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浮気代、5万円

仕事を終わらせ、重い足を引きずってきたというのに、こんな仕打ちはないだろう。

家に帰ってきたら、耳障りな喘ぎ声が自宅のドア越しに漏れ聞こえてくるのだ。一体どういう事だ。ていうか声でかい。近所迷惑はなはだしい。

佳乃子は視界が黒くなるのを感じた。出張へ行く前に、絶対鍵を閉めたのだ。三回も確認した。間違いない。そして、自分を除いてこのドアを開けられるのはマスターキーを持っている大家さんと、


「え、なんで。だって、明日まで出張だって・・・。」


ベッドの上で一糸まとわぬ姿で、恥も外聞もなく女の子にがっついているこの男しかいないのだから。今は真っ青な顔をして今にも気絶しそうにしているが。ふざけんな。佳乃子は心の中で思い切り悪態をつき、素知らぬ顔で敷居を跨いだ。素っ裸の女の子が掛布団でとっさに体を隠した。布団を買い替える事を決めた。

佳乃子はキャリーケースとバッグを投げ出し、冷蔵庫を開ける。中に入れていた缶ビールは一つ残らず飲み干されていた。舌打ちをすれば、びくりと二人して肩を縮こめるのが滑稽だった。


「仕事が一日早く片付いたの。」


ずかずかと、捨て置かれた鞄や脱ぎ捨てられた服を跨げば、何かを踏みつけたようだった。彼の財布だった。佳乃子は拾い上げて中を開く。札入れに5万。全て抜き取って財布を投げ渡し、札を見せつけた。


「これ、ラブホ代と酒、それとベッドマット代ね。」

「は、え・・・?」

「もう良いから。早く服着て出てってくれない?私、仕事帰りで疲れているの。」


二白三日。どうしても今日中に帰りたいと、仕事を詰めに詰めて。どうにかこうにか泊まらずに帰ってきたというのに。こっちは激務をこなして帰ってきたというのに。そっちは可愛い女の子をお持ち帰りして、しかも彼女の家をラブホ替わりにして。

男を糾弾する台詞も思いつかない。頭に血が上りっぱなしだ。軽蔑の視線を隠す事が出来ない。

佳乃子はとにもかくにも冷静に努めて、荷物を片付け始める。手を動かしていないと、ビンタの一撃でも飛ばしてしまいそうだった。

その姿をじっと見ていた彼の口から、言葉が零れ落ちた。


「おれ、佳乃子のそういう可愛げのない所、嫌いだ。」


ふざけるな。

堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。

もう限界だった。

言葉が佳乃子の心を逆なでし、感情の臨界点を突破する。視界が赤く染まった。

鋭い音が三回響いた。右、左、右。佳乃子のビンタが彼の両頬を真っ赤に染めた。


「早く出ていけ!!!」




元彼氏と浮気相手が出ていった部屋で、佳乃子はカーペットの上に寝転がっていた。

投げ出された右手には、彼の財布から毟り取った5万円。臨時収入だったが、これっぽっちも心躍らなかった。


あの女の子、可愛かったな・・・。


上手く働かない頭は自然と、今日あった衝撃的な出来事へと思考がいってしまう。

真っすぐに伸ばされ、綺麗に手入れされた茶髪に、肌荒れや出来物とは無縁の白い肌に大き目の瞳、頼りなさげな華奢な肩。男なら、思わず守りたくなってしまいそうな、可憐な女の子。

それに対して自分は。切れ長で軽く吊り上がった目に、少し面長な輪郭。他の女の子より頭一つ分飛び出た身長。前髪も伸ばしたショートカットは顔のつくりも相まって冷たい印象を与えた。

しかし、佳乃子はこれが自分に似合うのだと、そう確信していた。

あの可愛らしい女の子のような恰好など、間違ってもしない。花柄のワンピース、桜色のチーク、長い髪。


瞼の裏で、記憶の中の誰かと重なった。

鼓膜のそばで、誰かの声が聞こえる。


『佳乃子ちゃん格好いい』


―そう、私がめそめそするなんて、似合わない。可愛げなんてなくて良いの

佳乃子は囁く彼女の幻覚から目を背けるように目を閉じた。


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