氷雪族の女
さて、柄にもなく取り乱した。不甲斐ない。
事もあろうに異界の、出会って間もない人たちの前で泣くなんてなぁ。なんと言うか、落ち着いたら落ち着いたで、居たたまれない。その上、今とても気まずい。その理由は……
カホは結構ソフトだ。気にしない風に、それでいて楽に過ごせるように、カホは先ほどまでしていた感じでちょっと離れた位置で自由に寛いでいる。そう、カホは今の所良い。まあ、あいつ、空気読めるというか、心読めるし良い感じに気を遣ってる。
問題は、ヒスイだ。午前中までの様に蔑んだりしないのは嬉しいんだが、こう言うのに慣れてないようで、あからさまに気遣ってくる。
例えば、ご飯を食べ終えたのを見ると、恐る恐る甘い物でも食うかと聞いてきた。うん、欲しいんだけど、何か今のヒスイに頼むのは反則な感じがして気がひける訳だ。で、断ったら断ったで、残念そうな顔でそうかと言う。断った身としても気まずくなる。
そして、暫く思案顔しているかと思えば、また何か思いついたらしい。顔を上げて私に呼びかける。
「お手玉をお持ちしましょうか?」
私はガキかっ!
と心の中で盛大に突っ込みを入れるが、何とか言葉にはしない様に努める。
今時お手玉なんかで遊ぶ子はいない。ここの暮らしを見るに江戸時代っぽいから、そういう遊びが普通なのかも知れないんだろうけどさぁ。
「いや、いいよ。私そういうの下手だし。それよりも早く、あの殴った人たちに謝りに行きたい」
「そうですか。あの者たちは今治療中です。明日の夕刻あたりに行きましょう」
「……そう」
まあ、ベコッとさせちゃったしねぇ。
アレ結構骨とか逝ってそうだわ。日を跨いだ方が良い気はする。なるべく早くケジメつけたいけどさ、相手がちゃんと話せる状態じゃなきゃ本当にただの自己満でしかない。
私の返事をどういう風に受け取ったのか、ヒスイは立ち上がった。
「やはり、今日行かれますか?心無いことを言うようでしたら、私が次期当主として制裁を下しましょう」
「??いや、やめて?それ、多分良くないでしょ」
そんなんしたら次期当主の面目潰れるんじゃね?その肩書きがどう響くのか知らんけどさ。
ヒスイはずっとこんな感じで、私を尊重しようと躍起になる。
正直、困る。カホは物珍しそうにヒスイを眺めるだけで、止めに入ったり、注意したりしてこない。結局私は宴までの間、とりあえず何も起きないように、暴走しようとするヒスイを止める言葉を吐き続けた。
てか、ヒスイ。
あんた、やらないといけないことあったんじゃないの?大丈夫なん?
そんなこんなで、宴。
通された部屋は大きな広間だ。勿論畳の。
大宴会場ってこんな感じかな?長い木の机が二列程あって、真ん中の奥の方にそれと直角になるように机が置かれている。ざっと五十人は座れそうな広さと座布団の量だ。
部屋の両脇には、その座席分だろう量の人たちが立っている。あの暴力事件など知らないかの様な、朗らかな顔をした人たちが拍手で私を出迎える。
この人数相手に自分が男として通さねばならないのだと気を引き締める。体側にある両手に握り拳を作り、ギュッと感覚を確かめた。
これは、この世界で生きるために私に任された仕事だ。しっかりやろう。演技なら、まあ得意だ。
私は笑顔を顔に張り付ける。拍手が程よく引いたのを見計らって私は口を開く。
「皆さん、今晩はお集まりいただきましてありがとうございます。救世の主としてこの界に招かれました、カヨと申します。以後お見知りおき願います。ユキナガ様のご温情によりましてこの様な機会を持てましたこと、本当に感謝いたします。こうやって、黒族の誇り高き血のもとに、招待されましたことに感謝の意を表しますと共に、私も皆さんと共に戦い、かの蛮族を薙ぎ倒して勝利と平和を手に入れましょう」
「「「おおー」」」
周囲からは感嘆の声が上がった。
既に奥の方で座しているユキナガも満足そうに厳つい表情を緩めている。
まあ、言って欲しいだろう言葉を殆ど詰め込んだからな。私の言い回しに間違いはなかったようだ。内心ホッとする。何より、噛まずに言えたのが良かった。
「救世の主よ、この上無き口上感謝する。今宵は其方の歓迎の宴である。我が席の隣に座すが良い」
ユキナガは口の端を上げて偉そうに手招きする。
ああ、そう言えばこいつ、実質偉いのか。
うーん、目立つところあんま行きたくないけど、主役らしいし、しょうがないんだろうなぁ。やだなー。
おっとっと、貼り付けた笑顔のまま、ため息が出そうになった。危ない危ない。
