Wau×8 魔獣×戦士
「まあ、本来ならば『村で待て』と言いたいが、お前なら良い経験になるだろうし腕もある、一緒に行くか」
ホッとした。狩りの経験は大人たちに比べても低くは無いけども、森となると話しが違うから置いていかれる可能性も思っていたんだよね。相手が魔物だから是非とも参加はしたかったんだ。
「うんうん、アルトなら戦力に数えて間違いないぞ、ホレ、今日の獲物だ」
自慢するようにルート小父さんが獲物を見せる。
「「「おお」」」
「これアルトが獲って来ただか」
「初めての森なのに対したもんだべな」
まあ草原と違うのは射線が取れるかどうかだけだったし。俺たちの世代なら問題は無い筈だけどな。
そうして獲物を捌いているとノームがポツリと言った。
「凄いんだな……お前は……」
なんだと、ノームが俺を褒めたぞ!?
「まあ狩りは獲物に出会えるかどうかの運も大きいさ、それとコイツのお陰だね」
トントンと自慢の弓を叩く。何が大きく皆の弓と違うかといえば威力を出すのに金属製なのもあるんだけど、それ以上に違うのは弦を引き絞った後の維持が容易なんだよ。だから狙いが逸れ難いんだ。弓の速度も全然違うだろう。
「今日はお前に助けられた……感謝してる、この恩はいつか必ず返す、犬獣人の誇りに掛けてな!」
「ハハ、判った。だが俺が助けに回ったのも犬獣人の誇りさ。」
「いいライバルになったべなぁ」
「んだんだ」
まあ、うんライバルかな。ノームも今では10歳になって狩りをしてるし、子供を苛めるような真似もしない。敢えて言えば俺に勝負を挑み続けているだけだもんな。大人たちがヤイヤイと騒ぐ中で俺たちは互いに手を結んだ。
まあ、これでもまた勝負は挑んでくるだろうしね。もう恒例行事だから無くなっても寂しいかもしれない。
そうしてその日の夜は更けていった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
翌日の朝日が昇るのを待って俺たちは山狩りに向かった。風の向きを考えて森の奥へと向かっていく。
「やっぱり鉈もいるかなぁ」
「まあな、こうして森を進むと為れば鉈ほど使いやすい物は無いからな」
まあ実際この鉈と呼んでるのはグルカナイフのような代物で近接戦闘にも使えそうな物なんだけど、俺には刀がある。一応は脇差がその代わりに腰に刺さっているけど、断ち切るっていう使い方の物も必要かもしれない。今度サラさんに相談しようか。基本的に鉈というのは重心が前になっていて振り下ろした重さで断つ事を目的としている。刃も当然厚い。と言って現在必要なのは……
今度頼む刃の形状を思い浮かべている間に見覚えのある場所まで来ていた。
徐々に進む俺たちは、俺がボーラを投げつけた場所まで戻ってきた。ボーラの蟲糸は流石に強靭だったのか解けるまで身動きが取れなかったようだ。
周りの木々が破壊されて、暴れまわった様が目に映るような有様になっていた。
「よかった、これ作るのに時間掛かったからね」
地面に残されてたボーラを拾い上げる。
「大したもんだな、魔獣でも引き千切れんか」
「地蜘蛛の蟲糸をさらに紐にして縄にした物だからね、でも無理に千切ろうとしていないよ、無理やり千切ろうとしたりすれば肉に食い込むぐらいこの糸は強靭なんだ、なのに……」
まあ想定外ではあったけど、嬉しい誤算だった。これを作るの大変だったんだよね。地蜘蛛って探すのが大変なんだよ。特にコイツは魔蟲になったやつらから獲った糸だっただけにね。まぁ切れてても鉄の部分は絶対回収したかったし、運が良かったな。それよりも気になるな……千切らずに外したってことだものな。
「しかしだ、この暴れっぷりは……」
「ああ、あの場で対峙したのは寧ろ俺たちは行幸だったかもしれんな」
狭い木の間で戦った父さんも唖然とする程の破壊だものな。太い木々があったから動きが抑制されていただけで細い木じゃ盾にもならない。むしろこっちの動きだけが阻害されて、相手は動き放題だ。
