日誌1 バイトって想像以上に大変っすね
日誌1 バイトって想像以上に大変っすね 記入者・柳葉真志
勤務一日目で俺が業務日誌書かなきゃいけないとかどんなだよ。まあいいか、やらなきゃいけないならやりますか。
えっと、まず今日から俺(ともう一人)がバイトすることになった、東京都某所にある「さくらドラッグ」は、地元密着って感じの、それなりに大きいドラッグストアである。
と言うか、そもそもドラッグストアって物がどんななのか俺自身よく分かってなかったので改めて学習するのだが、医療品などの薬系のものを売っているのはまあ当たり前で、他にもパンやカップ麺なんかの食品、日用雑貨、健康食品、ペット用品、介護用品、化粧品、果ては便利グッズのようなものまで扱っている、雑誌とおにぎりが無いコンビニのようなものだ。それでいてコンビニなんかより圧倒的に安い。
だもんで、客層はお買い得な品物に目が無い奥様や、ご近所のご老人なんかが中心……な筈なのだが、
「……あの、店長」
「なあに、柳葉君?」
「何でこの店、こんなに野郎の客が多いんすか?」
何故か否モテ系や地味な草食系男子の姿が異様に多い。ぶっちゃけ若干同族な気配がこいつらからプンプンしていて嫌だなぁ。
店長の双葉みちるさん(二十七歳、既婚者らしい)は、
「う~ん、何でなのかしらねぇ?」
と首をかしげているが、基本的に野郎共の考えは俺と一緒だろう。
可愛い女の子目当て
俺がこのバイト先で働く理由の第一くらいに挙げたのだが、この店は従業員がみんな異っっ常に可愛い!腐っても医療関係の店である(かどうかは微妙なところだが)ので、病院のように、働いているのが基本女ばかり!そして最早顔で選んでいるんじゃねえかというくらいのルックスの素晴らしさ!モテない男共にとってはここは身近にある心癒される楽園のような場所なのだ!
……と力説するのもキモい話だが、そういうことだ。可愛い女の子が集まる誰でも入れる店があればそりゃ男は通うよなってことだ。そしてそんなハーレムワールドに一人入れた俺、勝ち組じゃね?って話だ。様々なタイプの女性を選び放題!一人を徹底的に愛しぬくのも良し、ハーレムルートとして楽園の主を目指すも良し、もうムフフなバイト先なわけで……
「あの、柳葉君?お仕事中にその緩みきった顔はちょっと良くないわよ?」
「……あ、すんません。つい」
横道に思考が反れたが、取り敢えずこの店についての復習は終わり。まあ、女性に囲まれ嬉しい職場だなってことだ。
「……というわけで二人とも、今日から早速だけど接客もやってもらうわね?」
「は~い!」「ふ~い…」
店長の指示に二人の返事がハモッた。俺と、そして無駄に元気一杯なもう一人。
「よろしくね、柳葉さん!」
低い位置から存分に顔を上に向け、ハイタッチしたいかのように右手を上に上げながら俺に挨拶してくれるのが、もう一人の新人である野中さくらさんである。某声優さんに間違いそうな名前だが、見た目は異なり非常にちっこくて愛らしい。高2の可愛い系キャラとして登録である。つーかギュッとしたいなぁ、ぬいぐるみ的な意味で。
ちなみに本日は店長と俺ら二人以外出勤していない。店長と新人二人って危険すぎだろう、店回せるのか?
「えっと、まずお仕事に必要なのは、笑顔、よね」
店長が模範的な笑顔を見せながら俺らに教示する。笑顔って……なぁ?
「さくらちゃんは…問題無さそうね」
はえ?と言った擬音が付きそうな顔で首をかしげるさくらちゃんは、うん、確かに接客用も何も無いグッドスマイルの持ち主だもんで、当然そうなるわな。で、
「柳葉君は……、―――」
店長の顔が固まる。言われなくても分かってますって、十九年仏頂面して生きてきてる俺が笑顔なんてそうそう出来るかいって事ですよ。……っていうか、二人してあんまりじっと見ないでいただきたいんですけど。
「……柳葉さんって、笑顔よりムスッとしてる方が良くないですか?」
「あ、さくらちゃんもそう思う?そうなのよねぇ~」
……はい?
