表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第1章 光輝ヲ往ク

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/14

第6話 試練の条件 後編

 ベル歴995年、火の月33日、昼過ぎ。


 バーディア王家所有の魔導リムジンは、王都フェザーレを北上し、ガルズ湖畔に位置する独立国家、トゥインクディーヌ市国へと到着した。


「腹が減っては戦ができぬ、とはよく言ったものだね」


 アーヴィン王の計らいで、一行は市国の小高い丘の上にあるレストランのVIP専用個室で、軽く昼食をとることになった。


 テーブルに並んだのは、香ばしく焼かれた川魚のムニエルと、聖域の豊かな土壌で育った根菜のポタージュだ。


「美味しいですね。この魚、身が引き締まっていて」

「ええ。大聖堂の近くにある水門で浄化された、清流で育ったものですわ」


 レオが舌鼓を打つと、隣の席のシルビアが嬉しそうに微笑む。


 高台にあるレストランの個室の窓の外には、海のように広大で、鏡のように静まり返ったガルズ湖が見える。


 千年前の『災厄』によって生まれたこの湖の水は深く穢れており、生物が棲むことはできない。 だが、そこから流れ出る河口には大規模な施設が見える。


「あれが『浄化の水門』ですか」


 レオが懐かしむような目を向けると、アーヴィンが頷いた。


「そうだね。ガルズ湖から流れ出る穢れた水を濾過し、大地へ清浄な水として送るための巨大な魔道具だ。……もっとも、これの仕組みについて、私が君に講釈を垂れる必要はないかな?」

「ええ、耳にタコができるほど聞かされましたから」


 レオは苦笑して肩をすくめる。


「基礎設計は私の先祖、初代ノーマン・クロース。そして、今のシステムを維持管理しているのは、私の父……オスヴァルトですから」

「そうだったね」

「はい。父はアイゼンの『魔道具開発局長』なんて肩書を持っていますが、根っからの現場主義でしたからね。八英雄の国々を一年ごとに順番に回り、八年かけて一周するサイクルでメンテナンスをしていました」


 レオは窓の外の水門を見つめ、父の背中を思い出すように語る。


「ご存じの通り、父は素材採取から製造まで全て一人で完結させる『戦う製作師メーカー』です。現地で必要な素材を自ら狩り、『ちゃちゃっと直して、早く母さんの飯が食いたい』なんて言って、猛スピードで作業を終わらせて帰ってくるのが常でした」

「ははは。いかにもオスヴァルト殿らしい」


 アーヴィンが可笑しそうに笑う。


「あの御仁の豪快かつ繊細な仕事ぶりと、愛妻家ぶりは相変わらずだね。滞在期間は、せいぜい一週間(八日)程度かな?」

「ええ、いつもならそうなんです。……ですが」


 レオはそこで言葉を切り、少し困ったような、しかし諦めたような苦笑いを浮かべた。


「今回は、さすがにそうもいきません」

「……ふむ。やはり、この『三年の空白』か」


 アーヴィンが察したように真顔になる。レオは深く頷いた。


「はい。アイゼンであんなこと……『虚飾』の目から逃れるための偽装死があったせいで、父は三年間、どこの国へも整備に行けていませんでしたから」


 レオの脳裏に、アハートでの隠遁生活中に「手が鈍る」「あそこのパッキンはそろそろ寿命のはずだ」と、工房でブツブツ言っていた父の姿が浮かぶ。


「各国に常駐する弟子たちによる日常管理はあるとはいえ、『匠聖』の手が入らない期間が三年も続いたんです。溜まりに溜まったガタを治すため、今回のメンテナンスはさすがに長期間になるでしょうね。父も『久々に骨が折れるぜ』なんて言いながら、張り切ってましたよ」

「なるほど。それは頼もしい限りだ。各国の王たちも、匠聖の帰還を待ちわびているだろう」


 アーヴィンが納得して頷く横で、シルビアが感嘆のため息をついた。


「オスヴァルト様の手による整備は完璧ですわ。わたくし、以前この国の水門が整備された直後に予習として祈りを捧げたことがありますが、マナの通りが驚くほどスムーズなのです」

「へえ、そうなんですか」

「ええ。まるで水門そのものが呼吸をしているかのように。……10年に一度、わたくしたち聖女がマナを充填して回るのですが、オスヴァルト様の『八年周期』の整備と重なることは滅多にありません。本来なら、すれ違いでお会いできないところですが……」


