食べ物と私
「で?何で心が読めるってこと隠そうとしたのさ?」
私の言葉に、淀みなくトントンと包丁で野菜を切る音が止まった。
ここは里を代表する城の台所だけあってかなり広い。今日の晩餐のために色々な食材が至る所に置かれている。腕に覚えのあるらしい男女がそれぞれ五人ほど慌ただしく動き回っていた。まぁ、忙しい中でもこっちを若干気にしているのか、チラチラと視線を感じる。
私たちはそんな喧騒にも似た所から隠れるように、一区画を貸してもらって料理している。正確には私は料理しているのを眺めているだけなんだけど。
包丁を握るカホは、動きを止めて言うか言うまいか迷っていたようだけど、無造作に水にさらしておいた大根(異世界だけど大根でいいよね?)をまな板に乗せて口を開いた。
「嫌だろ、読まれるの」
まあ、嫌でしょ。でも教えられずに心を読まれる方がタチ悪くないか?
「確かに……」
多分私の心を読み取ったらしいカホは、同意した。
……うん、ここはプラス思考で行こう。わざわざ口で言わなくていいから便利。
「で?ユキナガとかに対して私が思ってたこと、後で報告しなきゃいけないとかなんでしょ?」
あーあ、軟禁決定かぁ。
なんて思ってると、カホは苦笑いした。
「あんなの、言えるかよ。外面と内面が違いすぎて俺が嘘つきだと思われる」
「なるほど、ユキナガからの信用の薄いカホも突飛なことは言えないってとこか」
「お前、包み隠さず言うなよ……」
カホは呆れたように作業の合間を縫ってこちらを一瞥する。
「だって、どうせ読み取られるなら言っちゃった方が、お互い気分悪くないでしょ」
「……」
これは無言の肯定かな。
話している間も手際よく料理していくカホ。
てか、手際よすぎじゃないか?何品作るつもりだよ……
目の前には何枚か小皿やお椀が用意されている。
大根とかは鉄の鍋に入れて煮込むみたいだ。と、徐に大きな鉄板の上へ切り終えた材料を別々に並べ出した。何するんだろうと首を傾げていると、カホが赤い目になる。その次の瞬間――
ゴゥッ
「おおーっ」
私は思わず声を出していた。
鉄板の下に火が灯り、熱気が一気にここまできた。
鉄板の上にあった材料はそれぞれ温度を変えているのか、焼かれ具合に違いがある。カホは手慣れた様に塊ごとに別の味付けをしていく。調理が終わったものはどんどんと皿に盛りつけられる。あっという間に調理は終わったようだ、さっきまであった火が嘘であるかのようにかき消えた。
煮物関係も充分に火が通ったのか、白かった大根みたいなやつも汁の色に変わっている。
私は小さくため息をもらすように声を出した。
「……ごい」
「え?」
料理に集中してたのか、カホは目の色を黒に戻すと聞き返してきた。
「すごいよ、カホ。天才じゃん!」
マジで感動した。何この三分クッキング!
「え、いや、こんなん……普通に出来るし……」
心の底から感想を述べる私に対して、カホは照れたように視線を逸らした。包帯の巻かれた右手で頬をかいている。
火を扱う能力て、厨二病患ってる人の憧れの的だから気持ち避けてたけど、こんな便利な一面があるとは!
