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現実逃避してたら異世界に連行されたようです  作者: wine
第三章 異世界で闇を視ました
32/44

閑話 死罪

更新遅くなってすみません汗

少し長めになっちゃいました。

 カヨの静かな呼吸がシンとした部屋に響く。ロウソクの火は消しておいたし、カヨもすぐに寝付けたようだ。そっと部屋の外へ意識を向けるが、どうやら間者も退散してくれたらしい。当の本人が寝たのに盗聴する必要もないからな。


 ホッと一息つく。


「……やっと寝た」


 俺はカヨに握られたままの左手を見つめて一先ず安堵する。


 なんか、俺が目の上に被せた手を退けようとしたらしいんだが、そのまま握られている。そのせいで外に出れずにいる。まだ眠りが浅いから動かすと起こしてしまうかもしれねぇ。

 ……という建前もあるけど、何となく解きがたいというのが本音だ。


 俺はその動機が自分でも理解できないので、何の気なしに握られた手の感触を確かめてみる。

 女にしてはちょっと硬めでガサついた手だ。これをそのまま本人に言うと怒りそうな気がする。もしくは落ち込むかも知れない。


 身近に怒りの感情を抱くような人間がいなかった分、どことなく親近感が沸いてしまう。さっきの会話でもそうだけど、冗談を言って怒られるのが楽しいんだとわかった。


 でも、うん。

 カヨのことだから怒ってるふりして心ん中で割と落ち込むんだろうな。


 ……良かった、思ったことをポンと言っちまう前に寝てくれて。


 あんな風に形だけ繕ってると、自分の心も軽くなった気がした。木の一族の血を飲んだ直後のカヨの思考は、我ながら今更の内容だった筈なのに傷ついた。


 いやまあ、それはいいとして。


 カヨは思考しだすと止まらないのか、身体も精神も極限に近い状態で疲労しているのに、なかなか寝ようとしなかった。見ていて危なっかしい。これはもう、精神力とかじゃなく、病気だよな。下手すれば精神崩壊を起こしていた状態でもあった。


 通常、一回暴走が始まれば気絶するしか止まる方法はない。それでも辛うじて意識が戻って暴走が止まることも稀に起こるとは聞いたことがある。ただ、その多くが精神や身体に尋常じゃないくらいの負担がかかって、数秒の間に意識を失うらしい。それは、ある種の自然の摂理というか、人間や生物の防衛本能だ。


 なのに、カヨは何故か意識を保ったままだった。おかげで精神と身体の疲労そっちのけで考え事して、挙句精神の方では持ってる感情も不安定だから二重の負担が過度にかかっていた。防衛本能以前に、身体の痛みに鈍感なことと言い、明らかにカヨは身体疲労系統の感覚器官が狂っている。


 普通、あり得ない。


 これが救世の主ってことなのか?

 確かに異常だと思うけど、これは全然いい方向じゃない気がするんだが。


 ただ、今回はそれに救われた。というか、不幸中の幸いだった。


 ちょっとでも要素が欠けていれば……寒気がする。


 水滸族は基本的にどの部族でも中級程度なら優勢になる。それだけ自然を操作する術に関して突出しているし、各部族に対する相性という観点で言うならば、戦闘の上位部族である火、土に勝り、中位に位置する風、氷に互角と言われている。言い換えれば、戦闘向きでないと言われる木と雷の一族以外に互角かそれ以上の戦果を挙げられるということだ。


 だからこそ、数少ない天敵から次期当主の封印を受けた今の状態は、かなり不味い。

 良くも悪くも水滸族は保守的だ。一族の安寧を最優先する。いくら各部族の中で指折りの穏健派であっても、救世の主が暴走してヒスイに木の能力で封印を施した。なんてことを全て明らかにしてしまうと、カヨへの待遇は一変するだろう。


俺はウソがばれやすい(そのくらいは自覚している)、どうせ今回のこともボロが出る。どさくさに紛れてフウロのせいにしたけど、フウロが暴走したにしては、技の威力が桁違いなのは誰の目にも明らかだ。


