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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第1章 光輝ヲ往ク

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閑話 聖母『クラリベル』

 ベル歴995年、火の月39日。トゥインクディーヌ市国内、トゥインクディーヌ大聖堂・中枢会議室『白翼の間』。


 この部屋は、一般公開エリアと、聖女や大司教が住まう聖域エリアの境界に位置する。


 聖霊王ベル・ラシルの教えとともに、癒しの聖霊アウローラの教えにも仕えるこの聖堂において、運営を担う高位聖職者はすべて女性で構成されており、この先は厳格な「男子禁制」の領域である。


 清浄であるはずのこの部屋に、今日はヒステリックな非難の声が響き渡っていた。


「――なりません、シルビア様!断じて認められませんわ!」


 豪奢な法衣を纏った年配の女性司教が、マホガニーの円卓を叩いて立ち上がる。彼女の周囲には、同様に眉間に深い皺を寄せた高位のシスターたちが座しており、その視線は部屋の中央で凛と佇む聖女シルビア・スワンに注がれていた。


「歴代の聖女が行う『水門巡礼』は、国家の安寧を祈る最重要儀式!それを、……どこの馬の骨とも知れぬ他国の殿方と共に回るなど!聖女の純潔と威信に関わります!」

「馬の骨ではありません。アイゼン王国のクロース侯爵家、レオ・クロース様です」


 シルビアは表情一つ変えず、静かな声で訂正する。だが、その碧眼の奥には、1級ハンター「シルフィー」としての鋭い光が宿っていた。


「クロース家の名は存じております。ですが!彼は公式には一度死んだとされていた人物。そのような訳ありの殿方に、聖女様の護衛を任せるなど……。我ら聖教府の面子が立ちません!」


 別のシスターが追従し、呆れ顔で続ける。


「そもそも、聖騎士団長のアレン殿からも申し入れがあったはずです。『聖騎士団より選りすぐりの精鋭50名を護衛につけ、盛大かつ厳かに行列を組んで行うべきだ』と!なぜそれを拒否なさるのですか!?」

「50名の大行列など、魔獣や悪党に『ここに聖女がいる』と宣伝して歩くようなものです」


 シルビアは毅然と言い返し、続ける。


「アレン団長のお気持ちは感謝しますが、実利を考えれば、マナビークルを利用するとはいえ、機動力が低下するだけです。……それに、レオ様の実力は聖騎士団の精鋭にも引けを取りません。彼一人で、小隊……いえ、中隊以上の戦力になりますわ」

「なんと!そのようなことをおっしゃって……!よもや聖女様、アイゼンの男に骨抜きにされたのではございませんよね!?」

「不敬ですよ」

「も、申し訳ございません!ですが!だとしても!年頃の男女が一つ屋根の下で旅をするなど!不貞ですわ!あのような魔道具かぶれの野蛮な国の男に、聖女様が誑かされでもしたらどうなさるおつもり!?」


 議論が下世話な勘繰りに摩り替わり、さらにレオの故郷を侮辱された瞬間、シルビアの柳眉が跳ね上がった。


「貴女、よもや、八英雄の国の一つであるアイゼン王国を貶めるような発言を――」


 聖女としての仮面が剥がれかけ、彼女が拳を握りしめた、その時だった。


『――おやおや。少し騒々しいのではありませんこと?』


 鈴を転がすような、慈愛に満ちた穏やかな声が、会議室の熱気を優しく撫でた。


 聖域へと続く奥の扉が、触れる者もいないのにゆっくりと開かれる。そこから現れたのは、純白の聖衣に身を包み、顔全体を純白のレースのベールで覆い隠した人物。その背後からは、視認できるほどの濃密な「光のマナ」が後光のように溢れ出している。


「「「だ、大司教猊下……ッ!?」」」


 女性司教たちが一斉に椅子を蹴って立ち上がり、その場に平伏した。


 通称「聖母クラリベル」


 ベル聖教府の頂点にして、正体不明の最高指導者。クラリベル大司教。その正体が、光の聖猫クラルテ(ヒト化名:クララ)であることを知る者は、この部屋にはシルビアしかいない。


 大司教クラリベルは、絨毯の上を音もなく歩み、円卓の上座へと腰を下ろした。


『皆様。ここは祈りの場でございますよ? 市井の喧嘩ごとき金切り声を上げるなど……聖霊様が悲しまれますわ』


 仮面の奥から響く声は、どこまでも優雅で、聞く者の心を溶かすような響きを持っている。


「も、申し訳ございません猊下!しかし、これは聖女様の純潔と安全を思えばこそ……」

『安全、ですか』


 クラリベルは小首を傾げた。


『皆様の懸念もごもっともですわ。ですが……わたくしが見た「啓示」を疑うと仰るのですか?』

「け、啓示……でございますか?」


 司教たちが顔を見合わせる。クララは内心で、チョロいな、と舌を出しつつ、聖母のような声色で続けた。


『ええ。光の大聖霊ゲレオール様は告げられましたの。……〝異なる光を持つ導き手と共に往け〟と』

「異なる光……?」

『すなわち、アイゼンの若き賢人、レオ・クロース様のことですわ。彼は古き盟約の記憶を継ぎ……「星辰の導き」をその身に宿す特異点。彼と共に歩むことこそが、今回の大いなる巡礼の「正しき道」であると、大聖霊様は仰せなのです』