てか、よくよく考えると水といい、氷といい自然の力ってのを使えるようになると生活に便利な気がしてきた。
「いや、便利って……」
カホは何か言いたそうだけど押し黙って、盛り付けた皿に仕上げを施していく。
「便利は便利でしょ。それを置いといてもカホはすごいよ。私、火を操れたとして今みたいなこと出来ない自信がある。お粥も美味しかったし」
「まあ、結構前からこういう雑用させられてたしな。慣れてんだ。まあ、お前の舌にあったなら良かった……け……ど」
そこで墓穴を掘ったことに気づいたらしい。カホは私の笑顔を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前さぁ……まあいいや」
「性格悪いって言いたい?一回とはいえ、私に抱きついてきた奴の正体、知っとかないと気が気じゃないからね。確かめてみただけなんだけど」
「や、まあ、あの時は……うん、ごめん。別に、どうこうしたかった訳じゃないから」
カホはかすかに瞳を揺らすと小さく頭を下げた。
こいつ、生意気そうとか思ってたけど結構素直だ……ヒスイとユキナガという比較対象がなくても、なかなか良い奴ぽい気がする。
「てか、何で気づいたんだよ」
カホは納得できないと顔に表す。
「勘かな」
適当に答えると相手はため息をついた。
「おおかた足音とかその辺か?変えてたつもりなんだけどよ」
「不自然過ぎだから。あとは服についてる焚き火の匂い。ヒスイとか水の一族なのにするわけないんじゃないかと思ってね」
「なるほどな」
私の言葉にカホもポンと両手を使ってやるお馴染みのポーズをした。4コマ漫画とかで見たことある、片手がグー、もう片方がパーで叩くやつなんだけど、実際やる奴初めて見たかもしれない。
元々隠すつもりがなかったことだから、色々とおざなりなんだろうけど。何か抱きついてしまってカホ自身気恥ずかしくてやってた感じなのかな。
そうこうしているうちに料理が出来上がった。ある程度片付けをして(流石に片付けは手伝った)、作った物を全部お盆二つに乗せてさっきの部屋へ向かって台所を出た。
これってよくよく考えると二人分にしても量多くないかな、カホも食べるんならちょうどいいかもしれないとか思ってたけど……。まあいいや、今の私なら結構ペロッと食べれる気がするし。いかにも美味しそうな匂いに私のお腹も限界というように音がなる。
あー、待ち遠しい。
そんな感じで私がお盆を一つ持って、けっこうワクワクしながら廊下を歩いていると、20代くらいの男たち数人とすれ違った。
私は特に気にすることもなく、というかそんなことは眼中になく、料理に目を奪われながら足早に通り過ぎた。
ガッシャン
不意に後ろで陶器の割れる音がした。猛烈に嫌な予感がして振り返ると、案の定カホが大事な料理の乗ったお盆をひっくり返していた。どうやら軽く肩が当たったとかではなさそうだ。青年達の内の一人が、あたかも払い落としましたと言わんばかりの手の形をしている。
「おや?何故このような場所に忌み子がいるんだ?」
「全く、このような者と同じ空気を吸うなど、汚らわしい限りなんだが」
「なんだこれは。どうせ毒でも持っているんだろ?処分してやろう」
典型的な因縁をつける男たち。結局何処へ行こうと、人間のいる世界ではこの陳腐なセリフが聞こえてくるものらしい。
でも……ああ、今はそんなことはどうでもいい。全くもってどうでもいいよ。
うそ……だろ……?あの大根みたいなやつが散らばってる。どんな味か楽しみだったのに……
私が茫然と見つめる中、落ちてしまった食料は通りかかった青年たちがわざと踏み荒らす。
「やめろ!」
カホはイラついた顔で声を荒げてリーダー面の青年を睨み付けた。しかし、青年たちはカホの足をすくい上げるように蹴り、地面に叩きつかせた。
「その表情、正しく忌まわしい彼の敵のもの。おぞましく、穢らわしいものだな」
あー、うん。差別起点のいじめだよね、コレ。
別に、私は正義気取りにカホを助けたりはしないよ。
実際、学校のクラスでもいじめがあった。根暗そうに見られていたおかげで特に友人関係のなかった私にも暴力という武器、つまり、いじめを止められるだけの力は持っていた。けど、いじめを止めたりしなかった。寧ろ止めようという気持ちさえわかなかった。
良心ていうものが生来誰にでもあるのだとすれば、何回か助けようという気にもなれたのかもしれない。なかなか酷いことをされていた光景を見てきた。でも、違うんだと思う。少なくとも私には良心が無いんだと分かった。誰かが誰かに虐げられる様はどこか心を軽くしたもんだ。私だけが暴力にあってるわけじゃないっていうのに安心もした。そして、私はあのいじめられてるやつよりは余裕があるんだと、達観してたんだ。もちろん、そんなの見てると気持ちは悪くなるんだけどね。
とりあえず、お盆を遠く離れたところに置く。
そう、別に良心がどうのこうのではない。今回は勝手が違う。
その踏んづけてる食べ物は、私のだ。カホの身にかかった火の粉は、私にまで飛び火した。
肩をぐるりと回して軽くジャンプしてみる。やっぱり身体が軽い。手首を回し、彼らを見つめる。奴らも戦士なんだろう、戦争中だけあってまあまあ鍛えている様だ。
でも、なんかいけそうな気がする。漠然とした勘だけど、何となくそう思えた。
「おい」
私の声に男たちが振り返る。
皆んな揃って誰だお前、的な顔して眉を寄せた。カホですら、お前はすっこんでろ的な雰囲気を出してる。
えーと?男のフリするんだよな。……低い声で喋れば良いんかな。
「そういうの、どうでも良いんだけどさ。誰のもん、踏んでくれちゃってるわけ?」
「は?――ぐふっ」
とりあえず力一杯、身近にいた食料蹴飛ばした奴の腹に拳を叩き込んでみた。すると、腹筋があんのか本気で疑うほどベコッと手がめり込んだ。
えー、何これ。気持ち悪い。
急いで腕を抜いて相手を投げ飛ばす。相手は……なんか失神してる。
「な、なんだお前は!」
「顕現してないのにこの力だとっ?!」
けんげん?何それ。そんなのどうでも良いよ。何であんな人間がベコッとなんの?