私が主賓席に座ると周囲に立っていた者たちがゾロゾロと席につき始める。どうやら身分の上の者から座るという形式らしい。
カホとヒスイは私の後ろの方で控えている。
カホ達の分の食事は有るんだろうか?ぼんやり考えていると、カホが隣に来た。
「失礼します」
今までのカホの態度からは想像つかないくらい畏まって私にそう言うと、私の分として盛り付けられていた品々を少しずつ食べだした。
あー、……うん、わかる。毒味だ。でも食べかけ食べたくないなー。
横を見るとユキナガも同じように毒見役が食べていた。一通り食い終わると、カホとユキナガの毒見役はついと身を引いた。
へー、こんなんやるんだなぁ。本当に毒入ってたら大変じゃん、よくやるな。
「では皆の者、今日は祝宴だ。存分に羽目を外すが良い」
ユキナガの一声に皆杯みたいな器を掲げた。この世界でも十四歳はまだ子供扱いなんだろうか、私に酒は配られなかった。でも料理の数々に舌鼓を打っていたから酒とかどうでも良い。
これ、全部食べていいのかな?
ヒスイとカホをチラッと振り返る。二人とも食えとばかりに頷いてくれた。
因みに、二人の前にも一応小さな机に食事が乗せられたものがあった。よかった、あいつらもちゃんと食べるんだな。
私は嬉々として料理を口に含んだ。
…………微妙。
一気に頬張ってしまった手前、口の中で味がごちゃ混ぜになる。
ただ、それを差し引いてもだ。見た目から想像していたよりも美味しくなかった。なんか華美な味付けだし、材料もかなり豪華なんだろうけど、余計なものが混じっているというか、率直に言うと私の舌には合わない。そもそも異界の料理とか、国が違うようなもんだしな。それか、祝いの席ってことで大人の食べ物と言うのが多いからなのかもしれない。そう言えば偽の葬式とかで食べたご飯も美味しいと思える物が少なかった。
それを思うとカホは凄いな、関心する。単調な味でもなければ、無駄があるわけでもない、良い感じにマッチした味だった。……でも、もうカホは厨房入れないから食べれないのか。身から出た錆だけど残念だな。
と、まあ、料理に若干失望しながらも周囲を見て行く。
全体的に青い目の方が水色の目より多い気がする。ユキナガが青い目出身だからしょうがないのか?血筋云々言う世界だし、黒族っていう仲間内でも派閥とかありそうだ。でもまあ、パッと見そこまで溝らしいものは感じない。思い思いに席を移動して話に花を咲かせているようだ。
私の方にもっとグイグイくるかと思ったけど案外無かった。隣にユキナガがいるからなのか分かんないけど、大概は笑顔を振りまきながらの会釈のみで済んだ。
暫くもっしゃもっしゃと食べていると、デザートの果物盛り合わせが運ばれてきた。
そして同時に舞妓みたいな人らが宴会場に入って来て、二つの大きな机の間にある空間で何やら準備し始める。この人たちの服装は青基調で、黒い波のような細かい刺繍が入っていて、如何にも高価な服装だ。
何するんだろう?
そう思っていたら、徐に三味線と笛が鳴り始め、三人の女の人が扇子を持って踊り出した。テンポは江戸のゆったりした感じだ。チャンチャカチャン、チャン……的な、てか、そういう芸人いたなぁ……。
まあ宴だもんな。こういうのあるよな。
それにしても、音楽弾いてる人も踊ってる人も皆んな美人だ。肌は白くてスタイルも良くて、何より顔だちがすうっとしている。シャープな美人、多分クールビューティーってやつだ。中でも真ん中で踊ってる女の人は、突っ立っているだけで男が寄ってくるだろう。それなのに、踊りが加わることで更に魅力的にその姿が映る。踊りの構成だからか知らないけど、一際目を惹かれる。何度か目が合った気がしたけど、まあそういう構成なんだろうな。
見ていると、両脇の二人が目を水色にして周囲に水を出現させた。
ほー、そういうのもできるね、確かに踊りの動作と合ってて綺麗だ。踊り子の周りを何か模様を描きながらクルクルと形を変えて動き回る。その水を真ん中の子が従えてる感じだ。
踊りが徐々にテンポアップしてくると、真ん中の子が青色の目になった。そして周囲の水が凍りつき、範囲を広げて雪のようなものが降り始める。綺麗という言葉しか出てこないのが相手に申し訳ないけど、綺麗としか言えない。なんて言うか、いい目の保養だ。
そして、その真ん中の子が私に視線を絡ませる。そして妖艶な笑みを浮かべた。これは確信犯だと思った。
……もしかして、色目使ってる?
