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嘲笑 3

 黒という色に吸い込まれた闇。

 ひろく果てのない暗黒にジェスは立っていた。

 見つめる先には鈍い白光がゆらめいている。低く響く歓声をあげる鎧の群れ。兵士たちが手に持った凶器を振りかざしながら駆けてくる。

 ジェスと兵士のあいだは表情が見てとれるほど近い。あざ笑うかのような笑みを浮かべ、ときおり鎧をきらめかせながら無秩序にこちらへ駆けてくる。すぐにジェスのもとにたどり着き、哀れな()(にえ)を血祭りにあげるだろう。

 今すぐに走り逃げださなくてはと思っても体は動かない。悲鳴をあげたくても声がでなかった。ただ近づいてくる兵士たちを見つめるしかない。おそろしさに息ができない。

 (これは夢だ)

 迫る破滅はまぼろしだ。実際になにかあるわけではない。いつものように起き、怖い夢だったと笑ってそれで終わりだ。そのはずだ。そうでなければならない。

 逃げ場のない焦燥が体のうちを暴れまわる。速い鼓動が血潮を駆りたてる。全身が危険だと叫んでいた。

 目の前に兵士の顔があった。醜く爛れた顔はひきつったように笑みを浮かべている、大きく開かれた口からは黄色い粘液が伸びていた。それはどう見ても人間ではなかった。

 溶けだしてかたまったような赤黒い肌、色がついているのではと錯覚するほどの臭い息、落ち窪んだ眼孔が妖しく黄色に光っていた。

 それは不揃いの歯を剥き出し、喜びを抑えきれない声をだした。



 ジェスは悲鳴をあげた。すべてが恐ろしく息が切れるまで叫んだ。粟立った全身が命じるまま走ろうとして、ようやく自分が畑にいることに気が付いた。

 手を腰につけ呆れた顔をしている班員たち。いくつか笑っているものもいた。

 とたんにジェスは顔が赤くなった。

 ずっと悪夢のせいで眠れなくて、意識をうしなうようにして寝ることはあった。しかし昼間の仕事中に居眠りをするのは初めてのことだった。

 男が近づいてきた。仲のよかった男を無視すると決めたやつ。どういうわけだか村長の覚えめでたく、班長になってから威張りちらしている男だった。ジェスはこの男が嫌いだ。どうにも仲良くできないと感じていたが、男も同じように思っているのか、ジェスを目のかたきにしていた。

 「おまえは何をしにきたんだ、眠るためか。眠っているあいだに仕事がぜんぶ片付いたらそりゃあ楽だろうなぁ」

 「……すみません」

 男は薄く笑う。探るような視線を感じた。

 「眠くなるほど夜に起きているのか、なにをしようってんだ」

 「なにも、なにもありません。このところ寝つきがわるくて、ついうっかりしてしまったんです」

 男は目をほそめた。

 「ついうっかり、前にもそう言ったやつがいたなぁ、そいつはおまえと違って生意気だったが――今ごろ山のなかで漏らしてるかもな」

 周囲からしのび笑う声がする。

 仲のよかった男は一番きつい山のなかにある畑にまわされていた。

 ……母親が倒れた、助けてくれといった男に目の前のこいつは金を払えとだけ言った。けっきょく仕事を放りだすことになり、ただひどくなった。

 ジェスは黙っていた。

 「……ちっ、仕事に戻れ。終わるまで座るなよ」

 男はいら立ちを隠そうともせず、仕事に戻った。

 畑仕事が終わるまで立ち続けたジェスはその日、夢を見ることはなかった。

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