 シルビアはそこで言葉を切り、不思議な巡り合わせに微笑んだ。


「今回はオスヴァルト様が長期滞在されるとなれば、もしかしたら旅先でお会いできるかもしれませんね」

「ははっ。たしかに」

「……そしてレオさん」

「はい?」

「貴方はこれから八大聖霊の試練を受けるために各国を回るのですよね?」

「ええ、そのつもりですが」

「奇遇ですわね。わたくしも初めて、聖女の務めとして、八英雄の国の水門を回らなければなりません。……行き先が同じなら、ご一緒してもよろしいのではありませんこと?」


 レオは呆気に取られ、そして苦笑した。


 父オスヴァルトが三年分の遅れを取り戻すために奔走し、目的は違うが、レオがその足跡を辿り、そしてシルビアが命を吹き込む。


 これ以上ないほど正当な、聖女としての公務。それを持ち出されては、断る理由などどこにもない。


「……参りましたね。聖女様の護衛任務まで兼任することになるとは」

「ふふっ。頼りにしていますわ、相棒さん?」


 和やかな食事の時間は、これからの旅の結束を固める重要な契機となった。


 店を出た一行は、そのまま市国内にある『八英雄の国連合防衛組織エナド聖域管理局・トゥインクディーヌ支部』へと足を向けた。


 聖域への立ち入りには、管理組織の正式な許可が必要だからだ。


 もっとも、その手続きは拍子抜けするほど一瞬で終わった。


「許可は既に下りている。通してくれ」


 窓口に立ったアーヴィンがそう告げると、支部の局長が慌てて飛び出し、最敬礼で一行を送り出したからだ。


「早かったですね」


 レオが呆気に取られていると、アーヴィンは悪戯っぽく片目を閉じた。


「私がいるからね。それに――」


 アーヴィンは声を潜め、レオにだけ聞こえるように囁く。


「エナドの幹部は、我々八英雄の国の王が務めている。そして『レオ・クロース=英雄ショウ』であるという事実は、トップシークレットとして王たちの間で共有されているんだよ」

「……なるほど。話が早いわけだ」


 エナドにおけるレオの扱いは、単なる貴族の子息ではない。かつての英雄として、最高レベルの機密対象として認識されているのだ。もっとも、その真実を知る者は、最終決定権を持つ各国の王たちに限られるが。


「さて、手続きも済んだ。行こうか」


 アーヴィンに促され、四人は改めて目的の場所へと足を向ける。







 車窓から見上げるのは、白亜の巨塔。トゥインクディーヌ大聖堂である。


 天を突く尖塔と、壁面を埋め尽くす精緻な彫刻。陽光を反射して輝くその姿は、まさに地上にある聖霊の国を思わせる荘厳さだった。


「これが、大聖堂の〝外観〟か……」


 車を降りたレオは、圧倒的な威容を見上げ、感嘆の息を漏らした。


「おや?レオ君は以前、シルビアを迎えにここへ来たことがあるのではなかったかな?」


 アーヴィンが不思議そうに尋ねる。確かにレオはアイゼンの動乱の際、シルビアと接触している。だが、レオはバツが悪そうに頬を掻いた。


「ええ、まあ……。ですがあの時は、【ベルコネクト】を使って箱庭から直接、大聖堂の内部へと転移しましたので」


 レオの脳裏に浮かぶのは、あの時の光景だ。空間を繋げた先は、大聖堂の最奥、祭壇の前だった。シルビアを急ぎ連れ出すことだけに意識が向いており、周囲の装飾や建物の構造など、ろくに見ている余裕はなかったのだ。


「挨拶もそこそこに、祭壇の前からシルビアさんを『拉致』したようなものでしたからね。外からこうしてまじまじと見るのは、これが初めてなんです」

「あら、レオさん。ご存じなくて?」


 大聖堂を見上げていたシルビアが、ふとレオの方を向き、困ったような、それでいて少し楽しむような微笑を浮かべた。


「トゥインクディーヌ大聖堂は、認められた者以外の『男子禁制』ですのよ」

「えっ、そうだったんですか?」


 レオが素っ頓狂な声を上げると、アーヴィンが深く頷いてため息をついた。


「そうとも。大聖堂の奥は、本来なら厳格な男子禁制。……幸い、君が侵入した祭壇は、聖女様とクラルテ殿、そしてゲレオール様の加護を賜った〝王〟……つまり私だが、その三名以外の入室の許可はされていない。おかげで姿は誰にも見られていないようだが、聖女が忽然と姿を消したこと自体が、大聖堂側にとっては大変なパニックだったからね」

