居心地とトラウマ
食事しながらは推奨しません……
「そういうの考えつく前に、一眠りした方がいいと思って俺がずっと寝かしつけてたのに。ほんと色々すっ飛ばしてくるよな」
「そんなこと言われたってさ……いや、それどころじゃないでしょ」
私はカホから離れながらグルグルと考えを巡らす。
何を隠そう、この状況ってすごく不味い。
まず、暴走したってだけで私への評価は下がるだろうけど、私を保護する派の筆頭である存在、ヒスイを封印してるわけだ。地下の時は色々動顛してたけどよくよく考えれば、あの時点でカホが嘘を言わなかったら100%殺されてたはず。
まあ、そうされて仕方がないことをしちゃったんだし、しょうがないとは思うんだけど。
今のところすぐに死にたい訳じゃないし……いや、強がり言った。死ぬのは怖いから、今のところ無しの方向で。散々色々やらかしてるし、死ぬのは、いざとなったら受け入れるってだけのことだから。
「ヒスイの封印が解除されさえすれば、ヒスイがお前を庇うはずだ。だから、それまでの間、保てば最低限お前の安全は確保される」
カホはゆっくりと言葉を選びながら言った。チラッと外へ目配せをする仕草から、盗聴してる人が居るらしい。
ゴクリと唾を飲み込む。
1週間生き残ることが、私に課せられた死なないための道だ。
長い。
長過ぎる。
学校に行ってた時の1週間とは体感が全然違うはずだ。現に、この世界に来て(活動し始めて)からまだ2日とちょっとしか経っていない。しかも、その間に私は何回か身の危険を感じてきた。特に修練所の訓練は自業自得だけど、死にかけてたらしい。
こんなことなら、強くなりたいとか我が儘言わないで大人しくこの城にこもって強姦される道を選んでたほうが、良かったんだろうか?だって子供を産むって観点で言えば1年は命の保証がされる。1年後どうなるかは分からないし、現時点で月の障りの無い私を不妊認識され兼ねない訳だけど……。
「カヨ?」
カホが呼びかけてくるけど、私は返事できなかった。
この薄闇に、あの場面が重なってしまった。相対するのは例えカホと分かっていても男だと自覚する。
ここに来て、意図的に思考の隅に追いやって忘れていたはずの、クソ親父から味わったあの感触が蘇る。いきなり押し倒され、制服ごとグチャグチャに破かれて胸を鷲掴みにされたあの感覚。ずっと胸クソ悪さを感じていたけど、胃にせりあがるものが来た。口の中が妙にすっぱく感じて冷や汗が吹き出す。
私は急いで立ち上がって、襖を乱暴に開ける。そしてそのまま正面にある廊下の手すり下にスライディングする要領で駆け込んだ。
「おぇえ」
床にへばりつきながら、軒下に豪快に吐いた。吐瀉物には昼間食べた物が原型が分からない程度にドロドロと含まれている。
ていうか、胃酸が強すぎて喉から口までヒリヒリする。痛い。でもまだ胃はぐるぐると暴れている。
カホが私の背中を摩る。
「カヨ、無理に考えるなって言ったろ。身体休まってない上に、疲れてるのに」
返事できない。その言葉を聞き取る余裕すら無いから。胃がチクチクぐるぐると存在を主張してくる。
「これ、水」
カホから渡された水を飲み干す。部屋に水差しでもあったんだろう、生温い水が喉を通る。でも、胃に水が到達した途端、まるで野球のバットで打ち返された球のように跳ね返された。
ゴフッ
水が胃液に混じって全て吐き出された。
結局吐き気は治らずに、その後更に3回胃液を吐いた。
ひゅー、ひゅー
私の呼吸音だ。マジ苦痛。
つら、何だこれ。
私の喉を呼吸する度痛みが走る。
口の中は血の味がする。
でもようやく一息つけた。波のように押し寄せてきてた吐き気が潮が引いたように薄まってきた。
私はカホに途中で渡された手拭きで口を拭いながら身を起こした。手拭きから若干吐瀉物の匂いがして軽く胃が跳ねたけど、何とか宥めつける。
「ごめん、俺がお前に触り過ぎたのが原因か?」
声のする方を見ると距離が先ほどと比べればちょっと遠い位置で正座しているカホがいた。
途中から背中をさすらなくなったのは知ってたけど、そこにいたんだ。
顔は暗いけど、心配そうな表情は相変わらずだ。
カホの言葉を咀嚼してみる。
そうなんだろうか?
