第一章:2 月に照らされて
4日がかりで書き上げました。
しんどいです(TΔT)
今回で少女の名前がでてきます。
「やっと着きましたね」
少女はほっとした面持ちで呟く。
リオンはそれには答えず、それ程まぶしさを感じない、沈み行く夕陽を見つめる。
リオンたちは、タール山脈の麓にあるセインバーグ領地の入り口付近にいる。
山賊たちに襲われてから三日がたっていた。
あの後、襲い来る山賊たちをすべて返り討ちにしたリオンは『山賊たちが人殺しの道具を持っているのは危険だ』という大義名分の下、すべての棍棒を真っ二つに切ることで使用不可にし、リーダーが使っていた斧と、ショートソード一本を強奪。
ちなみに後のことを考え、山賊たちの気絶時間があまり長くならないように、力をコントロールして打撃を加えていた。
あまり気絶時間が長いと、気絶している間に魔物に襲われるという非運を招くかもしれないからだ。
装備が追加されたリオンは、現在腰の左側にショートソードを差し、左手に斧を持っている。
腰の右側に差した刀と、右手に持った荷物、背負った荷物を合わせて完全装備だ。
リオンは、少しの間夕陽を眺めていたが、眼前にせまったセインバーグ領地に目を向ける。
「直に日が落ちる、早く行くぞ。暗くなってから宿を探すのは面倒だ」
すたすたと歩き出すリオン。
少女もそれについていく。
領地に入り、大通りをリオンと一緒に歩いて宿を探していた少女はあることに気づく。
道行く人々が、自分たちに好奇の視線を送っている。
正確にはリオンに、だ。
リオンの見事な黒付くしの服装と、完全装備はとてつもなく目立つ。
人々の好奇心をくすぐるのも当然だろう。
だが、真実はそれだけではない。
本来なら、この目立つ格好を見てから、顔を見るというのが普通だが、人々の反応は逆だった。
つまりリオンの顔を見てから、完全装備に目を向けていたのだ。
リオンの端整な顔立ちは、男ですら一瞬魅了するものだが、夕陽のオレンジ色の光は、血のように赤い髪をよりいっそう色濃く見せ、青く輝く瞳に混ざり合い、よりいっそう美しく、冷たく感じさせる。
夕陽には魔力があるというが、その恩恵を受けたリオンは、神秘的な雰囲気をまとい、絶大な破壊力を生み出している。
女性にいたっては、リオンの完全装備がまったく目に入っておらず、うっとりと見入っている。
そして、一緒にいる少女に嫉妬の視線を投げかける。
少女は、女の子たちの射抜かれそうな痛い視線を受けながら、こそこそとリオンの後についていく。
しばらくして〈旅人の安らぎ〉という二階建ての木造の宿屋が見つかった。
太陽は沈む寸前で、淡い茜色の空が、夜の帳が開くのを告げようとしている。
リオンはゆっくりと扉を押した。
ギイッという音がして扉が開く。
お世辞にも広いとはいえないホールには、円形のテーブルが五つ置いてあり、それぞれに燭台が一本ずつと、四つずつ椅子が置いてある。
酔っ払って上機嫌になっている数人の中年男性の相手をしていた、ちょっと小太りの中年の女主人(と思われる)が、扉が開く音を聞き、目を向けた。
女主人は、リオンの奇怪な服装と完全装備を見ても、特に何の反応もせず、人の良さそうな笑みを浮かべ、リオンたちに歩み寄る。
「旅人さんが来るなんて珍しいね。その服を着ているということはフールデルト教会の修道女だね」
「はい、フリージアと申します。こちらは同行者のリオンさんです」
「あたしは、ミレイア。この宿の主人だよ。ここには布教しにきたのかい?」
「そうです。一週間ほどここに滞在する予定です」
「そうかい。何もないところだけどゆっくりしていくといいよ。できる限りのおもてなしをさせてもらうからね」
「ありがとうございます」
フリージアは、ぺこりと頭下げた。
主人が客をもてなすのは考えてみれば当然のことなのだが、素直に感謝するところがとても彼女らしい。
ミレイアはそんな彼女を見て、微笑みながら言う。
「食事にするかい? それとも風呂にするかい? あっ、その前にその荷物を置いてこないとね。部屋に案内するよ。ついておいで」
「代金は前払いじゃないのですか?」
「まずは、その荷物を置きにいってからでも遅くないだろう」
ミレイアは二階に続く階段に向かって歩きだす。
リオンとフリージアもそれに続く。
ギシギシと軋む階段を上がっていると、ミレイアがいたずらっぽく言う。
