とある勇者の流行病
召還されてくる勇者は『14~15世紀の』ヨーロッパ人です
「おお、勇者様が召還に答えてくださりました!召還は成功したようです!」
十数年前、突如として発生した魔物たちの王、すなわち『魔王』が現れ我々人類に対し宣戦を布告、そして瞬く間にその圧倒的な力によって人類勢力は敗北を喫した。
現在は何とか人類に対し不干渉を徹底していたエルフが人類側として参戦してくれたおかげで戦線が膠着してはいるものの、これでは埒が明かないとして人類は最後に残された手段として『勇者召還』の大魔法によって勇者を呼び出し魔王軍に対する最終兵器とすることにした。
―――というのは建前で、実際の所そこまで魔王軍は脅威ではない。宣戦を膠着化させて魔王軍の戦力を疲弊させている隙に人類側も戦力を整えており、あと数カ月で大規模な反攻作戦を行う予定であるからだ。
そして、このたびの『勇者召還』は我が国が戦後に優位に立つためであり、他国にもこのことは一切知らされていない。
……そして数カ月にも及ぶ周到な準備の結果、ついに『異世界』から勇者を連れてくることに成功したのだ。
召還に立ち会ったのはこの私を含め、王宮魔導師が数名と勇者様をどうしても見てみたいと参加したロザリー王女様、そして彼女を護衛する騎士が数名だ。あまり大人数であると来たばかりの勇者様を委縮させてしまうとの王直々の判断である。
召還に成功し、早速声をかけようとしたが王女様は周りにいた騎士たちを無視して強引に勇者のもとまで歩み寄って声をかけた。
「やりましたわ!ついに成功したのね。勇者様、さあ、目をお開けになってくださいまし……勇者様?」
勇者の登場に喜んだ王女様が寝ている勇者様を必死になって起こそうとしているが、どうにもおかしい。
確かに、この世界と理の違う所から呼び出したため人種そのものが異なる可能性もあった。だが、この勇者様を見る限りそのようなこともないし、むしろ我々と同じような姿をしている。
だが、その勇者様をよく観察してみると我々と決定的に違うところがあった。
―――手足が黒ずんでいるのだ。
それに、この勇者様は明らかに息をしていないようにも見える。
何か嫌な予感がした私はその場に横たわる勇者様から王女様を説得して引き剥がし、後のことは侍女たちに任せることにした。
そして、私はその横たわっている勇者様に無礼を承知で触れたりしてみたものの、やはり息をしてはいなかった。一応着ている服も見てみたものの、正直言ってかなり汚らしい襤褸切れをまとっていたし、どうにも体臭もあまりいい匂いとは言えなかった。
……もしかしたら勇者召還は失敗だったのかもしれない。
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勇者様を召還して数日が経過した。どうやら、あの時の勇者様はやはり亡くなられていたようで勇者様はひっそりと王国の共同墓地に埋葬することが決まった。
その後、何もなかったかというとそうではなく、私を含め数名の侍女と勇者様に直接お手を触れた王女様が病を患ってしまった。
私も最初はただの熱に浮かされているだけだろう、と思っては見たものの時がたつほど頭が痛くなり、全身に悪寒が生じるようになった。
あの時勇者様に立ち会った全員がこのように病を患ってしまっていたのだ。勇者様は恐らく何らかの病に感染しており、それが我々に感染した可能性が高いのではないかと王宮主治医が言っていたがこの程度であれば問題はないだろう、とも言っていた。
国一番の医者が言うならばそれで問題ないのだ、と私がそう判断してしまったが、この私の判断が最大の過ちであるとその時には気付くことはできなかった。
さらに数日がたつと事態が急変した。
ロザリー王女様が薨去されたのだ。
最初は私たちと同じような病であった王女様であったが、数日後いきなり意識を失われあの勇者様と同じような手足の黒ずみがあらわれ、さらには紫の模様も体に浮き出てその2日後には薨去されてしまった。
事態はさらに悪化した。侍女たちも勇者様や王女様と同じように亡くなられたからだ。だが、おかしなことに侍女のうち一人だけが口から血を吐いて死んでしまったのだ。
そして最悪なことにこの私もこの次女と同じように血を吐いていた。そのうえ、とても息がしづらく何度もベッドの上で転げまわるようになっていた。
医者たちが必死に抑えにかかってくれているが、あまりの苦しさに何度も意識が遠のく。
―――勇者なんて呼ばなければよかった。そう言い残した私は暗くなりつつある視界に身を任した。
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半年がたつと、この国で元気に動ける人はもはや数えるぐらいしかいなくなってしまった。
勇者様―――もといあの死体を召還してからこの『流行り病』は爆発的な勢いで国中に広がっていった。
あの死体を運び、その後城下に買い出しに行っていた侍女や葬儀に携わっていた葬儀屋が主な感染源となったらしく、2カ月がたつころには城下街は死体だらけになってしまった。
この流行り病に恐れた商人たちもとっくにこの国から離れてしまい、もはやまともな商売すらできなくなっていた。また、すでにこの流行り病を察知した隣国も国境を完全に封鎖しており、今は誰も国内に入れないし、出ることもできない有様だ。
そしてその3か月後、地図からとある大国は姿を消すこととなった。
―――『黒死病』
これは隣国がこの滅んだ国を調査し、そこで発見された死体の特徴から名付けられた流行り病の名前であり、奇しくも呼び出された勇者がいた世界で大流行していたとある感染病の名前と一致していた。
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「あなた、具合はいかがですか?」
「ああ、平気さ。なに、こんなのすぐ治るから心配するな。」
「……そうですか。なら早く治してくださいね?」
「もちろんさ。」
―――そう言った男の体には紅い染みが浮き上がっていた。
勇者を召還するならこういうことがありそうだなって思って書きました。