修練所①
さて、修練所らしきものが近づいてきた。
や、見えないんだけどな。
城を振り返った時に見たような更地が前に広がっているのが遠目に確認できる。そう、これが修練所があるという確信の元である。城と同じような術が掛かってんだと思う。前方には何もない。さっきまでずっと道の脇にあった民家の切れ目から先が可笑しいほどに何も無いのだ。
この長蛇とまでは行かないまでもゴタゴタとした馬と人が、この道の先に消えていってるらしい。人混みに紛れて消えてくとことか見えないんだけども、背伸びして見た向こう側の道はこの人だかりを何処にやればそうなるのってレベルの更地があるのだ。
ヒスイが街を抜ければ着くって言ったのも相まって確信できる。
あそこには修練所がある!
そこに何も無いならば、この里では何かあるのだよ。今日覚えた重要事項だな。言葉捻れば川柳的なの詠めそうだ、詠まんけど。
とか考えてるうちに目の前の馬が唐突に消えた。
なるほど、一線越えたら見えなくなるのか。
で、すぐに前の馬が現れた。数秒しかラグないし、下手すればクシャミしてるうちに超える瞬間を見逃しちゃうレベルだ。
なんかいきなり視界が切り替わる感じに近い。動画の切り替わりみたいな。パッと場面が変わった。
前の馬から視線をあげてみる。
きっとそこには城みたいな建物があるんだろうなぁと期待を抱きながら。
「ん?」
思わず声が出た。
まあいいさ、どうせ誰も聞いてないし、カホはそもそも全部聞こえてるしな。
見上げた先には山?
山……だよな。山があった。
日本ぽい切り立ってて、広葉樹と針葉樹の混在したような山が目の前にそびえていた。修練所って、山なのか。てっきり建物があるんだと……いや、あるだろ。まだ見えないだけだろ。この生活レベルを見るに流石に青空学級ではないだろう。
しばらく進むと山の麓に寺みたいな建物が見えてきた。
ほらね、やっぱり。流石に何にもない訳がないわな。
その建物まで一直線に伸びた道を只管、馬が闊歩していく。って、この建物デカイな。山と対比されてたから分かんなかったけど、近づくにつれてそのデカさが分かってきた。
門は今朝方出てきた城レベルだ。ただ、城は平屋だった。ここは平屋じゃない……のかな。天井が高いのかもしれない。どちらにせよ、立体的な縦にデカイ建物だった。どのくらいだろうか、マンションの20階建てくらいはあるんじゃね?その和風版だ。かなり高いところから流れるような角度で備えられてる屋根には無数のゴミみたいな瓦が取り付けられている。あの瓦が私の知ってる瓦の大きさだったらかなりの遠近感になる。視力は良い方だからまあ、なんとなくデカイとは理解出来る。実際の大きさは全然読み取れないけども。
それにしても、普段結構高層マンションとか見慣れてた割にここまで威圧されるのかって思う。和風版だからだろうか?なんか、無駄に襲ってきそうな物々しさを感じる。……ただの建物に何を感じてんだか。
「じゃ、俺馬置いてくるわ」
カホが軽い調子でそう告げて並走をやめた。右に逸れて林の近くにある建物の方に向かっていった。
あれが馬屋?かな。私の想像より遥かに広そうな建物だけど。大概の人間はそっちに向かっていく。
ヒスイは馬を止めて道の脇に逸れている。カホを待ってるのは分かるけど……
