第一章:7 非情なる刃
何年ぶりの投稿だよ……
約四年ぶりかな?
俺気まぐれすぎだろ(笑)
窓から飛び降りたリオンは何事もなく着地。
雨にぬかるんだ土が着地の衝撃で泥の飛沫となって飛び散り、リオンの端正な顔を汚す。
煩わしげに頬についた泥を拭いつつ、前方の状況に目を配る。
ミノタウロスは頭は牛、上半身から下半身までは人間という魔物で軽く4メートルはあり、肩幅がひろく、筋肉隆々で、巨大なバトルアックスを持っている。
血走った眼で睨む奴もいれば、奇声をあげるもの、無意味にバトルアックスを振り回すもの。
挙げ句には口から泡を吐き出して、何もしなくても卒倒しそうな奴までいる。
共通しているのは、異常なほど興奮していることだ。
それでも襲いかかってこないのは、統率されていることに他ならない。
そして、その統率する者とは間違いなく茶色コートだろう。
リオンが状況分析に努めていると、城の隣にある兵舎の扉が勢いよく開いた。 兵舎から続々と駆けつけてきた警備兵たちは、正面玄関の扉の前に固まって臨戦態勢をとった。
リオンは、たまたま近くにきたディブロに声をかけた。
「随分早い出勤だな。やつらがすぐに突撃してきていたら、なすすべもなく占領されていただろうな」
ディブロはリオンの嫌味にも反応せず、ただ真っ直ぐに茶色コートを見つめている。
リオンも茶色コートを見つめているが、ディブロとは違い、緊張感を感じさせないほどゆったり落ち着いている。
わざわざ奇襲をかけてきたにもかかわらず、立ち止まって警備兵たちが集まってくるのを待った。
それは油断していることに他ならず、それほど脅威に感じなかったためだ。
少なすぎる警備兵の数も、もともと警備兵の戦力をあてにしていないリオンにとっては些末なことにすぎないということもある。
突然、茶色コートがリオンを指差した。
「お前、あの時の!?」
茶色コートはフードに手をかけるとフードを脱いだ。
ディブロは怪訝そうに尋ねた。
「知り合いか?」
「あんなやつ、俺は知らないが」
茶色コートは悔しそうに地団太を踏んだ。
「きーっ! こないだ俺と戦っただろ!」 それでもまだピンとこないらしく、依然として怪訝そうに見ている。
「くそっ! お前だろ、俺の斧を持っていきやがったのは!」
「ああ、思い出した。あのときの山賊まがいか」
「山賊まがいじゃない! れっきとした山賊だ!」
「そうだな。確かに、あれほどみすぼらしいのは山賊くらいのものだろうな」
元山賊頭の男は、怒りのあまり顔が真っ赤になっている。
しかし、毒舌には毒舌で返そうというのか、えらそうに腕を組んで精一杯胸を反らし、見下すように言葉を吐き出した。
「そもそも、一度戦ったことがあるのにこんな短期間で忘れるとか。健忘症になるには早すぎるんじゃないか? 可哀想に」
会心の笑みを浮かべ、鼻を鳴らす元山賊。
対して、リオンは嘲るように鼻で笑った。
「それは、お前が戦ったなどとまぎらわしいことを言うからだろう」
「なんだと?」
「あれは俺の陵辱劇だ。それに、お前には手を出していない。ぶざまにも勝手に失神していたからな」
やはり、リオン相手に毒舌で挑むのは無謀の極みだった。
元山賊頭は怒り心頭といったように、激しく顔を歪ませて、握り締めたこぶしはぷるぷると震えている。
元山賊頭が更に罵声を浴びせようと大きく息を吸い込んだ。
リオンはひとつ息をついた。
「戯言にこれ以上付き合うつもりはない」
目を細め、睨み付け、殺気を放つ。
元山賊頭は息を吸い込もうとしたままの形で怯んだ。
滑稽な姿のまま固まってはいたが、以前のように気を失いはしなかった。
「ふっ、ふふふ。ふはははは! 俺は以前の俺とは違うんだ! もう、お前なんか怖くもなんともないぞ!」
