血と感情と暴走と
「暴走……ねぇ……」
ピンとこない。や、なんかヤバそうってのは分かるよ。でもさ……
「具体的には、どうなるんだよ」
私の問いかけに、カホでなくヒスイが背後から答える。
「自我を失い、周囲はおろかその発現の激しさによっては、自身すらも傷を得ずにはいられぬ状態に陥ってしまいます。そして他者からの攻撃、もしくは出血等の要因による気絶でもしない限り、暴走が止まることはまずありません。最悪の場合、暴走者は死に至ります」
何それ超怖い。
感情がきっかけで自我失うって、もはやヒステリー強化版じゃん。そんでもって自分の感情で自分傷つけて死ぬとか、笑えねぇ。
「通常であれば、各々の感情が確立される前に鍛錬を積み、地脈の法を理解し肉体と精神を自然へ融合させたのちに自然を操作するといった段階があります。しかし、もともと感情を自由に所持していらっしゃったカヨ様には、その段階を経ずとも力を発現させることが出来てしまうのです。こうした場合、地脈の法が無い分、発現の絶対値自体は軽いのですが対となる正の感情で制御を行う必要があります。負の感情のみが膨れ上がり自然への反応を促してしまうことを私たちは暴走と呼んでいるのです」
うーん、わかんね。
これは一個一個質問しないと理解とか到底無理なやつだ。
「まず、ここの人って、鍛錬を積まなきゃ感情を発揮出来ないってこと?最初聞いてたのとなんか違う気がするんですけど」
「深く話しますと話がややこしくなりますので、感覚的に受け取っていただきたいのですが、感情にも段階があります。これは混血具合や部族間の関係、個人差などでかなり複雑化していきますが、それぞれ個人の中に違った感情の指標があると考えられています。その中で、ある一定以上の感情を発揮すると、その感情に見合った自然が発動します。救世の主様やその血を濃く受けたご子息とは違い、通常のこちらの界の人間にとって主たる血以外の感情は、自然の発動する手前の段階で制限がかかります。当然ながら、血を持たなければ感情自体が湧かない事になります」
ふむ。
私らが元の世界で認識している性格とか個性みたいなノリで、感情のパラメーターが個々人にある感じかな。先天性の、血の割合がでかいんだろうけど。
ある一定レベルを超えて感情を抱くと自然が反応するってのはなんとなく2日間過ごしてみて思ってたことではある。
カホを例としてあげると、同じ怒ってるって感情でも、ただムスッとしてる時も一応怒りってカウントだろうけど自然が反応してなかった。逆に昨日の夜みたいに心の中の感情が高ぶって怒ってたら自然が反応する。
ヒスイの言い方から察するに、顕現できる血以外でも混血してたら、その自然が反応するレベルの一歩手前まで感情をいだけるってことかな?その自然が反応する前段階でも個人によって抱ける感情の範囲が違ってくるんだろう。
この辺は正直、感覚的にというか、なんとなく分かってた。ホトリみたいな感情豊かな救世の主の血縁かなぁって受け取れる奴もいれば、ユキナガみたいに誇りと復讐の感情が強烈な純血っぽい奴もいるわけだし、人それぞれ抱く感情の割合が違うんだろう。
ひょっとしたら、というかこれも恐らくそうなんだろうけど、自然が反応する感情の強さみたいなもんも人によってラインが違うんじゃないかな。
私、ちょいちょい怒ってたはずだけど、それについて自然が反応することは今の所なかった。若干それが不思議だった訳だけど、何だかんだ一線を越えてなかったんだろうな。てか質みたいなもんもあるんだよな、きっと。一口に怒りとか悲しみの感情って言っても幅がある。どれが自然に作用しやすい感情かなんて、教えられて分かるものじゃないだろう。
だからカホもヒスイも積極的に教えようとしてこなかったんかもしれん。人によって違う基準を教えるのって素人がやるとドツボにはまるもんな。まあ私は今そのドツボにはまりかけてる感じだろう。
でも大まかにでも知っておかないと、こっちの世界の常識的な部分全く知らないわけだしな。
で、だ。ここまでは分かった。
次は、ヒスイの説明でわかんなかった一番の大元の部分だ。
「そもそも地脈の法て何なんだ。チラホラ出てきてたけど、聞いてないです」
「「…………あ」」
そこ2人、今気づいたって顔すんな。
双子のような絶妙なハモり具合の声からもそうだけど、顔からも、そう言えばこいつこんな基礎も知らないんだっけ、て読みとれる。
知るわけないでしょうが。
ヒスイはともかく、カホはなんで心読めるくせに気づかないんだよ。バカか?バカなんか?
