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運命に至るまでの道筋 Ⅰ

 最近、奇妙な夢を見るようになった。悪夢といってもいいだろう。

 

 周囲は深い闇で覆われていて、俺の目の前には本来であれば見えるはずのない黒い立方体が浮かんでいる。


 黒い立方体の大きさはちょうど俺の掌に収まりそうなサイズだった。


 それを不思議そうにじいっと見つめていると、その一面だけが怪しげに光りだして、俺に甘い口調で語りかけてくる。

 

 窮地に追い込まれているんだろう? 俺の力を貸してやろうか?


 その声はまるで娼婦の誘惑のように俺の欲望を煽り、長年連れ添った恋人の語り口調のようであった。


 そんな甘い誘惑に俺は――。


 いつも夢はここで終わってしまう。

 夢が途切れたことを確認すると、俺はゆっくりと目を開ける。 

 最近見るこの夢のせいで、俺はどうにも目覚めが悪かった。 

 あくびをしながら使い古した青いタオルケットを押しのけて上体を起こす。ちょうど昨夜かけておいた時計のアラームが部屋中に鳴り響いた。突如、時計の短針の先から小さな炎の玉が飛び出し、ゆっくりと回転しながら俺めがけて飛んでくる。一瞬慌ててしまったが、それを右手の人差指で丁寧にかき消した。

 

 フエーゴの魔法が得意であるとはいえ、時計に時間指定で魔法をかけておくことは初めての試みだった。まぁ、日頃鍛錬しているおかげもあって、大成功だったわけだが。


 左手でポリポリと短髪をかきあげた俺は寝ぼけた頭をゆっくりと回転させて、“何故今日に限って時計のアラームをかけているのか”その理由を模索する。


 少し考えたあと、ベッドから急いで飛び降りて、部屋の角に置かれた木製のタンスに手をかける。そこから履き慣れた黒のジャージ上下を探し出しパパッと着替えると、壁にかけてあった焦げ茶色のちょっとオシャレな鞄を肩から下げて、勢いよく部屋から飛び出した。


 ジャージを着たうえに小洒落た鞄を身につけている俺の姿は傍から見たら奇妙に映るかもれない。しかし、どちらの装備品も学校外での俺の正装であり、毎日の教会へのお手伝いにも大体これで通っていた。得意魔法が炎属性であることや俺の魔法が威力重視のノーコンであることから、ジャージこそが俺の一番魔法を行使しやすい格好といえた。今まで燃え散ってしまった魔法服は数知れず、その度母親からの浴びることとなった怒声が俺の正装をジャージという最適解へと導いたことはいうまでもない。オシャレな鞄の方は、俺が密かに恋焦がれている幼馴染の才女から16歳の誕生日にもらった贈り物であり、もらった当日から俺の良き相棒になっていた。初めのうちは鞄を抱いて眠っていたこともある。ジャージとは対照的に大事に扱っていた。


 洗面所で顔を軽く洗い、鏡で身だしなみを整える。右頬の古傷がどうにも気になるところではあるが、鏡に写る俺の顔は今日もいい面構えをしていた。両親を起こさないように静かに下の階に降りて、台所の棚の上の袋から丸くて固いパンを取り出して口に加える。さて、準備は万端だ。俺は玄関のドアを開き、街の方へ走り出した。


 早朝ということもあって街に人気はなく、石畳の上を走る俺の乾いた足音だけが街中に響いていた。近所の料理屋や雑貨屋の昼間の繁盛が嘘のように静まり返っている。基本的に早起きは苦手だったが、朝の匂いは大好きだった。人より早起きした分だけ何かドキドキするようなことに出会えそうな期待感を含んだちょっとひんやりとした甘い匂い。俺にとって毎日が大冒険だった。