震え声で強がりにもなっていなかったが、それでも勝ち誇ったように笑った。
だが、リオンにしてみれば予想の範囲内で特に動じることはなかった。
強力な後ろ盾があれば殺気の威力は半減されてしまうことはリオンにとっては既知の事実であり、一応試してみただけだ。
なお、この場合、強力な後ろ盾というのはもちろんミノタウロスのことである。
ディブロがおもむろに口を開いた。
「お前に一つ訊きたいことがある」
そう言って一歩前に踏み出した。
「昨日、トロールを率いて襲撃したのはお前か?」
腹の底から響く、重く低い声。
怒り、憎しみで怨念となったそれは、仲間である警備兵たちを萎縮させた。
だが、当の元山賊は高笑いを上げた。
「ふはははははは! そんなの俺に決まってるだろ。そんなことにも気付かなかったのか? あはははは!」
「そうか。……確認するまでもないことだったな」
その目にふっと冷たい殺意が宿った。
「殺す」
独断専行。
ディブロは一人とびだして斬りかかった。
しかし、ディブロの射程圏内入る前に、ミノタウロスが阻止に入った。
ミノタウロスがバトルアックスを振り上げたのを確認したディブロは、慣性に逆らって無理やりバックステップ。
間一髪、唸りを上げて振り下ろされたバトルアックスは空を切り、地面に突き刺さった。
すさまじい地響きと深くえぐられた大地は恐怖に値するものだったが、ディブロはただ真っ直ぐに元山賊頭を睨みつけている。
元山賊頭は、ミノタウロスに守られている自分に、たった一人で斬りかかってくるとは夢にも思わなかったのだろう、あまりにも無謀ともいえる行動に動揺し、呆然としている。
だが、動揺しているのは元山賊頭だけではない。
警備兵たちもディブロの独断専行に動揺していた。
先に動揺から立ち直ったのは元山賊頭だった。
「くそっ! ふざけやがって! 行け、全員殺せ!」
ミノタウロスは雄たけびを上げ、それぞれ襲い掛かってきた。
リオンは一匹に狙いを定め、ショートソードを抜いてとびだした。
ディブロも向かってきた一匹を撃退するため、果敢に攻め込んだ。
ここで、動揺から抜け出したフォールが状況を把握した。
一匹はリオンに、一匹はディブロに、二匹がこちらに向かってきている。
残りの一匹は元山賊頭の前に立ちふさがっており、そのせいでミノタウロスを無視して拘束することはできない。
さらに、肝心のディブロが憎悪で我を忘れ、隊長としての機能を果たしていない今、警備兵たちの統率は乱れてしまっている。
フォールは舌をうち、狼狽している警備兵たちに号令をかけた。
「皆、落ち着け! まず二手に分かれて取り囲め! 長期戦になればこちらが不利になる! 短期決戦、一気にたたみかけるぞ!」
この一言で警備兵たちは落ち着きを取り戻し、指示に従って二手に分かれた。
かくして、それぞれがそれぞれの戦闘を始めた。
リオンは一定の距離を保ちながら、常に隙をうかがいつつ動き回っている。
ミノタウロスの巨体ゆえの力とリーチのせいで、そうしなければ近づくことはおろか、攻撃を回避することすら難しいのだ。
かろうじて近づいたとしても、上半身に武器がまともに届かないせいで致命傷が与えられないばかりか、時折飛んでくる蹴りを警戒しなければならず、慎重にならざるをえない状況にいる。
反対に、ディブロは猪突猛進的に真っ向から勝負している。
もちろん、少しでもバトルアックスに触れようものなら、武器なら真っ二つに、体なら肉片になることは明白。
にもかかわらず、ディブロは無謀としかいいようのない攻撃を繰り返している。
完全に頭に血がのぼっていた。
警備兵たちは、それぞれミノタウロスを囲むように円をつくり、奮闘している。