確かに、女の私でもちょいドキッときた。恐らく普通の男なら心臓持ってかれてるな。
取り敢えず無難な笑顔。
すると青い目の子は嬉しそうに視線を合わせたまま笑顔を向けて、更に踊りを続ける。
笑顔、笑顔、えがお、えが……
……長い、なげぇよ。いつまで見てくるんだよ。踊りなげぇ。そしてずっと見てくるな。顔がつる。緊張するわっ!
なんかした?私なんかし……ああ、あれか?あの子、喧嘩した相手の妹かなんかだろ。恨み持っててボロだそうとしてんだろ。
「ちげぇよ」
後ろの方でボソッと掠れた声が聞こえた。呆れてそうなカホの声だ。
……そうか。違うらしいです。
じゃあ、単純な色目使ってるだけか。なら、いいのかな。
ん?良くなくね?あんま喋るとやっぱりボロ出るだろうし。結局結果的に変わんないじゃん。寧ろ悪意無いだけ質悪い。
あと、これは深刻だけど、あんな美人に言い寄られて上手くかわせる気がしない。何と言っても私はクラスでボッチを貫くくらいには女と相性が悪い。いや、演技なら何とかなるけども。そんな交友関係送るくらいならボッチ派だわ。
……決めた。視線を逸らす。こちらにはそういう気がないんだと思わせるに限る。
目の保養だけど。勿体無いとは思うけど。今はこの里のためにも自分のためにも、それが正解だ。
取り敢えず目の前の果物、苺みたいなのを食べる。あ、美味しい。
他にも葡萄みたいなのと、蜜柑、桃もある。あと……枇杷かな?実は果物なんて葡萄と蜜柑くらいしか食べたことない。手で皮をむいて、近くにあった皿に貯めていく。あとで一気に食べるためだ。どんどん楽しみのボルテージが溜まっていった。BGMはさっきから流れてる三味線と笛だけど、良い感じに感情が昂ぶる。
よーし、そろそろいいかな。いっぱい食べるぞー!そう思って向き終わったフルーツを乗せた皿を自分に引き寄せた時だった。
バシッ
すぐ近くの床に何かが落ちた。
ん?何?
目線を上げて音のした床を見ると、扇子があった。これって、真ん中の子が持ってたやつじゃん。そういう感じの演出したのかな。
てか、あれ?音楽が止まってる。やっと終わったのか。そう思って目線を上げた。そこには……
えっと、なんて言うか、そこには、うん。
先ほどの青い目の美人がいるんだけど、顔を真っ赤にして泣いていた。彼女の憎悪にも似た視線の先、それは私だ。
……何で?
私は不思議に思いながらも、せっかく剥いた物だし、ヒョイと枇杷的な物を口に入れてまぐまぐと食べた。ちょっと甘さ控えめだけど、美味しい。
私以外の人たちは呆気にとられた顔して固まっている。隣のユキナガですらどう反応するか迷ってるみたいで目を白黒させている。
なんなのさ?なんかあったん?
