病の現状
「っということで、対策本部、後藤青果の2階に戻ってきたわけですけれども」
「なんでロケ風!? 」
八百屋の娘タオのツッコミが飛ぶ。そう、八百屋の2階まで戻ってきたのだ。
タオは、村長のお墨付きをもらってからというもの、よく喋るようになった。アケビが村に来てからすでに相当量の声をお漏らししていたことからも見て取れるように、彼女の言葉の防波堤は常に決壊寸前、危険水域であった。そして村長の言葉に安堵すると、ここまで張りつめていた緊張の糸が切れ、どっと言葉があふれ出たという寸法である。お預け、禁欲からの解放で、パンツを見られたことなど忘れ、アケビがいつ話し出すかと、うずうずしている。この女、まちがいなくドMである。
「ほなタオ、いま村で起こってる現象について教えてくれる?」
「いきなり呼び捨て!? そんな自分のものみたいに言わないでよ」
「俺は爺さんに好きに使っていいって言われとんねん。お前もそれは了承したよな?」
「そ、それは……」
「もっかい聞くよ。好きに使わしてもらうけど、ほんまにええねんな?」
「……。まあ、一回言っちゃったことだし」
「ありがとう。じゃあ単刀直入に聞くわ。タオ、身体の方はどうなん」
「え!?」
「え、じゃないよ。答えてくれんと進めへん」
「実は、まだなの」
「は?」
「え?」
「まだ病気なってないの?」
「び、病気なんてなるわけないじゃない。初めても済ませてないのに」
「初めて?」
「だって、しょうがないじゃない。村も隔離されて、年頃だけど、出会いも何もないんだから」
「あ、あの」
「それにこういうことは、いろんな人とすることじゃないでしょ。ましてや病気になるようなことなんて」
「え、なんの話してる? 」
「え?」
「え?」
と、一通り恥ずかしい誤解のやり取りを済ませ、タオは村の状況をオーバーな身振りを交えながら話した。読み取れる限り、わかったことは以上のことだ。
ある日、とつぜん言葉を喋れなくなる人間が出た。
そして続いて5人もの人間が喋れなくなった。
彼らは皆若者で、とりわけ仲がいいというわけではなかった。
専門家が調べた結果、どうやらこの地区の人間は、言葉は喋ると減っていき、なくなってしまうのだという。
この地区のというのはやや乱暴な括りであるが、要するに、この地区で発生した感染症のようなものであり、感染条件が会話をすることであるという。
この病は、国から特別指定を受け、村人は自由に外界に出ることを禁じられた。
また、次の調査で言葉を失った患者とまだ言葉を持っている感染者会話させるという実験が行われた。このことからわかったことは、話を聴くと、聴いた話の6割程度の量の言葉を復活させることができるというものであった。村に行く入った時、アケビの声に村人たちが耳を傾けていたのはこのせいだった。なんともセコイ奴らである。
この結果を受けて村長は、感染症が発生した時点で既に身籠っていて、村が閉鎖されてから生まれた少女イヴを使うことにした。
イヴは、生まれてこの方会話をしたことがないために、会話というものを知らない。もちろん発声から発語に至るまで一切の経験がなく、会話能力はないに等しい。このことを逆手に取った村長は、「一切の会話能力がないことを国は認められているにも関わらず、村に閉じ込めておくのは人道に反する」ということを主張し、生存権をタテに、一日限りの外出権をイヴに取らせたのだ。
イヴに課せられた極秘ミッションは、この村に言葉を提供する生贄を連れて帰ることだった。関守は買収され、アケビが村に入ることを黙認していた。村ぐるみで、アケビを誘拐したのである。
これらタオの話からわかったことは、アケビが生贄であるということと、タオが処女であるということである。
これは、どげんかせんといかんではないか。
アケビはぼんやりと、昔飼っていたカマキリの虫籠に、オンブバッタを入れたことを思い出した。
生贄とは、残酷なことだったんだなあ。あの時はごめんな、オンブバッタよ。