「何でヒスイはここに馬を置かないの?」
「ここは身分の低い者が止める場ですので」
頭の後ろから特に感情の見えない機械的な声が返された。
確かによくよく見れば高級そうな物に身を包んでる奴らはスイスイと進んでいる。やっぱりヒエラルキーは存在していたようだ。それも結構明確なんだな。
「カホは身分が低いのか?」
「……いいえ、私の従兄弟ですので」
まあねぇ、馬の立派さはヒスイのと変わらないからな。もともと城で着ていた服はヒスイや私と同じのだし。服もランクを落としてるとは言え、あの馬屋に向かって行ってる連中からすればカホはまだ若干身なりの整った感じだ。だって、上裸とかいるし。明らかにガサガサなって肌心地悪そうな服のやつもいる。それでも着ている服は全部黒だけど、パッと見山賊だ。結界越えて最初の馬屋だしな、いわゆるこの場の最底辺的身分なんだろ。
まあ、そんな連中に混ぜらされてるところを見るに、答えは一つしかないよな。
「カホが忌み子だから、ここで止めてる感じか?」
「……はい」
ヒスイは若干言うのを躊躇う感じに間をあけた。私が硬い声で聞いたせいもあるかもしれない。や、何でだろう。クラスのいじめを見ている時には特に感じもしなかった胸糞悪さが溢れてくる。主に怒り方面の。
なんなんだろ、マジで。
私が私自身に問いかける。
ここで怒ってどうするってんだ?行き場がないじゃないか。
私はとりあえずその感情を行き交う人間を見つめながら抑え込む。
「カホから軽く聞いたんだけどさ、同じ様に産まれた子でも水や氷を顕現すれば忌み子にならないって。じゃ、その子らの身分は?」
「もとの身分のままです」
「何故?カホだけ身分を落とすのは何で?」
「…………」
答えが返ってこない。
私は思わず眉を寄せる。押さえ込もうとしていた怒りの矛先が、ヒスイに向かいつつあるのを感じる。それでも良いと思い始めてしまった。
この里の奴らは、私の何故という問いに、答えてくれない。何度無言で返されただろうか。無言がていのいい断り方だとかこの修練所で指導されてんのか?
私は決めた。理不尽を受け入れると。でも、それとは別で、この里の影を知らないで盲目に自分の成す事のみでいれば良いとは思わない。せめて、一方的であれある程度知った上で受け入れたい。
振り返ってヒスイの顔を見た。寧ろ睨むって表現のが正しいかもしれない。でも、すぐに顔の力が緩んでしまった。腹の底にふつふつと湧きかけていた怒りもスゥッと温度が下がる。
無表情だった。水色の瞳は、ただカホの消えた方向を見つめている。
見下すような顔でもなければ、爽やかな笑顔でもない。熱の無い人形のような表情だ。初めて見るヒスイの顔に半ば呆気に取られつつも、私は勝手に理解した。従兄弟だからか、そっくりだ。カホの昨夜の顔を思い出す。
ヒスイは、怒りたいのかもしれない。
でも感情がない。そんな感じだ。
そんなんで、ヒスイの心境はどうなってるのだろうか、想像がつかない。抱きたくても抱けない、途中でプツリと途切れる感情をどう処理しているんだろうか。
「カヨ様、先ほども申し上げました。カホは私の従兄弟です。カホの母親は水滸族の当主の娘、身分が低いわけではありません。それは忌み子であっても、能力を持ち得たカホに変化はないのです」
ん?忌み子でも身分は変わらないと?
