第15話 輝きの心奥『ルクス・コル』 後編
頭上で膨張しきった極大の光球が、重力に従って落下を始める。聖域全体を飲み込む浄化の光。
着弾すれば、レオたちを含めたこの場の全生命反応が消滅する。
逃げ場はない。防ぐ術もない。ならば、撃たれる前に砕くしかない。
「陛下、シルビアさん」
レオが短く名を呼ぶより早く、二つの影が動いていた。
言葉による打ち合わせなど不要。死中に活を見出す、戦士たちの本能と信頼。
「道を開くよ」
アーヴィン・バーディアが前に出る。王は砕けかけた剣を天に掲げ、残る全マナを刀身に収束させる。
防御ではない。干渉だ。
王が放ったのは、光のマナによる「回折」の強制。落下する光球に対し、同じ波長の光をぶつけることで干渉し、そのエネルギー密度を一点だけ極限まで薄める。
光の奔流に穴が穿たれる。そこへ、白き弾丸が突っ込む。
シルビアだ。
彼女は最早、防御を捨てていた。折れた骨が治る速度よりも速く、筋肉が断裂する負荷をも無視して加速する。
聖女の鉄拳が、光の壁を食い破る。
インパクト。
アーヴィンが薄めたその一点に、シルビアの物理攻撃が突き刺さる。光球の表面に亀裂が走り、内部のエネルギーバランスが崩壊を始める。
だが、敵もさるもの。制御を失った光球を抱えたまま、模倣体は暴走状態へと移行した。全身のプリズムを一斉に発光させ、無差別のレーザーを乱射し始める。
道連れの自爆か、あるいは断末魔の暴れ狂いか。近づく者すべてを消滅させる、光の嵐。
シルビアが弾き飛ばされ、アーヴィンが膝をつく。レオでさえ、チャクラで強化した身体能力をもってしても、回避しきれずに服が焦げる。
このままでは、暴走したエネルギーに巻き込まれて全滅する。動きを止めなければ、トドメの一撃を叩き込めない。
その、絶体絶命の混沌の中。
黒紫の戦闘服に身を包んだ従者が、静かに一歩踏み出した。
彼は武器を構えていない。ただ恭しく一礼し、暴れ狂う光の化身に向かって静かに宣告した。
「お目汚しが過ぎますね」
ノイアーの足元から、底なしの〝黒〟が広がる。
彼が静かに、しかし世界への干渉を強制する絶対的な起動キーを告げる。
「固有魔法――」
空間の明度が反転した。
一瞬の静寂。世界がその言葉を聞き届けるかのように、時が止まった錯覚を覚える。
「……≪影の葬列≫」
模倣体の足元に落ちていた影が、粘着質を持った泥沼――いや、巨大な「捕食者の口」へと変貌した。
無数の黒い腕が噴出し、光の巨体に絡みつく。
抵抗など許さない。影は模倣体の脚部を掴むと、問答無用で深淵へと引きずり込んだ。
硝子が砕けるような絶叫にも似た音が響く。 第十位階相当のエネルギー体であろうと、この「理」からは逃れられない。
ノイアーが右手を握り込む。 ズズズ、と模倣体の下半身が影の中へ飲み込まれ、圧縮され、物理的に圧壊していく。光が闇に食われる。暴走しかけていた光球が霧散し、乱射されていたレーザーが止まる。
彼は涼しい顔で影を制御し、暴れる巨躯を完全に固定してみせた。
模倣体の上半身が拘束され、その胸部の核が完全に無防備に晒された。そこへ、銀色の閃光が走る。
「ありがとう、ノワル」
レオが短く、しかし確かな信頼を込めて呟く。
彼はチャクラを脚部に集中させ、爆発的な加速で水面を駆ける。
ノイアーが敵を完全に「処理(固定)」し終えた、完璧なタイミング。
仲間たちが命を削って作った、最初で最後の一瞬。
レオは走りながら術式を展開し、体内のマナ循環を切り替える。
脳内で、虹色に輝く時空属性のマナ配列を分解し、再構築する。 それは時空属性だけが持つ、マナの波長そのものを書き換えて他属性を模倣する特異な魔法体系。
第五位階時空属性魔法≪アトリオス≫。
変換先は、最も貫通力と速度に特化した雷。
銀色の剣身に、青白い稲妻が爆ぜる。 レオの意志に応え、変換された雷のマナが剣先に収束する。
狙うは一点。模倣のラエタスの核のみ。
銀閃一撃。
雷を纏ったレオの剣が、抵抗力を失ったプリズムの装甲を貫き、その奥にある核を正確に穿った。
鼓膜を劈くような高周波の共鳴音。
模倣体の動きがピタリと止まり、次の瞬間、全身のプリズムが一斉に砕け散った。
光の粒子となって霧散していく回廊の脅威。
あとに残ったのは、静寂を取り戻した空間と、激しい戦闘で波立つ水面だけ。
レオは剣を一振りして残心を解き、鞘に納めた。
カチン、と鍔鳴りの音が涼やかに響く。
振り返れば、アーヴィン王もノイアーも、そして水濡れ髪を払って立ち上がったシルビアも、立っているのがやっとの状態だった。
レオが振り返り、ゴーグルの位置を直して爽やかに微笑む。
「お疲れ様でした」
「お見事です、レオ様」
ノイアーもまた、固有魔法を行使した後だというのに、呼吸一つ乱さず、涼しい顔で主の元へ歩み寄る。
「ナイスアシストだったよ、ノワル。タイミング、完璧だった」
「滅相もございません。私はただ、露払いをしたまでに過ぎませんので」
ノイアーが謙遜する。そこへ、アーヴィンとシルビアも集まってきた。
「いやあ、危機一髪ってやつだったね」
アーヴィンが剣を納めながら、悪戯っ子のように笑う。その白銀の鎧は多少煤けてはいるが、王としての威厳と余裕は微塵も揺らいでいない。
「まったくです。ですが、あのような硬い相手……ぞ、存分に殴れてスッキリしましたわ」
シルビアもまた、再生した拳をさすりながら、晴れやかな笑顔を見せる。
「あれ、マジですごかったですよ、シルビアさん。聖女とはいったい?という思いで見てました」
「お、お恥ずかしい限りですわ」
シルビアが頬を染めて俯く。
「ははっ、私も驚いたね。普段のシルビアの清廉さを知っている分ね」
四人は顔を見合わせ、互いの健闘を称え合うように笑った。
「それよりも、ほら」
アーヴィンが指をさした先、そこには――。
模倣体が消滅したあとの水面に、白く輝く宝玉が浮いていた。
【光の聖宝球】
レオが近づき、それを拾い上げる。
掌に伝わる確かな熱。これが、試練を越えた証。
ふと、空間の光量が変化した。
戦闘の余韻が残る聖域の奥から、眩いばかりの光の粒子が集束し、一つの形を成していく。
「ヘイヘイ!やるじゃん。まさかあの人形を壊すとはね。ゲレオール様とオレ様の最高傑作だったんだけどなぁ」
軽薄な、しかしどこか懐かしさを感じさせる声。
光の中から現れたのは、先ほどの模倣体と同じ姿――いや、遥かに神々しい輝きを放つ、巨大な猿だった。




