毎日研究
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音楽がうるさく響く近所のゲームセンター。ゲームセンターとはいっても結構な敷地面積があり、一階はメダルゲームやプリクラ、UFOキャッチャーなどのどの世代でも遊ぶことができるものを中心に揃えられており、休日は家族連れや中高生で賑わっている。
しかし、私たちはそこには目も暮れず、二階のフロアに入り浸っている。そこは一階とは正反対で、照明が少し暗めに設定されている。入っているゲームも,音楽ゲームやシューティング、レトロゲームなどマニアックなものが置かれてある。客層も対照的で、独り身の男性やちゃらちゃらしている男子高校生など、とにかく不潔で柄が悪い。だから、そんな私たちはここに来たら好奇の目で見られがちだ。一人で来たときには、必ず一回ナンパされたりSNSのIDを要求されたりしているが、やんわりと断っている。しつこかったら店員を呼んで対処してもらう。私は常連なので、店員とは懇ろにしてもらっている。店員をそんな風に使いたくはないのだが、やむを得ない時だってあるのだ。そういえば、1回だけスカートの中を盗撮されたことがあったな。犯人はすぐ捕まったから良かったけど。
今日は学校が早く終わったので、男友達を連れてそのゲーセンに立ち寄ることにした。彼はクラス替えの時に知り合い、初めは気弱でおどおどしているのを弄って楽しんでいたけど、後に私と同じく音ゲージャンキーであることが発覚したことがきっかけで急に仲良くなった。今では頻繁に誘って、スコアなどを競い合っている。
早速、私たちは16パネルをつついてスコアを競う音ゲーに向かう。私はこのゲームで全国レベルの腕間を持っていて、1回だけ全国大会の予選を通過したこともある。決勝へ行くには親の許可が必要だったから、参加を辞退せざるを得なかったけど。
「好きなの選曲していいよ」
「私が? じゃああんたが持ってない曲、やらせてあげるよ」
そういうと私は慣れた手つきで選曲する。曲がスタートすると、私たちは一心同体になったかのように同じ譜面をつつき始めた。しかし彼の方はぎこちない。そりゃそうか。初見だもんな。そう思いながら曲を終えると、私は満点、彼はSSSだった。ちなみに満点は100万点、SSSは98万点から99万9999点までだ。
「すごいね。流石トップランカー」
「初見でここまで出すあんたも大概だよ」
褒めているのか貶しているのかわからない言葉だ。笑いながら次の曲を選ぶ。これも同じ難易度を選択し、またも一心不乱に譜面と向き合う。曲調が明るく、1曲目に比べて良心的なレベルだったからなのか、二人ともノリに乗ってつつくことができた。そのせいか、やけにスコアが高かった。彼に関しては初見な上、高いレベルなのにもかかわらずフルコンボまでやらかした。私は彼の初見力の高さに舌を巻く。
「私より初見高いんだけど」
「そうだったの。そういえば、君は研究してから譜面に向き合うからね」
彼の言う通りだ。私は初見ではどうしても腕がついていけない時が出てくる。単純な体力切れや実力不足、初見で押すには難しい配置が出てくるなど、原因は様々だ。
そのため何回かプレーした後に、家に帰って譜面を研究するのだ。どんな押し方をすれば効率よく光らせることができるか、実際にやってみて感触はどうかなど、至る所を研究して満点を取ってきた。私みたいな人は、研究勢と呼ばれている。
それは音楽ゲームだけに留まらない。実生活でも私は研究勢だ。料理を作る、勉強をする、友達と一緒にカラオケに行って歌う、果ては寝ることまで研究している。常に何かを考えていないと自分らしくないと感じてしまう。だから友達には、常に疲れている顔をしているとよく言われる。鏡を見ると、ぼさぼさの髪に少し荒れた肌。外に出る時もメイクなんてしていないから、とても現役の高校生には見えない。どうしたら美しく見えるのだろうかという研究もしてみようかなと思ってしまったくらいだ。
そんな感じでぼーっと考えている私だったが、彼に肩を叩かれて我に返る。
「どうしたの」
「なんでもない。あ、選曲してくれたんだ」
「うん。これ、君が苦手な曲でしょ」
小さくため息をついて譜面と向き合う。この曲の譜面は一癖あり、トップランカーでもフルコンボを取るのに相当な時間と金を費やしたと言われている。そして、未だに満点を取っている人はいない。それも全国、どこを見渡しても。事実、私はこれに50回以上挑戦しているが、満点はおろかフルコンボも取ることができていない。どうしてもとある時点で躓いてしまうのだ。曲が始まると、私はいつもより真剣な目つきでパネルをつつき始める。
この曲の尺は二分弱ある。特に中間地点が難所と言われており、そこだけで多くのトップランカーを奈落の底に叩き落とすインパクトがある。それ以降は簡単なのだが、本当にここだけなのだ。
中間地点に差し掛かる。私は研究の成果を見せつけようと意気込んだ。そして、奇跡は起こった。
