性善説
私が席に戻ると、宴は何も無かったかのように滞りなく進められ、終わった。あんまりにもあっさりしてたから特に思うことはない。
あぁ、フルーツ達は無事だった。どうやら私がいない間に一回危機が訪れていたらしい。フルーツ達は残し物と思われて下げようとされていたらしい。そこをカホが止めてくれた様だ。
カホ、グッジョブだな!心の中でカホに親指を立てた。
もちろん、カホには微妙な顔で一瞥された。でも無視だ。
帰ってきた時にフルーツが無ければ暴れていたかも知れない。いくら反省した私といえど、食べ物、特に楽しみにしていた食べ物を奪われれば同じ過ちを繰り返しかねない。今の私には反省を生かして云々出来るほど余裕があるわけじゃないからな。宴会の平和はカホによって保たれたと言えよう。
で、今は私の部屋(寝起きしてるけど私の部屋扱いしていいんかな?)で一通り寝支度を終えて布団の上に座っている。起きた時は気づかなかったけど、フカフカだ。柔軟剤のCMとかに使えそうなレベル。
私がさわさわと布団の触り心地に浸っているとヒスイが話しかけてきた。
「それではカヨ様。私はお暇させていただきます。明日は日が昇りました頃に伺う予定です。その後朝餉を召し上がっていただき、修練所へと向かいましょう」
「うん、分かった」
ヒスイは丁寧に正座して話している。あの午前中までの見下し上等と言わんばかりな横柄な態度は何処へやらだ。
思わずクスリとしてしまった。
「如何されましたか?」
ヒスイが怪訝な顔をする。
「あぁ、ごめん。ヒスイの態度の変化が面白くて、つい」
そう言うとヒスイは気まずいのか、視線を落として弱ったように眉尻を落とした。
「……すみません。自身の立場やカヨ様のお気持ちも省みず、カヨ様に要求ばかりを考えておりました。一族の望みである以上、やっていただきたい内容を変えるわけには参りませんが、言い方や頼み方というものを軽視しておりました。今一度、謝罪致します」
そう言って頭を下げる。
ヒスイの中でまとまった考えなのだろうか、昼間謝った時より随分スラスラと、それでいて一貫した私への敬意を感じた。
私はこんな敬意を表されるほどの奴じゃない。
「……何回か言ったけど、明日は夕方あの人たちに謝罪に行かせてもらうよ。ヒスイは間違ってない。ここにはここのルールがあるんでしょ。それを無視してグチャグチャにした私が悪いんだ。ヒスイもそこまで畏まらないで欲しい。私はどうせ次の救世の主が来るまでの繋ぎなんだからさ」
私の言葉にヒスイの表情がいきなり変わった。眉を寄せて険しい顔になったのだ。
「救世の主は、これ以上呼べません。何故そのような事を?」
「え?呼べないの?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
「救世の主を三人以上呼び寄せると、恐らくこの界が崩壊します。救世の主様の感情は直にこの界の自然に影響を及ぼすのですから、致し方ありません」
そうか、チートを何人も呼んでたら世界が壊れるのか。確かに、自然に影響するってのはヤバそうな感じがしてくる。そもそもこの世界の住人たちが感情を分割されてるくらいだしな。あとは、質量保存則とかその辺絡んできそう。なんにせよ、救世の主召喚は二人までなんだろう。
私は驚きで二の句が告げない。
じゃあ、何で男装?何で色々と隠蔽する?