 あの部屋の石壁や床には術がかけられていた。それを粉々に砕くほどの威力は、今まで何度も暴走を繰り返したフウロには出来ないだろうことは想像に難くない。


 事情を聴きに来た奴らの胡散臭そうに眉を寄せる様に、冷や汗が伝った。そして漏れて聞こえてくる、奴らの心の声に喉がカラカラに乾いてしまった。


 幸い、あの場には俺の嘘を肯定する以外に証拠となるものがなかった。暴走したら気絶する。フウロがちょうど自分の力を使い果たして気絶していたし、カヨは異常な精神力で意識を持っていた。カヨが暴走したにしては証拠が無さすぎる。


 このおかげで、とりあえずは部屋に連れ帰ってこれた。


 それでもいつかはバレる。

 というか、城の外にいる俺より強い水滸族の能力者を1人でも連れてこられたら一瞬で暴かれる。それくらい脆くて薄っぺらな嘘をついた。今の俺は、何だかんだ俺を庇護してきた水滸族を裏切って、その面に泥を塗っている感じだ。


 あー、考えれば考えるほどやっちまった感あるよなー。

 頭が真っ白だわ。


 こんなことがバレたら確実に殺される。


 水滸族に不義は無い。何故なら不義が発覚したその場で死刑が決まるからだ。一族が即刻全て敵に回る。だからカヨが裏切りについて気を揉んでいた時、ヒスイとカヨは噛み合わない会話をしていた。当主の言葉を裏切ることはその場で死罪になる。つまり、裏切り者は最初から居なかったことにされる。


 まあ、死刑覚悟で特攻してくる奴がいるから油断はできないんだが。


 俺も今、その状態だしな。


「くそ、あのバカ……」


 思わず悪態を吐く。地下室で植え付けられちまったヒスイに対してだ。


 そもそもアイツが下手打たなきゃ、こんな大事にはならなかった。カヨが最悪暴走してもアイツが無事だったなら、水滸族は変わらずカヨを擁護していたはずだ。それなのに、その最低基準を軽々と下回る状況。


 封印されたヒスイから何度も心の声が俺に向けて発されていた。


――命をかけて救世の主を庇え、カヨ様だけをお守りしろ


 言われなくてもそうするけど、ヒスイに言われるとムカつくわけだよな。なんでか知らんけど。


 あぁ、やろうとしたことを先に言われてイラつく感じなのかもしんねぇな。


 でも実際、その声を聞かなければ、俺はフウロに全部罪を着せてあの場を後にするなんてこと考えつかなかったかもしれない。


 フウロが倒れた直後の俺は、完全に同情してしまっていた。それを引きずって、考えがまとまらないうちに、あの場でボロを出していた可能性が高い。それが一応どうしようもない最悪の事態だった訳だから、今はその一歩手前。だいぶマシだな。そう思うことにしよう。


 アイツは今、拷問まがいの事を受けているだろう。それに心が痛まないわけはない。


 昔、アイツとは数回顔を合わせたことがある。


 敵に産まされた子とか言われつつも、生活は保証されていた俺と違って、アイツは里の奴隷だ。この里で奴隷には人の権利が無い。ゴミクズの様に罵られるし、当然のように痛めつけられる。


 俺にはどうにも出来ないアイツの環境に、行き場のない怒りと、勝手な同情とで会いに行っていた。そして、俺の一方的な八つ当たりで発した言葉に、フウロは壊れた。


 暴走しては気絶することを繰り返すアイツを、見ていられなくなって逃げるようにフウロの存在自体を頭の隅に追いやった。


 勝手な自己満足で、あの日言った真実を嘘だと伝えることも出来た。でも、言ったところで何にも変わらないだろうってのは分かってる。もはや俺の言葉はきっかけに過ぎなくて、アイツの中でくすぶってたものが暴走してしまっている。それくらいはわかった。


 今でも偶に暴走する上に、治療の相手を何人も誤って殺していることが噂で流れてくる。その度に俺は聞かなかったことにしてきた。それを繰り返すうちに、俺の中でアイツはだんだん人じゃなくなっていった。周りと同じように、奴隷だから俺に非はないと、自己暗示をかけていたのもあるだろう。