向こうも動揺を隠せないらしいが、こっちも動揺する。
まあ、いいや。とりあえず、この馬鹿ども始末してから考えよう。
「一つだけ言ってやる。人の食料に手ぇ出したら殺されても文句言えないんだよ」
これは私の生きる上で必須だったモットーだ。私から食料(もしくはお金)をとるならそれ相応の覚悟をしてもらわなきゃいけない。
「な、なんだよそれ……」
絡んでた男たちが倒れている男と私を見比べてジリジリと間合いを取ろうと動きかけた。間合いとか、取らせるわけないわけで。
手前にいた三人にそれぞれ、右フックで脇腹、左側頭蹴り、返す反動で右背面後ろ蹴りを一発ずつお見舞いした。それぞれ呻き声を上げながらその場に倒れていく。
身体が紙のように思い通りに軽く動くのに、重心がズッシリとあるので振り子のような感覚で体重の乗った技が決まる。
なんて言うか、すごく心地いいな。
まあ、そんなわけであっという間にカホを地面に叩きつけたリーダー面の奴一人になった。すっかり戦意は喪失しているらしい、青い顔でアワアワと口を動かしている。
ちらっと視界の隅にいるカホも、冷や汗を流しながら目を白黒させていた。
「な、何者なんだ、貴様!こんなことしていいと思っているのか」
「……何者だろうと、関係ないでしょ。食べ物粗末にしてる時点で、お前らが制裁される側だろ」
そう言い終わるか終らないかで相手の鳩尾に蹴込みを食らわした。
うん、良い感じに決まったかな。やっぱり力入れすぎるとこいつらベコッてなる。こっちの世界の人らって身体柔らかいんかな?
相手は声も出せずに腹を抱えてその場に膝まづく。周囲の奴らも似たような姿勢になってるけど、とりあえず目の前のリーダー面の奴の頭を踏んだ。腹の虫が収まらないとか言うけど、私は腹が鳴ってるんだ。その上でこんな所業、この程度で許せるわけがない。
廊下の床にはこいつらのせいで撒き散らされた料理が散在している。そのため、ちょうど押さえつけた顔に汁がかかる。
「……毒があるかどうか、食べてみろよ」
「お、おい……」
カホが流石に横槍を入れてきた。
でも無視する。
「ほら、食・え・よ」
こういう時、何が相手を従わせることが出来るか知ってる。散々味合わされてきた。暴力と、冷めた声だ。頭をより強く押さえつけると、相手は焦ったように呻きながら答えた。
「がぁああ、や、いや、やめて、ください……」
「じゃあ、食え」
踏みつけていた足を退ける。相手は犬みたいに床に散らばった食材を食べだす。
私が視線を投げると周りの奴らも気絶した奴以外はリーダーに習ってグチャグチャになった食べ物を口に入れた。
いやぁ、……なんて言うか、実に滑稽。思わず吹き出しそうになる。
て、これあんま良くない。知ってるよ、そのくらい。なんとか自制する。
「美味いだろ?お前らの言ってた毒も入ってないから」
「は、はい、美味しいです。すみません」
私の視線に促されるようにリーダー面が言った。涙声だ。頭を踏んづけた時のせいで鼻血が出て床に垂れる。うっ……痛そ。そんな力入れてないのにな……。
「まあ、分かれば良いや。じゃ、後片付けよろしく。カホ、行こう」
「あ、えっと……」
ここで気づく。カホがドン引きの顔をしていた。
うーん、やり過ぎた?
私の心の問いかけにカホはコクリと真剣な顔で頷く。
まあいいや、とりあえずあの部屋に逃げ込もう。そそくさと残ったお盆を持って部屋へと歩いて行った。
「それにしても、勝手な因縁つけて食べ物大事にしないとか、本当に戦争中?」
「いやぁ……黒族は食べ物に困る土地じゃねぇから……。そういう感覚はないかも……」
カホはだいぶ離れた所をついて来ながら答える。
んー?ユキナガのところから帰ってくる時よりも遠くない?まあ、心の距離ですか……確かにやりすぎた感は否めない。
でも、それなりに鍛えてそうに見えたのにあの強さって、弱すぎじゃね?私が変なのか、あいつらが弱すぎるのか、ちゃんと調べないとなぁ……。