そう心の中で罵ってると、カホがちょっとムッとした顔をした。口をへの字に曲げて、いつもの子供っぽい生意気な表情になる。何か弁解したそうに口を軽く開けかけるけど、場の状況を読んでなんとか抑え込んでる感じ。
うん、その顔なら知ってる。ほんの2時間前まで見ていたカホだ。……てことは、やっぱり別人ではないんだね。
カホの年相応な表情に安心感を抱くと同時に、急に現実を押し付けられた感覚になった。此の期に及んでまで、心のどこかではこのカホと、知ってるカホが別人であって欲しいと思っていたらしい。現実逃避気味の思考に、私は心の中で軽く鼻をならす。
「地脈とは、この界全体に流れる力を指します。地脈はあらゆる生物、あらゆる無機物に宿り、自然の一部として循環しています。地脈の法とはその力を思うように操作し、自らの力と合わせて精神的にも肉体的にも自身を強化する方法です」
「へー」
よく分からん。
想像はできるけどさ。超常現象系とかバトル漫画とかに出てくる「気」みたいなやつかな。知らんけど。
「で?それがどう暴走に関係してくるのさ?」
「地脈の力を操作する大元の基礎に、無の心が必要となります。無の心を意識した上で、正と負の感情を同時に抱くよう己の心を調節していきます。この状態を高めていき、自然が反応する線まで及ぶと自然を操作する感情に地脈の力が重なり、より厳密で、より広範囲へ術の展開が出来るようになるのです」
ふむ。
無の心……。要はなんも感情が動いてない状態って事なんかな。その時に地脈の力を操作出来るのか。
で、同じだけ正の感情と負の感情を持てばプラマイ0になると。それでも地脈の法てのは使えるらしい。
話題の暴走だけど、この方法なら、まず暴走なんてしなさそうだよな。感情0の状態ってのを前提に鍛錬するわけだから。
「そして、これがカホがカヨ様をお止めした一番の根拠だと思いますが、私たちこちらの界の人間の感情は、自然が反応する一定の基準を赤子の時より経験的に知っているのです。故に余程のことが起きない限り、それ以上の負の感情を抱かぬ様に自制できます。自然を操作する時、自然を反応させる一定基準までしか感情は動かしません」
「そうなんだ、何で?」
何でそんなジャスト狙いみたいなことしてるんだ?ぴたり賞みたいなんがもらえるわけじゃないだろうに。
「自然が反応する以上の感情を持つと、周囲の地脈の力が乱れ、自身の中にある地脈すらも崩れます。そうなると操作出来ずに意識を失い、暴走が起こるのです」
ほーう……。
似た様な説明が繰り返されてる気がするからちょっと整理しようかな。
まず、正負の感情が面倒くさいし、感情自体を数値化して、正負の感情がまんま正負の記号として考えてみる。
仮に-50の感情を抱いた時に自然が反応するとしたら、感情が-50の時に+20を別個で抱いていても相殺しきれてないから暴走する。で、逆を返すと+50以上の感情を別個で抱いていると暴走しない。中でも、ちょうど+50の感情を持っていると地脈の法ってのが使えて、自我も失わないで戦える理想的な状態になると。
そんで、もう一つ暴走のポイントがあって、それが-50以上の感情。例えば-60の感情を持ってしまった時は自我を失って暴走が起こるってわけか。
「つまり、暴走には質的にみると2通りあるってことだね。んでもって、私はこの血を飲むとどっちの方向でも暴走が起こりうると」
「ああ。……よく理解できたな」
なんかカホが腑に落ちないって顔をしながら肯定してくれる。後半は呟きに近かったけどなんとか聞き取れた。
何で合ってるっぽい口ぶりなのに腑に落ちない表情なんだ?
まあ、オリジナルで正負の数で把握したからなんだろうけど。この考えだとカホには理解出来なさそうな気はする。
てか、ここまで説明されて思うけど、これを受けてどうしろと?
「で?私は結局どうすりゃいいんだ。自分で言うのもなんだけど、この血が不信の感情の制限を解除するなら飲んだ途端暴走しまくると思うから、飲まない方が……」
チャリッ
視界の隅で蹲ってた人影が身じろぎした。私は思わずその相手へ目を向ける。
人じゃないと言われたそいつは、自分が壁にめり込むのを望んでるかのように壁に擦り寄りながら、相変わらず体を震わせている。それでも様子を伺うように此方に顔を向けて。涙と返り血に濡れた薄汚れた目隠し越しに、見えない視線を感じる。
これって散々痛い思いさせといて、その血を要らないって言われてる状況だよな。それってどうなんだ……。いくら傷がすぐ治るからって言っても痛みを感じないはずないんだよな。痛いって言ってたし。それこそ無闇に傷つけとくだけみたいな、あの何の生産性もない暴力と何ら変わりない。
自分の持つ血の椀を見下ろす。
さっきよりもどことなく重く感じる鉄臭いこの液体を、私は飲まないなんて言えないんだと悟った。
ややこしい説明回でした。
分かりづらいかもしれません……うまい説明が出来ずに悩んでてアップ遅くなりました。後々加筆修正するかもしれません。




