白族の子
鋭く言い放ったユキナガは、そこから延々と戦争のきっかけを話し出した。
私はそんな彼を静かに観察する。だって、どんな感じで周囲の自然に影響与えてんのか気になる。いまやユキナガの周りの畳は霜が降りて真っ白だよ。ある程度離れてるのに肌寒いを通り越して肌の表面が痛い。
いや、問いかけたのは私だし、一応話しの内容は聴いてるよ。けどまあ、聞くに堪えないというか、罵詈雑言籠っているというか……
話をまとめるとこうだ。
それまでも長い戦争をしていたらしいけど、百三十年前召喚された異世界人によって、戦争は休戦(というか、一時的に決着がついた形かな?)になったらしい。で、その時に勝ったのは異世界人を召喚した黒族。いわゆるフィーバーを味わって、白族を蹴散らし、暫く再起出来ない状態にしていたようだ。富んだ土地を没収して、極寒の住みにくい地方へ追いやったんだとさ。
そんな感じで抑圧してたら15年前に白族が逆ギレして、黒族のある良家というか格式高い家の女を大量に攫って、身篭らせて送りつけてきたらしい。
白族の方法は最低だとは思うけど、血筋云々を大事にしてそうなこの世界でクリティカルに相手を刺激できるのは確かだよな。多分だけど、宿敵の黒族に報復戦が出来るように、白族はその百年近い年月を虐げられつつ急激に減ってしまった一族の数を増やすことに費やしたんだろうか。
それを気づかずにいた黒族も詰めが甘い気はするよね。人が住みにくい極寒の地方とか、黒族自身が管理できないところに追いやったら敵の現状把握もできないのは目に見えてる。
なんてことをぼんやり考えていると、どうやらユキナガの矛先はカホに向かったようだ。
「貴様にその様な悪しき血が濃く受け継がれているというのに、この地を踏めること、その能力故である旨を勘違いするなよ」
「……存じています」
カホは視線を伏せて答えた。複雑な表情だ。どちらにも拠り所のない状況て、大変そうだ。まあ、他人事なんだけどさ。
八つ当たりも程々にしなよ……と思ったけど、うちの父親も賭け事に負けたら私に殴ってきてたしな。野蛮人てのはこういう行為を重ねる人のことかもしれない。
ユキナガは舌打ちをしてそっぽを向いた。
……空気悪いなぁ。
これ以上白族について聞いたらカホが攻撃されかねない。別に会ったばかりだし、カホをかばう義理もないんだけどさ。ユキナガの雰囲気はなんとなく父親と重なって嫌いだ。
「だいたい白族のことは分かりました。なるほど、黒族とは違い、白族というのはかなり野蛮な様子。その身に宿る感情もそうですが、許されない蛮行を侵しているようですね。私も女の身ではありますが、極力協力させていただきたいです」
ここは相手の欲しい言葉を言うに限る。それらしく白族に対して嫌悪感を表している表情は作れているはずだ。まあ、ユキナガに対する嫌悪があるから楽に表情を作れるんだけどさ。
伊達に父親の女共をおだててきてないから、ある程度向こうの言い分から望む言葉が何かなんて分かるもんだ。この場合、敵を悪く言えばいいだけだし分かり易すぎる。
案の定ユキナガは満足そうに、したり顔で頷く。
さて、ここでやらされることばっかりなのは嫌だ。こっちの言い分も聞いてもらおうかな。話を聞く限り白族は元より黒族も安全とは思えないから、最低限力は付けておきたい。飼い殺しなんかされてたまるか。
「ところで、私も多少は武の心得があります。宜しければ、こちらでの武術や皆さんのような自然を操る力をある程度は身につけておきたいと思っています。白族の蛮行が迫る際、自身を守れる程度にで構わないのですが……」
確かに無理があるか?私の提案にユキナガは微妙な顔をした。
あのイカれた父親から生き残ったのは奇跡と空手のおかげだ。で、このイカれた世界で生き残るにはまず力が要る。奇跡とか運とかいう不確定要素に頼っていられない。
増してや人なんて信じるに値しないと思う。まあ、これは自覚してる。極論だよ。
ユキナガが返事を出せずにいると、今まで空気だったお坊さんが口を挟んだ。
「救世の主もこちらの界での生活に慣れていただきたいですし、ヒスイ等と共に修練所に通わせてはどうでしょう?そうしますとヒスイ、カホも今まで通り鍛錬を行えます。カヨ様もこちらでの常識などを歳近い者たちから学ぶ方がよろしいかと」
おお、助け舟?修練所て、道場みたいなとこ?でも、女ってバレちゃいけないのに結構リスク大きくないかな。
「しかし、救世の主が女ということを漏らしてはならん。それにあそこは男のみが通う場所。女は行けぬぞ」
だよね、戦場行けないのに女を鍛えるわけないし。ユキナガもお坊さんの言うことに賛同し兼ねている。
「救世の主としてではなく、とある血筋の息子として通ってもらうのです。あそこであれば政治とのつながりも薄いですから、救世の主について存じていない場合の方が多いです。昨今、戦争が激しくなりつつあるために、護身として男装して娘を通わせることは多くなってきております。女とバレようとも大きな問題とはなりますまい。当然ながら、修練所で大々的に女とバレればそれ以上通わせることは出来ませんが」
なるほど、そういうこともあってんのね……確かに、女が襲われた事件が発端の戦争なら、我が子可愛さに鍛えさせたい親バカが現れてもしょうがないのかな。むしろ普通の流れとは思う。
ユキナガもその辺は大目に見ている事案なのだろう、頷いた。
「……そうだな。救世の主とはバラさず、修練所に通ってもらおう。確かにあそこは里の中でも閉鎖的だからな、救世の主としての政との接点も少ない。いかようにもなるだろう。明日からでも通うと良い、今日のうちに知らせておこう」
お坊さんはユキナガの言葉に緩やかに微笑んでいる。
いやいや、本当に大丈夫か?何でこんな微妙に危ないことに賛同すんのさ、私がユキナガならしないよ。バレたらどうすんの?
