第六話 ちょっとずつ俺も進歩するんだよ
異世界に来てから……何日か目の朝。
俺はそこまで苦もなく生活していた。
なぜなら、崖から落ちて両脚を骨折したおかげで、お嬢様と出会うことができたから。
お嬢様の名前はフレア。
この辺りを治める貴族のご令嬢だ。
彼女が崖から落ちた俺を見つけてくれたらしい。
「あら、旅人さん
もう 起きた」
部屋の扉を開けてフレアが入ってきた。
俺は一応、ここに来たばかりの旅人という設定でフレアと接している。
そのほうが知識の無さをカバーできるからな。
地道な勉強のおかげで、最近はカタコトであるものの異世界の言葉を話すことができるようになった。
そして、何とかギリギリ聞き取れるようにも。
まだまだ精進しないといけないレベルだけど。
「フレア おはよう。
なんだか 今日 早く目覚めて」
「いいことね。
今日 早く リハビリできそう」
俺の骨折は大方治っている。
フレアが医者を呼んで定期的に診てもらっているおかげもあるが、栄養バランスのいい食事のおかげでもあるだろう。
「早く 治す 頑張る。
フレア、いつもありがとう」
「いいのよ。
困った時 お互い様」
フレアはそう言って笑うと、部屋から出て行った。
おそらく執事のポーターに食事を運ぶように頼みに行ったのだろう。
メイドやポーターの話だと、俺がここに来る前は必ず食堂でご飯を食べていたそうだ。
しかし俺が来てからは毎日、この部屋で食事をするようになったと。
「なんだか……
悪いような気もするなぁ」
リハビリをきっちりこなそう。
そして体調が完璧になったら恩返しをするんだ。
フレアに助けられなかったら、俺は死んでいたかもしれないし。
フレアのお父さんやお母さんにも勿論お礼をしなければ。
一度だけ会ったことがあるが、二人共とても優しそうな人だったな……
なんせ見ず知らずの俺を置いてくれるんだから。
フレアが優しい子に育つのも頷ける。
この世界に来た時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうだ。
なんなら、今は猛烈に幸せである。
優しいお嬢様、おいしい食事、やわらかなベッド……
この時間が一生続けばいいのになぁ。
しかし、今の俺は知らなかった。
この幸せは、ほんの一瞬の出来事で、唯一の幸せだったのだと。