 街の外れにある魔石坑につくと、がたいのいいおっさんが一人立っていた。

 おっさんはこちらに気づくとニカッと笑いながら口を開いた。

「遅いぞ、馬鹿野郎っ! 早くしないとバイト代なしだからな!」

「す、すみません! がっつり稼ぐんで、それで勘弁して下さいっ!」

 俺はおっさんに軽く会釈しながら、坑道の中へ駆け出していった。


 魔石坑で働いている人々はみな魔石を掘り当てることを目的としている。周囲を見回すとすでに10人以上の男たちが魔石を掘り始めていた。ほとんどが顔なじみだった。魔石は赤、青、黄、緑、黒色の5色を基として美しい色合いを有し、大きさ、形もそれぞれ異なった非常に硬い鉱物である。そのため武器や防具の元になる素材として使われたり、魔石に秘められた魔力で自分自身の魔力を高めたり用途も様々で、物によっては高額で取引されるものもあった。魔石を掘り起こすのに適した時間は、夜が終わる時間帯から徐々に土の魔力が低下し柔らかくなっていくことから明け方だと言われている。


 ここでの俺の役割はもちろん魔石を掘ることだ。なぜ魔石堀りの手伝いを始めたのかというと理由は二つあった。

 一つ目は、俺の魔法の師匠である教会のイヴァン神父から、日頃からものに炎の魔法を付加させる癖をつけておくように言われていたからだ。この世界の学生は魔法を武器に付加して戦うことができるレベル3以上の魔法使い、通称魔装師になるために魔法学校に通っている。学校の授業だけで魔装師になったものは今まで数えるほどしかいなかったが、俺には才能があるらしく日頃から鍛錬していけば必ず魔装師になれると神父から言われていた。こういったお手伝いですら修業の場としているのだ。

 二つ目は、今はまだ秘密にしておこう。なんせ俺はエンターテイナーだからな。


 さて、まずは自分の持ち場についたことだし、朝一の修行を行うことにする。


 周りに誰もいないことを確認して準備を行う。今日こそ絶対成功させる。意気込みも大切なのだ。


 集中力を高めて、左手に持ったスコップの先端に炎熱を流しこむようなイメージを作る。


 イメージを保ったまま、右手で炎を作り出して、赤の色彩を与えていく。


 (ロホ)は大きさを与える上級魔法であり、(フエーゴ)(ロホ)の混合魔法は俺の得意技だった。


 右手の炎は俺の掌の上で少しずつ大きくなっていく――――、ここだっ!!


 その瞬間、俺の左手に強い衝撃と力が加わり、気がついたときにはさっきまで持っていたスコップは魔石坑の壁に突き刺さっていた。


「クリス、まぁた、魔法に失敗してるのかぁー! お前も懲りないやつだなぁー」


 普段から街で俺の修行をよく見ている魔石堀りのロッドがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。


――なんて嫌な野郎なんだ。思いっきり魔法をぶつけてやりたい気分だった。


「いやー、スコップに炎を纏わせるなんてナンセンスだったかもしれませんね。もっとやり方を考えないと…なるほど、なるほど…」


 俺は考えこむふりをして、素早くスコップを取りに行き、サッと自分の持ち場に戻った。決してバツの悪さを誤魔化そうとしたわけではない。魔法が使えない彼らには魔装師を目指す大変さがわからないのである。スコップの柄の部分は先ほどの炎によって焼け焦げていた。この後、俺は悔しさのあまりひたすらに魔石を堀り続けた。


 この世界には魔法を使えるものと使えないものの二種類の人間がいる。

 

 前者は魔法学校で魔法を習い、後者は労働に従事する。

 

 魔法を使えるものであれば誰でも魔法を放つことができるが、魔法を何かに付加したり、留めておくことができるものは極めて少数となってしまう。学校の授業では色の魔法までしかカリキュラムにないため、個人でどれだけ努力するのかが勝負となるのだ。魔装師になれば、この街を離れて国の兵士として従事することとなる。給料だって一般人とは雲泥の差である。また、稀に悪魔に取り憑かれた異端者や悪魔と戦うこともあると本に書かれていた。


 残念ながらこの調子では、俺が魔装師になるにはまだまだ時間がかかりそうだった。

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