帰還式
村の空気は、懐かしいというより、生々しかった。
何かが終わったわけではない。何かが始まるわけでもない。けれど、村のあちこちから確かに、息をひそめて待っていた者たちの気配が感じられた。
「帰ってきたでー!」
アケビがひときわ大きな声で関所の坂を駆け下りると、少し遅れてイヴも、その背中を追った。関所の前では、ゴトウ、タオ、ハチベエ、タマキ、そして村の面々がぽつぽつと待ち受けていた。
「アケビ……!」
「イヴ……!」
歓声ともつかぬ声が、ぼそぼそと漏れる。喋ることが当たり前でなかったこの村で、それは十分な歓迎の意だった。
「ただいまって言いや」
アケビがイヴに囁く。
「……ただいま」
イヴは、かすかに、けれど確かに言った。言葉はたちまち村の空気に溶けた。そして、それが合図だったかのように、村人たちの中で一人、また一人と──
「おかえり」
「……よく戻ってきたな」
「よかった」
と、言葉がこぼれていった。
ゴトウは泣いていた。タオは照れ笑いしながらイヴの手を握った。ハチベエは「おかえり祭にしましょうや」と言い出し、タマキは「仕方ないから付き合うわ」と言った。村人たちは(お前ら誰やねん)と喉元まで出かかっていたが、この空気に水を差すような野暮な真似はしなかった。
──その夜、村ではささやかな帰還式が行われた。
焚き火を囲み、焼き芋をほおばり、村人たちが落語の真似事をして笑い合う。ほんの数週間前には考えられなかった光景だった。
村長は輪の外で静かに空を見上げていた。
「さて──ここからじゃな」
その言葉に応えるように、アケビが隣に立つ。
「こっちの政治は、口先だけでは通らんで」
「知っておる。だが、言葉が回り始めた今──回す手綱は、こちらにある」
アケビは、炎に照らされたイヴの横顔を見つめながら、ゆっくり頷いた。
こうして村は、言葉の奪還に続いて、「未来の形」をめぐる新たな政の時代へと歩み出すことになる。
その火種は、既にくすぶり始めていた。




