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新婚離婚

作者: 耳垢の食べ方
掲載日:2026/06/19

付き合った初日に結婚しました!わー!


鮮やかなピンク色に縁取られた薔薇の形をしたポップを、男女が肩を並べて記念撮影している。


門谷は被写体の顎のあたりを、一時間後に昼メシを食ったら画像処理でシャープにしてあげられないか考えあぐねている自分を想像していた。


「何かおかしいですか?」


新郎がだぶついた顎をしゃくりながら、門谷をレンズ越しに覗いてきた。

カリカチュアだとしたら、一房の熟れたバナナだな、と思いつくとまたしても笑みがこぼれそうになったので、門谷は唇をきつく噛んで取り繕った。


ウェディングドレス姿の新婦がもたれかかったこの屈強な男は、昨晩私鉄沿線の居酒屋で便器に頭を突っ込んでいた奴と体格は非常に良く似ていた。


これが仕事の撮影でなければきっと、レスラーでした?ゴリラ界の、と尋ねていたに違いない。


アシスタントのマドモアゼル莉里子が明け放していった窓からは、早朝に仕掛けたゴリブリホイホイが綺麗に取り払われていた。


「チーフ、こんなところに置いていたらお客さんがビビりませんか?」


髪を数週間前に、引退したアイドルの推しカラーに染め上げたマドモアゼル莉里子は、ライブで購入したペンライトでゴキブリホイホイをつついている。


髭を剃りながら門谷は首だけマドモアゼル莉里子の方へ向けたが、鏡と目を合わせたままだったので、はなから会話をする意図はまるでなかった。


そんな門谷の後ろから抱きついたマドモアゼル莉里子は、中国からの観光客のフォトを撮影したときに貰った、鼻腔にいつまでも引っ付いて離れない十センチに満たないスティック、見た目は煙草のようなもの、その香りが纏わりついていて口臭が酷く匂った。


「ねえ、こっち向いてよ」


頬に痛みを覚えた門谷がシェービングクリームから剃刀をそっと抜くと、赤と白がじんわりと混交して桃色の筋が滲んだ。

今髭を剃っており、かつ鏡に正対しているのだから、門谷の後頭部に額を押し付けているマドモアゼル莉里子と視線を交わすことはできない。


「ねえってば」


日に日に強まる口臭に慣れていく己の感覚神経に少しの不安を覚えながらも、門谷はスティックの余りはこの女が出払ったときに捨ててしまおうとこころに決めた。


窓辺に腰掛けて、膝に新婦をちょこんと座らせて、新郎は大きな体躯をこれでもかとレンズのアスペクトに刻みつけている。


そうだ、俺は写真を撮っていたんだっけ。

頬を擦ると痛みは消えていた。髭がないとこんなにも皮膚というのは滑らかなのだと、門谷はカジノでルーレットが当たったときと同じ心地良さを全身で感じた。


「あの」


新郎の血走った眼球が、門谷のカメラににじり寄っていた。


「さっきから何がおかしいんですか」


きょとんと窓枠に取り残された新婦をよそに、この男は肩をいからせてすごんでいる。


門谷は何も答えぬままシャッターを切る。

フラッシュがたかれて、男の瞳が怪しく光る。


三枚くらいそのまま連続で撮り続けていると、イヤな匂いとともにマドモアゼル莉里子のヒールが甲高い音をたててスタジオの階段を駆け上がるのを耳にした。


落ち着きを取り戻した様子の男は、違う衣装に着替えるために更衣室へ向かった。


「すみませんチーフ、電車止まっちゃって、ってあれ?」


ウェディングドレス姿の新婦はマドモアゼル莉里子と目が合うと、ニコリと笑顔で会釈した。


しばらくして男が白いタキシードを身に纏い戻ってきた。


男を見つめてマドモアゼル莉里子は何度か頷き、門谷に耳打ちをする。


「やっぱり大柄が好きなんですね」


門谷はそれには返事をせずに、今度はお姫様抱っこされる新婦にフォーカスを当てて、シャッターを切った。

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