 いや、フウロがほぼ8割がた殺されない事を知ってるからかもしれない。今まで散々治すべき要人を殺しておいて、それでもなお、生かされ続けているのにはそれなりに事情がある。


 樹葉族の村付近は、ちょうど黒族と白族の戦地になっている。つまり、正常な治癒の能力者は現地に置いておくほうが黒族にとって都合がいい。能力の欠陥してしまったフウロを殺して新しい能力者を呼ぶのが里にとっては最善だけど、そもそも能力者も少ないのだからそれがままならない状態だ。


 フウロのカヨを治療した時に抱いていた純粋な感情に心を打たれたにしては、今の俺に罪を着せたことについての罪悪感が思いの外ない気がする。カヨに責められた手前、ここまで罪悪感がないのは流石に俺もどうかと思うところだ。


 カヨに言った内容はほぼ真実だ。


 新しい能力者が来るまでフウロは殺されない。新しい能力者が来ればフウロは殺される。


 樹葉族の解除師招集も、恐らく今晩にでも早馬が飛ぶだろう。樹葉族の村までは馬で2日かかるが、1週間以内には辿り着く。

 ヒスイも死ぬことはない。


 ああ、俺の不義の罪自体は、どうせヒスイが否定した所で覆らない。どんな形であれ、不義を許されることはないから、俺はあの嘘がばれた時点で殺される。


 それは、うん。しょうがない。もうどうしようもねぇし。


 後は、カヨだ。カヨだけでもなんとかする方法が欲しい。


 ……はぁ、マジでため息出る。

 どうやらカヨを守るってのは、想像以上に難しいことだったらしい。完璧に守れる自信なんて初めからなかったけどよ、だいぶ酷くねぇか?


 暴走時も、フウロが勘違いして駆け込んでなければ死んでいたのかもしれない。紙一重もいいところ、首の皮一枚の綱渡り感覚。窮地に陥って、それを解決してない状態で次がくる、そして更にギリギリの最悪を呼び込み続けてる。

何なんだよ、本当に。ここまでどうしようもないとこまで追い詰めてくる奴初めて会ったわ。で、それがよりにもよって救世の主。


 もう1回出そうになるため息をなんとか飲み込んでカヨの顔を覗き込む。


 月明かりが障子の向こうから薄っすらと差して彼女の寝顔を映し出している。


 もっとよく見たい。


 何となく頭に浮かんだその衝動に逆らえず、握られた手をそのままに身体を寄せて覆いかぶさるような態勢を取る。自分の陰で見えにくいけど、規則正しく呼吸をするカヨの顔を見つめる。


 少なくともヒスイの封印が解けるまではカヨを守らなければ、この地にコイツの居場所がない。


 最悪の事態ではあるけど、一つだけ救いがある。こんな酷い状況なのに誰もまだ死んでいないことだ。部屋に入った直後は自分の罪に恐怖を抱いたけど、段々と腹が決まってきた。


 戦場で仲間が死んでいくのを見てきた俺にとって、誰にも自分が原因で死なれたくない。そんな気持ちはカヨと変わらないか、それ以上だ。俺が死んでも、カヨとあの2人が生きれるならそれでいい。


 もっと良い方法が有ったのかもしれねぇ、今更わかっても遅いしな。命は既にかけてしまった。それでも俺は俺なりにカヨを守るつもりだ。


 ただ、未だにこれ以上カヨを守る方法が分からない。

 このままだとダメだ。


 彼女の顔を真正面から見下ろす状態から、額に唇を落とした。彼女に触れる度、唇を落とす毎に、膨れ上がる衝動が心地いい。一種の酒のようなものかも知れない。思考の何処かが麻痺するような浮ついたような揺れる感覚。


 コイツのせいで俺は余計に頭が悪くなった気がする。


 カヨ以外のことを考える余裕がない。しかもコイツは単純明解ならまだしも、迷路のような難問を持ってくる。


「どうすれば良い?お前を助けたいのに……」


 我ながら嘲笑いたくなるほどに弱々しい声が出た。後に続く言葉はあまりに情けなくて止めてしまった。


 思い浮かぶのはこのままこの里から連れ出す方法だ。どうせこの場にいて俺の死刑が確定ならば、これ以上罪を重ねたって死刑に変わりはない。


 でもそれが正しいのか、俺には判断できない。里の外は戦場しか知らないし、野外での暮らしなんて訓練でしかしていない。ましてや女を連れて逃避なんて可能だろうか?


