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漆黒のレコードキーパー  作者: 辻村深月
2/17

レコード2

朝のホームルームが終わり、俺は物凄く気まずい状況に追い込まれている。

それと言うのも、転校生が隣の席になると言う、マンガや小説ならからりベタな状況だからだ。

しかもその転校生、柏木真白さんはよく見るとキングオブ美人で、勘違いかもしれないが何故か仕切りにこちらを見ている気がする。

実はかなり奥手でナイーブな俺にはとても耐えられない。

だが、隣なら少し挨拶くらいはしといた方がいいだろうか。

色々と悩んだ末にそう思い至り、俺は覚悟を決めて彼女に声をかけた。


「あのう…」

「すみません、後でちょっと付き合って頂いてもよろしいですか?」

「え?まぁ、よろしいですが」


かしこまった言い回しに吊られて妙にかしこまってしまった。

て言うか、今凄い約束したような。

俺は常に妙に緊張しながら、まったく集中できない苦悩の一限目を終えた。





「柏木さん。それで、付き合うってどこ連れてけばいいでしょうか?」


だいぶこの綺麗な顔に耐性がついてきたが、微妙な距離をとりながら切り出す。

けど、まぁ苦手意識は相変わらずである。

そう、俺は迫力のある美人がどうにも苦手なのだ。


「そうですね、転校初日で少々気疲れしてしまったので、どこか気兼ねなく羽をのばせる所はありませんか?」

「じゃあ校舎の裏側に図書室があるからそっちがいいかな。昼間は誰も近づかないし」


そんなやり取りの後、俺は柏木さんをつれて管理塔の方へ向った。





「柏木さん着いたよ。ここからは靴を履き替えないと入れな…あれ?」


俺は困惑した。

と言うのも、ずっと少し後ろの方からあちこち見学しながら着いて来ていた柏木さんの姿が、忽然と消えていたからだ。

一体どこに置いて来てしまったのだろう。この学校の校内は結構広い。

ましてはあんなおっとりした子だと、ふらふらと迷子になる可能性の方が高い。


「柏木さーん!」


あちこち注意しながら元来た道を戻るが、それらしい人影は見当たらない。

ここまで来たならいっそ教室に戻っていようかと思った時だった。

何かが横を通過し、不自然な焦げ臭さを覚えて振り向いたのは。


「は?」


焦げている。

そこら中の草木から土までが。


「外してしまいましたか…」


唖然としていると、背後から残念そうな声が近寄って来た。


「なかなか感がよろしいようですね。漆色のレコードキーパーさん」

「は?」


俺は再度、疑問符を繰り返し投げかけた。

全く頭が状況についていかない。

とりあえず、状況を整理しよう。

目の前で微笑んでいるのは柏木さんだ。

それは間違いない、間違いない筈だ。

けれどそう断定するまでに、どうしても時間が掛かった。

何故ならその柏木さんの髪は、鳥の羽に取って代わり、しかもまるで水の様に透き通って青く燃えていた。


「そんな風に隠しもせずレコードを持ち歩くなんて…余程腕に自信がお有りのようで」


先ほどの和やかな雰囲気とは打って変ってやや攻撃的な口調で柏木さんは微笑した。


「これは挑発されていると、受け取っもよろしいですよね?」

「いや…ちょっと待って、たんま。少し落ち着こう柏木さん!」

「真白でいいです、待ったは無しですけど」


尋常じゃない彼女の殺気に気圧されながら、俺は熊に出くわした人の様に後ずさる。

だが、彼女はその行く手を阻むように火の玉を放り、円を描くように走る炎で俺の周囲を包囲した。


「だっ、だから誤解だ!俺は挑発なんて考えた事もないし、きっと何かの間違いだって!」

「お黙りなさい。返してもらいますよ、我らの聖なる地を収める白のコードを!」


俺は腹をくくり覚悟を決めて目を閉じた。

だが、いくら待てども思っていたようなことは何も起こらなかった。

代わりに訪れたのは、何かを慌てて探すような慌ただしいボディタッチと…。


「ん?」


と言う素っ頓狂な声だった。

目を開いてみると、いつの間にか周囲を包んでいた炎が消えており、最初見た銀の髪に戻った柏木さんが繁々と俺を見つめていた。


「あのぅ…柏木さん?」

「…違う、これじゃないですね」


酷く落胆した表情を浮かべて、彼女は小さくため息をついた。

それも束の間、柏木さんはまた俺に向き直ると、白く冷たい両手でガッチリと頭を掴んだ。


「綾瀬君だっけ?」

「はいっ!何でしょう!?」


余りの気迫に、俺の声は絶叫したように上擦った。

しかし柏木さんはそんな事は気にせず、真っ直ぐに俺を見据える。


「どうしても腑に落ちません。貴方、どうしてこんな、尋常じゃない量のコードをグルグル巻きにしているんです?これじゃーまるで、ミイラ男ならぬネガ男ですよ?」

「何言って…俺は何も巻いてなんか」


どうにも首が辛くなって柏木さんの両手から逃れると、彼女の手が触れていた所を中心に薄っすらと黒い物が視界に入った。


「……!」


異変に気づき、俺は弾かれたように立ち上がって身体中を急いで調べた。

目を凝らさなければ良く見えないが、彼女の言った通り、何かが身体中に纏わり付いて剥がれない。

より一層困惑する俺の様子を顎に手を当てて見ていた柏木さんは、不意に俺の腕を引いて言った。


「着いて来てください、今すぐ貴方に会わせたい人がいます」

「ちょっと待った、もうすぐ授業が!?」


言いかけた所で、驚きのあまり開いた口が塞がらず押し黙った。

柏木さんが手を一振りするとあの妙に存在感のある冷蔵庫が出現し、しかもとびらの向こうには見たこともない黒い何かが渦巻いていたからだ。


「早く行って下さい。閉じてしまいます」

「いやいや、行って下さいって何!? 逝って下さいってこと!?」

「いいから早く」


促すように軽く押された俺は、抗う術も無く奇声を上げながら、渦の中に吸い込まれて行った。

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