確かに、城ではヒスイと同等の服だったし、持ち物がどうとかではないけど、ある程度許容されてたのかも……ユキナガには嫌われてるみたいだったけどさ。
「じゃ、何でカホは……」
何でカホはここで馬を止めるのか、聞こうとした。けど、聞けなかった。
ヒスイの薄い水色の目が私に向けられて、吸い寄せられた。
「あれは、カホの判断です。あいつは能力故にその場に居る者の心を読み取れます。きっと何かを聞きつけたのでしょう。顕現した次の日から、何も言わず、ああするようになったのです。私にはそれを止めることが出来ません……」
凪いだ瞳の奥には、黒尽くめの私の顔が写り込んでいる。顔を隠せてて良かった。きっと情けない顔してるだろう。自分でも理由の分からない怒りの矛先をヒスイに向けかけたんだ。得体の知れない怒りはなんとかしたいもんだ。や、確かに私の感情なんだけどさ、なんか暴走しがちだ。
それにしても、サラッと聞き流してたけど、ヒスイとカホは同じ日に産まれたと言っていた。どう贔屓目に見てもそんな良いとこの子が揃って産まれるのには作為があると感じる。
つまり、ヒスイも……。
「よっと」
そんな軽い調子の声と共に突如ヒスイの後ろに黒い影が降りてきた。いや、降ってきた。続いて、軽い着地音(着馬音か?)がする。
……ビックリし過ぎて声が出なかった。
ヒスイの後ろにカホが降り立ったのだ。馬の尻の上に立っている。あたりに木は無い。ってことは地面からジャンプして来たのか?しかも馬は特に衝撃を受けていないかのように無反応だ。とんだ身体能力だな、いや、物理法則を色々無視してるだろ。ズバ抜けた身体能力として見ても私の知ってる人間には無理だ。
降り立った瞬間はほんのり赤色の目をしていたのに、すぐに黒に変わった。カホって目の色変えっぱなしにしないよな。必要最低限しか変えてない感じだ。
「……俺のいないとこで、俺の話すんなよ。後から読み取るこっちの身にもなれ」
私から読み取ったのか?
カホが呆れた顔しながら私を見下ろし、その場にしゃがみ込んだ。
「よし、行こう」
これはカホの言葉だ。ヒスイも頷いて馬を歩かせる。
んん?カホ歩かないのか?
当然の顔してヒスイの後ろに座り込んでいる。ヒスイも特に普通の顔してるし、あれ?こういう日課になってんの?
まあ確かに、こっから歩くとか一言も言われてないからな。いわゆる邪推って奴を私はしてたのか?だからカホが呆れた顔してきたのか?
えー……。
なんつーか、さっきまでのしんみりが霧散した。もしかして、考えたくないけど私だけ暴走してたんじゃ……。てか、もしかしなくてもそうだよな?!何それ、恥ずかしすぎる!
いや、でもヒスイは真剣だったし。無表情だったけど、なんか話し方しんみりしてたし。多分そうだし。
ん?……分かんなくなってきた。
そもそも人様の事にあんま首突っ込んじゃ宜しくない。まあ、微妙に関係してそうだから困るんだよな。もういい、バカバカしい。やめだ。
と、徐々に階級的に高級そうな人らが周囲に残り出した。多分、私がパニクってる間に中流階級の人らの馬屋を過ぎたんだろう。
そして、それに比例してヒスイにかかる声が増えること増えること。ヒスイはその度に顔を向けて爽やか挨拶を交わしている。ちょいちょい私に視線が飛ぶが、私は敢えて見ないように、目が合わないようにして過ごした。目が合えばナガレの時みたいに自己紹介が始まるからな。自ら危険に手をつける気はない。
上流階級向けの馬屋に着いた。
なんか、執事的な人?馬の世話役?みたいなのがたくさんいるんですけどっ!
「今日もよろしく頼む」
「はい、ヒスイ様。お任せください」
そのうちの一人にヒスイが王子然として言葉をかければ、世話役も執事や小間使い的な対応を返している。
……うん、当主とか、そういう言葉に惑わされてたけど。洋風の解釈だとヒスイて王子か。つまり、和風だと若様よばわりされるやつや。
私って随分と偉い奴に名前を様付けさせてるなぁ。気分は良いんだけどね、若干気が引けてきた。
ヒスイが二言三言とその世話役に話しかけている間、私はカホと並んで馬屋に向かう道の脇で待機している。
「カホ、私さっき暴走してた?」
「いや……まあ、そういうとこ突っ込んでくんな」
カホは苦笑いしている。おかげで言葉自体は突き離してる訳だけど、そんな疎外されてるようには感じなかった。
まあ確かに、私も家庭事情は誇れるもんじゃないから突っ込まれたくない最上位にあたる。そんな私がわざわざ他人の家庭事情を聴くのも変な話ではあったな。こういうのは、やめたがいいな。やめよう、うん。




