五話 映画製作
翌日の昼休み、早々と昼食を終えた星美たちは体育館ホールへ向かう。
「ねぇ、本当にこのまま付いて行ってもいいの?」
糸井が声をひそめて言い、対する雨永は首をかしげる。
「昨日の夜も言ったけど、もうちょっと考えるべきじゃない? この人たちって生徒会にも目をつけられてるんでしょ?」
「だから、ええって。心配性やなぁ、キヌエちゃんは」
「え、なになに? なんの話してるのー?」
ヒソヒソ話に割り込んできた星美に、糸井がうわっと驚き、視線を逸らして口をつぐんだ。
その様子を見ながら凹坂がほくそ笑む。この調子なら交友関係が瓦解するのも時間の問題。
「んとな、星美ちゃんが今度はどんなオモロいことをすんのかなーって話してたんやで。なんか色々とやりたいこと多いみたいやけど、星美ちゃんはこの学園で何かしたいことでもあるん?」
「うーん。絵も描きたいけど、漫画も描きたいな! 曲も作りたいし、小説もいいよねっ! 自分でアニメもゲームも作りたいし、フィギュアとか……あとは、料理も! そうだ! いつか動画投稿サイトにアップするために録っておいた、歌ってみたとか踊ってみたの動画も溜めてあるの! ねぇねぇ、観たい!?」
「んっんっん。夢がいっぱいやな」
「……で、次は何をする気なの」
「昨日、思い付いたんだけどさっ。次は映画を撮ってみようと思うんだ」
「映画?」
「映画と言えば、ホラー! しかもゾンビ映画がいいな。ブレインデッドみたいなポップで笑えるヤツをさっ! パロディも詰め込みまくった上で、リ○リー・スコットも度肝を抜くような映像のクオリティで完成させようよ! ブレードランナーとエイリアンを軽く越えるSF超大作! 目指せ、スペースバンパイア!」
「結局、どっちだよ」
「待って。そもそも私たちって部活動を禁止されてるんでしょ?」
「部室は貸さないって言ってただけちゃうん? な、巳弥ちゃん」
「え!? そ、そうですね……あははは……」
「……大体、撮影機器なんて用意できないでしょ」
「大丈夫! ほら、ここに一式!」
「おお、都合良く揃ってるやん」
体育館ホールに辿り着くと、入学式の後片付けがまだ半端に残っていて、全面ブルーシートが敷き詰められていた。
その上に映画撮影に必要な機材が不自然に散らかっている。星美が突然、轟を上半身裸に剥き、特殊メイクを施し始めた。ボディペイントを塗っている途中、イタズラで乳首を重点的に撫でた。
ゾンビに追われる女子高生という設定で、台本も渡さずに雨永と糸井を逃げ惑わさせる。
その様を星美はハンディカメラで撮りつつ、POV方式なのか自身もキャストの一人としてギャーギャー喚きながら蟹走り。雨永は楽しそうだが、糸井は本気で気色悪そうにしているので心無しか迫真の演技に見えた。
しばらくそんな鬼ごっこを続けて、他の三人が息切れを起こしている傍ら、数シーンほど撮り終えて動画の確認を行っている星美に、レフ板を持っている凹坂が話しかけた。
「使わないのか?」
「なにを? あ、疑似ザーメン? 別に中出し描写はやらないけど」
「能力だよ」
「えぇ~……? だって実写の映像作品だよ? これで特殊効果も使う気ないし。低予算でいかに工夫して、秀逸な映画を作ることに意義があるの。細かいとこでも妥協したら自信が持てなくなっちゃう。アタシ、北○龍平みたいに自分の作品を自画自賛できる監督になるんだ……!」
雨永たちとの関係をこじらせるなら、しっかりと目の前で星美の異常性の主軸とも云える「悪の力」を見てもらうのが手っ取り早い。入学式の時はきっと手品か何かとしか認識されていないだろう。
そうすれば、まともに接することなどできないはず。終いには自分たちの正体を明かして、さらに悪印象を与えればいい。
はたしてこの学園を追い出される羽目になるかもしれないが、どうせ一から何もかもやり直すつもりなら、いっそのことそれなりに痛い目に遭った方が星美の人生にとってもいい基点となるはずだ。
