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男(の娘)らしくなろう

作者: ニット

「よっ!!」


 朝、もうすぐ昇降口と言う所で、後ろから背中を叩かれた。こういうことをするのは数人しかいない上に、声でも判断できるのだが、念のため後ろを振り向いた。

 するとそこには予想通りの人物である、俺の友人である亮太がいた。


「いったいな~。少しは大人しい挨拶が出来ないのか?」

「できないね。それにそんなに強く叩いてねェよ」

「悪かったな。貧弱な体で!」


 俺よりも10センチも20センチも高い亮太を見上げて、少し大きな声で言った。と言うのも、牛乳を毎朝飲んでも全く身長の伸びない俺と違って、亮太は180センチを超えてる上に筋肉質だ。噂では相当女子にモテているらしい。羨ましくて憎たらしいよ全く。


「ところで」


 昇降口で上履きに履き替えて自分たちのクラスである1年2組に向かっていると、亮太が話題を変えてきた。こいつは色んな奴と仲がいいから、結構な情報通だ。そして俺の知らないことを色々と話してくれる便利な奴でもある。


冬姫ふゆひめさん、また新しいこと始めたらしいぞ」

「え? また?」


 俺たちの学校で知らない人はいないほどの有名人であり、クラスメートでもある人物、荒波あらなみ冬姫ふゆひめさん。彼女は成績トップでこの高校に入学し、更に誰が見ても美人だと認める程の美貌から、それだけで入学当初は話題になった。だけど彼女はそれだけじゃなかった。部活動の仮入部や体育の授業で見せる運動神経は、スポーツ万能の亮太には少し劣るものの、女子の中では断トツだった。ここまでで彼女の完璧さは充分語れるけど、噂では超お金持ちのお嬢様だとか、不良を返り討ちにしたとか、一年にして告白された人数トップだとか、入学から半年経った今では色々な伝説が飛び交っている。

 そんな荒波さんだけど、彼女はたまに変なことを始める。つい最近では確か……


「じゃあこの前やってた占いはどうなったんだ?」

「噂によると飽きたらしいぜ」

「超当たるって評判だったのに勿体ないね」


 休み時間や放課後、荒波さんは突然何かしらのポスターを張り始める。それらはすぐに先生に回収されて呼び出し、説教の流れになるんだけど、とにかくそれを合図に荒波さんは色々なことに手を出す。俺も一回、荒波さんの『映画鑑賞会』に参加したことがあるけど、人数が多い上に途中で先生の乱入と説教があってから荒波さんのイベントには参加していない。

 これらのことから分かるように、荒波さんは先生たちにとっての要注意人物になっている。それでも先生の目を盗んで行動している荒波さんはとてもすごいと思う。


「それで、新しいことって何始めたんだ?」

「なんか、お悩み相談所、だってよ」

「へー」


 そこでちょうど教室に着いたので、自分の席に鞄を置いて座る。亮太は俺の前の席なので、そこに座って身体だけこちらを向け、話をつづけた。


「んで、そのお悩み相談所だが、どうやら面白いことになってるらしいぞ」

「面白いこと?」

「ああ。珍しいことに、あの冬姫さんが客を選んでるらしいぞ」


 客、と言う表現は微妙な気がするけど、それは置いておこう。それにしても荒波さんが人を選ぶなんて珍しい。一時期やっていた『荒波さんのマッサージ』なんていうイベントですら、荒波さんは人を選ばずにやってきた。と言っても、調子に乗った人は返り討ちにしたらしいけど。


「でも選ぶってどうやって?」


 荒波さんは男女問わず、学生全員の注目の的と言っても過言ではないほどの人物だ。一つのイベントに訪れる人数はそれはもうたくさんいることだろう。いくら荒波さんでも、一人ずつ確認して選んでいるのは無理があるんじゃないだろうか。