「部屋は共同でいいね。若い二人が別々の部屋で寝るなんてかわいそうだからね」
「ええっ! あっ、あのっ! わっ! 私は」
「部屋は別々にしてくれ」
会話終了。
フリージアの顔は真っ赤になっていたが、リオンの言葉に頬を膨らます。
心の中で、不満の声を漏らした。
別に、そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないですか
リオンと一緒の部屋がよかったわけではなく、単にはっきり言われたのがちょっとショックだっただけだ。
少しいじけたように呟いた。
「……リオンさん、もっと言葉をオブラートに包んでください」
リオンはきっぱりそれを無視した。
――――――
「ふうっ、さっぱりした」
ひさしぶりの風呂に入ったフリージアは、ご機嫌だ。
頬は赤く火照り、満面の笑みを浮かべている。
壁にかけられた燭台の光は、まだ乾ききっていない髪についた小さな水滴に反射し、きらきらと輝かせる。
ホールに向かって廊下を歩いていたフリージアは、ホールがやけに騒がしいことに気づいた。
ホールを見た瞬間、思わず苦笑してしまった。
狭いホールに人があふれかえっている。
冗談じゃない、本当に二十数人は確実にいる。
テーブルを囲むように密集した中年男性たち。
ホールに響く酔っ払いたちの笑い声。
すべてのテーブルに山のように積まれた料理が、みるみるうちにたいらげられてゆく。
「唐揚げがなくなったぞ!」
「今持って行くよ!」
「こっちもなくなったぞ!」
「フレス! そっちに料理持って行っておくれ!」
「ビールおかわり!」
「こっちも頼む!」
「わかったからちょっと待ちな!」
戦場だ。まごうことなき戦場だ。
注文の受け答えは叫び声に等しく、ミレイアと数人の下男が慌ただしく厨房とホールを行き来する。
呆然と突っ立っていたフリージアは我に返り、ミレイアを呼ぼうと声を上げる。
「あの! すいません!」
フリージアにしては、大きく声を出せたほうだったが、酔っ払いたちの叫び声にあえなくかき消された。
ちょっと落ち込んだフリージアは、あきらめてうつむきながら階段を目指す。
そんな彼女を見つけたミレイアは、手に持っていた料理を下男に任せ(押し付け)て、酔っ払いたちを押し分けながら、突き進む。
ミレイアがこちらに近づいてくるのを視界の隅にとらえ、立ち止まり、顔を上げて目を向ける。
酔っ払いたちの間を抜けるのに、四苦八苦している様子だったが、何とかフリージアのもとまでたどり着いた。
「驚かせてすまなかったね。この時間になるといつもこうなんだよ」
「いつも、ですか?」
「ああ、こんな田舎に旅人が来るのは珍しいことなんだよ。だから普段は酒場として営業しているのさ」
フリージアは心の中で納得した。
ミレイアがリオンたちに初めて会ったときの第一声が「旅人さんが来るなんて珍しいね」だったのだどうにも引っかかっていたのだ。
宿泊客が来るのを珍しいというような宿が、どうやって成り立っていたのか疑問だったのだが、ようやく理解できた。
フリージアは感心したように言う。
「それにしても大繁盛ですね」
客(酔っ払い)でうめつくされたホールを見渡していると、一人の男と目があった。
その男は、にやっと笑って大声で声をかける。
「お嬢ちゃん、こっちに来て一緒に飲まないか?」
「えっ、あの、わたしは」
「こら! ブロード! 修道女に酒なんか勧めるんじゃないよ!」
ブロードは豪快に笑い声を上げて、自分たちの話に戻っていった。
ミレイアは申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさいね、あんなやつらばかりで」
「いえ、いつも笑い声が絶えないというのはすばらしいことですから」
「そう言ってもらえるとうれしいね。ここにいるやつらは気さくでいいやつばかりだから、それだけは保証するよ。ろくでなしばかりだけどね」
ミレイアは、ハハハッと笑った。
フリージアは苦笑しながらそれを聞いていた。
少しの間笑っていたミレイアは、うっかり忘れていたことを思い出した。
「そういえば夕食がまだだったね。何が食べたい?」
フリージアは困った、というふうに、何か言いたそうにあたふたした。
それを不思議そうに見ていたミレイアは、フリージアが何を言わんとしているかわかった。