全部、繋がった。それに、光った。50回以上やっても繋がらなかった所が。
その後、私は久しぶりに緊張した。息が荒くなる。目の焦点が合わなくなる。しかし、懸命に譜面から目を離さないように、平静を装うよう努めた。難所を乗り越えたからといって、まだまだ譜面は続く。時間が経つにつれて何かがこみあげてくる。研究の成果が出てきて、気持ちが高ぶっている。
最後の同時押しを処理すると、曲が終わった。表示されている点数は、100万点。ついにやったのだ。
私は叫んだ。涙も出てくる。「こんなゲーム如きに涙まで流すなんて……」みたいに思う人も多いかもしれない。しかし私は、これ以上の喜びを体験したことがないくらいだった。彼は泣き崩れる私の頭を撫でてくれた。
「おめでとう、全国で一番だよ」
「うん……、私、やったんだね」
しばらくして落ち着いたら、ゲームセンター横の喫茶店でコーヒーを飲むことにした。私の高校の生徒が屯しており、居づらい雰囲気ではあったが、この日は全てがどうでもよくなっていた。注文したコーヒーをテーブルまで運び、椅子に腰掛ける。その瞬間、身体全体の力が抜けていくような感じがした。テーブルに突っ伏すと、彼が笑う。
「改めて、達成おめでとう」
「ありがとう」
「凄いよ。作った人も未だフルコンボできていない曲なのに」
「んー? 作った人?」
気だるげに身体を起こすと、熱々のコーヒーを一口。
「そういえばこの曲、一般公募で採用されていたやつだ。作曲者もゲーマーなんだね」
「そうだね」
「しかも高校生だって。こういう才能に恵まれている人、正直羨ましいなぁ」
「才能か……」
「どうしたの。急に会話の歯切れが悪くなったよ」
「驚かないで聞いてほしいんだけど……。この曲、実は僕が作ったんだよね」
私はコーヒーを噴き出し、軽くむせる。彼は飛び散ったコーヒーを律儀におしぼりで拭き取った。
「悪い冗談はよしてよ」
「本当だよ。はいこれ」
スマホを見せられると、私は目を大きく見開いた。確かに、会社から直々に採用メールが届いている。よくよく思い返してみると、彼は音楽の成績がいい。クラスの中では誰も勝てないくらいだ。ピアノやギター、果ては打楽器まで華麗にこなしてしまう。いつ練習しているんだと思ったこともある。だからと言って、音ゲーに曲を出しているとは思わなかった。スマホの画面を閉じると、私に向き合った。
「これ、採用されたのは初めてじゃないんだよね。他の音ゲーにも、僕の名義で採用されている曲はあるよ」
「まさか作曲家気取り?」
「気取っているんじゃない。もう作曲家さ」
彼は随分と誇りながら言っている。そんな経歴、ぱっと見で地味な彼が持っているとは誰も思わないだろう。
「前々から思ってたけど、いつ楽器を練習してるの?」
「ピアノ、というかシンセサイザーは毎日弾いてる。ギターとかドラムは、周りを気にしなきゃいけないからそんなにやってないよ」
「シンセサイザー? パソコンで音楽作ってるの?」
「その通り。DTMっていうんだけど」
彼の口から、音楽の知識が溢れてくる。私の知らない音ゲーの世界が、そこにはあった。
「作曲してどれくらい経つの?」
「3年とちょっと」
「凄いじゃん。頑張ってるんだね」
「……ありがとう。初めて褒めてもらった気がする」
彼は私に見せたことがない照れ笑いで応じてくれた。その仕草に、少しだけ心臓が跳ねたけど、私はペースを崩さない。気を取り直すかのように、彼はアイスコーヒーを飲んで話を続けた。
「毎日、寝ないで作曲してる。僕みたいなひよっ子は、勉強、研究しないと技術なんて上達しないから」
「研究って、どんなことしているのさ」
「例えば、動画サイトや音楽投稿サイトを見ること。そこでは毎日、色々な音楽が生み出される。お互いに作って、聴いて、刺激を受けている。あとは作曲のレッスンを受ける。Sky chatっていうアプリを使って、作曲技術についてマンツーマンで指導してもらっているんだ。今はトランスやポップス、ハードコアを作っているけど、将来はジャズやロック、シンフォニックな曲もやっていくつもり」
「努力は惜しまないんだね。そういうことを聞くと、私も頑張らなきゃって気持ちになってくるよ」
「君だって、譜面研究とかしているでしょ。それと同じ感覚」
「そうだね。それ以外にもいろいろとやっているけど」
『毎日研究』。これは私が勝手に作った座右の銘だ。もしかしたら、私は趣味以外でも彼と気が合うのかもしれない。思い上がりと言ってしまえばそれまでだが、私は子供のように自身の作曲論を語る彼を笑いながら見つめていた。
「今度、僕の曲で歌ってみない? きっといい曲ができる。今、良いメロディーラインが思い浮かんだ!」
「それ本気?」
「真面目に言ってるけど?」
「何それ。でも、悪くないかな」
温くなったコーヒーを飲みながら、自分が歌っている姿を頭に描く。これは新しく研究しなければいけないことが増えそうだ。不思議と嫌な気持ちはしなかった。