 他に方法があるなら、誰か教えて欲しい。


「なんや生きとるやん」


 不意に声がかかった。割と若いのに何故か艶を感じさせる声。ぶしつけな言葉に若干感情が逆立つ。


 俺が気づかないうちに誰かが来たのだろうか。全く気配を感じなかった。流石にそんな芸当が出来るのは里の中でも指折りの実力者に限られる。


 俺は反射的にカヨを隠すようにして声の方を向いた。


「……誰だ」


 襖の方にいるせいか、灯りが無くて影しか見えない。


 輪郭を目で追って、警戒心が一気に上がる。

 服装が明らかに黒族と違った。


「はにやんに急いで行けとか言われたけど、こんななら来んでもよかったやん」


 俺の警戒とか全く意に介してないのか、妙に落ち着いた聞きなれない抑揚をつけて奴は喋り続ける。


 顕現して火を灯す。


「誰だと聞いてるだろ!」

「へえ、火炎やん。てことはこないだの事件の犠牲者?可哀想になぁ」


 あかりに照らし出されたのは、長い大きな1枚の布を体に巻きつけた格好の男だ。背が高く、服の隙間から覗く色黒の肌に描き出される筋肉が戦闘力の高さを物語っている。ただ、顔部分は半分以上が別の布でグルグルと巻かれているから判別がつかない。瞳は黒く、顕現していないのが見て取れた。


「どこから入ってきたんだ」

「何処からでも入れるやん。疾風や雷霆に比べるとここは割とザルやからな」


 飄々と答える相手は、余裕の目をして細めている。


 ただ者じゃない。この城は言わば黒族の本拠地。そうやすやすと侵入を許すことはないはずだ。なのにコイツは一騒ぎも起こさずに侵入し、挙句1番奥に位置する救世の主の部屋まで来たってことになる。


 下手に人を呼ぼうとすればカヨに危害が行きかねない。慎重に言葉を選ぶ。


「何が目的だ」


 こちらの焦りとは対照的に、相手は肩のあたりを自分で手揉みしながら目を三日月形に細めた。多分笑っている。


「無闇に人を呼ばへんのは賢いな。いらん騒ぎ起こさんと済むし。俺はお前が何かしてこぉへん限り何もせんで」


 そう言って全くの無音でこちらに歩を進めてくる。ゆったりとした服のくせに衣擦れの音一つ聞こえないから、自分の耳が狂ったような気さえする。


「近づくな!」


 布団からおよそ10歩あたりで、火の玉を出現させて威嚇する。


「おっと」


 軽々と火の玉をいなす。それでも一応こちらの最低限の線を把握したのか、立ち止まった。あと1歩でもこちらに来れば、飛びかかる位置だ。


 実力差は痛いほど分かる。コイツは尋常じゃなく強い。そして、此奴の服装から読み取った勘だけど、俺との相性は最悪だ。嫌な汗が滝のように体を伝う。


 俺が余裕なく顔を強張らせているのを暫く見つめて、其奴はカヨに視線を移した。


 ただそれだけの所作なのに背筋が凍る。慌てて視線を遮るように更にカヨを隠して睨みつける。守りたいのに守れないかもしれないという絶望感が俺を支配する。


「あはは、そんな大事なん?安心せぇや。俺に異界人を殺す趣味はないで。にしても、こんなBL状態初めて見たわ。其奴男やろ?何でそんな庇うん?ホモ?」


 異界人という言葉にヒヤリとする。それはこの部屋にいるのが救世の主と知ってて来たということだ。

 相手は救世の主を男と思ってるらしいが。

 里の者でもごく一部にしか知られていないというのに、何処から情報が漏れたんだ。


 俺に答える気がないのを読み取ったのか、彼は肩を竦めてみせた。


「まあええわ。おれの知り合いの、はにやんて奴がさ、お前にとって重要な奴の危機やから黒族んとこ行ってこいゆうて来てんか。でも何か死なへんかったらしいし、大丈夫そうやんな」


 どこから突っ込むべきか迷いどころだ。


 まず、はにやん、て誰だよ。占い師か?