偶々勝手にあの場面が暗がりで重なっただけで、違うとは思うけど、深層心理とかその辺はよく分からないからハッキリとは返せない。
てか、クソ親父のせいで吐いたとか何か腹が立つ。この世界に居ない相手に対して、しかもあんなゴミに対して、まるで私がトラウマ抱えちゃってるみたいじゃないか。凄く腹立たしい。
ムカつく。身体的にも精神的にも。
「多分違うから、気にしなくていいよ。あんまベタベタされるのは別の意味で嫌だけど」
「……ごめんな、俺も含めてここはお前を苦しめてしかいないよな」
カホは途方に暮れているかのように暗いトーンで呟いた。目が良いせいで、一筋頬に涙が伝っているのが見えてしまった。
今日で2回目のカホの涙だ。結構涙脆いキャラなんかな。
カホが、私が気づいたのを知って、慌ててゴシゴシと目元を拭い出す。
地下室の時も思ったけど、カホの涙は綺麗だ。涙に温度があるとすれば、暖かいんだろうなと思える。地下室でカホやヒスイを信用するのは間違ってるとか、暴走する前思ってた私がいたけど、それこそ間違えな気がするな。こいつらは私が会ってきた中で一番純粋だ。
私が今まで居た世界を思い出してみる。
「苦しめてくるのはここだけじゃない。まだマシだよ」
そう、マシだ。
あの暗闇のような元の世界より100倍マシだ。まだこの世界を知らないだけってのはあるだろうけど、カホやヒスイ達が居てくれてる時点で100倍マシだよな。
元の世界じゃ周りも真っ黒だけど、自分も真っ黒だった。でも、ここは周りが黒くない気がする。そして私でさえも濃い灰色程度には薄くなってる気がする。ただの感覚と希望的観測なわけだけど。見える世界が多少違う気がする。
て、寧ろ私が迷惑をかけてる。
色んな意味で死んで詫びる訳にもいかないし、私が意に沿おうとしてるカホやヒスイの期待に応えるのが一番良い方法だろうと思う。
ちょっと回復したので立ち上がって庭を見渡してみる。何処に盗聴してる人がいるんだろ。ちょっと見た限りじゃ分からないもんだな。忍者みたいだな、会ってみたい。興味本位が8割だ。
てか居ることが分かるカホも大概だな。
あ、心読めるから簡単なのかも。
まあいいや。
涼しげな風が、さあっと渡っていった。喉と口がヒリヒリと痛むけど、この風は心地いい。視線を上げると少し欠けた満月が丁度西(で良いんかな)に消えていく所だった。和の建築物と相俟って景色は綺麗だ。流れてくる虫の調べも程よく、ゴミゴミとしたあの世界とは違った品の良い木の香りも心を落ち着かせる。
ここは、私の育ってきた世界とは違う。そう自覚すると、荒んでささくれ立った心が少しだけ治った気がした。
「カホ、ちょっと外行きたいんだけど、無理かな」
「…………」
カホは無言で眉間にしわを寄せながら腕組みした。
多分、意図は伝わっているはずだけど、難しいんだろうか?
不安になって無理なら良いと言おうと口を開きかけた時、ふぅー、とカホが長い息を吐いた。
「俺は今のうちに、身体休めててもらいたいんだけどな。このまま寝る気配も無さそうだし、ちょっと気分転換するか」
「あ、うん。ありがとう」
「じゃ、ちょっと待ってろ」
早速立ち上がってどっか(多分馬屋)へ行こうとしてるカホを追って服の袖を掴む。
「えっと、私も一緒に行く」
最初不思議そうに首を傾げていたカホだけど、私の不安を読み取ったらしくて軽く表情を崩す。自嘲気味の顔だ。
「ごめん。ここは安全だから、大丈夫……とか思ってたんだけど。ついさっきそうでもない事に気付いたんだったわ。一緒に行こうか」
と、カホは私と手を繋ごうとして、何か思い至ったのか、さっと戻す。そんで何も無かったように歩き出した。
私は頭に?マークを付けながらついて行く。
前話と繋がってこれで一話分です。すみません、更新遅くなりました。




