第一章:4 弱者
リオンは声がした方を一瞥した。
一人の青年が自分に近づいてくるのを見て向き直る。
青年は、会話をするのに適当な距離で止まった。
「なんか用か?」
この短い言葉の節々に、鍛錬を中断されたことによる不快感がこめられている。
だが、青年はそんなことにはまるで気づいていない。
「なあ、俺と勝負しないか?」
「断る」
即答。
青年は唖然として、ぽかんと口を開けている。
「くだらない。そんなことのために俺の邪魔をしたのか。不愉快だ。さっさと消えろ。」
呆然と立ち尽くしていた青年は、あわてて謝った。
「剣の鍛錬を中断させてしまったのは悪かった、謝る。でも俺と勝負したほうが、いい鍛錬になるかもしれないぜ」
「何が言いたい?」
「俺はこれでも、王家主催の武闘会で四位になったんだぜ」
青年は、誇らしげに腰に手を当てて、ふんぞり返った。
リオンは、武闘会で四位という言葉で、青年に少し興味を持ったようだ。
「お前、強いのか?」
「少なくとも、そこらの旅人や冒険家に負けないくらいには強いと自負しているが」
青年のちょっとした挑発だ。
もちろん、挑発に乗るようなリオンではなかったが、戦う気にはなっていた。
リオンは口元に、微かに不敵な笑みを浮かべた。
それに気づいたのはディブロでも見物人でもなく、フリージアだった。
フリージアは一抹の不安を覚えた。
止めるべきか否か迷っていたが、いくらなんでもここで流血するような事態にはならないだろうと思いとどまった。
リオンは、口元に微かな笑みを浮かべたまま言った。
「面白い。遣り合おうか」
「そうこなくちゃな」
青年は喜色満面で、剣を抜いて両手でしっかりと握ると腰の前に持っていき、中段の構えをとった。
リオンも同じく両手で剣を握ると、中段の構えをとる。
青年は名乗った。
「俺はディブロ。ディブロ・グオリッツ」
「リオン・ティアーズ」
リオンも名乗ると、静寂が流れた。
見物人たちも固唾を呑んで見守っている。
両者ともに弱点が見えず、警戒して動かない。
リオンが慎重になっているわけは、武闘会四位という肩書きもあるが、もうひとつ要因があった。
自分より体躯がいい相手が、自分よりリーチのある武器を持っていることだ。
リオンはリーチの差を考慮しながら戦わなくてはならない。
張り詰めた緊張の中、鳥だけはいつもと変わらずにさえずっている。
陽光を受け、ディブロの輝く金髪が風になびく。
「はぁっ!」
短い気合とともに、ディブロが先にかかっていく。
ディブロの袈裟切りをすばやくはじき、踏み込んで突きを放つ。
ディブロは見事に剣先でリオンの剣先をはじき、バックステップで距離をとる。
リオンは追撃せず、その場で姿勢を整える。
再び対峙。
そして、先に切りかかったのはまたもやディブロだ。
ディブロは右足を踏み込むと、垂直に切りかかる。
金属の交わる音があたりに響く。
豪快に振り下ろされたロングソードを受け止めたリオンは舌打ちをした。
純粋に、すべての力をこめた両腕が振り下ろすロングソードは、リオンの腕をしびれさせた。
うまく腕に力が入らないリオンを尻目に、ディブロはぐんぐん押し込んでゆく。
リオンは両足に力を入れて踏ん張っているが、少しずつ姿勢が崩れていった。
リオンは靴底でディブロの腹を蹴飛ばすと、完全に姿勢が崩れ、倒れこみそうになったが、剣から右手を離し、右手だけで側転をした。
ディブロは苦痛に顔を歪め、よろけて数歩後ずさりした。
だが、腹部の鈍痛に気をとられている暇などなかった。
リオンはすでに目前まで迫って来ている。
リオンは左下からショートソードを袈裟に放つ。
体勢の崩れているディブロにそれを防ぐ手立てはなかった。
フリージアと見物人たちから悲鳴が上がる。
ディブロはすんでのところで身をかわした。
だが、リオンは追撃の手を緩めない。
幾度となく金属音が轟く。
まともに体勢を整えられないまま、リオンの猛攻を受け続けなければならないディブロは圧倒的に不利だった。
