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君と私の最後の一週間

作者: きらら

『一週間後、地球は滅びます』


テレビという最早箱でもない、薄っぺらい、特に何も入ってなさそうな画面の中の男性アナウンサーが、淡々と述べた。

まるで、『一週間後には、初雪が降りそうです』とでも言うようなノリで。

今にも隣にいる女性アナウンサーが『いやぁ、早いですねぇ』と談笑にもっていきそうなノリで、いつも通り、普通に、述べた。


その日はは四月一日。

日本語では四月馬鹿。

俗に言う、エイプリルフールだったのだ。

しかも、時刻は午前十一時五十八分。

まだ、午前中。

誰もがそのニュースを、本気にしなかった。

しかし、次の日になっても、その次の日になっても、同じ報道をどこのテレビ局でもやっている、この、極めて異常な状態に人々は恐怖を抱き始めた。


まさか、本当に…?


ネット上では優に億を超える書き込みが、掲示板を賑わせた。

国のお偉いさん方は皆、口を揃えて言った。


「現在、調査中であります」


現在、調査中であります。


私はお偉いさんの寂しい頭部を眺めながら、溜息を吐いた。





そもそもこの世界は、リアルであって、リアルじゃない。

よくある、転生なのか、憑依なのか、はたまたトリップなのか。

わからないけれど、ある日突然私は、この世界に存在していたのだ。

ついでに、ある日とは四月一日。

気がつけば、家でニュースを見ていた。

兄と思われる青年と共に、この家で、のんびりと、テレビを見ていた。

兄と思われる青年は交友関係が広い。

毎日、学校へ行き、帰ってきた時は必ずいつも違う女性を連れてくる。

私はそんな家族にしては、数が少ない、たった二人きりと思われるこの家族を、別に嫌ってはいなかった。




「貴方が青木先輩の妹さん?」


地球滅亡まであと三日のところで、見覚えのある女子高生が家へ訪れた。

制服の胸ポケットに兄と同じ校章をつけている。

青木先輩が誰だか知らないけれど、きっと兄の知人だろう。


「兄の部屋は隣です」


私がそう言うと、女子高生はにっこりと笑った。


「私は貴方に会いに来たの」


そして、座っている私に目線を合わせるためしゃがみ込んだ。


「私は白川 姫香。貴方のお兄さんの後輩なのよ」


白川 姫香。

聞き覚えがあるような気がする。


「私は貴方のお兄さんに頼まれたの。あの日から引きこもっている妹を、外に出してくれって」


そういえば、私今まで一度も外に出てないや。

どうしてだろう。


「どうして貴方は、外に出ないのかな?」


随分と、直球な言い方だなと、ある意味感心する。


「意味はない。ただ、なんとなく」


「そっか。外に出る気はないの?」


出たくない…わけではない。

今までは出る必要がなかっただけだから。


「出て欲しいの?」


「うん。貴方がそうしてくれるなら、嬉しいな」


「じゃあ、いいよ」


私はその日、初めて家の外に出た。




『地球の滅亡まで、あと一日をきりました』


六日前と同じアナウンサーが、また淡々と述べた。

私たちはそれをただ黙って見ていた。


『アメリカ州での、同時多発テロの犯人は今だ逃走中です』


私は地球の滅亡を恐れることも、犯人が早く捕まるよう祈ることもなかった。




「最後の一日だし、せっかくだから一緒に出かけようか」


兄は言った。

私は考えることもなく、ただ頷いた。




「あれ?青木先輩に妹さん」


姫白さんとばったり出会った。

そこは前まではきっと古いけれど活気のあった商店街だったところ。

でも今は、全ての店のロッカーが閉じられ、落書きだらけの寂しい商店街に変貌していた。


「姫ちゃん。どうしたの?こんなところで」


「…最後に、今までよく行っていたところを回っていたの。でも、何処も前とは違う。全部、変わっちゃった」


白ひげさんは、寂しそうに言った。

見間違いでなければ、目には涙が浮かんでいる。

兄は、そんな白ひげさんをぎゅっと抱きしめた。


「姫ちゃんは、変わらないね」


「…青木先輩は、変わったわ」


