第一話 異世界転生なんてありえない
「貴方は不運にもこちらの不手際で間違って死なせてしまいました」なんてことを女神様的人物に言われても、「あぁそうですか」みたいな台詞なんて中々言えるものじゃないだろう。
そちらの不手際だかなんだか知らないけど、死なせてしまったことを死んでから言われても仕方ないし、更に言うなら死んでからなおも自意識を保って会話できるのが不思議でならない。
「なのでせめてもの償いとして貴方を新しい世界に転生させます」という決定事項を突きつけられたが最後。
驚きや反抗の言葉なんて言えないままに俺は異世界とやらに転生してしまうわけだ。
もはや宇宙人か何かの仕業と言っても過言じゃない。
しかも、この感じだと異世界に転生できるのが俺だけとは限らないわけだ。
なにせ不手際で人を死なせてしまうドジっ娘さんだぞ?
俺以外にもこのような「不運」を背負ってしまう人も勿論いるだろうな。
大体こういう「不運にも死んでしまった系」や「前世がショボいから異世界で頑張れ系」はチート能力や何故か勝手に美少女が寄ってくる特典が付いて来るものだけど、あんなの10万人に1人だったり100万人に1人。
もっと言えば1億人に1人レベルの大特典で、俺のようにごく普通の人生を送っていた人間が「はい選ばれましたー」なんてことはありえないのである。
なぜそんなことを言えるかといえば、決定的な証拠が目の前にあるからだ。
特典がついていたら、俺はこんなことになっていないだろう。
「……どこだよここ」
目を開けたらそこには見知らぬ天井が……
なんてことはない。
というか天井すらない。
灰色の空が黙ってこちらを見つめているだけで、俺はただの地面に大の字で寝そべっているのだ。
体を起こして辺りを見回すと、ここは壊れた教会のようでいかにもそれらしい十字架なんかが置いてあったりする。
いや、まだ早い。
ここが異世界なんて認識するのは早過ぎる。
どっかの国に転移したとかも考えられるわけだが、それはそれで驚くから人間は面倒くさい。
こんなことになるなら大人しく部屋で寝ていればよかった。
「あぁ……今なら異世界に転生とか出来るかもしれないな」みたいな感覚でコンビニに出掛けて、結局何も無くてコンビニで買ったポテチを食べていたら喉を詰まらせたのが最後の思い出とは悲しすぎる。
よし、とりあえずこの辺りを探索しよう。
何か見つかるかもしれないしな。
どういうわけかスマホも持ってないし文明の利器に頼ることはできない。
そもそも持っていても電波があるかどうか。
重い腰を上げてみないと物事は進まないってことか……仕方ない。
教会を出ると辺り一帯に瓦礫の山が広がっている。
どうやらここは街だった場所みたいだな。
大規模な火事が起きたようで、木が焼け焦げていたり煤けた瓦礫が落ちているし普通に意味がわからないぞ。
俺がポテチを食って喉に詰まらせている間に時間が進んだか巻き戻ったかでもしたのか?
いやいやありえないって。
しばらく歩いていると、焼け焦げていない木片を発見した。
何かの店屋の看板みたいで、よくわからない文字が羅列されている。
記号文字みたいに見えるし、何かのアニメや漫画で見た古代文字にも見える。
こんな曖昧な情報源でここを異世界と判断してもいいのだろうか。
そんなこんなでもう少しで夜になりそうだ。
辺りが暗くなってきてるから間違いない。
結局ここで一晩過ごさないといけないのか、悲しいな俺。
とりあえず屋根がある場所に行こうと考え、比較的に損傷が少ない家を見つける。
この家だけ焼けていない。
他の家から離れているのが理由だろう。
玄関に靴を脱ぐようなスペースがないのでおそらく日本ではないな、ここ。
それにしてもなんで家に誰もいないんだ?
そもそもなんでこの街には人が誰もいないんだよ。
わけがわからない。
考えてもわからないので、ひとまず休む。
さっきまで休んでただろと言われたらまぁ仕方ないのだが、何も食べていないので力も湧かないというものだ。
何か食べるものを見つけなければいけないので、とりあえず家の中を漁る。
見つかったのは食べれそうなパン……みたいなもの。
みたいっていうのはこれパンなのか? みたいな見た目で手で触った感じもパンじゃないから。
よくわからないものを口に入れるというのは随分と勇気がいるなぁと思いながらそれを口にする。
食えないわけじゃない、けど不味い。
おかげで腹はある程度膨れたので、再び外に出てみる。
光が殆ど無く、辺りを見回すのも一苦労なのだが、結構な遠くに光が見える。
文明は栄えているらしい、やはり異世界ではないのだ。
……前言撤回。
ここは異世界だ。
急になんでそう思ったかって?
まぁ思春期には気が変わるってことがよくあるけど、そういったものじゃないし俺はもう20歳だ。
じゃあなんでかって?
……俺の住んでた世界には、確か月が1つしかなかったはずだ。
不気味な月が3つ並んでいるなんてこと、あってはならないはずなのだ。