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悪夢 1

 墨で染めたように黒い闇のなか。

 彼はただ佇んでいる。

 闇は限りなく広く、どこまでも続いていて果てがなかった。天地もさだかではない空間に彼は浮いているように見えるが、動けないのかその表情は苦しげだ。

 闇のはるか彼方から低く震えるような声が聞こえてくる、それが近づいてきていることに彼は気付いていた。

 声の方向には鈍い白光がゆらめいて見える。這うようにうごめく鎧の群れ。最初はただほのかな白光にすぎなかったそれは、今では各々が持つ武器がわかるほど近づいてしまっていた。

 幅広の剣、槍の穂先から左右に刃がとりつけられている、人が隠れてしまうほど縦長の盾、棍棒の先端に棘付きの球がついている。どう見ても戦うために集められた兵士のそれは唸り声のような歓声をあげ得物を振りまわしこちらに向かっている。

 兵士たちは彼を殺しにきたのだ、肉を裂きはらわたをひきずりだすために、一本ずつ指を切り落とし恐怖と痛みでゆがんだ顔のまま首を()ねるために。彼は直感でさとっていた。

 (このままでは殺される)

 そうわかっていても体は動かない。叫びながら走り出したくても、びくりともしなかった。もし体が動いたとしてもこの闇のなかではどこにも逃げられないことも彼は知っていた。

 心臓の音がうるさく闇に響いてしまうのではないか、恐怖のあまり歯を鳴らしそうになるのを必死にこらえ、はく息の音すら消そうとした。

 そうしている間にも兵士たちは近づいてくる。すでに顔が判別できるまでになっていた。その顔のどれもがこれからはじまる殺戮さつりくの予感にわらっていた。



 ジェスは飛び起きた。

 汗で蒸れた体はあつく、心臓はとび出さんばかりになっている。髪はあたまに張りつきうっとうしい、見開かれた目が痛い。

 やっとのことで息をととのえて、深く息を吐いた。

 「夢だ」

 わざと声に出していう。そうしないと不安でたまらなかった。

 「ただの夢だ」

 たとえここのところ毎晩のように見ていたとしても、なんでもない夢でしかないはずだ。

 最初は暗闇でふるえながら怯える夢で、それから白光が遠くに見えた。そんな夢がずっと続いていて、気が付けば声が聞こえてきた、今では兵士の顔が判るほどになってしまった。兵士たちは近づいてきている。

 悪夢を見はじめたのは草木が枯れ始めたころで、すでに花が咲きだすほど暖かくなっていた。もうそろそろ種を蒔かなくてはいけない。

 悪夢のせいで今年は出稼ぎに行けなかった。蓄えもないのでいつもより広く種を蒔かなければいけないかもしれない。

 蒔くのはいつも通りフドにしよう、金は必要だが慣れない野菜なんかに手をだして失敗はできない、それにフドさえあればまた一年生きていける。

 フドは大量に実をつけるのでよく作られているものだ、領主に払う税もフドで支払うことができる。

 暖かくなってファルンの白い花が散るころにフドの種を蒔くと大雨が降る前に収穫できるようになる。細長い葉が地面からつきあげるように生えて先に穂をつけ、粒のような実が連なるようにみのると重さで穂先が地面につくほどになる。そうすると穂のなかは実でいっぱいになる。

 そのままでも食べられるが潰して水と混ぜ練り合わせると生地になる、これを焼いて食べる。そうすると腹もちがよく人々の主食となっていた。肉を挟むととてもおいしい贅沢になる。

 そうだ自分は貧乏な農民なのだからあんな兵隊がわざわざ自分を襲うことはない、領主にはしっかりと税を搾り取られているしあんな夢のことで不安に思う必要はないはずだ。

 ジェスは掛けていた服を抱きしめながら自分に言い聞かせた。

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