「こりゃ骨が折れる山狩りになるな」そうルート小父さんが呟いた。実際に探し出すのは匂いを辿るのだが、風の関係や襲い掛かる位置まで考えると本当に面倒な事になりそうだった。
悪い予感程当たるのは世の常みたいな物で、捜索は困難を極めた。狙いを変える狡猾さや無理に引き千切らなかったあのボーラからも判るように、奴は相当に知恵が回るらしい。匂いを辿っていた俺たちは川にぶつかり匂いが一瞬途絶えたりする。川の中の苔を見れば川の中を進んで上っている。本当に魔獣ってのは野生に加えて知恵がまわるんだな。
こちらも狩りに使う笛を一度だけ鳴らし他の大人たちにも場所を教えて、サインを河原に残してさらに追う。歩幅からも相手は余裕をもって移動している。此方の方が断然速度は速い。木々を掻き分けながら出来るだけ静かに、そして足音を消しながら先を急いだ。そして数時間後。
「居た……」
「うむ……一旦下がるぞ」
発見は出来た。都合よく獲物を捕らえて食事中だった。餌になったのはウィウルのようだ。
……もしかして。魔力に引き寄せられたのか、だから俺達じゃなく俺を狙ったのかもしれない。なにせ魔獣が食べていたのは“まさか”の魔石だったからな。
俺たちは発見の笛の合図を送って仲間達の集合を待った……
数分後に現れた面々が緊張の面持ちで投槍を構える。投槍を放つのはベテランの仕事だ。俺たちは後方から弓で狙いをつける。
「放て!」
空気を切り裂く投槍がヴゥンという風切音をさせながら魔獣へ向かう。10本程が刺さるには刺さったが致命傷には程遠い。恐ろしい程に丈夫な毛と皮、そして皮下脂肪と筋肉が守る体のせいだろう。あの筋肉は太い武器では突き刺すのが無理なのかもしれない。もっと重さのあるものでないと。
「グガァウ」と一声威嚇した魔獣は逃げない。体に“浅く”突き刺さった投擲を振り払い、此方を睥睨した。お前たちが敵かと……そして目が奴とあった気がする。ああ、餌と認識されたんだなとその眼光を感じ理解した。こいつは正しく化け物なんだと……
人間よりも遥かに強い犬獣人だが、相手も熊が子供に見えそうな化け物だ。本能で魔力を使い犬獣人達と同じように体を強化しているのだろうと言われているが、まさにその通りだった。
「行くぞ!」
投槍ではなく、長めの槍を手に大人たちが次々に走り出す。これが集団での狩り。犬獣人の本領発揮であった。山や森を自身の足で駆け、そして跳び上がって己の身を一本の牙として相手に突き立てていく。
瞬間的に最高の肉体強化で打ち込んでいくのだ。ズッスっという突き刺さる音と共に大人たちは刺さった槍をそのままに退避する。
そして木々に槍に結わえられたロープを木々に巻きつけ相手の動きを完全に封じた。
「グォォグガァァァ!」
「次!」
魔獣の悔しげな声を無視して穂先が異様に鋭い槍を構えた父さん達が走り出す。云わば刺す為だけの槍だ、薙ぐ事には全く役に立ちそうにない、だけども刺すことに関してはその金属の部分の長さが威力を発揮する。アレを打ち込まれれば心臓に確実に届く。
最後の気力を振り絞ってロープを引き千切る魔獣。
そして父さんを迎え撃とうと立ち上がった。
其れを見た俺は弓を放つ。
特注の鉄の矢だ。矢羽を付けず矢自体に溝を掘った特注品。
鏃も返しが付いていない。
その放たれた矢は溝を伝う空気で回転する。
スシューという奇妙な音を放ちながら空気を切り裂く。
そして吸い込まれるように矢が目に刺さり熊の動きが一瞬止まった。
咆哮を放つ魔獣。怒りで我を忘れたのだろう。
俺の方を睨みつけている。
だがその為に一旦進む方向を変えた父さんを見失っていた。
その一瞬を父さんは見逃さ無かった。
全力で走りこみ全体重を乗せた一撃を放つ。
その穂先は心臓目掛けて突き刺されていく。
勢い良く突き込まれた槍は背中まで達して、見事に貫き通した。
魔獣は動きを止め轟音と共に倒れた。
念の為に首を落とし、死亡を確認すると歓声が沸きあがった。
こうして俺の初めてのウィグレムベル討伐が終わった。
そして俺は確信する。
やはり魔物や魔獣を倒す事は力に繋がるのだと……