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八百屋の事情

 対策会議は続く。


 アケビは考えあぐねていた。どうすればよいのか。まるで打開策の見えないこの状況。さらに言えば、アケビはすでにかなりの言葉量を発してしまっていた。長年喋りに喋って暮らしてきた手前、急に喋るなと言われても、喋らない方が難しい。この勢いでいくと明日には死亡が確認されているのではないだろうか。


「そんなに喋ってたら死ぬわよ」


「わかっとるわ。でも喋らんかったら喋らんかったで膀胱炎なって死んでしまうわ」


「じゃあ今日限りの命ってことで、喋れるうちにちゃんと頭を回しなさい。これからどうすればいいのか」


「いや、タオちんも考えてよ」


「私たちは『使われる』身ですので、アケビ様が考えてくださいませな」


「なにそれ冷たいなあ」


「わたしは手となり足となりますから」


「いや足にはならんでええよ。元来人間は考える葦であるからねえ」


 アケビの無駄口は減らないどころか、拍車がかかっていた。この堪え性のなさと、逃げるとなったら周りを顧みないところが、噺家としてモノにならなかった所以である。しかし、退路が断たれた今回に限っては事態と向き合う他なかった。実家を勘当され、喋ることもできなくなったのでは、緩やかに死は迫ってくる。幸い寝泊まりする場所は与えてもらった。この事態を収束させることができれば、親父にも一つ大きな顔が立ち、万事解決といくわけだ。


「それでえっとタオよぉ、喋れなくなったってのは全員まだ若かったよなあ」


「ええ。10代後半〜20代前半ね。まあ5人だけだから、たまたま偏った結果になったという可能性もあるけど」


「この村の人口は何人くらい居るの? 」


「正確にはわからないけど、……500人くらいじゃないかしら。事件以来子どもはできてないらしいから、最年少のイヴが11歳、最高齢は村長ね。あとは、うーんやっぱり田舎だから若い人はあんまりいないわね」


 とすると、やはり5人ともが若者であることは、偶然だとは考えにくい。考えられるのは、彼らが同じコミュニティに属しており、一緒に体験した何かによって発症したパターン、彼らが同じコミュニティに属しており、仲間の一人が持ち込んだウイルスによって感染が拡大したパターン、すでに多くの村人が無症状で感染しており、若者にだけ発症したパターンだ。


 しかし彼らは同じコミュニティに属しておらず、とりわけ仲が良かったわけではないという。さらに、感染リスクが高いはずの彼らの家族はいずれもまだ言葉を失くしてはいない。つまり、若者だけが早々に言葉を失ったということになる。すでに村中がウイルスに冒されていると考えるのが妥当だろう。


「ところでタオ、お前一人で八百屋やってんのか」


「はぁ? そんな訳ないでしょ。お父さんがやってんの。わたしはその手伝い」


「え、じゃあその親父さんは」


「向こうの部屋で寝てる」


「ええ? 俺が来た時からずっと? 」


「一日中……ずっとよ」


 タオは、視線を落とす。心なしか声にも力がない。


「親父さん何かあったのか」


「なんであんたにそんなこと言わなきゃいけないのよ」


「あ、いや、嫌なら言わなくてもええんやけど。俺、親父に勘当されたところやから、なんか気になって」


「なにそれ」


 タオは、アケビを下からインストールするように見ながら、顔をあげた。タオの目に、アケビの姿がプリンターから出てくるように少しずつ像を結ぶ。大きくて血管が浮き出ている手、指の節が出張っている。汗で蒸しばんだ襟元、首筋、少し困ったようにしている眉間のしわ。


「まあいいわ。うちの店ね、昔はすっごく賑わってた。お父さんは話し上手で人たらしで、みんなお父さんの話を聞きに来るようにして集まって。お野菜もたくさん売れたわ。でも事件以来、村のみんなはすっかり話さなくなって、お店にも来なくなっちゃって……。この村、隔離するにあたって国から補助が出てるのよ。それで配給もあるから、八百屋なんて意味がなくなって」


「それで参ってしもたんや……」


「ううん。もちろんお父さんも喋らなくなったんだけど、八百屋は通常どおりに営業を続けたわ。でも先月お父さん、箪笥の角に小指ぶつけて声が出ちゃって。タバコと一緒でずっと吸わないでおいたのに、ある時一本だけ吸っちゃったら止まらなくなるみたいなことってあるじゃない? その日から喋りたい喋りたい喋りたいって禁断症状が出始めて、それを堪えるために自宅謹慎してるの。お父さんが喋ると相手も喋りたくなっちゃうからって」


「だからその代わりにわたしが店番してるってわけ」


 タオはすっきりした表情で話し終えた。が、相槌を打つこともなく、集中してタオの話を聴ききったアケビからでた第一声は、「はぇー」だった。


「なにそのはぇーって」


「感心した時の声やがな。あぶーでも蚊ーでもええんやけど」


「いやだめでしょ」


「でもその話を聞いてな、ひとつ思いついたことがあるで」


「え、なにするの」


「八百屋を復活させるぜよ」


 坂本龍馬ばりの啖呵をきったアケビ。まだ何も成してはいないから、「坂本飛角やな」とボソッと独り言ちた。タオからは当然、「何言ってんの?」と真顔で痛い視線を刺された。


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