 確かに占い師なら精度もまちまちだが、時々未来予知をすることがあるらしいし、あり得るかもしれない。


 とりあえず深呼吸する。コイツの言うことを真に受けるつもりはないが、言い方的には救世の主の様子を見に来ただけなんだろうか。だとすれば危害を加える確率は低い。


「もう1度聞くが、お前は誰だ」

「答える義務はないよな。答えたところで何もならへんし」


 それまでの少し陽気な雰囲気が一変する程の冷えた回答が返ってきた。視線が冷たい。有無を言わさないつもりだろう。


 冷や汗が更に増加した気がする。歯をくいしばる。


「簡単に暴走する様な危なっかしい異界人は弱いうちに殺した方がええんやけどな」


ドクンッ


 身体が跳ね上がる程にギクリとした。相手から発される殺気に身体が硬直する。


 ……守れない。

 そう悟ってしまう。拳を握りしめて、責めて一撃目は死守してやると目を凝らす。


「でもま、お前の必死な感じ、嫌いやないわ。お前の覚悟に免じて殺さんことにする。てかま、元から殺す予定やないしな。結局はにやんの言ってた重要な奴言うんが、異界人かはようわからんねんけど、無闇に殺す趣味は無いんや。安心せぇ」


 殺気が嘘のように消える。

 緊張が少し解けたのもあって、ゆっくり息を吐く。


 と、いきなり布で覆われた男の顔が目の前に現れた。


「!?」


 俺が何か行動を起こす前に口を手で塞がれ、胸に短剣を当てられていた。


 相手の鋭利に研ぎ澄まされた視線が刺さる。思考が停止した。そして、低いゆったりとした囁かれる。


「異界人て来たばっかはクソ弱いからな、今のお前じゃ命いくつあっても守れへんで」


 心臓が割れそうなほど警報を鳴らす。自分でも顔が歪むのがわかる。


 口に当てられた手を無造作に払った。相手は遊びのつもりだったのだろう。簡単に手をどけられた。


 何一つ反応できなかった情けなさと絶望がグルグルと回って、戦場に立った時から何一つ進歩して無いんだと思い知らされる。


「……もう既に一つ消費してる」


 思わず自嘲気味に溢す。


 胸に当てられた短剣を最早どうでもよく感じてしまう。


 相手は無音で少し体を引いて短剣を下げた。


「なんや、情けない顔して。死んでないうちから死んだ顔したらあかんやろ」


 首を傾げて見定めるような瞳のまま、男は子供をあやすような声音で言葉をかけてくる。


 と、ここでようやく我に帰る。

 俺は何でこんな得体の知れない侵入者に愚痴ってんだよ。アホだろ。


「おおかたこの異界人の暴走を無かったことにしようとして上に嘘の報告したとかやろ?」


 ドキッとした。ほんとコイツは何なんだ?そんな予測できるものか?


「黒族はそういうの死罪やんな。お前ってそういうの知ってても突っ走るタイプと見た」


 ……たいぷって何だ。話の流れから意味は分かるけど、さっきからちょいちょいカヨが心の中で言ってるような言語が混じっている。


 コイツの正体って何だよ。


 益々訳のわからない状況に混乱する。


「そんな命かけるくらい好きになってもうたん?てか、感情無いのに何でそんな固執出来るんや。俺からするとごっつ不思議やねんか」

「……好きとかじゃねぇ……けど」


 寧ろ義務に近いんだと思ってたが、状況的には里の課してくる義務はとっくに逸脱してることになる。よくよく考えればよく分からない状態だ。確かに別個で好きは好きだけど、それよりかは保護欲に近いものを感じる。