「なに、してるの……?」
昼休み中に入学式の後始末を終えようとわざわざやってきたサザンカは、またしても勝手な行動で校内施設を荒らしている輩たちに出くわす。
巳弥が怯え、何を思い付いたのか凹坂が彼女の肩を抱き耳打ちする。
「いいとこに来たな、不条院妹」
「なによ、馴れ馴れしいわね」
「聞けよ。俺は止めたんだけどよぉ、星美がど~しても!ってな。立場上、俺たちはあいつに逆らえないんだよ。なんとかしてくれねぇか?」
凹坂はサザンカが単に生徒会役員として、星美を目の敵にしているだけだと思っているが、まさか彼女がよりにもよって組織の人間である三人のことでさえ、学園の生徒として少なからず慮っているとは知り得ない。
サザンカは本能から沸き上がる殺人衝動を抑え、子供を叱る程度の怒気を星美へ向けた。
「星美ヌード!!」
「あ、サザンカちゃんだ。見て! ゾンビだよ!」
「ぉああああああああああ!?」
生ける屍の格好をした轟を目にし、まんまと欺されて本物と勘違いしたサザンカは思わず回し蹴りを繰り出した。
後頭部を勢いよく蹴られ、床に顔面を叩き付けられる轟。額に仕込まれた血糊が盛大に破裂し、一見脳髄をぶちまけたかのように見える。
サザンカは青ざめ、膝を突いてへたり込み、後悔の念に駆られてグズグズ泣き出した。
「うっうっうっ……! 生徒を、殺しちゃった……どうしよぉ……グスッ……お兄ちゃんに、知られたら……。はやく、死体を隠さなきゃ……! とりあえず全身バラして……」
「あいあいあいあいあい! 生きてる! オイラは生きてるぜぇえ!!」
轟がナイフを手にして迫るサザンカを慌てて制止する。潰れた血糊パックを見せびらかした。
彼女は瞳を丸くし、涙を拭いてキョロキョロと周囲に目を配らせる。
「映画や、映画」
雨永がそう告げると、サザンカはその様をジーっとカメラに撮り続けてる星美にようやく気付く。
「……あ、あ、あんたぁああぁああああ!! どこまで人をコケにすれば気が済むのよ!? もう絶対に、ぜぇぇえええッ対ッ、赦さないっ!!」
今度こそ堪忍袋の緒が切れたのか、再びワイヤーを眼前にビシッと張り、殺意の眼差しを星美に向けた。
「体・罰ッ!」
鞭のように振り回し、捕らえることよりも打撃を加える目的で打ち出す。それでも星美はカメラを手離さず、襲い来るワイヤーを器用に避けながら後ろ向きに走っている。
「ウハッハッハッ! レザーフェイスよりはや~い!」
そのまま体育館から出て行ったので、追おうとする。目の前に巳弥が立ち塞がった
「い、いいい行かせません! ……ひ、姫さまはわたしが守ります!」
ふと思い立ち、標的を巳弥に変更。元々他の二人から尋問していく予定だった。
しかし邪魔をされてちょっとだけ癪に障ったので、その鬱憤ごと巳弥にぶつける勢いで襲い掛かる。
「た、たたた助けてください姫さまああああああああああ!! おおおお凹坂さああああああん!!」
逃げ足だけは速いのか、なかなか捕まらない。凹坂が暴走するサザンカを腕で止めた。
「まあまあ、落ち着けよ。一時休戦して協定を結ぼうぜ」
「はぁ……はぁ……協定……?」
「言っただろ? この学園で悪さする気はないんだ。俺たちだって、星美の暴走を止めたい。あの野郎のむちゃくちゃっぷりにはうんざりだ」
「……なんか急に胡散臭いわね」
「んなことねぇよ。協力関係になるからには隠し事無しでいこうぜ」
壁際まで連れて行かれ、悪巧み顔の凹坂と相対するサザンカ。
星美をどうにかしたいのは双方同じだが、ここで脅しのようなマネをされたら、今後凹坂たちに対しての態度をまた改めなくてはならないな、とサザンカは心得た。
「九九児部隊」
そう一言だけボソリと凹坂が呟き、サザンカが目を見開く。
