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プロローグ

「はぐれたぁ!?」



 だらけた着こなしの制服姿をした長身の女子生徒は、失態の報告にあきれて思わずがなった。



「……お、凹坂(オウサカ)さん、声が大きいです。落ち着いてください」



 小柄な茶色いふんわり髪の女子生徒が、オドオドとした様子で慌てふためいている。



「これが落ち着いていられるかよ! なにやってんだ、バカ! 絶対に目を離すなって伝えたはずだろ! 一体、なんのために付いて来たんだよ、巳弥(ミヤ)っ!! テメェ、おれが苦労して積み上げてきたこの一年を棒に振る気か!?」



 凹坂の激しい剣幕にたじろぎ、巳弥は小さく悲鳴を上げた。



「す、すすすすいません。 わたしの監督不十分ですぅ……」



 事の一部始終は数十分前にさかのぼる。

 巳弥ミミサキは、ある人物の付き添いとしてこの「学園」へ入学した。本当は去年から在籍していた凹坂ヤエが一人で迎える予定だったのだが、その人物は何かと問題がある奴なので、誰かが引率する必要があったのだ。そいつがここに来るまでの間、やけに大人しくしていたモンだから、巳弥は少し油断してしまったのだ。

 車の中ではこれからの学園生活についてなど、一緒に楽しくおしゃべりして時間を潰し、長旅を終え、寄宿寮で一息ついて、さっそく入学式が行われる体育館ホールへ向かおうとして部屋を出た際、



――あ、忘れ物した。ちょっと「準備」して行くから、待っててね。



 そう促されて部屋の前で待機していたのだが、待てども待てども一向に出てくる気配がない。

 まさか……と思って、中に入ってみると、――やはり失踪していた。バスルームにも、トイレにも、ベッドの下にも、冷蔵庫の中にも、どれだけ探しても部屋中のどこにもいない。

 しばらくグルグルと歩き回って狼狽したあと、巳弥は部屋を飛び出した。しかし、おっちょこちょいな自分だけではアレを見つけ出すことは、到底不可能だと自覚していたから、怒られるのは承知で人気のない場所へ凹坂を呼び出し、協力を求めることにしたのだ。

 そして現在に至る。



「ふざけやがって……」



 アレは、誰にも気づかれずに壁を通り抜けるくらいは容易にやってのける。完全に気配を消し、人をたぶらかすのは得意中の得意だ。かと言って、人前で「あの能力」を使うことなど躊躇しない。むしろ自己掲示欲が激しく、見せびらかすことを楽しんでいる節すらある。一応、この学園へ入学する以前からやめろとはずっと言い聞かせていたのだが、この有り様だとそれも期待できない。万が一、他の生徒に見られたら厄介なことになる。



「ど、どうしましょう……」



 不安で胸がいっぱいになり、巳弥は目に涙を浮かべる。凹坂は、目の前の同僚をぶん殴りたい気持ちを抑え、これからヤツがやりかねないことを思いつくかぎり想定し、すぐに行動へ移すことにした。



「いいから探すぞ!あの野郎、放っておいたら何をしでかすか分かったもんじゃねぇ!」



 二人は手分けして学園中を駆け回り、捜索にあたった。アレが興味を引かれそうな人気の多い場所を重点的に、体育館、部室棟、寄宿寮、昇降口を順番に巡り、あとは細かいところでプールや試着室、女子トイレなどを確認した。

 そこまで探し、ある程度の検討がついていたのにも関わらず、見つかることはなかった。



 入学式の五分前を知らせるアナウンスが流れ、巳弥はしぶしぶ諦めて体育館へと向かった。

 席に着いても、まだそわそわする。入り口の方に目をやると、息を切らした凹坂が入ってくるところだった。表情から察して、明らかに苛立っているのが判る。うううぅぅ……ひ、姫さまぁ……どこに行ったんですかぁ……。しばらくして開始時刻になり、舞台袖から一人の女子生徒が現れ、マイクに向かって話し始めた。



「新入生のみなさん、まずは御入学おめでとうございます。私はこの度、司会進行を務めることになりました、生徒会役員二年の柏手(カシワデ)メリと申します。どうぞよろしく」



 拍手の音が響きわたる。



「ありがとうございます。それではこれより2034年度、第二回入学式を開会します」



 幕が少しずつ上がり始め、舞台上があらわになる。予定ではこれから楽器演奏が始まるはずなのだが、なにやら演劇用のセットらしきモノで乱雑に散らかっている。そこには、一人の少女がうずくまっていた。



 見覚えのある艶やかな黒髪の後ろ姿に、凹坂と巳弥は思わず身を乗り出す。



「……と、言いたいところですが、プログラムへ移る前に、とある新入生の方から披露したい催し物があると要望があったので、そちらからご覧に頂こうかと思います」



 それでは、どうぞ。柏手がそう言うと、しゃがんでゴソゴソと何かをまさぐっていた少女は振り返り、眼前に広がる有象無象の群れを視認する。立ち上がって正面を向き、にっこりと笑ってピンマイクをつまみ、そして高らかに吼えた。



「 イェーイ! 全校生徒のみなさーん!オッパイよぉー!」



 端麗な顔立ちの美少女だった。驚愕のあまり声を上げそうになって、巳弥はとっさに口を押さえた。チラッと視点だけを横に移動させ、凹坂の方を見ると、まるで、うをおおおおおおい!?とでも叫んでいるかのように口をあんぐりと開いていた。



