表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実逃避してたら異世界に連行されたようです  作者: wine
第四章 異世界で逃走します
36/44

逃走中

「うがー!これ、無理じゃね?!ピクリともならないんですけど!」


 私は若干埃っぽい空気をゆっくり吸い込み、吐き出した。馬独特の獣臭と、土と僅かな植物の香りがする。どことなく乾燥した空気は、黒族のそれとは異なることが分かった。


「まあ、お前悲しいことを悲しいって自覚して無さそうだもんな」


 後ろから失礼な発言をしてくるカホ。私の肩越しにお椀の中の水を覗き込んでくる。


 私は今、馬に揺られながらその揺れでも椀から水が溢れない様にする特訓中だ。水を操る初歩らしいけど、散々こぼしまくって今椀の中に残ってるのは申し訳程度の量だ。


「ほらよ、おかわりな」

「うぐっ」


 カホが腰に下げていた水筒の口を開けて注いでくる。


 くそぅ、どうやって操るんだよ。想像もつかない感じだわ。


 はい。ここで説明しておくと、なんだかんだで脱出できたんです。

 それはもう、案外あっさりと。そのおかげでこんな感じで呑気に水を操ろうと特訓できてるわけ。因みに成果の程は皆無に近い。


 いかにあっさりだったかというと、脱出の瞬間まで遡ることおよそ6時間前、私達は城を散歩する体で出て1回たりとも馬を走らせていない。まるで遠足にでも行くかのように最初から今に至るまでポックリポックリ歩を進めているのだ。


「それにしても、いいのか?黒族の守りはこんなもんで」


 おっと、ついつい言葉にも出してしまった。


 だってしょうがないじゃないか。

 もっとこう、追っ手がガンガン掛かるとか、砦とか、そう言うのがあると思っていた。でも、嬉しいことに(でいいのかわからんが)そういう気配が全くない。あまりの呆気なさに私は馬上で周囲を確認しつつパチクリと何度も目を瞬かせる。


 いや、カホが照らしてるとこ以外は真っ暗闇だからなんも見えないんだけどさ。


「俺も、なんとなくこうなるだろうなと思ってたけど、同感だな」


 カホも同意の声を上げた。

 どうやら当の黒族出身者も納得いかない感じらしい。言い方的には薄々思ってたのだろうか。どっちみち、黒族脱出はあっさりし過ぎている。


 というわけで、私たちは予想外のこの現状に戸惑っていた。


「黒族なんてこんなもんやで。セキュリティの甘さはこの世で一番や。俺からしたら入り放題。白族からのあの事件後なのにこれやで。領土に人が入ってくる時は流石にちょっと敏感になっとるけど、出てくぶんにはザルや。悪用し放題やで、ほんま。ま、俺は可愛い女の子探しにしか来てないねんけどな」


 脇の方で馬を進めながら自慢げに話す人物がいる。


 私は黙って、同じく馬に乗って私達に並んでいる顔面包帯男の方を眇める。


 こいつにはほんの5〜6時間前に出会った。カホの言っていた変な奴だ。

 確かに変な奴だ。


 そう、色々と変だ。

 突っ込みたいことが満載だが、多過ぎて逆に突っ込めずにいる。とりあえず面倒くさそうなので、落ち着くまで放置しているわけだ。


 もう一つ言うと、微妙に絡みづらいのもある。カホとヒスイに対してはそうでもなかったけど(最初の方は確かに心理的にかべがあったけど意外とすんなり話せてたはず)ここに来て私は人見知りというか、人嫌いが発症しているのかもしれない。パッと見、結構絡みやすそうな雰囲気作ってるのに、どうも話しかけられずにいる。


 ただ、凄く強いってことだけは身のこなしとか個人的な勘とか、カホの反応とかを見てるとよく分かる。


 今のところは味方らしいけどな。裏切られたらヤバそうだ。


 でもま、初対面の人間に着いて行くとか、我ながらなかなか危ない橋を渡っていると思う。他に道があるにはあったが、一番利用出来て比較的安全だと思った結果だ。選択肢が壊滅的だったのもあるけど、不可抗力だよな。


