レコード1
人気のない山道沿いのケモノ道に、古びた冷蔵庫がある。
他のガラクタに交じって不法投棄されたそれは白く、ひっそりと佇む姿は異質の雰囲気を醸し出していた。
いつの日か、その扉をひらいて誰か出てくるんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら、先輩に促されるように作業を続行した。
「この辺りで良いですかね?」
「適当でいいよ適当で、皆んなざっくばらんに置いて行ってるわけだし」
使えなくなった絨毯を下に置き、一息ついてから少し重く感じる体を持ち上げる。
「あまり気乗りしないものですね」
「良い子振るなよ遙人。それに手伝ってるお前だって同罪だろ?」
そう軽く笑って流し、先輩達は軽トラックに戻って行った。
俺は綾瀬遙人。訳あって今日、上級生達の不法投棄を手伝わされている。
はっきり言って俺は結構ヤンチャな方だと思っていたが、此処に来てわかった。どうやら、意外と正義感が強い方だったらしい。
でも、だからと言って現実は甘くはない。
当たり前だが、ふるった正義が必ずしも勝つとは限らないのだ。
そんな訳で今俺は、不法投棄された冷蔵庫に押し込められるという人生初の大ピンチを迎えている。
「止しましょうよこういうの! 置き去りとか絶対死にますって! 」
「うるせーよこのバカ。偉そうに指図しやがって、死んで詫びろ」
抵抗も虚しく、背中を蹴られた俺はそのまま中に閉じ込められる。
「心配すんな。聞けばこの辺りで捨てられた物は、数日後には綺麗さっぱり無くなってるらしい。運が良けりゃそのどっかの物好きに出してもらえるだろーよ」
上級生達はそう笑いながら冷蔵庫を一蹴りすると、気がすんだのか気配はすぐに遠ざかっていった。
これはマズイ、間違いなく。
兎に角、この狭い空間から抜け出そうと力一杯扉を蹴ってみたがビクともしない。
まさか冷蔵庫の回りにワイヤーか何か巻きつけてあるのだろうかと疑うくらいだ。
「いくらなんでも、やり過ぎだろ…」
これ以上は言葉も出なかった。
なす術がないのなら、あのクズどもの言う通り、誰か来るのを待った方が良いのかもしれない。
そう思い始めた矢先、自体は動いた。
「なんだ?」
剥がれたプラスチック片がカタカタ震え出し、強い揺れを感じる。
地震だと思い当たる前に、長年の経験から咄嗟に両手を突っ張り体を固定した。
こういう時、小学時代の机の下に身を隠すなどの教育は満更でも無いんだなと痛感する。
だが、そんな呑気なことを考えていられない程に揺れは酷くなっていった。
まるで思いっきりひっくり返された様な衝撃が俺を襲う。
手足の突っ張りなど何の役にも立たず、先ほど震えていたプラスチック片が凶器と化して首元寸前に突き刺さった。
明らかに普通の揺れじゃない。
命の危機を感じた俺は、咄嗟にそのプラスチック片に軍手で掴まり、必死で揺れが収まるのを待つ。
奇声を上げたくなるような激しい揺れだったが、次の瞬間には驚くほどあっさる止んだ。
「止まった…?」
また揺れ出さないかと身構えながらも、恐る恐る外の様子を探る。
まるで何も聞こえない。
このままじゃ埒があかないと思い至り、渾身の力で扉を蹴飛ばすと、苦戦していたのが嘘のように簡単に開いた。
暗闇に慣れていた目が眩む。
反射的に手で光りを遮った時だった。
「のわっ! 」
何かが手に巻きつき俺を強引に引っ張った。
信じられない力で体が宙に浮く。
いや、それは違った。
正しくは白い空間に色んな物が浮いていた。
その中には見覚えのある絨毯もある。
間違いないくそれらは全て捨てられた物だ。
「離せこのっ!」
俺はそんな奇妙な光景など気にせず、腕に巻きつく映画のネガの様な物を剥がそうと奮闘していた。
どんどん意思を持つかのように巻きついてくるそれは、放置していたらミイラ男ならぬネガ男になり兼ねない。
そっちの方が俺にとっては大問題だ。
だが、俺の意思とは裏腹に青く光る黒いネガは喰い込むように身体に纏わり付いていく。
そして、俺の意識は一瞬途絶えた。
「君、ここで何しとるんだ」
「…ん?」
気がつくと、貫禄のある爺さんが俺の顔を除き込んでいた。
「こんなとこで寝てちゃダメだよぉ?」
独特なリズムの口調でそう言われ、今までの事が全て夢であったと思い至る。
まぁ、当然と言えば当然なのだが…。
結局俺はあの後その爺さんに厳重注意されただけで、事なきを得た。
だだ、体が妙に重く感じるのが気がかりだ。
多分変な所で寝ていたからだろうが、登校しようにもかったるくて適わない。
そんな俺にお構いなく、問答無用に朝のホームルームが始まった。
「はい皆さん、今日は転入生を紹介します」
担任がそう告げ、ガラガラと音を立てて誰かが入ってくると、クラスの中が騒ついた。
「じゃあ、自己紹介をお願いします」
俺は常に机に肩肘を立て、我関せずを貫きながら窓の外を見ていた。
だが、微笑する声と視線を感じ、自然と転入生の方に目が向いた。
転入生は一目で外人とわかる長い銀の髪をしていた。
髪飾りのせいか、光の反射具合でコバルトブルーにも見える。
彼女は困惑する俺に視線を向けたまま、和かに口を開いた。
「柏木真白、ハーフの17歳です。レコードを探しに来ました」
初投稿です。長編を考えているのでボチボチ書いていけたらと思います。