「なんでも、荒波さんから選ばれた奴は『招待状』が届くらしいぜ」

「招待状ねぇ」


 『相談所』なのに招待ってどういうことなんだろうか。そう思いながら、鞄から教科書を取り出し、机に入れる。


「ん?」


 すると机の中に、見覚えのない紙があることに気付いた。それは遊園地のチケットくらいのサイズで、こんなものを学校に持ってきて、その上机の中に入れっぱなしにした記憶はない。


 考えていても仕方ないので、一旦教科書を机の上に置いてその紙を手に取って見た。亮太も気になったようで、身を乗り出してその紙を一緒に見た。


『荒波冬姫の相談所のチケット』


「…………」


 何も考えず裏を見ると、相談所の場所と、時間の指定が書かれていた。




--------




 指定された時間である放課後、俺はとある空き教室の前に立っていた。周りを見るが誰もいない。亮太には俺が招待状を貰ったことは黙って貰っている。あれを貰ったなんてなったら、注目されるのは目に見えている。そんな状況にはなりたくない。


 俺は少し緊張しながら、空き教室の扉を開ける。


「やぁ。林道りんどう祐樹ゆうき君。相談所へようこそ」


 長くさらさらとした黒髪に、整った顔。俺を呼び出した人物が、この教室に似合わない豪華なソファに座りながらそう言った。きっと彼女がどこからか持ち出してきたのだろう。足を組みながらにやりと笑っている荒波さんは、とても艶めかしく、思わず見とれてしまう。


「ま、とりあえず座ったらどうかな?」


 荒波さんはそう言うと、彼女の前にあるソファを指さした。こちらも荒波さんが座っているものと同じく、見るからに高そうだ。


 ソファに座るとその柔らかさに少し驚く。だけど、足を組んだ荒波さんのスカートがちらりと見えた時のドキドキでソファの感想が吹っ飛んだ。あまりそう言う格好はしない方が良いんじゃないだろうか。


「さて結城君。君は悩みがあるだろう?」


 何故、悩みがあることが前提で話しているんだろうか。荒波さんとはクラスが一緒だけれど、それほど話をした記憶はないし、勿論悩みを話したこともない。それにさり気なく下の名前で呼ばれ、ドキドキしてしまった。これは正常な男子高校生なら仕方ないことなんじゃないだろうか。

 悩みについては、あまり言いたくはないけどないと言ったら嘘になる。


「まあ……。身長が低いことが悩みだけど……」

「いやいや、他にあるだろう?」

「えー……」


 少し勇気を出して打ち明けた悩みを、バッサリと切られた。荒波さんはどうやら、人だけじゃなくて悩みも選んでいるようだ。しかし困った。他に荒波さんに相談するような悩みが思い浮かばない。


「ならばこちらから言おうじゃないか。結城君、君は中学時代、ある人から告白されたんじゃないのか?」

「え゛?」


 予想外の言葉に、変な声が出る。

 しかし仕方のない話だと思う。その話は、この高校にいる人どころか中学の友人にも話していない話だ。そんな話をどうして高校で知り合った荒波さんが知っているのだろうか。


「ああ、自分から言うのは嫌かい? ならば私が言おうか。君は中学時代、あるから告白されたことがある。それ以来、少し長めだった髪をバッサリ切ったんだよね?」

「…………」


 何も言い返せない。

 それは俺の中でのトラウマであり、黒歴史である。初めてされた告白が男子からだなんて誰にも言えないし知られるわけにはいけなかった。しかしどうして、どうして荒波さんが……。


「私が何故知っているかなんて話はどうでも良いじゃないか。ただ、私は一つ思うんだ」


 自分でも気付かない内に下がっていた視線を上げ、荒波さんを見た。これ以上何を言われるか不安で仕方がなかった。今の俺の頭の中は、この話をどうやったら口止めして貰えるかしかない。

 そんな俺を見て、荒波さんは真剣な顔で話を続けた。


「君、男らしくする方向が間違っていないかい?」

「え……?」

「いや、君は男らしくするために髪を短くしたみたいだけど、それは違うだろう」


 荒波さんの言う通り、確かに俺は男らしく見せるために、髪を短くした。思い出したくない事実だが、告白してきた奴曰く、初めて見た時は俺のことをどうやら女子だと思ってしまったらしい。だからそんなことが起きないよう、女子に見えない様に気を付けている。