 クララは断言した。嘘ではない。レオについていけば、最短最速で安全に水門を回れることは事実だ。時空属性などの機密には触れず、宗教的な権威づけで煙に巻く。


『それに、50名の行列ですって?うふふ、皆様も心配性ですこと。……それではかえって、シルビアの足手まといを増やすだけではありませんか?』

「あ、足手まとい……!?」


 聖騎士たちを足手まとい呼ばわりする言葉だが、そのあまりに上品な物言いに、毒が含まれていることすら気づかせない。


『シルビアは、かの「クララ」によって鍛え上げられた、歴代で最もお強い「聖なる拳」を持つ者。生半可な護衛などより余程お強いのです。……彼女に必要なのは守り手ではありませんわ。背中を預けられる「戦友」ですのよ』


 クラリベルがシルビアを見据える。その仮面の奥にある金色の瞳が、悪戯っぽく笑ったように見えた。


『アレン団長も、レオ・クロース様の実力は認めておいででしたよ?先日お会いした際、「あの御仁の武威は、只者ではない」と、一目置いておられましたわ』


 クラリベルは、不在のアレンの名を出し、決定的な一押しを加えた。


『決まりですわね』


 クラリベルが厳かに、しかし優しく告げた。


『聖女シルビアの巡礼は、レオ・クロース一行との同行を以て行うものといたします。これは聖教府の決定であり、聖霊の意志……。異論は認めませんわよ?』


 その言葉は、慈愛に満ちていながらも、絶対的な強制力を持って響き渡った。


「「「は、ははーーっ!!」」」


 司教たちが一斉に平伏する。 その様子を見渡し、クラリベルは退室しようとして――ふと、足を止めた。


『ああ、そうそう』


 クラリベルが振り返り、先ほど「魔道具かぶれの野蛮な国」と発言したシスターへ視線を向ける。


『偏見というものは、心の濁りを生みますわ。……隣人を愛せぬ者に、光の加護は届きませんことよ?』

「ひっ……!?」


 ベールの奥から放たれた絶対零度のプレッシャーに、シスターが悲鳴を上げて震え上がった。


『精々、お祈りなさいませ』


 意味深な言葉を残し、クラリベルは優雅に部屋を後にした。







 ――数分後。 大司教の執務室。


 重厚な扉が閉められ、人払いが済んだ瞬間、クララは純白のベールを乱暴に剥ぎ取り、ソファへダイブした。


「あーっ、肩凝った!ったく、あの婆さん連中は頭が固くていけねえ」

「ふふっ。お疲れ様でした、クラルテ様。……助かりましたわ」


 シルビアが淹れたての紅茶を差し出す。クララは、猫のように喉を鳴らしてそれを受け取った。先ほどまでの聖母のような振る舞いは霧散し、本来の男勝りな性格に戻っている。


「礼には及ばねえよ。……オレとしても、お前には外の世界を見てきてほしいからな。この籠の中じゃ、お前の『牙』も鈍っちまう。レオの覚醒は、またとない絶好の機会だからな」


 クララは紅茶を一口飲むと、ふと思い出したように眉をひそめ、極悪な笑みを浮かべた。


「あ、そうそう。……さっき会議室で、アイゼンを貶めるような発言をしたシスターいたよな?」

「ええ、いましたね。『魔道具かぶれの野蛮な国』と……」


 シルビアの声も冷ややかだ。


「あのババア、明日付けで解雇しとくわ。破門状叩きつけて、二度と聖職に就けねえようにしてやる」


 クララがボキボキと指を鳴らす。あそこはかつての主ショウの友・ローレンツが創った国であり、何より現在の主であるレオの故郷だ。そこを「野蛮」と侮辱する輩を、自分の庭に置いておく道理はない。


「聖罰、というやつですね」

「おうよ。聖なる場所で口汚ねえ偏見撒き散らす奴なんざ、こっちから願い下げだ」


 クララの断罪に、シルビアは涼しい顔で頷いた。


「ええ。当然の報いですわ。レオ様を愚弄する者に、ベル様への祈りを捧げる資格などございませんもの」

「そうだな。さて、掃除の話はこれまでだ。……次は『風』の国だな。あそこのエルフどもは、ここの司教たち以上に頑固で排他的だぞ?……せいぜい、レオの奴と協力して、風穴を開けてきな」

「はい。……行ってまいります」


 シルビアは力強く頷いた。その瞳には、もはや迷いはない。聖女としての使命と、一人の少女としての冒険心が、翼を広げていた。

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