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喋らない少女

少女は、こちらを見ている。

 

アケビは、どうする。


こうげき。


アケビは、こうげきした。


「えーい(濡れた浴衣の裾から水滴を飛ばす)」


少女は、じーっとこちらをみている。


警官が、ちらりとこちらをみている。



コンティニュー。



アケビは、どうする。


ぼうぎょ。


アケビは、ぼうぎょした。


少女は、じーっとこちらをみている。


警官が、こちらをみている。



これでは、埒があかない。

コンティニュー。



アケビは、どうする。


まほう。


アケビは、呪文をとなえた。


「チャウネンソンナツモリハナカッテン、ケドカットナッテヤッタ、コウカイハシテイナイ」


少女は、じーっとこちらをみている。


警官も、じーっとこちらをみている。




アケビは、どうする。


にげる。


アケビは、にげだした。




しかしまわりこまれてしまった。


少女は、じーっとこちらをみている。


警官は、去っていった。




「お嬢ちゃんどしたん」


 声をかけてみる。完全に事案である。

 少女は声を出さずに、少し傾げた。金色の長い髪が、河川敷に影を作る。

 

「家は? 」「名前は? 」


 聞いても聞いても少女は答えない。まるで『犬のおまわりさん』の心持ちだ。


 しかし、無視をしている様子もなければ、言葉が通じていないということでもないらしい。むしろ発声の一音一音に集中し、好奇心を傾けている。どうやら、何らかの理由で声が出せないようであった。失声症というやつだろうか。


 ならばとアケビは、YES、NOクエスチョンに切り替えようとした。が、見知らぬおじさん(少女から見ればおじさんだろう)に個人情報を話させるというのは、教育上よろしくない。はたから見れば新たな特殊詐欺にも見える危険性もある。


 そうして仕方なく、少女を聴き役に据えることにした。何せアケビは、とにかく誰でもいいから話したかったのである。


「山号寺号って話があってな、昔お坊さんが、どんな寺にも、『なんとか山なんとか寺』と名が付くって言うてん」


 少女は、ふんと頷く。


「ところで、お嬢さん、いま何時? 」


 少女は首を傾げる。


「これも山号寺号やねん。お嬢さんの『さん』と、何時の『じ』でな」


 少女は、ふんふんとさらに頷く。久しぶりに(数時間ぶりに)人と向かい合って喋れることに、アケビは、悦びを感じていた。だが一方で、少女に話した『山号寺号』は、勘当された父親から初めて教わった噺というのも皮肉な話である。


「家追い出されて、おっさん、一大事」


 少女は窺うようにしてこちらを見ている。


「喋ることで、ストレス発散、これ大事」


 少女は、にこっと笑って頷いた。


 こうしてAIに言語習得させるかのように少女に話し続け、夏の猛暑も手伝ってすっかり衣服も乾いてしまった。ひと段落して、さてそろそろと言いかけたが、帰る家がない。原点回帰ここに極まれりといった塩梅だ。


 いっそ話を聞いてくれたよしみで、この少女の家に厄介になろうかとも考えたが、家に一人で住んでいる訳もなく、見知らぬ男を拾って帰ったら、「なにその小汚いおっさんは。河川敷で拾った? すぐに返してきなさい」と言われるに決まっている。あるいは、そう済んだらましな方で、通報でもされたら目も当てられない。なにせアケビは、まだ勘当した父親の扶養に入っているのだ。威勢よく出ていった挙句、一日も経たぬうちに警察沙汰とは、切腹ものの大恥だ。


 せめて不審者扱いされぬよう、


「ほなそろそろ、陽暮れる前にはよ帰りや」


と声をかけ立ち上がる。


 少女は立ち上がったアケビを見上げ、その場にとどまっている。動く様子はない。


「あれ? もしかして、帰りたくないとか」


と、途方に暮れていると、


「来て」


と一言、少女が発した。美しく透き通った声だった。


 言われるがまま、少女が歩き出す後ろにつき、足取りを合わせた。


 あれ。この子声出たんかいな。


 ともすれば、今まで俺は揶揄われてたんかな。とか考えてまうけども。考えてしまいますけども。でもついて来いいうことは、ある程度の信頼を得たいうことやから、まああれやけど。にしてもどこ行くんやろか。この年で(推定10歳)「帰りたくない」とはとんだオマセさんやなあ(「帰りたくない」とは言っていない)。あれ、家帰りたくないってことは(「帰りたくない」とは言っていない)、どこ行くんやろ。


 あれ、この子そういえば、「帰りたくない」とは一言も言ってなかったな。たしか「来て」とだけ。……来て!?!?これは拙いやろ、家やろどう考えても。(推定)10歳の女の子がやることと言ったら、仔犬拾うか大縄跳びか缶バッチグーぐらいのもんやろ。おっさん拾って家に帰られたら、さっき想定した最悪のシナリオをたどることになる。

 

 逃げるぞ。いまならまだ間に合う。逃げよ。


 と息巻いて踵を返そうとすると、

 

 しかし、まわりこまれてしまった。


 何たる耳のよさ。下駄の音がネックやったか。

 

 もうちょっとだから頑張って、と言わんばかりの小さなため息をついて、少女はまた歩き出す。



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