「俺は姫ちゃんを好きになったところ以外は、変わってないよ」


「…私も…変わったわ」


「俺のこと好きになった?」


兄の言葉に、姫白さんは戸惑いながらも頷いた。

なんだ。

この茶番は。

私はお茶の番をしているわけではない。

しかし何故か、私は何も言えないし、何もしない。

してはいけない気がするというか、金縛りに似たような感じだろうか。

私は、ただその二人を見つめていた。


「俺、姫ちゃんが好きだよ」


「私も、青木先輩が好き」


二人はそう言って、どちらともなく唇を重ねた。

そんな甘い雰囲気は、長くは続かなかった。

二人が顔を離した瞬間、二人の間に銃弾が飛んできたのだ。


「なっ!まさか、アメリカ同時多発テロの犯人!?」


「嘘!どうしてこんなところに!」


本当にどうしてこんなチンケな場所まで来て、わざわざ発砲してるんだ、犯人。

兄は姫川さんを庇うように抱きしめた。


「とにかく、ここを離れよう!」


「は、はい」


兄はそう言って、香川さんを連れて走り出した。

私を置いて。


なんて薄情な兄だろう。


私は、仕方ないので、その後を追いかけた。

後ろから銃弾が飛んでくるが、問題はない。

むしろ、何故私に弾が当たらないのか訊きたいくらいだ。

まるで、神様に守られているみたい。




「妹さん!」


しばらくすると、彼女が戻ってきた。

その後を兄が無表情で追っている。


「妹さん、今行くから、大丈夫よ。安心して」


彼女は駆け寄りながら、そう言った。

別に不安になっていたわけではないんだけども。

息を切らしながら必死に走る彼女と、それを追う無表情な兄。

むしろ、この二人の方が恐ろしいような…。


「妹さん!」


女子高生は私をぎゅっと抱きしめた。

まるで、さっきの兄と女子高生みたいに。


「姫ちゃん!危ない!!」


そう兄の声が聞こえたと思ったら、銃弾と思われる熱いそれが、私の肩を貫いた。

不思議と、あまり痛みはない。

血の流れる感触とか、肩にある異物感とか、そんなのも、感じない。

見ると、ある程度の血が肩周りに塗りつけられているようだった。


「妹さん!」


女子高生はそんな私を心配そうに見つめた。


「姫ちゃん。ここは危ない。もう一度逃げよう」


「でも、でも、妹さんが…!」


「妹は俺が押すから。だから早く走って!」


さっきとは違って、兄も必死な形相で訴えた。

女子高生は迷いながらもコクリと頷き、ダッと駆け出した。

兄は無言で私の後ろに回り、車椅子を押して走った。

元々、気がついた時にはもう、私の足はなかったのだ。




「あぁ、青木先輩!無事だったんですね!」


銃声が止み、商店街からかなり離れていると思われる河川敷に彼女はいた。

兄は、無表情を崩し、優しく微笑んだ。


「あぁ。心配かけちゃったね」


「…本当に…本当に心配しました!どうして私を追ってきたんですか!」


「ん?そりゃ、大切だからじゃない?」


「青木先輩…」


「君が好きだよ、姫ちゃん」


「私は…自分の命を大切にしない先輩は嫌いです」


「素直じゃないなぁ」


「べ、べつに、そんなわけじゃ…!」


「ん。いーのいーの。姫ちゃんの本心はちゃんとわかってるから」


「…先輩のいじわる」


「お褒めにあずかりどーも」


「むぅ」


どうでもいいんだけど、早く私を病院に連れてってくれないかな。




ポーン


病院の古時計が、午前零時を示した

地球滅亡の日だ。

きっと、兄と女子高生は二人っきりでラブラブしてるんだろう。

と、いうか、この世界には、私と、兄と、女子高生、あとテロリスト。

それくらいしか、いないのではないか。

そう考えた。

何故なら、私は大きな病院に運び込まれたのにもかかわらず、まだ誰とも出会ってないのだ。

看護師や医師とも。

気づけば、この病院のベッドで寝ていた。

腕には点滴。

服はよくドラマなんかで見る病人服。

して、肩にはぴっしりと包帯が巻かれてあった。

部屋は個室でもないのに他に人はいなく、見回りの看護師も来ない。


不思議な、異常な世界。


突如流された地球滅亡の噂。