葡萄の剥いたやつを二個分口に入れる。こっちは想像以上に甘い。喉が乾く。でも美味しい。
「あ、あなた、あなたねぇ!何で、私を見なくなったのよ!」
例の青い目の子がワナワナと目を怒らせて、言い放った。目線の先は私だった。かなりの眼光。正直射殺されそうだ。
「あなた……?あなたというのは、私ですか?」
思わず訪ねていた。
あぁ、ヤバイヤバイ、口の中で葡萄の種が転がる。しゃべった拍子に噴きださなくてよかった。流石に汚い。
それと、なるべく声は低めにしている。まあ、男だと思ってたら声の高めな男性として通るだろうと、ヒスイからお墨付きを貰ったんだけど、内心ヒヤヒヤする。
「当たり前でしょ?!何故私を見ずに、その様な、食べ物などに注意をひかれていらっしゃるのですか!」
この女、大層な癇癪持ちと見た。多分、生まれてこのかた蝶よ花よと育てられてきたんだろう。見るからに育ちも美貌も揃ってて不自由なく育った感じするからなぁ。多分、私が男だったならこの女の思う通りに虜になったに違いない。
まあ、クソな父親のおかげで数多くの女を見てきた私なら、恐らくこの女は悪女とまではいかずとも小悪魔だろう事は見抜くんだろうがな。
いや、それはそれとして。この状況はなんだろう?何がまずかったのだろうか。取り敢えず、口の中に溜まった種を口を拭くふりして手持ちのお手拭きに出した。
相変わらず周囲は凍りついたようにシーンと静まり返っている。
おいおい、あんたら、救世の主って口では崇めておきながら、こんなぞんざいな態度の輩を前に特に何もしないもんなのか?特に偉ぶりたいわけじゃないから別にいいんだけどさぁ。
立ち上がり、投げつけられた扇子を拾い上げた。なるべく紳士な微笑みを浮かべて彼女を見つめる。
「それは失礼しました。あまり見つめていますと、貴女に心を奪われてしまうと思いました。貴女はとてもお綺麗でいらっしゃいますからね。私は曲がりなりにも救世の主として、戦争を終わらせる役目を担っております。半端な形で貴女にこの心を渡してしまえば貴女にもご迷惑をおかけすることでしょう」
なるべくこの癇癪女をよいしょしてみる。案の定、彼女は表情を緩めた。
開いていた扇子を片手で閉じて女のところへ歩いていく。癇癪女は決まり悪そうに、少し後退したけど、服が着物だしそんな素早く動けないらしい。私の方が大股だ。直ぐそばまで追いつく。私自身座ってたので気付かなかったけど、私の方が5cmくらい高い。見下ろす形になった訳だけど。
おおふ、やっぱ近くで見ても美しい顔だな。眉を寄せて警戒してるけど、そこもまた良い感じに色気を漂わせている。てか香水だろうか?いい匂いする。
この要素が半分でも私にあったなら……いや、あったらとっくにクソ親に犯されてたな。無くて良かった。うん。
寧ろいっそ私が男だったらよかった。あらゆる意味で。
まあ、ここは紳士的に振る舞うに限るな。こんな美人、怒らせちゃダメだ。
「途中で目を逸らしてしまいました身ではありますが、貴女の姿も、踊りも美しかったですよ」
「……」
彼女はなんか言いたそうに口を開いたけど、扇子を軽く唇に触れさせて止めた。どうせ頭にきてる女はろくな事いいやしない。笑顔で黙らせるに限る。
そっと耳元に口を寄せて囁いてみる。
「ただ、少し状況を掴みかねています。悪いことは言いません、外の空気を吸いに行きませんか?」
遠回しに逃げ道を作ってみる。私の小さな小さな優しさだ。どうぞ受け取ってくれ。
念じたのが通じたのか、彼女はハッとした表情になって周囲に視線を走らせる。どうやら周りが見えてなかったらしい。私の予想通り、どうやらあんまり良い事じゃないらしい。癇癪女は自分のやったことに今更ながら青ざめだした。
いやいや、気づくの遅いでしょ。私の態度にカッとなったのは分かるけどさぁ。うん、ごめんよ。
「ぶ、ぶ、無礼者っ!」
誰かがやっと言葉を発した。
お前らも反応遅くない?振り向くと、周囲の中年男どもが騒然とし始めた。中には今すぐあの女を殺せとか血生臭いことを言う輩も出てきだした。
過激だなぁ。このくらい、許せばいーじゃん。いや、この場合私が許せって言えばそれで良さそうなきがする。
「皆んな、静かにしてください」
私は声を張った。騒いでいた連中が口をつぐむのを見計らう。
「無礼者は私の方だ。この子は悪くない。どうか罰など課さないであげて欲しい。……ユキナガ様、少しこの子と共に席を外します。よろしいでしょうか?」
ユキナガを見てみると厳つい顔で頷いていた。ヘマはするなよと顔に書いてある気がする。はいはい、分かってますよ。
周囲に異論のある奴はいないか目を配ったけど、特に居ないようだ。良かった。
私は、ガクガクと可哀想なくらい震える青い目の子の肩を抱いて宴会場の外へ出た。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
今のところ出ている一族の正式名称とりあえず書いておきます。
後々出そうとは思ってますが……
黒族(氷雪族・水滸族)
白族(炎火族・雷霆族)