「昔お前が所属していたとこだろ? 俺も元はそうだ。ま、大分腕は鈍ってるけどよ。単純な取っ組み合いじゃお前の方が上かもな」
続けて、巳弥と共に親代わりで星美の子守をしてきたこと、この学園へ来た経緯を話す。
ほんの少し動揺はしたが、過去にサザンカが囚われていた頃の事くらい、別に彼女たちが知っていても不思議ではない。
それも含めて色々と正直に話してくれるのは誠意の表れだと受け取った。隠し事無くというのも本気だろう。
「……そう。あなたたちも大変なのね」
一方で、凹坂自身はサザンカの身元を明らかにしたことで弱みを握れると高を括っている。
互いに本心を見せようとしないためか、当人たちには気付かないところで交渉が噛み合っていた。一息ついて、忠告するようにサザンカが言う。
「いいわ、協力してあげる。けれどこれだけは忘れないで。誰にも絶対に危害を加えないこと。それからあなたたちが組織の人間だと発覚しないように。少しでも生徒達に学園への不信感を抱かせる行為は御法度よ。即退学……どころじゃ済まされないかもしれないから、くれぐれも用心して」
「おう」
そんなこんなで表面上の協定が結ばれ、とりあえず残った連中と一緒にサザンカの片付けを手伝った。
放課後、教室にて雨永たちは星美の席に集い、これからの活動方針について話し合うことにした。糸井が口火を切る。
「映画はやめにしない?」
「え、どして?」
「ていうかこれ以上、生徒会に怒られるようなマネをするなら、私たちは付き合い切れないわよ。星美さんは要するに、創作だったらなんでもいいわけでしょ? だったら、絵を描くとか、少なくとも人の迷惑にならない活動にするべきだと思うの」
「じゃあ、絵描こっか」
「これ漫画じゃ……きゃっ!」
星美が机から取り出した同人漫画を開き、糸井はあまりの内容に仰天して本を落とす。雨永が手にしようとしたので、慌てて拾い、星美に押し返した。
「あーあ、やりたかったなぁ、映画。ほら、ちゃんと音楽も作ってあったんだよ。だって映画だったらさ、話も映像も衣装も音楽も、なにもかも詰め込めるから」
「そら残念やな-。どんな映画になるか観たかったわ」
「もう頭の中では男心をくすぐるドエロい映画だったよ! チンポコポンのびんびくびん、びんびくびんのチンポコポンってかんじで」
「いや、もうお願いだから下品なのやめて……」
「ていうか、お前、男だったのか?」
「うん。ほーれ」
「う……ぉえええええええええええ!?」
いきなりスカートを捲り上げ、何も履いていない股間を轟に晒す。他のクラスメイトが気が付かなうちに、糸井が急いで隠させた。
「ま、映画は落ち着いたらまた撮ればええやん」
「そうよ。大体、正式な部活として認められてないし。今度は映像研で申請出してみれば? ま、通るかどうかは知らないけど。正直、ゾンビ映画はちょっとね……好きじゃない」
できれば、もう関わり合いになりたくないので遠回しに入部を断ろうとする糸井。
その気持ちを雨永にもそろそろ察してほしいのだが、彼女は根が優しく面倒見のいい人柄なので、星美を放っておけないのだろう。
「うーん」
「なら、演劇でええんちゃう? 入学式でやってたヤツみたいな」
「あれ? いやーあれは一人で演る用に作ったモンだし。どうせならみんなで一から始めてみたいな」
「尚更ええやん。小学生の時にやったことあるけど、小道具とかみんなで仕上げていく過程そのものも結構楽しかったなぁ。あの時、舞台に立ってた星美ちゃん、マジシャンみたいでカッコよかったで」
「あれがカッコイイって……本気で言ってるの、ホタル」
「まあ、いっか。じゃあ、次は演劇で。さっそくそれぞれの担当決める?」
「その前に生徒会の許可でしょ。ダメかもしれないけど、もう一度不条院さんに訊いてみるといいわ」
そうやって彼らの話し合っている様子を、教室の外から凹坂、サザンカ、巳弥が順に顔を団子のように重ねて覗き見ていた。