そんな疑問が頭の中をゴロゴロと転がり回っているからだ。
一部にだけ私が女だと知られている状況。修練所に行かせることに渋っていたユキナガ。逆に修練所に行かせてはどうかと提案していたお坊さん。訳がわからない。
「失礼ながら、カヨ様における意見は、今は割れておりますゆえ、これ以上は言えません。申し訳ありません」
ヒスイは私の疑問を知ってか知らずか、そう言って疲れた様な顔をした。表情が暗く、大人びていると言うより十歳くらい老けて見える。
割れているらしい。そりゃそうか。予想と違う奴が来たんだしな。
今は応急処置的に場をもたせているだけなんだろう。扱いが決まってない以上、不用意に情報は漏らせない。そんなところか。
まあ、私にとって最悪の選択を考えてみると、私を殺して新しい救世の主を召喚するって感じだろうか。次に案としてあるのが、私をレイプして子を産ませ続けること。その次の案が、私を鍛えて戦場に立たせること。……それ以外にも案だけなら上がるだろうけど、ザッとこの里の思考を予想するにこんな感じだろうか。
うん、しょうがないだろう。私では結局どうにも出来ない。どんなに嫌がっても、逆らえないんだろう。ならどんなに理不尽でも受け入れるしかない。そうして生きてきた。今更普通に生きてけるなんて思っちゃいけない。
「分かった」
ちょっと硬い声音になってしまった。でも出来るだけ笑顔を作る。きっと、昼間のヒスイの反応を見るに、暗い顔をしたらヒスイはオロオロと暴走しだす。それは避けたい。きっとヒスイにも守らなければならないことがたくさんあるはずだ。私が言えばある程度は無理しようとしてくれる気がする。そのくらいヒスイは丁寧に私を気にしてくれているのが分かる。
でも甘え過ぎちゃいけない。ヒスイが最初私に見せていた態度にも理由があるはずだ。そこを勘違いしてヒスイを追い詰めては、いけない気がする。私はもう、自分勝手にならないと決めたんだ。
ヒスイは何か言いたそうに暫く私を見つめていたが、頭を下げて部屋から出て行った。
「さて、と。俺は部屋の外にいるから何かあったら言ってくれ」
カホは特に何も無かったように言う。
全部読み取っているはずだ。たった一日しか過ごしてなくて言えるわけないだろうけど、これがカホなりの気遣いなんだと思える。
でも、呼び止める。
「カホ、教えて欲しい」
ポツリと言った。言わなくても分かるだろう。でも、敢えて言う。
「私の考えていること、合ってた?」
カホは胡座をかいた楽な姿勢でじっと私を見つめた。沈黙が流れる。
何が合ってんだ?と思われているのだろうか。だとしたら言葉にして言った方がいいだろうか。
「お前の対応で割れてる中身についてだろ、分かってるよ」
掠れた声は静かに、それでいて無機質に感じるくらい冷めたものだった。
怒っている。
それがなんとなく分かった。カホとは会ってちょっとしか経っていないし、正直どんな性格かも分からない。ただ、あんな無機質な声はその身に怒りが燻ってる時にでるものだ。
周囲の空気がピリッと緊張すると共に温度が上がっている様に感じる。ユキナガのを見た後だから分かるが、多分幻覚じゃないはずだ。カホの感情に自然が反応している。
何に怒ってるんだろう。
私が女だからだろうか。面倒ごとを起こしたからだろうか。こんな存在なのに、あわよくば安全圏にいたいと思っているからだろうか。
「もし、お前の考えた案が通るんだったら、俺が……」
カホは相変わらず無機質な声を私に向ける。
正直、怖い。
でも、この世界の制約のせいだろうか、感情が動きづらい。怖いと感じつつも、その方向へと伸びる感情がある地点でプツっと切られる感じだ。
そんな中途半端な感情でもカホは私の心を読み取ったのか、顔色を変えた。表情を緩めて、ヘラっと笑う。
「まあ、何でもかんでも考え過ぎんな。なんとかなる」
声は明るく軽い調子に戻っていた。気づけばさっきまであった熱気も消えている。
カホは立ち上がると、私の側に来て私の頭にポンと手を置き、すぐに出て行く。襖を閉じた後足音が聞こえないところを見るに、そこで居座っているんだろう。
あいつ、布団で寝ないのか?
