四話 友達
「お兄ちゃ……会長、どうするんですか? 彼女たちのことは」
「どうしようもないな。あれほどの能力者に対処できる手立てはない。だが見たところ、目付役の連中も御し切れていないようだ。あの調子なら自滅するのも時間の問題かもしれん」
柏手から新入生の配布物受領リストを受け取り、確認がてらサザンカと話す不条院。生活必需品や備品、食材の搬入も、生徒会と外部の関係者のみで管理される。
一日中働き詰めで、彼らには学園での私的な生活の自由がほとんどなかった。
「かと言って、ここから犠牲者を出すわけにもいかないからな。サザンカ、何かあればお前が止められるように監視だけは続けろ」
不条院も含めて入学式以降から役員全員が気を張っている。サザンカもそれは同じだが、どこか釈然としない心境でもある。
現在、この国のみならず、全世界がとある一組織によって掌握されようとしている。幼い頃、サザンカは彼らに攫われ、海外で特別な戦闘訓練や潜入任務を経て、なんとか逃げ出して帰国した後で兄と再会し、共に組織に対抗する組織に加わった。この学園も能力者に対抗する能力者を養成するためを目的として設けられている。
だから連中への敵対心を持つのは当然のことだし、彼女自身、囚われの身となった時分の怨嗟もいまだ風化してはいない。
だからといって、危害を加えるつもりのない相手に無用な邪推をするのは忍びなかった。
ただ星美を学校に通わせてやりたいだけ、巳弥はそう言っていた。確証はないが、その言葉に嘘偽りはないと思えた。天真爛漫で明らかに思慮不足の高位能力者。なんとなくだが、その事情を察することはできる。
星美の奇行はさておき、見たところ彼女らは普通の女子高生だ。これまで会ってきた組織の人間とは何か違う。先ほどは感情的になってしまったが、好戦的でない以上、そこまで危険視するほどの者たちとサザンカには思えなかった。
敵も味方も全員救う道を見出し、それを実行する。それこそが自分たちの理念であると忘れてはならない。
問題はすでにこの学園の存在が発覚している事実、死亡したとされる生徒の経緯、それさえ聞き出してあちらが素直に応えた場合は、なにか怪しい動きをしない限り、彼女たちにもここでの学園生活を許してやってもいいのではないかと甘く考える。
そんなふうに逡巡しながら廊下を歩いていると、先のエントランスから騒音が響いてきた。
「飲むだけでいいいのか? 任せとけって、簡単じゃねぇか、こんなの」
「じゃあ、メン○ス投下しまーす。ほらほら! はやく! はやく飲んで!」
「おい、コラ……ゴラァアアァア!? 降ろせ、クソオカマ!!」
「いいよ、いいよぉ、そのままそのまま」
「ふぇ~ん……姫さまぁ……これじゃ弾けませんよぉ……」
「はいはーい! この通り、なんでも有りのオープンな部活です。バンド組みたいとか、女目当てとか、イチャコラしたいとか、ヤラサーだと思ってとか、入部希望はどんな理由でも受け付けます! いつでもどこでも常に部員は募集中なんで、よろしくお願いしまーす! それではアンコールにお応えしまして、次の曲……」
轟が込み上げる炭酸飲料を口から噴き出し、凹坂が亀甲縛りのまま吊され、暴れつつ足下にあるドラムを打っている。雨永が木管楽器を楽しそうに叩き、糸井も隣で嫌々ながら一緒に付き合っていた。
星美がギターを口元に当て、歯で弦を鳴らす。巳弥がそのリズムに沿ってビンビンと定規を弾いた。
デタラメな異種混合の合奏に、観客はポカンと口を開けて唖然するばかり。
散々注意された後で、何故こんなマネができるのか、サザンカにはまるで信じられなかった。
「あんたら……」
「ひぃ! あ、ああああああの、こここここここれは……」
「ぇえ? なにしてんの……ねぇ、なにしてんのよ……会長の話ちゃんと聞いてたの……? 部室はどうしたの」
「ああ、片付けなら星美ちゃんがパパッと終わらせたったみたいやで。後で行ったら、ほんまに綺麗なってた」
ナイフを抜き出し、こっちにサザンカが近寄ってきたので、凹坂は顔を青ざめて必死に訴えかけた。