 私は続けて包帯男の乗ってる馬に括り付けられた袋に目を移す。これが此奴と手を組んだ最大のメリット。まだ目覚めてないみたいだ。なかなか酷い状態だったし、しょうがないのかもしれない。


「とりあえず現状を整理すると、私達は黒族の領地を北西に向けて移動してて、そろそろ国境?でいいんかな、そこに到達する感じ?」


 私は自慢じゃないがこの世界の地理とか微塵も知らない。現状把握に手一杯でそんな機会はなかったからな。


 椀との睨めっこの間も、ちょいちょい周囲を見渡していたけど、景色が見えないのだから意味は薄かった。


「そやで」


 包帯男は陽気に鼻歌交じりで答えた。


「一応国境には砦みたいなんがあって、ちょい注意せなあかん」

「なるほど」


 想像してた逃走の難関はまだ来てなかっただけで一応用意はされていたのね。ま、さすがにそれがなかったら黒族アホすぎだよな。


「あ、そろそろ砦やで。カホ、火消しや」

「あ?て、え、マジかよ!もっと早く言ってくれよ。俺こっちの方の土地勘ねぇのに」

「あはは、ごめんごめん。でもまだ大丈夫やで」

「ったくよー」


 カホはぶつくさ言いながら慌てて火の術を消す。


 辺りが真っ暗になって、目が慣れるまで数秒かかった。


 目を凝らすと遠くの方にチラチラとした明かりが見える。目が良いのが自慢の私でこの始末だ。きっと見つかってはいない……はずだ。


「で?どうしようか」


 私はカホに向けて声をかける。


「そうだな、俺が使者を装うか?その隙にお前らが通って……」

「いや、それだとカホが危ないだろ。こういう時の典型と言えば、農民のフリとかか?でも、この時間だと怪しまれるだろうし、日の出を待つ方が……。 て、おい。お前、なんか文句あんのかよ」


 私がカホと背中越しに話し合っている間、包帯男はニマニマと気持ちの悪い笑顔を作っていた。思わずイラつきを表に出して包帯男を睨みつける。


 あ、因みにこいつに私は男として接している。ボロボロになってしまった額当て兼顔を隠す布も、新しいやつをカホから貰ったので付けているから、多分まだばれていないはずだ。