「それでは、一発ギャグやります。ショートコント、人形漫才チキチキごっくん!ハメハメ淫乱ずきんの夜遊び!」



 ――突然、黒い影が空間全体を覆い、薄暗くなった。舞台上がライトアップされ、どういう仕組みなのか、セットが勝手にガタガタと動き出し、自動で組み立てられる。少女の側にあった大きな人形が、ゆっくりと浮くようにして立ち上がった。



「むかーしむかーし、宇宙創成のさらにその遥か昔から一巡した世界でのお話です。ある晩、わがままボディのピチピチ女子高生が暗い森の中を闊歩していました。うふん。わたしはエロい。わたしはエロい。オスはみんなわたしでビンビンになる。ブサメンは死んでほしい。やあ、こんばんは。きゃあ、オオカミ!? げへへ、姉ちゃん。かわいいねぇ……パンツの中に手ぇ突っ込んでもいい? ……い、いやん。やめて、オオカミさん! そんなことしたら都条例にひっかっかちゃうわ! うひひっ……げへへぇ~……たまらんのぉ……。おい、そこのお前、なにをやっている!?」



 どよめきが起こる。空間がねじ曲がり、体育館の情景が変貌し、不気味な物体が宙を舞う。まるでアニメーションの世界に呑み込まれたかのようだ。皆、劇の内容よりも、目の前で起こっている不可思議な現象に釘付けとなる。



「クマさんが助けに現れました。ウホッ。あらまぁ、なんてブサイクなクマさんでしょう。女子高生は見ているだけで目が腐ってしまいそうになりました。ナニって、何だよぉ……邪魔すんなよぉ……。オラぁ、いまからこの娘と一緒にグッチョリ楽しくやるんだよぉ……。そんなこと赦さないぞ外道!ああん……き、気持ちいい……!オオカミさんはテクニシャンでした」



 どこからか不穏なうるさいBGMが流れている。なんだ、これは。一体どうなっている!? 前方にテーブルを並べていた生徒会の連中もパニックになっていた。



「そしてよく見るとイケメンだったのです。オゥ、ィエス!もっとしてもっと!オゥ、ィエス!女子高生からなまめかしい声が漏れ、いやらしい肉体からはチュクチュクと卑猥な音がします。ゴクリ……。ブサイクなクマさんの股間が膨れ上がってしまいました。ここかぁ、ここがええんかぁ!あああああァァ!!イックゥゥウウウウ!!クマさんはもはや見抜きの体制です。しょうがないにゃあ。もうらめぇぇぇ!!イッちゃうよぉぉぉ!!ハァ……ハァ……ねぇねぇ、ボクも混ぜておくれよぉ……。しごきながらクマさんはお願いします。すると女子高生はクマを睨み付けながら怒鳴り散らしました。――うるせぇ、この童貞野郎!お前はピザとスイーツでも食ってろ!」



 少女が腕をクロスさせる。人形がバタリと倒れ、同時に体育館内に明かりが戻った。舞台のセットも、黒い影も、不気味な物体も、一瞬にして消えた。さっきまでの光景が嘘だったかのように、全てが元通りになっていた。



「おしまい、チャンチャン」



 全校生徒が呆気に取られていた。しばらく間があって、パチパチとまばらな拍手がわく。



「激しいスパンキングですね、どもー!」



「……は、はい、ありがとうございました。突然の申し出でしたが、いまの演劇はこの日のために用意したんですか?」



 戸惑いながらも、司会進行の務めがある柏手は少女に歩み寄る。



「いやー、そうなのよ!ついにこの日が来たか!っていう心持ちで、緊張というよりは、 興奮さめやまぬ……あれ、興奮さめやまず?です!ウハッ!アタシね、趣味で他にも創作とかしてるんだけど、今回のヤツは中でも特に傑作で、メタ的な要素とか色々と盛り込んだ超大作っていうかさー、もー、今日までずっとシコシコ溜めてきたネタだったから、もう、はやくヤリたいはやくヤリたい我慢できない出るゥ!って感じでしたね!」



「……なるほど。あ、ところで自己紹介もお願いできますか?」



 おーぅ、と少女は呻く。



「はじめまして!アタシの名前は、星美(セミ)ヌードちゃんでーす!特技は生やしたり、生やさなかったりできることでーす!」



 少女は柏手の後ろに回って、いきなり抱きついた。



「ほーれ!ほーれ!」



 前列にいた女子生徒たちが悲鳴を上げた。柏手はなにが起こったのか、まだ理解していない。太ももに生温かい感触がする。えっ?と思って下を向くと、――スカートがめくり上げられていた。それだけではなく、股の下から飛び出てうごめく物体がある。ソレはビタンビタンと内ももを単調に叩いていた。



「きゃああああああああ!?」



 つまみ出せ。生徒会長らしき男子生徒が、他の役員にそう告げると、少女は数人の生徒に取り押さえられた。泣き崩れた柏手は、支えられながら退場した。生徒会長が自らマイクを握る



「大変失礼しました。続いて、吹奏楽部によるオープニングセレモニーをお楽しみください」



 少女が引っ張られながらわめいている。



「 アッー! ちょ、ちょっと待ってー!まだやってないネタがあるんだって!おねがい!おねがーい!あ、わかった。おっぱい!おっぱい触らしてあげるからさ!乳首なめてもいいよ?ついでに、この肉棒も――」



 舞台裏に少女が姿を消すと、ピンマイクの音声もプツリと切れた。この世の終わりみたいな顔で、巳弥は放心。凹坂は、わなわなと肩を震わせながら胸の内で憤怒する。



――あの野郎!!あとで、しばき倒す!!





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