答案に何を書くかは俺の自由
――人生には恋があり、夢があり、冒険がある……ということもない。
そんなものに時間を掛ける暇があるのなら、数学の滝川先生を絞め落とす方法を考えた方がよっぽど有意義だ。
おのれ滝川……。許さん滝川……。いつかお前の車の中にグッピーを放り込んでやる。くくく……!
俺はそんなことを考えながら、机の上を占領する数学のテストを睨みつけていた。
問題の意味が全く持って分からない。これ、実は海軍で採用されてる高度な暗号を使ってるんじゃ無いだろうな? なぜ数学者という生き物は数字の上にわざわざルートを付けたがる。どれだけ頭の中が歪みきってやがるんだ。
しかし、いくら数学に反抗心を抱こうとも白紙にするのは不味い。補習なんか受けたくない。
夏休みに補習があるとか馬鹿じゃないの? 死ぬの? 死ぬよ? 少なくとも俺はね。
『にゃらば私が教えて進ぜよう』
「……はっ!?」
その時、俺に学問の神が舞い降りた。
頭の中にビリッと電流が走る感覚があると思ったら、すでに体が考えるより先に動き出していた。
そうだよ! 考え方が間違っていたんだ!
どうせテストの採点をするのは滝川だ。つまり滝川の気分次第では満点のテストが零点に、零点のテストが満点に変わるかもしれない。
俺は問題用紙から目を離し、ひたすら答案用紙に滝川が喜びそうな論文を書き込んだ。
『親子丼は鶏の肉とその卵を使っているから親子丼と言う。これは正しいと思う。まあ親子もろともあの世に送ってやるという所業については賛否両論が出るとは思うが、ネーミングについてはこれで間違ってはいないはずだ。
しかし、他人丼とは一体なんだ? なぜ“人”という文字が使われている? あれに使われている肉は人ではないだろう。仮に使われているとしても、それは人魚みたいな亜人の肉なので亜人丼という名前にするべきだ。もしくは異種族丼。
たかが名前と思うなかれ。これは数学にも当て嵌まる問題なのだから。
例えば1と7を間違える事で問題は一気に間違った解答へと突き進んでしまう。xとyに代入する数字の内容が反対になってもそうだ。事件は迷宮入りになってしまう。
これはそういう話なのだ。故に我々は考えるべきだ。他人丼にぴったりの新たな名前について!』
……ふう、完璧だ。
数学者というのは自分で解決策を出したがる。だから相手に問いかけるような終わり方にすれば滝川が食いつき、真剣に考え、「有意義な時間を与えてくれてありがとう」と俺に感謝してこの論文に百点の価値を見出してくれるかもしれない。……完璧すぎる!
俺はついつい嬉しくなって、試験時間が終わるまでの間、ずっと鼻歌を歌っていた。なぜかその後試験官役の秋山先生に怒られたのは永遠の疑問となるだろう。
*****
その翌日、数学のテストが返却された。
「おい滝川! 貴様には血も涙もないのか!」
俺は憤慨していた。
「……君には理性も知性もないのか?」
「そんなことはどうでもいい! 数学者のくせにこんな適当な名前でお前は良いと思っているのか!?」
俺が握り締めた答案には「0点」という意味不明な数字と共に、「丼べえ」と書かれていたのだ。許せるわけがない。絶対に、俺は滝川を許さない!
しかし、滝川の容赦ない次の一言により、俺は完全敗北を悟った。
「お前の夏休み、補習だけで終わると思え」
「ぐはっ!?」
俺は血反吐を撒き散らし、体を震わせながら校舎を走る。
全てがどうでも良くなって、俺はテストの答案を紙飛行機にして窓から放り投げた。
俺が人生の半分を費やして考案した伝説のフライトキング製法によって作られた紙飛行機は、僅か30センチ平行飛行したのち、急降下して校舎の真下に落下していく。
「フライトキングぅううううううううううううううううううう!?」
相棒が大空を舞う瞬間を見れなかった俺は、その場で崩れ落ち、涙を流した。
*****
その翌日、俺は何故か、同じクラスの黒沢さんに屋上まで拉致されていた。
「貴方は素晴らしい人です。感銘を受けました。どうか私に貴方の思考能力を分けてください」
そして黒沢さんは、ちっちゃなポニーテールを揺らしながら頭を下げてきた。
この時、俺は柄にもなく狼狽えていた。
いくら俺が天才とは言え、その事実を正面から言い放ってきたのは黒沢さんだけだったからだ。
この形容し難い感情は間違いなく、恋だろう。そう直感した。
「……理由を聞いても?」
「昨日、突然私の脳天に突き刺さった凶器が貴方のテストでした」
「ごめんなさい」
俺は彼女が持っていた、先っぽが赤く染まっている紙飛行機を見て、即座にジャンピング土下座を繰り出した。
しかし、そうか。あの紙飛行機にはそんな殺傷能力があったのか。こんど滝川にも試してみよう。
「私はこれを見て、果たし状だと思いました。だから憤激しながら紙飛行機を開いたんです。すると、ただ貴方が投げ捨てたであろう0点の答案だったのでがっかりしました」
黒沢さんは土下座している俺に何のリアクションも見せず、話を続ける。……ここは普通、頭を上げてくださいというべき展開ではなかろうか?
「ですがその内容を見て、私は衝撃を受けました。数学の答案に全く数学と関係ないことを堂々と書き綴った貴方は間違いなく異常です。常識と言う枠から外れてしまっています。しかし、論文の内容はとても斬新で、面白く、読んでるだけで『なるほど』と思わせる力がありました。恐らく、貴方は馬鹿で、天才だと思います。そんな貴方の度外視した、馬鹿で馬鹿の伽藍みたいな馬鹿な頭に興味を持ちました。おそらく、これは恋だと思います。ですから、貴方の考えていることが知りたいのです」
「……後半からノイズが掛かってうまく聞き取れなかったんだけど、それは要するに告白ってことですか?」
「かもしれません。でも、違うかもしれません」
「いや、違うはずがない! それは告白だ!」
「……そうでしょうか。では、そういうことにしておきます」
「賢明な判断で助かる」
こうしてよく分からないうちに会話は弾み、俺達は他人丼に相応しい名前について苛烈な議論を行った。
最終的に話は脱線し、「馬鹿と天才の紙一重」という議題について語り合った後、彼女はぽつりと呟く。
「私は常識に縛られすぎて、貴方のような発想はできません。だから、悔しかったんです。きっと本当は恋なんかじゃなかったと思います」
「そんなことはないだろう」
「ええ。私は馬鹿に憧れています。そして、貴方のようになりたいと思っています。だから、きっとこれは恋なんです」
夕暮れによる橙色の光に照らされて、黒澤さんは照れたように笑った。
そんな彼女に釣られて、俺も「ヌルフフフ」と笑った。
「とりあえず、今度グッピーを買っておきましょうか」
「うん。それがいいな!」
俺達はこの後、滝川先生と戦争を起こすことになる。
それは後の学校にも名を残すほどの盛大な戦いとなり、「馬鹿と天才戦争」と呼ばれた。
ムシャクシャして書きました。
特に深い意味もオチもございません。訴えないで下さい。