「……今度は一体、何をするつもりなのかしら」
「あいつのことだ。当然、また面倒を起こすに決まっている」
「ひどい言い様だけど、昔からああだったの?」
「そうだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! ひ、姫さまは悪い子じゃありませんよ! 凹坂さん、サザンカさんに変なこと吹き込まないでください!」
「小さい頃からあなたたちが世話をしていたんでしょう? どうしてあんな変態に育ったのよ」
「それこそあんな冗談みたいな力を持っているからな。組織でも危険視されている存在だったんだ。お嬢は生まれた時からずっと一つの部屋に籠もりっきりで一歩も外に出られなかった。箱入りってヤツさ」
「常識がないのは、さもありなんってこと? 気の毒ね……」
「おいおい、同情してていいのかよ。いざという時にあいつを止められないぞ」
「ど、同情なんかしてないわよ。ただ少し可哀想だな、って。……はあ!? こっちに来る! いい、なにかあったら必ず私を呼ぶのよ?」
いつの間にか星美のパシリと化した轟が言伝を受け、隣のクラスに向かい、同時に席に着いたサザンカが何食わぬ顔で彼を迎え入れた。
彼女のあまりの必死さに、凹坂は噴き出す。
「やっぱりチョロいぞ、あの女」
「もう! か、からかうのは止めましょうよ。サザンカさんだって本当は優しい人なんですよ……」
「フン、せいぜい利用させてもらうさ」
「利用するんじゃなくて、一緒に協力です!」
「へいへい」
巳弥は同級生たちにかなり好感を持っているみたいだが、情が移ると碌なことはない。
星美が自分たちの記憶まで初日に連れて行くのかどうかは甚だ疑問ではあるが、親密な関係を築くのはその後でいい。己を省みるため、心的ダメージを受けるのは星美だけで十分。
かと言って、星美が苦しんでいれば巳弥も胸を痛めるだろう。どうせなら彼女も胆力を養うため、耐性を付けた方がいいと凹坂は考え、敢えて何も忠告はしなかった。
教室を往復して、轟が戻る。
「あ、どうだったん? 轟くん」
「へへん、聞いて驚け! 一週間後の部活動説明会で、一定数の生徒を集められたら創部の許可、出してもらえるんだってよ!」
予め不条院へ進言しておいたサザンカの計らいで、すでに条件付きの認可は下りていた。
部活の設立が、雨永たちとの間に軋轢を生じさせるためだと凹坂は彼女に話していない。あくまで星美を健全な学生に更正させる目的だと伝えている。
「でかした、エルレガーデン!」
「エレキマルだ!」
「一週間か~……早いなぁ」
「どうするの、星美さん。わたしたち、演劇の経験も学芸会程度だし、それなりのモノに仕上げられる自信なんてないんだけど」
「どんとうぉーりー! びーはっぴー! 万事オッケー! 最高の脚本を用意するからさっ!」
「でも衣装もセットも全然できてないし……」
「いいから、いいから。その辺も全部アタシに任せて! なんだったら舞台専用の特設ステージまで設けるから!」
糸井が星美に対して快く思っていないのは、誰の目から見ても明らかで、わざわざ凹坂が小細工を弄しなくとも、放っておけばそのうち不和が起こるのは目に見えている。
しかし、心穏やかなクラスメイト三人の性格上、目立った諍いにはならず、せいぜい時間を掛けての自然消滅が関の山だろう。星美の本性を知るまでに至らない。
それではダメなのだ。星美がいまだ自分たちの陥っている現状の深刻さを理解できないのなら、身をもって思い知らせるため、より状況を悪化させる必要がある。
能力を自重させるために、一度、能力者としての自分を全否定される経験が要る。星美は劇的に変わるべき。
だからこそ、起爆剤として情緒不安定なサザンカの存在が不可欠だった。
「ホントになんでもできんだな、お前」
「なんでもできますけど、ナニカ!?」