「……返す言葉もございません」


 男子禁制の聖域への侵入、そして聖女の誘拐まがいの連れ出し。それがどれほどの不祥事だったかを現地で再認識し、レオは改めて恐縮した。


「さて、反省しているところ悪いが、そろそろ行こうか。あまり表に長居をしては、騒ぎになりかねないからね」


 アーヴィンが苦笑しながら促す。一行は、開け放たれた巨大な正門を堂々とくぐり、大聖堂の中へと足を踏み入れた。


 一歩中へ入ると、そこは外界の喧騒が嘘のように遮断された、静寂の空間だった。


 高く切り取られたアーチ状の窓からは、ステンドグラスを通した極彩色の光が降り注ぎ、磨き上げられた石床に鮮やかなモザイク模様を描き出している。


 コツ、コツ、と靴の音が硬質な床に反響し、吸い込まれていく。


 張り詰めた空気。肌を刺すような清浄なマナの気配。


 ここが、大陸全土にその名を轟かす聖霊信仰の総本山――。


 回廊に並ぶ聖霊たちの彫像に見下ろされながら、レオは知らず背筋を伸ばし、その圧倒的な荘厳さに息を呑んでいた。


 もしあの時、この静寂を破って侵入者として見つかっていたらどうなっていたか。想像するだけで背筋が寒くなる。


 長い回廊を抜け、大聖堂の裏手に出ると、そこから先は車両の通行が不可能な巡礼路となる。


 四人は改めて装備を確認し、聖域への一歩を踏み出した。


 大聖堂の裏手から続く道は、綺麗に舗装された巡礼路だったが、レオたちはそこを常人離れした速度で駆け抜けていた。へその下にあるチャクラ器官からエネルギーを練り上げ、脚力へと変換する。風を切る音が耳元で鳴り続ける。


 レオとノイアーはもちろん、1級ハンターの実力を持つシルビアも、涼しい顔で追随していた。クララによるスパルタ教育の賜物か、聖女らしからぬその健脚ぶりに、アーヴィン王も感心したように頷きつつ、遅れることなく並走する。


「レオ様。この先にある光の聖域について、補足説明をさせていただきます」


 走る速度を緩めず、ノイアーが告げた。


「目的地の名は『ゲレオールケープ』。ガルズ湖に突き出した巨大な岬でございます」

「岬か。洞窟だったオスクネス様とは対照的だな」

「左様でございます。元は遮るもののない開放的な地形ゆえに、光の大聖霊様の力が最も強く降り注ぐ場所。そこには、常に強烈な陽光と、水面からの反射光が満ちております」

「元は?」

「現在は五重輪オクト・クインタがございますので」

「そうか」

「とはいえ、岬に降り注ぐ光は変わらず、でございます」

「なるほど。五重輪オクト・クインタはあれど、光は遮らずってことか」

「さようでございます」


 数十分ほど駆け続けただろうか。視界が開け、強烈な潮の香りと共に、湖面からの風が吹き抜けた。


 目の前に現れたのは、巨大な建造物。八芒星を象った外壁が、岬の先端を囲むようにそびえ立っている。


 聖霊王ベル・ラシルが設計した絶対防衛機構、『五重輪オクト・クインタ』。


 アイゼン王国で見た「闇の砦」と同じ構造だが、こちらは白く輝く石材で造られており、受ける印象は全く異なる。


「到着したね。……さて、レオ君」

「ええ、少々お待ちを」


 レオたちは、第一の門の前で足を止めた。通常の門とは異なる、圧倒的なマナの威圧感。だが、今回の目的は第一門のからの入場ではない。


 レオは懐から【ベルコネクト】を取り出した。


「それが、【ベルコネクト】」

「ええ。機会があれば、今度「箱庭」にお連れいたしますよ」

「それは楽しみだね。ぜひお願いするよ。だが、それよりも今は」

「そうでしたね」


 第一門の巨大な扉の脇。一見するとただの壁にしか見えない石積みの前へ進み出る。


「試練の回廊、に入るには『第零門』を使います」

「第零門?」


 アーヴィンが怪訝な顔をする横で、ノイアーが静かに説明を加える。


「先日、闇の大聖霊オスクネス様を通じて伺ってまいりました。この五重輪オクト・クインタには、【ベルコネクト】の所持者のみが使用できる、試練への専用口が存在すると」

「なるほどね」


 アーヴィンが納得するように頷くのを確認すると、レオが口を開く。


「なあ、ノワル」

「なんでしょう?レオ様」

「これさ――」


 レオが【ベルコネクト】を掲げて続ける。


「絶対にベル様は、俺がこの試練を受けることを想定していたよな?」

「はて……ワタクシにはベル様の真意までは測りかねますが、おそらくは、といったところでしょうか」

「いや、絶対だね。ベル様に会ったら問い質してやる」

「ほどほどで、お願いいたしますよ?」

「さあ、それはどうかな?……じゃ、始めるぞ」

「ええ、お願いいたします」


 レオは鍵をかざす。鍵にマナを込めると、虹色の光が溢れ出した。空間が歪み、石壁の表面に、淡く発光する鍵穴が浮かび上がる。


「ここか」


 レオが【ベルコネクト】を差し込み、回す。カチリ、と硬質な音が響き、抜くと同時に、石壁の一部が音もなくスライドし、大人一人が通れるほどの入り口がぽっかりと口を開けた。その奥からは、清浄で、しかし肌を焼くような濃密な光のマナが漏れ出していた。


 一同は目を丸くして状況を見ていた。レオが振り返り、メンバーを見遣る。


「ここ、光の五重輪オクト・クインタの試練の回廊の名は「ルクス・コリドー」だそうです。さあ、行きましょう。試練の始まりです」


 レオの言葉に、アーヴィンとシルビアが緊張の面持ちで頷く。四人は光溢れるその入り口へと、足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