「柳葉君、割と顔が整ってるから、無理に笑顔にならなくてもいい気がするのよねぇ~。あ、でもお客様には親切にね?」
何だか知らないが、そんな理由で俺はノー笑顔で良いという事になってしまった。ノー笑顔で客には親切にって、なかなか難しいんじゃなかろうか?いやそもそも、俺って顔整ってるのか?そんなこと言われたことも無いんだがなぁ。まあ、言われるような人付き合いもしてなかったんだが、二次元以外では。
そんなわけで、続いてキラキラ笑顔と鉄仮面が並んでレジ業務をお勉強する。客の奇異な視線が痛い。
店長の作業を見ながらさくらちゃんは必死でメモを取っているのだが、俺はあまり客にこの顔を見せるのもどうかと思ったのでちょっと下がってマニュアルを見ながら作業もチラ見するという事をしている。
しかしさすがにこの萌え店舗を率いる店長なだけあって、接客の内容がすばらしい。レジに来る人がみんな店長と接するとほんわかした笑顔になって帰っていくのだ。ちょっとくらい作業が遅くても誰一人として怒らない(ドラッグストアは基本袋詰めまでこっちでやるから手間かかるのだ)。いや才能だね、このほんわか店長。
ただ、やっぱり遅いものは遅いのでレジが混んでしまうのは現実問題避けられない訳で。しゃーないので、二台しかないレジの片方を開けることにしよう。
「あ~、店長。2レジ、開けますね?」
「あ、うん。お願いするわね。……って、えっ?」
え?じゃなかろう。結構並んでるじゃねーか。見よう見真似だが何とかなるだろう、マニュアルも見たし。
え~っと、らっしゃいあせ~。あ~っと、バーコードをスキャンさせんのか、めんどいな~。…ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、と。え~、小計?あい、三百二十円になりま~す。ペットボトル四本でこれは安いな~。……はい?カードで?あ~はいはい、出来ますよ~、……確か。ってかこんなもんクレジットで買うんじゃねーよ、現金で買えっての。え~確か~、カードスキャンして~、これ押して~、…あ、一括でしか受け付けてないらしいんで~すいませ~ん。……ほい、完了っと。合計押して、毎度ありがとうっした~。……一応笑顔っと。顔の筋肉が引きつるなぁ~。……これでいいんか?
最初っからレジが面倒な客だったが、おかげでその後はスイスイ行った。ピッとしてポチっとしてチャリーンってするだけだもんな。むしろ客に諂う方が肩凝るし大変だ。
二手に分かれたおかげで客の波は早めに引いた。俺が一つ大きく息をつくと、店長が普段細い目を割と見開いて俺に言って来た。
「……柳葉君、バイトしたことあったの?」
「いや、初めてっすけど?」
「その割にレジ作業が随分手慣れてるというか、テキパキ出来てたみたいだけど……?」
テキパキの部分は俺が早いんでなく店長が遅いんだと思うが。
「……作業見てましたし、マニュアルも読んだんで、これくらいはまあ出来ますよ。故障とかしない限りはこれくらいは簡単っすね」
店長がポケーっとした顔で俺を見る。……さすがに生意気言ってしまったろうか?と表いたら、凄く嬉しそうな顔をして、
「本当に!?凄いわ!私ったらやっぱり人を見る目があったのね。柳葉君はやれる子だと思っていたのよねっ!」
宝くじでも当たったかのような喜びようをされる。前回の日誌を見る限り面白いからって理由で選んだようにしか思えないんだが。って言うか割と自分大好きな人なんだろうか、この店長は。誉めるのは俺じゃなくて自分かい。
「優秀な男手が入ってくれて本当に助かったわ~。やっぱり男の子にとってはこれくらいへっちゃらぷ~よねっ」
ぷ~って……。
「いや、でもやっぱりバイトって想像以上に大変っすね。見てるのとやるのじゃ違うっすもん」
「あら、そう?何処が大変なの?」
「え~……、見知らん客に尽くさなきゃならないって考えると気が重いっす……」