天井からぶら下がる一本の縄を切ると、彼女は床に全身を打ち付けて痛みに悶えながら転がる。
「言っても解らないなら、身体に教えてやるわ……」
ゆらりと上半身をくねらせ、ナイフを仕舞って代わりに取り出した極太のワイヤーを眼前にビシッと張り、殺意の眼差しを星美に向けた。
「体・罰ッ!」
宣言すると同時に、数メートル離れた位置に居る星美をワイヤーで捕らえ、引き寄せてから押し倒し、背中を踏みつける。先ほど、彼女たちに対して抱いていた温情はすでに消え去っていた。
「くっ……! こんなことで屈してたまるか! チンポなんかに負けたりしない!」
硝煙のようなスモークが立ちこめ、拘束したはずの星美がツギハギの人形と入れ替わった。
元の場所でポールダンスのごとくマイクスタンドに絡みつき、星美は手を腰に当ててふふんと得意気に笑い、鼻を鳴らした。すごい今のどうやったん!?と驚く雨永。
「見世物じゃないわよ! 生徒会庶務、不条院サザンカがこの場は封鎖しました! 全員、自室へ戻りなさい! あんたらもよ!」
サザンカは、星美たちがバンド演奏を始めた時から集まっていた野次馬を追い払う。雨永や糸井もそれに倣い、轟は身動きの取れない凹坂を担いで行った。
これ以上、能力による超常現象を生徒たちの前で晒すわけにもいかない。残された巳弥はしばらくその場でオロオロしていたが、意を決して星美を守るため、サザンカの前に立ちはだかった。
それを無視し、数々の暗器を携え、サザンカは激昂の態度を星美へ示す。
「ここまでよ、能力者! 二度と悪ふざけができないようにねじ伏せてやるんだからねっ! ……ついでに、あんたらの組織の情報を逐一、ぜ~んぶ聞き出して、お兄ちゃんに褒めてもら……ハッ!」
興奮のあまり口を滑らせた彼女を、星美はただ無表情で真っ直ぐ見つめた。巳弥は両者の間に割って入り、なんとか相手にしてもらおうと小さい身体で懸命に飛び跳ねている。
「ちょ、ちょっと、何よその顔!?」
「そういう、あざといところも可愛いねっ!」
怒りと恥ずかしさでカーッと赤面し、サザンカは両手に嵌めた六本のクナイを星美に向かって投擲。
──黒い影がそれを弾き落とした。瞠目し、その異様な姿を凝視するサザンカ。
星美の背後から湧き出て、まるで生きているようにうねうねと蠢いている。ブヒヒヒ……星美が不気味に笑う。
対して、怖じ気づく暇もないほど激情に駆られていたサザンカは、正体不明の能力を意にも介さず、踏み込んで一気に間合いを詰め、警棒を振り上げた。またしても影がガードし、警棒を浸食するように呑み込んでいく。
その前にサザンカは翻って警棒から仕込み刀を抜き出し、星美の顔面を狙って刃を突き立てた。
ズブリと刺した後でハッと我に返る。星美はまた人形と入れ替わっていた。後方に飛んで一旦距離を取る。周囲を見渡すと、情景が一変していることに気付く。
絵の具をごちゃ混ぜにしたかのような虹色が渦巻き、ツギハギの人形たちが宙を漂っている。
体育館と生徒会室とで合わせて三度目。星美の影で覆われた中にいるのだとサザンカは瞬時に理解した。
この摩訶不思議な光景を目にし、ようやく冷静さを取り戻して深呼吸。太腿のホルダーからトカレフを手に取り、人形を一体ずつ撃ち落としていった。
『こんぐらっちゅれーしょん! なかなか強いね、また遊ぼう!』
人形を全て破壊すると、どこからともなく星美の声が響き、元のエントランスに戻る。
銃を仕舞い、己の浅ましさを噛みしめて猛省。本当に殺す気でやってしまった……。ただ、本気で闘ったところでねじ伏せることは不可能だと解った。情報を引き出すなら、他の二人。
目標を見定めたところでサザンカは、声を掛けようとした巳弥を一瞥し、何も言わずに踵を返した。
「ふぅ……楽しかった」
憔悴した巳弥と一緒に、星美が満足気に食堂へ入ると、端の席に居座る雨永たちが手を振って出迎えた。
「いだだだだだ! 痛ぇっつってんだろ! おじょ……星美! これ、解け!」
いまだ凹坂を縛り付けたままの縄を解こうと四苦八苦している轟を、巳弥が慌てて手伝う。糸井が時計を見上げた。
「もう、こんな時間。騒がしい一日だったわね」