「愛せへんのに好きになるて、いびつで難儀やな。まあ火炎と水滸は近い感情あるとは思うけど」


 愛か。


 確かに俺にはその感情が無い。だから想像が出来ない。


 それでも、こんな状況下で離せないカヨを握る手を少し意識してしまう。


「まあ、人類最高の感情、愛がないと世の中残酷なもんやで。お前ら見ててよう思うけど、情けみたいなんが薄いんや。正味俺には関係無いんやけどな」

「…………」


 コイツやっぱり土巌(つみね)族か。

 随分前に絶滅したとか歴史で習ったけど、生き残りが居たんだな。


「しゃあないな、お前より年輩のこの兄ちゃんが手を貸したろか」

「…………は?」


 色々と理解出来なかった。


 それだけ唐突で、訳のわからない申し出だ。


「お前、このままやと嘘報告バレて殺されるんやろ?お前らが逃げるの手伝うで」

「……何で」


 胡散臭い内容に眉を寄せる。


 当然軽々と話に乗れるものじゃない。死罪確定の俺だけならまだしも、カヨもいる。こんな敵かも味方かも分からない相手を無条件に受け入れるわけにはいかない。


「俺、強いで?せっかく来たんに何もなしは嫌やしな。こっから北西に10里の所に俺の拠点があんねんか。そこで匿ってやるよ」


 北西に10里って言うと白族と黒族の領地から外れた砂漠地帯だ。確かにその近辺は誰も近寄らないから土巌族が隠れ住んでいても気付きにくい。たぶん本当のことを言ってるだろう。


 無言で思考する。


 悪い話じゃない。というか、今が最低な状況だから、これ以上の悪化はカヨの死くらいしか思い浮かばなくなってきている。


 目の前のコイツの発言を踏まえても、確かに古い文献だと土巌族にとっても救世の主という存在自体は重宝されるはずだ。


 でも、カヨに黒族の戦争を止めてもらうのは出来なくなるかもしれない。


 ああでも、土巌族の所へ行けばカヨは平穏に暮らせるのかも知れない。段々とカヨに安全圏に居て欲しい気持ちが強くなってくる。


 て、いやいや、待てよ。首を振る。


「ダメなん?このままやとお前、死ぬんやで?その異界人もどうなるか分からんのやろ?」

「俺が決めることじゃない。カヨが目覚めてから決めてもらう」


 俺には荷が重い上に、俺だけの判断でどうにもならないのもある。既に死刑確定の俺が決めちゃいけない。


 相手は俺の虚勢を見透かして冷ややかに笑った。


「逃げた」

「…………」


 確かにそうだ。俺が俺自身の判断で里を裏切るのを避けた。保守のためが大きいかもしれない。


 でも今は許す限り時間を稼ぎたい。ばらばらとしたこの思考をまとめたい。


「まあ、ええで。覚悟決まれば明日の夜、この城の西門近くで落ち合おうか」


 俺が裏切ってその待ち合わせ場所を仲間に言うとか思わないのか?


 コイツの不用心さに眉をひそめる。


「言っとくけど、俺を裏切らんといてや」


 俺の心を読み取ったかのような返しに少しギクッとする。男は顔をついと俺に寄せて静かに告げる。


「そうなったらお前と、お前の大事な大事な異界人を必ず殺す」


 予言のような悪魔の申告を聞き取って、生唾を飲み込んだ。


 目を合わせたまま、ゆっくりと頷いて見せると、男は満足そうに目を細めて瞬きの間に消えた。


 緊張が解れる。


 まるで糸が切れるように息が上がった。全力疾走した時のような疲労感が身体を襲う。手を、額を、首筋を伝う冷や汗をゆっくりと拭った。


 先ほどの悪魔との契約を夢のような感覚で反芻する。でも、受け取りように依れば願っても無い申し立てだ。


 でも、出来るだろうか。叶うだろうか。カヨを無事に生かせるだろうか。


 息を整えながら沈思する。


 気付けばカヨが寝返りをうって俺の腰に抱きついていた。そっと頭を撫でてみる。カヨがくすぐったそうに、気持ちよさそうに口を綻ばせてる。


 俺の中でポカリと空いた感情が、惜しい。


 生まれて初めて俺は俺の持っていない血を欲しいと思った。

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