それからの話
火室の中を覗き込んで、どちらとも無くごくりと唾を飲み込んだ。
「じゃ、行くよ」
「う、うん」
何となく声を掛けてから飛び込んだ。
「「要/柏……!」」
叫ぶと同時に、二人の身体が燃え上がった。
だが、それに温度は無く何故か焦りも沸かなかった。
その火が消えると、火室の中は元の静寂に包まれた。
二人の声の残響だけが、彼らがそこに居たことの証明だった。
目を開くと布団の中だった。当然周りが真っ暗ということも無い。
枕元の携帯を確認すると、目覚ましより随分早く起きたらしいことに気づいた。まあ、昨日は寝不足もあっていつも以上に寝るのが早かったしな。
一人呟いて二度寝を試みたが、何故だか目が冴えてしまっていた。
仕方なく布団から這い出すと、ツンとした朝の冷気に包まれた。今すぐ布団に戻りたい気持ちを抑え、何とか着替える。
辺りを見回すと、特に理由も無く散歩に行きたくなった。服に携帯カイロを仕込み、手早くコートと手袋を身につけていく。最後にマフラーを巻けば準備完了だ。
「いってきまーす」
小さく呟いて家を出た。声を出すために吸った空気が冷たくて、喉の奥が痛かった。
「へ?」
「……はぁ!?」
あても無く出発した散歩は、予想外の邂逅を引き起こした。
とりあえず近くに公園があったので、温かいココアを二つ買ってベンチに腰掛けた。
「やる。どうせお金なんて持ち歩いていないんだろ?」
「ま、まあ、その通りだけどね? その自信は何なの?」
「勘」
「うわー出たよ、ポーカーフェイス」
そう、僕たちは予想外過ぎるほど早い再会を果たしていた。
「あー、とりあえず、あれだ、無事で良かった」
「それはこっちのセリフだよ。……あの帰り方は肝が冷えるよね」
「だな。……で、お前病院暮らしだって言っていなかったか?」
「そ、この近くの病院だよ? 今朝は調子が良かったから散歩の許可が下りただけ」
「ふーん」
「あ、でも、今朝だけじゃないや。あっちで主になる前から少しずつ快方には向かっていたんだ」
「そりゃあ、良かったな。じゃ、その調子で退院しちまえ」
「は? いやいやいや……、そんな無茶な」
「はい、駄目ー。楽観的に考えろ。……覚悟しろって言っただろ?」
「いや、それとこれと話は別でしょ?」
「同じことだろ。上手くいくと思えば、大抵は上手くいくもんなんだよ。……ま、難しいって言うんなら、そうだな。じゃあ、もし退院できたら僕の言ったこと信じられるよな?」
「う、うん。……多少は」
「よし決まり。まずはそれで良いわ。因みに、退院したら学校に通うのか?」
「その予定だよ? 一応病院で年齢に見合った勉強もやっているし。多分だけど、通うなら……」
要が挙げた学校名は、正に今僕が通っているところだった。確かにこの距離感なら充分に通える範囲だろう。
「ふーん。そしたら、楽しくなりそうだな」
「は? 何が?」
「……今は秘密」
要には散々面倒をかけられたから、これくらいの悪戯は許されるだろう。
「あ、結構良い時間だ。僕学校あるからそろそろ行くな」
「え、随分早いんだね? 遠いの?」
「いや別に。ただの癖だ。……じゃあ、」
……もう会わないことを祈る、必要は無いのか。
「またな?」
僕の言葉に目を見開いた要は、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。
「ふふふ、またね?」
その後どうなったかって? 答える義理などないが、そうだな……。
その年の春、僕のクラスに一人の転入生がやってきたということだけ記しておこうか。
主を失った不思議な時計の噂は、僕の残りの人生で二度と聞くことが無かった。
これにて完結です。
活動報告にも書きましたが、今回のお話はタイトルとセリフを他の企画参加者とシャッフルしたものでした。普段とは少し違う趣向だったのですが、いかがでしたでしょうか? 少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
最後に、ここまで読んで下さりありがとうございました!
かっぱまき