「ほんまにな。そろそろ戻らんとまた怒られそうやし、さっさと食べて帰ろか」
「ご、ごごごめんなさい! 巻き込んでしまって……」
「ええって、そんな。楽しかったで。こんなに賑やかなの初めてや」
「オイラも、弟や妹たちの相手して、一緒に遊んでた頃のこと思い出した!」
「あ、なんか見た目の割に影薄い奴が、ここぞとばかりに自己主張してきた。なんだっけ? エレキング?」
「エレキマルだ!」
「エレキブル」
「エ・レ・キ・マ・ル! 轟エレキマルだ! 覚えとけ!」
「タ・カ・ノ・ハ・ナ! うん、覚えた! ところで、なんで、そんな名前なの? この世に堕天したその日から、横綱になる宿命を背負っているの?」
「し、知らねぇよ……親に訊いたことない……」
「轟くんもそうだけど、あなたたちも変わった名前よね」
「へ、変ですか!?」
「えー、そんなこと言い出したら大体の登場人物がおかしな名前だよ」
「登場人物ってなによ」
「自分の名前は自分で決める。俺の生き方も、そして、次の世代に伝えることも……。バイ、雷電」
「……ごめん、話に付いていけない」
「星美ヌード、巳弥ミミサキ、凹坂ヤエ、轟エレキマル……うん、ウチもみんなの名前ちゃんと覚えたで。これから三年間、仲良くできるとええなぁ」
指折り数えて四人の名前を復唱すると、雨永は隣の糸井を引き寄せて肩を抱き、彼らに笑いかけた。
「雨永ホタルと糸井キヌエ! ウチらのことも覚えてな。今日からこの六人共、友達やで!」
「とも、だち……?」
星美が急に放心したように大人しくなったかと思えば、テーブルに両手を突いて、煌めく満面の笑みで身を乗り出した。
「友達! 友達になってくれるの!?」
「そうやで、友達や。な?」
「まあ、別にいいけど……」
「おうよ、あたりまえだろ! いいか、エレキマルだぞ?」
彼らの言葉に思わず涙ぐみ、巳弥は泣きそうになったが、鼻を手で押さえて堪え、雨永たちに深々と頭を下げた。
「……ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
そうして談笑しながらの夕食を終え、雨永たちと別れ、凹坂と巳弥は星美を部屋まで送り届けた。
緩んだ顔で巳弥がずっとニヤニヤ笑っている。
「えへへ~。みなさん、いい人たちで良かったですねぇ」
呆れたように嘆息し、凹坂が詰め寄って言い聞かせる。
「よぉ、随分と脳天気だな。解ってんのか? たった一日でこの最悪の事態だぞ。どうするつもりか考えてないだろ。今から上の連中に報告しなきゃいけないわけだが、なんて説明すればいいと思う?」
「え、え、ええっと……ひ、姫さまに友達ができました!」
「俺たちの正体はもう生徒会の連中にバレちまった。なんとかして、この状況を覆さねぇと……。お嬢の能力で時間を逆行、記憶も改変させる。あいつにそうするよう仕向けるんだ。お前も手伝え」
「……で、でも」
「あの三人を利用する。お嬢はまともに人付き合いなんてしたことねぇから、すぐに関係がこじれるはずだ。常識と節度がなけりゃ、上手くやってけねぇって身をもって教えてやる。そして、ある程度大人しくなったところで囁くんだ。全部やり直しちまえ、ってな」
「わ、わざとケンカさせるってことですか!?」
「ああ。こうなったらヤケだ。そうでもしなきゃ、やる気になんねぇよ、あのバカ」
「そそそんなのダメですよぉ! せっかく初めてできたお友達なのに……」
「だから言ってるだろ。なかったことにして、始めから何もかもやり直せばいいんだよ」
「それは、そうですけど……」
何年も付き添っている巳弥からしたら、それを星美が望まないことは熟知していた。世界を変えてしまうほどの能力を有しているが故のリアリスト。
巳弥自身もせっかく自然に築いた雨永たちとの関係を崩したくはないと思っている。凹坂も願わくば能力による強行手段は行いたくないと考えている。
だが、ここまで取り返しの付かない段階にまで陥ってしまった以上、星美の能力を行使する以外で修復は不可能。
全て星美に全うな学園生活を送らせてやるためのことだった。