私のせいだろうか。私がいるから護衛的なことをやらされているのだろうか。だとしたら毛布の一つでも持って行った方が良い気がしてくる。
自慢じゃないが、誰かにここまで短時間で優しく接されたことは記憶としては少ない。もう薄れきっているが母親にはされていたかもしれない。けど、小学校低学年ならまだしも、最近じゃ、当然ながらない。外見も暗めだし髪も伸び放題で手入れなんかしていない。ある程度演技は出来るけど、愛想が極めて良い訳じゃないし、性格も良くない。
だから、あんな風に頭を撫でられることも無ければ、ご飯を大量に作ってくれることもない。現金だけど、ご飯を作ってくれる人に嫌いな人は居なかった。だからだろうか、少しばかりカホがあんな感じに怒ったのがショックだった。
うん、ショックだ。会ったばかりだけど、異界人で良く分からない常識持っていそうだけど、嫌われたくはない。ヒスイやユキナガと違って、カホは最初から何だかんだ普通に接していた。
あの階段で会った時は流石に不審そうにしていたけど、鏡を潜る時に掴まれた手も丁寧だったし、その後もすぐ離したりはしなかった。どうせ水の術で縛られているんだから、離しても良かったのに、何故かずっと私の腕を持っていた。
あの時は気が動転していたし、たいして覚えていないけど、私に異変があると真っ先に気づいたのもカホだ。心が読めるし、当然といえば当然なんだろうけどさ。
ということで、恩返しの意を込めてカホに毛布を渡そうと立ち上がる。この部屋には私の布団以外に物がない。押入れもないから、私の布団の中にあった毛布を引っ張って抱え上げる。
私は暑がりだし、寒さにも耐性がある。毛布は要らない。それを持って襖をそっと開けた。
「どした?」
カホは襖のすぐ近くに背を向けて座っていた。私に気づいて振り返って見上げてくる。ちょっと驚いてる感じだ。
「あの、これ。寒くないかもしれないけど、ずっと板の上じゃ痛くなるし」
毛布を見上げるカホの顔にぶつかるように落とした。カホの顔はボフッと毛布に覆われる。
なんか照れるな、コレ。そう言えばこんなことしたの初めてだ。カホの顔を直視しなくて済むから毛布を顔にぶつけて正解だったな。
でも、案外カホは素早く毛布を顔から外した。カホは困ったような嬉しいような顔をして毛布を見ている。
よかった。迷惑そうじゃない。ちょっと安心する。
「これ、お前の分なんだけど」
「私暑がりだし、いい」
「……じゃあ、借りとく。ありがとな。でも要るんなら言えよ。俺は寒い分には術使えば平気だし」
「そっか、便利だね」
「またそれかよ」
私の言葉にカホは、ハハッと軽い乾いた声で笑った。
うん。カホが笑ったら、ちょっと嬉しくなった。
こちらもやっぱり途中で感情が途切れる。一定以上は喜べないのか。不自由な世界だな。まあ、私みたいな人間の喜ぶ機会なんて、そうそうない気がするけどさ。
それにしても、カホはよくこんな環境で普通に生きられてるよな。寧ろ真っ直ぐ育ってる。私より酷い環境だろうに、きっと心が強いんだな。
「あのよ、ちょいちょい気になってたけど、お前の俺に対するその評価は何なんだ?」
カホは嫌そうだ。声にちょっと棘がある。
嫌なことを言ってる(思ってる)つもりはないんだけど、何が気に障っただろうか。
「私の世界でも似たような環境の子はいたからね。でも言っちゃなんだけど、カホの立場はそれよりも酷い気がする。カホは私よりも酷い環境下でも、人に優しく出来てる。私はそんなこと出来ない、いや、出来なかった。だから、カホを尊敬する」
素直な気持ちだ。
私の性格は捻くれてるし、考えることも斜に構えている。でも、カホは違うと分かる。嘘もつけないくらい素直だ。心読めるくせに、口車に乗せられるくらい単純だ。そしてこんな厄介者の私に優しくしている。だから、すごいと思う。
普通じゃない状況で、普通にできる人間は限られてる。かつては皆んな出来ることだけど、私だけ出来ないと思っていた。でも、違った。普通に出来る子は、普通の環境なんだ。そして、普通じゃない子は、普通の環境にいない。
勿論例外もいるんだろうと思っていた。でも今まで会わなかった。カホが初めてだ。私の人生で初の、性善説を実証出来ている人間。私に無いものを持つ人間だ。
「俺は、そんなんじゃねぇよ。お前が考えてるより、普通だ」
カホはプイッとよそを向いている。きっと照れてるんだ。謙遜している。
私に気を遣っているんだと思う。だから、これ以上邪推はしないでおく。いくらカホがいい奴だろうと、触れられたくないこともあるだろうしな。そのくらいは心が読めなくても気づく。
「じゃ、おやすみ」
私は一方的だけど、カホにそう告げて、襖を閉じた。