 だけどこれの何がいけないのだろうか。


「髪を短くすれば女子に見えないなんて単純すぎるぞ。そこで私が、君が男らしくなるように、サポートをしてやろう」


 にやりと笑う荒波さん。どうやら、彼女が一番やりたいことはこういうことらしい。

 そういうことなら断る理由はない。彼女からあの黒歴史をばらされることだけが心配だけど、それを考えても仕方ない。それに彼女の言う通りにすれば、より男らしくなるかもしれない。いや、なれるだろう。


「分かった。そうしてくれると嬉しいよ。んでも、髪を短くするってのは駄目なのか?」

「当たり前だろう。まず、君は誰が見ても童顔だ。それは認めることは出来るかな?」


 あまり認めたくない事実。しかしこの年まで生きていて、それは確かに感じていたことだった。


「ああ」

「ならば当然、外見はそれに合わせるべきだと思わないかい? 男は男らしく、正々堂々とした格好の方が男らしいだろう」

「けど」

「女子代表の私が言うのだから間違いない」


 確かに、男から大層モテていそうな荒波さんの言うことなら、信じることはできそうだ。特に外から見た男らしさと言うモノは、一度女子に間違われたことのある俺よりも荒波さんの方がよく分かっていると思う。


「よって君は髪を伸ばすべきだ。……しかし髪を伸ばせと言われてすぐに伸ばすことなんて不可能だ。と言うことで」


 突然荒波さんは立ち上がり、近くに置いてあった彼女の鞄と思われるモノの中を探った。それにしてもあの鞄、学校に持ってくるには大きすぎないだろうか。絶対先生にばれたらまずいものばかり入っているんだろうな。


「このカツラを被るべきだ」


 そこから出てきたのは、綺麗な髪質のカツラだった。それに関して知識が全くない俺でも上質なものであると予想できる。しかしそんなもの、どうして学校に持ってきているんだろうか。もしかして、最初から俺に被せるつもりだったのだろうか。にしてもそのカツラ、男が被るにしては長いような……。

 そんなことを考えていると、いつの間にか背後に回っていた荒波さんにカツラを被せられた。こんな状況でも、美少女に触られるとなるとやっぱり緊張してしまう。少し緊張したままカツラの調整が終わるのを待つ。


「さて、これで良いな」


 荒波さんは調整を終えると、前に回って俺を見た。仕上がりを見ているんだろうけど、こうじっくりと見つめられると照れる。荒波さんはそんな俺の心境なんて知らずにうんうん頷いている。どうやら良いらしい。


「鏡で俺も見て——」

「それだ!!」


 俺も見てみたい。そう言おうとしたところを遮られる。荒波さんは右手の人差し指を伸ばして俺を指さしていた。


「『俺』と言う一人称は微妙ではないだろうか」

「いや、男子はみんな俺って言ってるような気がするんだが」

「ふふっ。重要なのはそこじゃない。男はやはり、自信を持って話すのが良いだろう。そう思わないかい?」

「まあそう思うけどそれと一人称に何の関係が?」

「大ありさ。君は元々、一人称は『ボク』だったはずだろう? だからその慣れていない一人称は、私からするとどうにも自信なさげに聞こえてしまうんだ」


 俺が髪を切っていたことを知っているなら、同時期に変更した一人称のことは知っていてもおかしくないだろう。しかし驚きなのは、『俺』と言う一人称が自信なさげに聞こえてしまうと言う点だった。深く考えずに『俺』って言っておけば男らしくなると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。新発見だ。