だが、突如として金属音が途切れた。
ディブロはすばやく体勢を整えると、訝しげにリオンを見る。
リオンはショートソードを鞘に収めると、宿の裏口に向かって歩き出した。
ディブロは慌てて呼び止める。
「待て! 何処へ行くつもりだ!」
「朝食の時間だ」
「はあっ?」
唖然とするディブロ。
見物人たちも呆気に取られている。
裏口に向かって歩くリオンの背中を、呆然としてみていたディブロの顔がみるみる険しくなった。
「ふざけるな! そんな理由で勝負をやめるというのか!」
リオンは立ち止まったが、前を向いたままで見向きもしない。
「ふざけるな、だと? お前のくだらないお遊びにつき合ってやったんだ。これ以上俺に何を強要するつもりだ?」
ディブロには、くだらないお遊び、から先は聞こえていなかった。
「くだらないお遊び? そう言ったのか?」
「ああ、そう言ったが。武闘会四位と言うからには少しは強いのかと思えば、安い陶酔に浸る愚鈍な愚か者か。弱者に興味はない。消えろ」
ディブロの目に火花が散った。
弱者呼ばわりされて誇りを傷つけられ、我を忘れて突撃した。
リオンは瞬時に向き直り、なぎ払いを軽く後ろにさがってかわすと、ディブロの懐に飛び込み、体をひねってみぞおちにボディーブローを叩き込んだ。
「かっ……!」
ディブロはその場で少し浮き上がり、そして崩れ落ちた。
ディブロは横向きになって、体を丸めるようにしながらみぞおちを押さえている。
うまく呼吸ができず、笛の音のような息づかいになっていた。
呻き声すら声となって出てこない。
意識が飛びそうになる。
慌ててフリージアが駆け寄り、ディブロの前に両膝をついて座った。
「大丈夫ですか!?」
ディブロにフリージアの声は届かなかった。
見物人たちも、ディブロの元へ駆け寄る。
口々に心配そうに叫んでいるが、何ひとつディブロには届かない。
不明瞭な意識の中、ディブロは忌々しそうに顔を歪め、リオンを見上げて、睨みつける。
リオンはすでにディブロに興味を失い、無表情に見下ろすだけだ。
リオンはディブロに背を向け、再び裏口に向かった。
ディブロは少し呼吸が楽になって、必死で声を振り絞った。
「ま……て……まだ……勝負……は……終わって……」
そこまで言うと激しく咳き込んだ。
フリージアは心配そうに背中をさする。
すぐに咳は治り、すでに扉の前まで歩いていたリオンを睨む。
リオンは扉を開けると振り返った。
まだ何かを言おうとしているディブロを白眼視しながら冷たく言い放つ。
「弱者に興味はないんだよ」
あまりにも無慈悲で、非常で、残酷で、冷徹な言葉。
一度目に言われたときと違い、弱者という言葉は、ディブロの心を完膚なきまでに引き裂き、打ちのめした。
激しい憎悪と敵愾心のこもった瞳で睨みつけても、リオンはすでにディブロから視線をはずし、宿の中に入っている。
扉を閉めた音が、無情に響く。
フリージアは、申し訳なさそうに、ごめんなさいと何度も謝る。
「君のせいじゃないさ」なんて言う余裕はディブロにはなかった。
弱者……ただその言葉だけが自分の中で何度も反復する。
立ち上がって追いかけようにも力が入らない。
這いずることすらもできない。
みぞおちに残る鈍痛と、思うように動かない体が疎ましい。
視界が歪み、霞んでいき、徐々に暗くなっていく。
フリージアと見物人たちの叫び声が頭の中でうねり、何を言っているのかわからない。
呑み込まれる意識の中で、ドス黒い感情が芽生えていく。
そして、意識は闇に溶けていった。
♪光はかーげのー、影はひかーりのー、果てまでつーいてーゆくのだろ〜♪
BONNIE PINKの『鐘を鳴らして』
最近やたら後書きに力を入れていることに気付いた作者です。
デルフィニウムというのは花の名前です。
名前をつけるのが苦手な作者は、これからもちょいちょい花の名前をつけると思います。