だが、それでもまともに近づけず、苦戦していた。
もともとミノタウロスは、大の大人が数十人束になってやっと一匹の相手になるかどうかというほどの強さなのだ。
一対一で闘えているリオンとディブロのほうが異常といえるだろう。
しかし、徐々に領主陣営が押され始めた。
圧倒的な力と体力があるミノタウロス相手に、長期戦になれば不利になることは皆わかっていた。
だからこそ、フォールも短期決戦と言ったのだが、どうしても決定打がでずに、だらだらと戦闘が長引いてしまったのだ。
リオンは余力を残しながら闘っていたため息切れひとつしていないが、警備兵たちは息があがってきている。
ディブロに至っては完全に肩で息をしている状態だ。
リオンを除く全員が焦りはじめ、この不利な状況から脱却しようとさらに勢いをつけて攻撃に転じようとすた。
だが、無理な攻撃はやすやすと防御され、さらには隊列の乱れを招き、ただ無意味に体力を消耗するばかりだ。
苦戦している警備兵たちなど素知らぬ顔で無視しているリオンの耳に、背後で扉が開く音が聞こえた。
特に気になったわけではない。
だが、なぜか反射的にそちらに視線を移した。
そこには、心配そうにこちらを眺めるフリージアの姿があった。
リオンは軽く舌を打った。
フリージアが城の中にいてくれればよかったのだが、外に出てきてしまったとなると、リオンは警備兵たちの戦況にも目を配らなくてはならない。
なぜなら、仮に警備兵たちが敗れた場合、興奮したミノタウロスがフリージアのほうに向かっていくかもしれないからだ。
面倒でも、警備兵たちの手助けをする羽目になるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった。
それは一瞬、ほんの一瞬の思考だったが、リオンにわずかな油断を生んでしまった。
それはミノタウロスに対する油断ではなく、足元に対する油断。
回避のために足に力を入れた刹那、リオンはぬかるみに足を取られてしまった。
瞬間的な動揺と後悔。
世界がスローになった錯覚。
体は緩やかに傾斜し、地面に吸い込まれようとしている。
流れていく視界の端にミノタウロスを見た。
ミノタウロスはこの隙を見逃してはくれず、今まさにバトルアックスを振り下ろさんとしている。
鈍い光を伴って死が迫る。
恐怖はない。
迫りくる死を甘受するつもりもない。
決意でも覚悟でもない思いとともに、世界はいつもどおりに動き出す。
リオンは脚に力を入れ、思いっきりふんばった。
無理な姿勢で力を入れたために筋肉は悲鳴を上げ、骨は軋み、間接は呻く。
それでも体勢の立て直しに成功した。
だからといって状況が好転したわけではない。
もはや防御も出来ない、回避も出来ない。
なら受け流すしかない。
そんなことを考えたのは、反射的に手が動いた後だった。
垂直に振り下ろされる斧に、剣を斜めに傾け、振り上げる。
剣が破壊されないようにという配慮だったのだが、そんな考えは甘かった。
ショートソードがバトルアックスに触れた瞬間、呆気なく根元から折れた。
折れた刀身は宙を舞い、砕け、飛び散る破片がリオンの左頬に赤い線を作る。
軌道の変わったバトルアックスは、リオンの肩をかすめる寸前で地面に吸い込まれ、こもった音とともに地を穿つ。
宙を踊る刀身は、やがて重力にしたがって下降をはじめ、地面に突き刺さった。
リオンは流れる赤にそっと左手を当てた。
目を閉じる。
静かな脱力感が広がり、折れたショートソードが手から零れ落ちた。
そのとき、血をみたからか、それとも勝利を確信したからか、ミノタウロスが雄叫びをあげ、斧を引き抜き、振りかざした。
背後に聞こえるフリージアの悲鳴に、リオンは静かに目を開けた。