「いやぁ、お前らがそんな砦見たいやなんて思わへんくってなぁ。もうちょい近くに作ったったらよかったかなー思て」

「「あ?」」


 カホと私は理解できない彼の言葉に同時にガラ悪く聞き返した。私だけじゃなくカホも多少以上にこの包帯男に警戒してるみたいだ。


 相変わらず包帯男は気持ち悪い目の形のまま、下に手をかざす。


「地下行けば、見つからへんやん?」

「は?」


 私は言葉の意味を2割も理解できなかった。でも、それはすぐに起きた。そして強制的に理解させられた。


 無音で視界が徐々に下がっていったのだ。それは、私が馬から降りたわけじゃなくて、もちろん馬がしゃがんだわけでもない。

 私の乗ってる馬と包帯男の乗る馬が立っている地面が円形状にエレベーターの様に下に沈んでいく。


「……嘘だろ」


 カホが掠れ声をさらに掠れさせながら驚きの声を上げる。


 私は逆に降り始めた時点で予想がついてしまったから特に声はあげない。水道とか地下鉄とかエレベーターの知識や体験があったから、この発想もなんとなくわかっていた。


 簡潔に言えばエレベーターみたいに地面が下がっていった先、そこには高さ3m、幅2mくらいの地下道が伸びていた。


「……流石に異界人は驚かへんねやな。前の奴も驚かへんかったわ」


 包帯男は私の反応を見て若干面白くなさそうな顔(見えるのは目の周りだけだけどなんとなく分かる)をする。


「これ、お前が術使ってやったのか?」


 私が包帯男に尋ねると、奴は胸を張りつつドヤ顔してくる。


「せやでっ!開通すんのに1年かけたんや」

「目的は?」


 私は冷静に包帯男を見据える。でも相手はニヤついた目に意味深な光を一瞬灯しただけだった。


「さっきも言うたやん?女やで。黒族の女は美人さんが多いねん」


 私は軽く溜息を吐いた。

 此奴が曲者だってことはよく分かったな。何か企んでなきゃこんなとこに普通1年もかけて道とか作らない。


「それにしても、一旦ここで休まへん?ゆっくりやったけど、流石に馬もキツイんちゃう?」

「確かに、そうだな」


 カホが包帯男に肯定しながら軽く馬の首を撫でる。馬はまだまだいけるとでも言いたげに鼻を鳴らした。


「馬もやけど、この子も流石にずっとこれじゃ可哀想やで」


 包帯男は馬からヒラリと降りて、早速馬に括り付けてた袋を地面に丁寧に置く。


「確かに」


 これは私の肯定の言葉だ。

 包帯男が袋の口を解いているのを眺めながら、私はお椀を先に降りているカホに渡して、馬から降りようとする。


「あれ、え……お?!」


 ここにきて私は自分の異変に気付いた。

 下半身の感覚が無い。


「カヨ、どうした?」


 カホは不思議そうな顔して首をかしげる。


 いやいやいや、んなバカな。

 私は首を振りつつ手に力を入れて体を持ち上げる。うん、これは出来る。でも相変わらず腰から下は力が入らない。そのせいで馬から降りれずにいる。


「お前、大丈夫か?」


 隣でカホが声をかけてくるけど、自分自身大丈夫か分からない。


「分かんない。なんか力が入らなくって」


 私たちのやり取りを聞いて、包帯男がこちらを見る。


「もしかしてお前、馬の長距離移動初めてなんちゃう?」

「え、うん。そうだけど」


 私は自分の身体の異変に戸惑いながら素直に包帯男に答えた。


 対する包帯男は呆れた様に溜息を吐く。


「お前アホちゃうか?普通もっと早く音をあげるもんやで。何も言わへんし、てっきり馬に乗り慣れてるんやと思ったわ」


 さっさとカホを押しのけて近くまで来ると、私を馬から引きずり下ろした。


「うわっ」


 私は急いで自分で立とうとしてみるけど、へにゃへにゃと足に力が入らないから結局包帯男にしがみつく形になった。包帯男も片手で私を抱える様にして支える。服というか、布から異国っぽい香草の香りが鼻をつく。