「と言うことで今日から君の一人称は『ボク』だ。良いね?」

「あ、ああ」

「そしてそれもだ!!」


 下げたばかりの右手をもう一度上げ、荒波さんは俺……ボクを指さした。今度はなんだろうか。


「その口調も変えよう」

「口調? でもこれは別に無理に変えてないが」


 中学時代で変更したのは、髪の長さと一人称だけだ。口調は特に変えたつもりも無理しているつもりもないんだが、何故変える必要があるんだろうか。


「男なら統一性がないと駄目だろう」

「統一性?」

「そう。『ボク』と言う一人称なのにそんな口調は統一性がなく、よって男らしくない。もっと大人しめの口調を使ったらどうだろうか」

「だがそれじゃあ慣れない口調で自信なさげに聞こえるんじゃないのか?」

「女子代表の私が言うんだから、そこは大丈夫だ。口調を変えた方が男子力高い。これは間違いないぞ」


 そこまで自信ありげに言うなら、そうなんだろう。しかし大人しめの口調と言われても、少し戸惑ってしまう。


「他に何かあるか? ……じゃない、あるのかな?」

「うっ……。き、今日はここまでにしよう。取り敢えずその調子で過ごしてみたまえ。そのカツラは私からのプレゼントだ」


 少し狼狽えたように見えたけど、気のせいかな? それよりも、こんなに上質そうなカツラをボクが貰っても良いのかな?

 でも荒波さんは言うことだけ言うと、カツラを取り出した鞄とは別の小さな鞄を持ってササッと教室を出てってしまった。




--------




 それから一か月、ボクは荒波さんの言う通り生活してみた。最初は家族や亮太含めた友達皆に驚かれたけど、しばらくすると慣れたのか何も言わなくなった。

 男らしくなった実感はあった。意外なことに、荒波さんの言う通りにしてから女の子に話しかけられる頻度が格段に上がった。モテている、と言う感じじゃないけど、これは男らしくなったからこその変化だと思う。


「そう。それは良かったわね」


 休み時間、自分の席で写真を眺めている荒波さんに対してそれを報告すると、そんな答えが返ってきた。最近荒波さんがやっているのは、写真撮影会らしい。ボクは相談室以来荒波さんのイベントには参加していないけど、楽しくやっているみたいだ。


「ところで、これは君の写真なんだが、よく撮れてると思わないかい?」

「どれどれ?」


 荒波さんが机の上に並べている写真の一つを指さした。それを見ると、2週間程前に、女の子の気持ちを理解するためって名目で女の子の格好をして荒波さんと一緒にショッピングをした時の写真があった。写真の中のボクは、アイスを食べていて幸せそうな顔をしていた。


「ちょ、ちょっと!! これいつの間に取ったの?」

「君が無防備すぎるのがいけない。ああ、大丈夫さ。この写真は我が家で大切に保管させて貰うよ」

「い、今すぐ捨ててよ!」


 そう言ってみるけど荒波さんは微笑むだけで処分するような素振りを全く見せてくれない。


「そんな恥ずかしそうな顔をするな。かわ……じゃない、カッコよくて惚れてしまうぞ? 大丈夫さ。もし『もうお嫁にいけない!』なんて心情なら、是非私が嫁に引き取ってやろうじゃないか」

「そ、それを言うなら婿でしょ!」


 嫁と婿を間違えるなんて、荒波さんもおっちょこちょいの一面があるもんだ。でも荒波さんみたいな可愛い人にそんなことを言ってもらえるなんて素直に嬉しいな。


「そうだ」


 と、そこで荒波さんは何かを思い出したように言った。


「写真撮影会の次はダンスパーティをやるつもりなんだが、君もどうだい? ドレス等の衣装はこちらで用意するから安心したまえ」

「ん、良いよ。たまには荒波さんのイベントに参加しようかな」


 だけど、結局あまり身長が伸びていないボクでも、タキシードは似合うのかな? そこがちょっと心配だな。ただ荒波さんのイベントに参加するのは久しぶりだし、楽しみでもある。



 後日、ダンスパーティでボクが着ることになったのは荒波さんの用意したドレスになるんだけど、それはまた別のお話。

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