過去の呪縛
「乗っとるってどういうことやねん」
アケビが村長に問いかける。
村長は、ほほと高く笑い、それから上目遣いで悪そうな顔をした。
アケビにはなんのこっちゃである。
アケビだけではない。タオがゴトウさんが、ぽかんとしている。
ただ一人、イヴを除いては。
しかしイヴは喋らない。
正確には、喋れない。
周囲の人間はみなそう思っている。
これもまた誤解である。
そもそもイヴは、会話というものを知らずに育てられた。生まれた時から村に会話はなく、声を発するものはなかった。
しかしながらそれは、言葉を介した会話がなかったというだけである。
人は生きている以上誰かと関わり合いながら生きている。それは喋らずとも、空気感であったり、表情であったりでお互いに察しながら暮らしているということで、そのお互いを察することは、即ち会話なのである。
どんなことをすれば相手が喜ぶのか、どんなことをすれば相手が傷つくのか。イヴはそれを言葉ではなく身をもって発見してきた。そしてそれは、コミュニケーションの基盤を作るに足り得たのだ。
イヴは、外の世界へ出て、アケビが話す言葉を全身で受け止めた。結果、コミュニケーションの能力を有した上に、大量の言葉を得たのだ。言葉たちは、次々、コミュニケーションの基盤から大きく育って、会話能力へと進化していく。つまり、イヴはもう人並みに話せるのだ。
そのことに気がついていたのは、実際にイヴが発声するのを聞いたアケビと、そして村長であった。
「イヴを使うんじゃ」
「使うってどうすんだよ」
ゴトウさんが口を挟む。その声は、疑問よりも好奇心に満ちていた。
「それはな」
それから村長は話した。イヴが話せることを。そして、国はイヴが会話能力を有していないと思っていることを。
「つまり、イヴが隣町にでも出て、いろんな人と会話するってことか? 」
アケビが不思議そうに尋ねる。
「そう。そして、この病から立ち直りつつあるこの村が、ノウハウを伝えにその隣町へ行く。そうして一つ一つ町を村に吸収していくんじゃ」
「でもなんでまたそんなことを」
「お前にはわからんじゃろうが、のう。この10年、本当に、苦しかった。監獄に入れられているような、口を無理やり閉ざさせられているような。国からは、配給などの無機質な支援にとどまり、腫れ物のような扱いを受けた。声をあげたい時にも押し殺さなければならない」
村長は低い声で、訥々と話した。
つられて、ゴトウさん親子も俯き、鼻をすすった。
「おそらくこの病が拡がって最も困るのはつまらん政治家じゃ。つまらん話しかできんからな」
「それはまた、ピンピンに尖ってますね」
「だから協力してはくれんか。村長の意見を尊重して。なんて」
「でもいいんですか。皆さんの苦労も知らないただのシャープペンシルが」
「新入(芯入り)か。そういうところだ。そこ
を買ってる」