「馬乗りの素人がこんな長時間乗ってたら、そら腰がいかれて当然や。暫く休憩せな」

「カヨ、ごめん俺気付かなくて」

「阿保カホ。大事なんやったら気づく以前の問題やろ」


 包帯男は呆れた声音でそう言うとカホにデコピンした。


「……ごめん」


 カホは落ち込んだ顔してそう言う。


 いや、うん。私が悪いんだわ。普通に。


 まさかこんななるとは思わなんだ。


 と、態勢が変わったからなのか段々と下半身から痺れと痛みを感じ始める。


 アレだ。正座してて感覚なくなってた状態から段々とビリビリがくる感じ。


「あ、もしかして今、ビリビリきてるん?」

「お、うん。ておぉい!」

「あはは」


 あろうことかこの包帯男、じわじわ痺れを感じ始めていた太腿の側面をパシパシと軽く叩いてきやがった。

 抑えようの無い衝撃というか、ビリビリの感覚が太腿に走る。


「ぐぁぁ」

「おい、何やってんだよ」


 カホが包帯男の胸ぐらを掴んで声を荒げる。


 うん、ありがとうカホ。今の私じゃ抵抗出来ないからありがたい。ありがたいんだけどね。


「ぐぁあ、ちょ、カホ。あんま揺らすな。痺れが……」


 そう。今の私には微動でさえビリビリが駆け巡る。カホが包帯男を掴んだおかげでバランスを崩しかけてさっきの以上の感覚が私を襲う。思わずしがみついてた手に力を込める。


「え、あ、ごめん。大丈夫か?」


 カホは私の様子に怖気づいて手を離した。


「あはは、おもろ。こんな必死にしがみつかれたら男に気がなくってもちょいクラってするやん。カホの目の前でこの大事な子をいじんのも楽しそうやんな」

「なっ?!」


 きも!何こいつ超気持ち悪いんですけど。

 てか目もだいぶ危なっかしい。こいつ、ヤバイ。危険。


 私の中の警報が最大レベルにかき鳴らされるわけだけど、まあ、どうにもならない。


「て言うのは冗談で、早いとこ座らせなあかんな」


 と、包帯男は低く呟くと私をお姫様抱っこした。


「ぐあっ」


 人生初のお姫様抱っことか、そういうのどうでもいい。痺れが頂点に達する。


 そんでもって、内股が強烈に痛いのが分かる。


「ったく、普通こんなならんで。まあええわ、カホこっち座れ」


 私が悶えている間に包帯男は胡座かいて座って、カホに指示だしする。


「俺が押さえとくから、カホは脚揉みしたって」

「えっ俺!?」

「痺れに一番いいのはほぐすことやからな。カホが嫌やったら俺が……」

「カホがやって」


 思わず口をついて出た。このムッツリそうな包帯男に触られるのは嫌だ。


「じ、じゃあ触るぞ」


 と、カホは緊張した顔で宣言すると私のふくらはぎ辺りを軽く揉んでいく。


「くぅぅ」


 私はこの後数十分ほど悶絶しまくった。


「はぁ」

「カヨごめんな。大丈夫か?」


 辛い。もう色々辛くて泣きたくなる。

 何が悲しくて正体不明男にしがみ付きながら同い年の男の子に脚揉まれなきゃならないんだよ。


 あ、今なら水の力操れそう。


 んなこと今はどうでもいいか。


「いやぁ、さっきも言うたけど、しがみつかれ続けると好きになりかねへんな。ちょいきつめの目つきしてんのに弱ってる感じがまたゾクゾクやわぁ」


 ゾクッ


 こっちはお前の発言に拒否反応起こすわ。


 私はある程度感覚が戻ってきた下半身を引きずる様に動かして急いで包帯男から離れた。


「え、もしかして今の言葉本気にした?可愛いー」


 ニマニマとした表情で声をかけてくる包帯男。


 何なんだこの気持ち悪い系男子は。


「黙れ、変態」

「ひどっ!俺割とお前に尽くしてんで?アレとかさ」


 包帯男は袋の方に顎をしゃくってみせる。


 うぅ、確かにな。色々と赤の他人のくせにお世話してくれている。現に今も気持ち悪い発言は置いておいたら軽く治療してくれたことになる。


「ありがとう、変態」

「ちょい柔らかくなったな。お兄さんに任せ……て酷い!変態変わってへんやん」


 なんつーか、うるさい。どうでもいいけど何でこいつ関西弁なんだろ。まあそれ以外にも突っ込みどころは多いけどな。


 そんなことを考えながら体育座りをしようとしてバランスを崩した。今度はカホが支えてくれる。もはやだいぶ嗅ぎ慣れてしまった焚き火の匂いになんとなく落ち着いた。


「まだちゃんと治ってへんから無理に動かさんとき。てかお前寝た方がええんちゃう?その目元見るに、まともに寝てへんやろ」

「……うーん、でも追っ手が来る前に国境を越えた方が」

「追っ手なんか来てもここ地下やで。分からへんて」


 それもそうなんだけどな。でも何となく寝るわけにはいかない感がある。


「布団とかないし」


 まあ本当はどこでも寝れるけどとりあえず言ってみる。


「そんなんカホに抱かれて寝たらええやん」


 包帯男は何を今更、みたいな当然の顔して発言した。


「は!?」

「な、カホもこいつ抱えて寝るくらい出来るやんな」


 私が言葉を失っている間に包帯男はカホに話題を振る。


「ん?ああ、寒いとかあるかもしんねーもんな。確かに俺とくっついてた方が暖かいから別にいいけど。ここ座るか?」

「な!?」


 私を支えながら自分の胡座かいた脚をポンポンと叩くカホは若干頬が赤いけど真顔だ。


 何だよ、なんなんだこの天然タラしは!


「ぶはっ!新婚さんか。超おもろいわー」


 包帯男は一人ツボったらしく笑い転げている。


 くそ、ムカつく。

 私がどう言い返そうかと考えていると、いきなり声が掛かった。


「ここ、どこ?」


 小さく遠慮がちな声だ。


 私はすぐに声のした方を見て、ホッとした感情と行き場のない怒りを抱くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