あ、そしたら軟禁すればいいんだったか。ならいいや。バレたらその時考えればいい。
「ありがとうございます、ユキナガさん」
とりあえず満面の笑みでお礼を言っておこう。
笑顔って大切、タダなのにコスパ良い。ほら、ユキナガもまんざらでもない感じの表情を見せる。仮にも頭目、私の父親ほどイカれた奴でもないんだろう。ちょろいもんだ。
……あんま媚び売ってると襲われかねないし適度な距離感が重要だな。
そんなこんなでユキナガの部屋を後にした。
うろうろしても良いことなさそうだからさっき寝てた部屋に帰る。ヒスイとカホもついてきている。
ん?心なしかカホは私から遠ざかっている。
相変わらず大げさにドタドタ歩いてるけど、その歩き方不自然なんだよなぁ……
あれ?カホの右手が包帯で覆われている。最初に会った時、あんなのしてたっけ。あの時は他のことのが注意引かれてたし、全体的に暗かったしでよく覚えてないわ。
それは良いとして、なんか複雑な話になって来たから、一応自分の中で整理する。
救世の主としては男であるように振舞わなければならない。で、修練所では貴族の息子として振る舞わなければいけないけど、こっちは女も隠れて通ってるからちょっと条件が緩い。まぁ、バレればどちらにせよ軟禁されるって感じか。
「ねえヒスイ、修練所てどんなとこ?」
「その名の通り修練を積む場ですが」
何を聞いてきてんだ、みたいな不機嫌そうな顔してる。知らんがな。
「や、それは分かるけどさ。里でどういう位置づけかとか、何を主に学ぶのかとか、色々あるでしょ」
「……まだ歳の足りない男子が、戦士として立派になるための場です。里の男であれば皆そこへ通い、特性を見るのです」
学校的な?
「通ってるのは何人いて、何歳から何歳までいるの?」
「人数は、およそ五千人かと思いますが、入れ替わりも激しいので詳しくは分かりませんね。年齢もハッキリとは決まっておりません。術を極めることが出来れば一人前の戦士となるのですから。概ね10代後半になると無事に卒業して戦士として戦場へ赴きます」
うわ、そんな若いのに戦争に行くとか結構シビアだなぁ。
「クラス分けとか成績順とかだったりするわけ?」
「当たり前です。修得度別に講義がなければ成り立たないではないですか」
当たり前か。そうなんだ。まあ、人数多いしねぇ。そっちのが効率的ではある。
ヒスイ曰く、上中下の3段階にわかれているらしい。
下で基礎体力とかを身につけて、中で自然を操れるようにして、上で実戦レベルという感じ。
「で、ヒスイ達はどこの段階なのさ?」
「とっくに卒業していますが」
「?!」
何の気なしに聞いたのに、思わぬ答えが返ってきた。確かに救世の主を迎えに行くとかいう大役任されてたし、それなりに実力者だとは思ってたよ。でも、それだったら……
「じゃあ、戦争に行ったの?」
「私は二回行きました」
ヒスイはそこで声を落として、表情を暗くする。かなり心的負担がありそうだ。
ヒスイのこと嫌いだけど、そこは同情したくなる。同情とか簡単なことじゃないか。私には大量の人が死んでいく様なんて想像出来ない。
「……カホは?」
「え?……お、俺は……」
なんか不意をつかれたように驚いた後、カホはどもった。視線を彷徨わせている。何で?
「カホは別枠です。一回戦場へ行きましたが、バカなのでもう一回座学を受けています」
「うっせぇ」
「へー」
ヒスイがカホの代わりに答えると、カホは余計なこと言うなって顔しながらヒスイを睨む。
ああ、敵の能力持ちだから規格外だよね。てか、バカって。確かにバカそうだけどさ。
そう思っていると、カホはムッとしたような顔をしたが、視線をそらした。
……うーん、カホの能力については薄々勘付いているんだけど、それ以上にこいつ、諸々隠すの下手だよね。まあ、隠す気は無いのかも知れないけどさ。
とか考えながらカホを見つめてると、睨んできた。
軽くカホの視線をいなした所で部屋にたどり着く。布団はいつの間にか片付けられていた。
寝て起きてを目を瞑ったまま繰り返してたから時間の感覚無かったけど、時刻はまだ午前中らしい。なんでも、夜には救世の主として宴に参加させられるんだとさ。それまでヒスイは用事があるとか言って出て行った。
カホは部屋の隅で胡座かいて、それなりにくつろぎだした。
私も座ってこれから先どうしようかと考えてみる。
と、その前に、どうでも良いけどお腹空いた。お粥しか食べてないし、しょうがないだろうけど。気を抜いたらお腹なりそうで嫌だなぁ……
ここで、カホと視線を合わせてみる。
カホは引きつったような顔で眉だけ寄せた。
どっちも無言だし、シーン……みたいな効果音が間に流れたけど、カホが根負けしたらしい。諦めたみたいに深いため息をつくと、言った。
「飯、作ってこようか?」
おお、やっぱり通じた。