男に親切にするとか…考えるだけでも鬱陶しい。美人の客なら歓迎だが。
「あ~、そこは慣れるしかないわね。リアちゃんも最初そこは苦労してたみたいなのよ」
店長がしみじみ言う。リアちゃんってのは、他のバイトさんらしい。名前だけは一応把握している。そうか、俺みたいな人も一応いるのか、安心だ。俺が慣れるまでどれくらいかかるか分からんが。
しかし思うが、俺のこの考え、接客業としては駄目なんじゃなかろうか。まあ、店長が文句言わないからいっか。
「……それより、俺よかさくらちゃんの方がヤバくないっすか?」
俺は先程から頭から煙が出そうな勢いで悶々とレジとメモを見比べているさくらちゃんを指差す。最早キラキラ笑顔は、むぅ~と困り顔になって汗だらだらであった。それはそれで可愛いんだがなぁチクショウ。
「うえぇ……」
「ああっ、さ、さくらちゃん、泣かなくてもいいのよ?ちょっとづつ出来るようになればいいんだから」
「で、でも、柳葉さんはあんなに出来てるじゃないですかぁ~、同じ一日目なのに…」
「あ、あれはねっ、彼が化け物チックなだけで、……そう、化け物なのよ!」
おい……。
「ええっ!怪物だったんですかっ!?」
こらこら、本気で俺を見て怯える目をするのはやめなさい。冤罪な上に傷つくじゃねーかちょっと。
しかしここは俺が悪者(化け物?)にならないとこの少女の自信に繋がらなさそうなので何も言わないでおこう。えらいな~、おれ。
けれども、その日その後さくらちゃんのレジ力が満足行くところまで上昇する事はなく、俺の精神力ばかりがご近所さんと野郎共相手に無駄にゴリゴリ削れる事となった。店長はさくらちゃんに付きっきりだし、ああ~俺の癒しは何処へ…。
終わってみれば、事務所で座り込んでいる俺の前には自ら買ったリポD(箱買い)の空き瓶がズラリ…。クッタクタだよもう……。
「お、お疲れ様、柳葉君。大丈夫…でもなさそうね」
「あ、店長。お疲れっす……。いや~、接客がここまでしんどいとは思いませんでしたよ」
「ごめんなさいね、結局レジ殆ど任せちゃって。まだ初日なのに……」
「いえいえ。化け物扱いされた事に比べたら傷は浅いっすよ……」
「そこをまだ引っ張るのっ!?」
店長は意外そうに言ってくれるが、俺にとって美女からの蔑みは痛恨の一撃なのだ。でも必死でほんわか謝罪してくれる店長を見ると、回復力が最大値を上回って体力が成長までするような心地である。そうか、一日の終わりに誰かにこうやって癒してもらえばいいんだな、そうしよう。
「……あ、そういえばさくらちゃんは?」
バイトの時間が終わったのに事務所に戻ってきていない。売り場の化粧品でも見ているのだろうか?
「ああ、さくらちゃんならまだレジの練習をしてるわよ?さっきやらせて下さいって言ってきたから練習モードにして自由にやらせてあげてるけど……」
店長が言いながら俺に目配せしてくる。
……分かってますって、そんな事聞いちゃったら――――。
誰もいなくなって電気も半分以上消えている売り場で、レジの明かりが懇々と彼女の姿を浮かび上げていた。残業で疲れた背中を見せているかのような落ち込んだ雰囲気が、レジの前で未だに悪戦苦闘しているさくらちゃんからはっきりと見える。そこまでバイトで思いつめなくてもいいだろうになぁ。
俺が近付くと、さくらちゃんはよほど集中していたのかもの凄く驚いた様子で振り向いた。一応笑顔で挨拶してくれるが、どう見ても覇気が無くなっている。
「どんだけ熱心にやってんだよ……」
若干呆れた風に言ってしまうと、さくらちゃんは顔の上半分でシュンとしながら下半分でぷくっとむくれながら言い返してきた。
「だって……、全然出来ないでいるのもやだし、早くお仕事できるようになりたいし……。柳葉さんは最初から出来るから分らないかもしれないけどっ」
どうやら落ち込むというよりは出来ない自分に苛立っていた方らしい。案外負けず嫌いな一面もあるんだなぁ、ちっこいなりに。いや、ちっこいからこそ?
