキウキしながら外に出たキバ君を私達が追うと、店を出て数歩のところに、再び倒れてうずくまっている先ほどのオッサンが。オッサンは非常に痛そうに左肩を押さえ、顔を真っ赤にして震えていた。何があった。
「気持ち良いほど素直に引っかかってくれたんだなぁ~」
今度は逆にかなり納得した様子でキバ君は頷く。本当に、何があった。
「……あら、あの鞄は?」
リアがオッサンの足元に落ちている黒いスポーツバックを見つけた。そのバックをリアが持ち上げようとすると、何故か険しい顔をしてその動きを止めた。
「っ!?これって――」
「あ、気を付けて下さいね。中にぎっしり猫砂詰まってるんで」
しれっと言うキバ君。
「外にいたんで中の様子は丸見えでしたし、何か不信な鞄が落ちてたんで、まあ犯人のかな~?と思ったんすよ。中身着替えだったし。で、面白そうだったんで、予め店頭に出てた猫砂どっさり詰めといたんす。逃げるときに慌てて持ち上げようとすれば脱臼でもするくらいに。で、見事にこうなったと。本来その後でフルボッコにでもするつもりだったんですけど、その必要も無かったっすね」
鞄の中身を出してみると、商品の袋詰めされた猫砂が五つも出てきた。猫砂は一袋の重量が約八キログラム、四つもあれば四十キログラムを超える。
中身が着替えの服だけと思って逃げながらそんな物片手で持とうとすれば……、まあどうなるかは目の前に実例がある。下手したら腰も痛めているかもしれないな。事前にダメージをこれでもかともらっているから、正に抵抗力0のトドメだったわけだ。
「つまり、逃がしたのは、わざと?」
「そっす。折角仕込んだのに使われないのはつまんなかったんで。まあもっともらしく理由を付けて」
あのままだと仕込んだトラップが見つかる事無く警察に捕まる流れだったからああしたと。言ってしまえば、証拠品に猫砂詰めていたずらしたって怒られるかもしれないわね、後で。そのためにも使われなければいけなかったと。
それ以前に、彼は何もかも分かった上で店内に入って来て、何も分かっていないふりをして無抵抗の立場を演じていたという事か。
「柳葉……、結果として上手く行ってるからいいけど、その考えは下手したら怪我人が出てたかもしれないわよ?」
リアが叱るように言った。が、
「何言ってんすか、リアさんがガチバトルする方が普通に考えてよっぽど危険っすよ。俺の方がマニュアルにも沿ってるでしょ?」
「わ、私は心配されるほど弱くないし、場数だって何度も踏んでるわ!」
「強さや場数の問題じゃねっす。可愛い女性を矢面に立たせるって何なんすか。そんなんするくらいなら俺が対応して平和的に帰ってもらった方がまだ良いっすよ。愛美さんも、リアさんが強いからって頼りすぎたらダメっすからね?店長にも言っといてください。あと周りのバカ共にも」
「……うん。そうね、反省するわ」
諭されてしまった。
第三者から見れば当然の話だが、私達はこの楽しく楽な感覚に馴染んでしまっていた。そうね、一歩間違えばリアに危害が及んでいたのかもしれないのに、それを楽しむどころか当たり前に利用していたのは反省しなければいけないかもしれない。
だって……、リア、強いんだもん。
しかし、さすがは女性好きのキバ君。動機はどうあれ(例えトラップの自己満のためだとしても)、リアの事をちゃんと気遣ってくれているのはいい事だ。そこは私も見習わなければならないな。
……ん?サイレンが聞こえてきた。ようやく警察のご到着のようだ。
店長もようやくほんわかしたまま出て来て現場の仕切りを始める。ある意味一番楽しているのではなかろうか。
私達も業務に戻るため店内に戻ろうとしたのだが、
「……リア?」
キバ君と野中さんが戻る中で、リアだけが突っ立ったまま。
「………?」
顔を覗き込んでみると、何だか顔が赤い。何か我慢しているかのような、堪えているかのような。別にトイレじゃなかろうが。
……ああ、なるほど。分かった。
「……リア、可愛い、女性だって」
「~~~~~~~~~~~~~~っ!」
あ、一気に真っ赤になった。
女の子扱いされるのに慣れてないんだね、知ってたよ。
実際可愛いのだけれど、リアは。可愛いというよりは綺麗系なのだけれど。中身が可愛い。
お、走って店内に入って行った。と思ったら、中で鈍い音がした後にキバ君の「ぐはっ」って声がした。野中さんが「柳葉さーん!」と心配そうに叫んでいるのを聞くに、八つ当たりされたんだろうなぁ、可愛そうに。折角格好良く決まったのにね。
この後は、特に記載する事項は無し。普段通り。
(ふ、普段通りって、私大変だったのよぉ~? みちる)
(店長、警官と井戸端会議してただけじゃないですか 真志)
(犯人の人は、普通に逮捕されたそうですよ~ さくら)