「料理は部屋に持って行くから心配いらないよ」
フリージアは正直ほっとした。
彼女に、この戦場に果敢に割り込めるほどの度胸はなかったから。
フリージアは、スープやサラダといった、栄養バランスを重視したものを注文した。
ミレイアはそれを聞くと、勇猛に戦場へと戻っていった。
フリージアは階段を上って廊下にでた。
廊下の壁には、複数ある部屋の扉を挟むように燭台が掛けられており、淡い光が廊下を照らしだす。
廊下を渡って、リオンの部屋の前に立った。
扉を二回ノックすると、中から「入れ」という声がした。
扉を開けたフリージアが見たものは、とても言葉では言い表せないものだった。
月明かりに照らされた部屋。
開けられた窓から涼しげな風が部屋に入り込み、フリージアに纏われるように通り抜け、廊下を渡って行く。
フリージアの正面にいるリオンは、窓際に体を横に向けて、足を組んで椅子に座り、右肘を窓枠について頬杖をついている。
夜空を見上げるリオンを月が照らす。
月に照らされたリオンはどこか神秘的で、表情こそいつもと変わらないものの、物思いにふけっているように見える。
ただ、詩になりそうなほど美しい画なのに、なぜか物悲しさを感じさせる。
フリージアは静かに扉を閉めて、まっすぐにリオンに歩み寄る。
途中で壁に立てかけられた斧と、すでに空っぽになった皿と青銅のコップが、小さな円形のテーブルの上に置いてあるのが見えた。
「何を見ていたのですか?」
リオンは一瞥すると、再び夜空に視線を移す。
「月を見ていた」
フリージアも月を見上げる。
空高くで、青く輝く半分にかけたイルミスと、それより一回り大きく、赤く輝く満月のエイリスが、淡い光を放っている。
宝石を散りばめたような星空に浮かぶ二つの月は、すべての生命を見守っているような、穏やかな光で世界を照らしている。
感慨にふけっていたフリージアはポツリと呟く。
「きれいですね。すいこまれそう……」
「綺麗……そうだな。綺麗なのかもしれないな」
二人の間に流れる穏やかな時間。
隔絶された二人だけの世界。
フリージアは、とても居心地が良かった。
いつまでもこんな時間が続けばいいのに。とさえ思うほどに。
だが、居心地のいい時間は長くは続かないものだ。
扉をノックする音が、フリージアを現実の世界に引き戻す。
扉の向こうから声がする。
「すまないね、ミレイアだよ。入ってもいいかい?」
リオンはそれに答えるでも拒否するわけでもなく、ただ月を見て押し黙っている。
仕方なくフリージアが答える。
「どうぞ」
扉が開き、木製のトレイを持ったミレイアが、フリージアを見つける。
「やっぱりこっちにいたのかい。料理は部屋に運んでおいたよ」
「ありがとうございます」
そしてぺこりと頭を下げる。本当に馬鹿丁寧だ。
ミレイアは、テーブルの上にある、空になった食器を見つけた。
「食器はさげておくよ。追加注文はあるかい?」
リオンは見向きもせず、素っ気なく「ない」と答えた。
ミレイアは、食器をトレイの上に載せて「しつれいしたね」と言って部屋を出て、扉を閉めた。
フリージアは、リオンを見つめる。
リオンは、先ほどまでとなんら変わりなく、月を見ている。
ただ一つ違うのは、リオンが纏っていた特殊な雰囲気が、きれいさっぱりなくなったことだ。
そこにはリオンがいるだけだ。他には何も無い空虚な空間。
フリージアは、なぜか寂しさを覚えた。
自分はさっきリオンの心に触れていたのではないか、という思いが胸中を駆け巡る。
だが、気付くのが遅すぎた。
もうリオンの心を推し量ることは出来ない。
後悔の波が押し寄せ、自責の念にかられる。
リオンに見えないように、ふがいない自分に小さくため息をつく。
フリージアは、扉の前まで歩いていくと、リオンのほうに向き直る。
「私は、部屋に戻りますね」
自分自身に失望したフリージアは、それを悟られまいと、普段より声を明るめにしていた。
「おやすみなさい」
リオンは答えなかった。
♪いつでも、き〜み〜の〜、笑顔に、ゆ〜れ〜て♪
L'Arc〜en〜Ciel
曲は
「flower」です。
ほかのアーティストもそろそろだそうかと思ってます。
えっ、どうでもいいって!?
そんなこと言わずに、付き合ってくださいよ。
さて、ようやくでてきた少女の名前ですが、由来は花の名前です。