実際はそれは嘘で、攻略者とヒロインは、二人で寄り添って、朝日を見るの。

私は、それを知っている。

その後は、わからないけれど。




ポーン


病院の古時計が、午前五時をお知らせした。

外は塗りつぶされたみたいに真っ黒だけど、きっと二人は朝日を見てる。

私はもう、部外者だから。

朝日を見るなんて、できないけれど。



病院の古時計が、午前六時を告げることはなかった。



べつに、地球が滅亡したわけじゃない。

ただ、物語はハッピーエンドを迎えて、世界諸共終わっただけ。

あぁ、終わった、終わった。

わたしは起き上がって、ベッドの上で伸びをした。


「あれ?起きてたの」


そのベッドの隣で、ウトウトしていたわたしの恋人が、顔を上げた。


「おはよう」


わたしが言うと、恋人も「おはよう」と返す。


「さっきね、変な夢を見たよ」


「どんな夢?」


「君が、わたし以外の女の子とラブラブする夢」


「は?何それありえない」


わたしが面白半分で言った言葉に、恋人は真顔で返した。

うん。

変わってない。


「うん。嘘だからね」


「嘘かよ…」


わたしが笑いながら言うと、恋人はガックリと肩を落とした。


「おや、残念そうだね。これを期に、わたしと別れたいとか思った?」


わたしがそう言うと、恋人はわたしの手をがっしりと掴んだ。


「冗談止めてくれよ。誰が別れるかバーカ」


真剣な顔で、そんなことを言うのがおかしくて、わたしからは笑みがこぼれた。


「変わってないなぁ」


「一時間やそこらでそんな変わるかよ」


一時間。

あの一週間は全て一時間の間に見た夢だったんだ。


「ほんっと、君がいてくれて良かったよ」


わたしは、掴まれた手を持ち上げ、彼の手を頬に摺り寄せた。

君がいない世界は、寂しくて、つまらなくて。


「ほんっと、良かった」


君と出会えて、良かったよ。


「珍しいな。春奈がデレるなんて」


「いつもの方がいい?」


「ツンの春奈も可愛いけど、デレてる春奈も可愛いよ。むしろ、春奈なら全部可愛い。全て愛せる」


サラッとそんな恥ずかしいことを言う恋人が、異常に恥ずかしくなった。

この病室には、他の患者さんがいるのに、何を言い出すんだ、こいつは。


「恥ずかしいやつだな、君は」


「春奈のことが、好きすぎるだけだって」


「まったく…」


仕方のない奴だ。

仕方ないから、わたしがそばにいてやろう。


「早く足、治るといいね」


恋人が、言った。


「根性で治して見せるさ」


「おっ男らしい…!」


「惚れ直してもいいぞ」


「惚れ直したわ」


そんな恥ずかしいことを自分でも言ってるんだから、わたしも奴と同類なのかもしれない。


「拓海、チューして」


両手を広げて、受け入れ態勢を取る。

恋人はすぐに立ち上がり、わたしに顔を近づけた。


「本当に今日はデレデレだな」


「嬉しいでしょう?」


わたしがにっこりと笑うと、恋人はニヤリと怪しく笑い、返事の代わりに熱いキスを贈った。



ベッドの横の棚には、わたしの携帯が置いてある。

恋人が言ってることが正しければ、一時間ほど前インストールした乙女ゲーが、携帯が開かれるのを待っていることだろう。

しかし、わたしはそのゲームをプレイすることはないと思う。

内容はただのクソゲーだし、男なんて、一人いればもう、充分だ。


「どうしたの?考え事?」


唇を離して、恋人はわたしに尋ねた。

離して、と言っても、唇と唇の間には一センチ程しか距離はないのだけれど。


「"君と私の最後の一週間"」


「…なに、それ」


「わたしは、最後だなんて諦めないよ。君と共に生きる道を探し出して見せるさ」


ゲームのような状態に陥ったって、最後の最後まで諦めたりしない。

恋人はわたしの言葉に、耳まで赤く染めて、ばっと離れた。


「…今日の春奈、いつもと違う…!」


「どんなわたしでも、全て愛せるんだろう?」


挑むようにわたしが言うと、恋人は赤い顔を再び近づけた。


「もちろん」


あぁ、幸せだなぁ。

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