ふむ……しかしまあ、分かってないなぁ。ここは一つ、期待に応えなくてはイカンな。ハーレムの主としては。
「んじゃ、練習してみっか?」
「はい?」
「相手がいた方が練習になるだろ」
「え、でも、悪いですよ。もう終わりの時間過ぎてるのに…」
「こんくらいいいって。ほら、俺達…仲間だろ☆(キラッ)」
「…………。…じゃあ、お願いします」
…あ、外したな、今のネタ。一般人には分からないノリだったか~、いや俺もやられたら戸惑うけど。
取り敢えず適当に、ちょっと多めにそこらへんの商品を取ってやり、レジに持って行ってやる。バラバラと置かれた商品をさくらちゃんは慌てながらそれぞれスキャンしていく。半分くらい終わったところで俺はちょっとイジワルでキャンセルや個数増量などの注文をしてみた。言われるとさくらちゃんは「ふえっ!?」と動揺しながらも何とか間違えずにレジ打ちを終える。操作法はそれなりに覚えてるじゃないか。
しかし、この時点で既にさくらちゃんは大きな間違いを犯していた。そう、レジ打ちに間違いは無い、俺も同じ事が出来る事だろう。だが違うのだ。
会計をし終え、一安心しているさくらちゃんに俺は冷たく言い放つ。
「ダメだな」
「えっ!?」
「肝心な事、忘れてるじゃんか」
「か、肝心な事?えぅえぅ、な、何忘れてましたか…?」
何かもう泣き出しそうな勢いなので、早々に言ってあげよう。なかなか癪な意見だが。」
「……顔」
「……はい?」
「……客商売ってのは、笑顔が大事なんだろ」
「……?」
「そんなビクビクオドオドした顔で接客されてる客の身にもなれよって事」
「あ……」
「どんなにレジが早くても、間違いが無くてもさ~、笑顔が無くちゃダメなんじゃね~の?レジ打ちなんか、やってりゃその内身に付くもんだろ。俺は顔固いけど、さくらちゃんはいい笑顔してんじゃんか」
「え!?そ、そんなこと…」
「あんの。俺が言ってるんだから決定。さくらちゃんは笑顔が特徴の新人アルバイターって事で。さくらちゃんはバイト中…ってか、いつも笑顔でいろよ。俺はそういうの出来ないからまあ俺の分もやってくれってことで。」
……言ってて痒くなってきたが別に嘘じゃないし。これだけちっちゃくて可愛いものが笑っていなけりゃ嘘だろう。違う表情もその内見せてもらう事にするが。
さくらちゃんは、言われた事は大体素直に受け取るような感じで、俺の自分でも思うアホらしい助言すらもうんうんと頷いていた。今後が楽しみな反応である。
何にせよ、締めだ。袋詰めされた商品を手にとって、
「はい、会計終了!」
「あっ、ありがとうございましたっ!」
今度こそ、俺の求める癒される笑顔で、さくらちゃんは俺に挨拶してくれた。
これにて、本日の業務は終了である。
「……ご苦労様だったわね、柳葉君?」
事務所に荷物を取りに戻った俺に店長は変わらぬほんわかとした笑顔で労いの言葉を掛けてくれた。俺は深くため息をついて、しかし俺はどこか満足そうに答えた。
「ま、これもバイトの内ですから。こんな事までしなきゃなんないんだから、やっぱりバイトって想像以上に大変っすね~」
そんな事を言いながら、俺は自分の理想郷のために働いた自分を心の中で拍手すると共に、随分と痛々しい事を真顔で言ったなぁ思い返すと恥ずかしくて死にそうになる。
と言うか、この役目俺じゃなくても良かったんじゃね?と軽く無関係を貫いているようにしている店長をちょいと怨めしく思ったりしたのだった。
まあ、理想郷のためには多少の痛いこともしなきゃいけないって事だよな、きっと。
(柳葉君のおかげで私も楽出来そうだわ。でも、あんまりおいたしちゃ駄目よ? みちる)
(柳葉さん、私頑張るよっ! さくら)