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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第1章 光輝ヲ往ク

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第13話 光放射路を進む

 展開されていた【クロノ・ヴィラ】を片付けると、レオが懐中時計をしまいながら静かに息を吐いた。


「さて、いきましょうか」

「【クロノ・ヴィラ】でしたっけ? このおかげで、疲労感は大分少ないですわ」


 シルビアが軽く屈伸をし、体の軽さを確かめるように微笑む。聖女の法衣ではなく、機能的なハンター装備に身を包んだ彼女の瞳には、鋭い闘志が戻っていた。


「たしかにな。こういった魔道具は憧れるが、なにせ使われている魔法体系が〝時空属性〟となると、なんとも云えないね」


 アーヴィン王もまた、白銀の篭手を鳴らして苦笑する。ただでさえ極秘である聖霊王の権能たる時空属性。ましてや個人の携帯住居に組み込むなど、常識では考えられない所業だ。


 だが、レオは称賛を浴びても「便利でしょう?」とでも言うように淡々としている。


「レオ君は自慢したりしないんだね」

「え?自慢ですか?なんでですか?」


 レオは心底不思議そうにきょとんとした。彼にとって、これは旅を快適にするための道具であり、機能して当たり前のものだ。そこに誇示するような虚飾はない。


「いや、なんでもないよ」

「そうですか?」


 レオが首を傾げたあと、前を向く。


 その背中を見つめ、アーヴィンはレオに聞こえない声で「これが、本物ということか」と呟いた。


 かつて世界を救った英雄ショウ。その魂の記憶を継ぐ者は、力に溺れることも、技術をひけらかすこともない。ただ必要なことを、淡々と成すだけだった。


 目の前には、第4層への扉が鎮座している。レオは無言で扉に手をかけ、一気に押し開いた。


 瞬間、視界を白く染め上げるほどの閃光が溢れ出した。


 全員が反射的に腕で顔を覆う。ゴーグルの遮光機能が最大レベルで作動し、辛うじて視界を確保する。


 そこに広がっていたのは、緩やかに右へ――時計回りに湾曲していく、純白の回廊だった。


 先は見通せない。だが、レオの聴覚が捉えたのは、空間を震わせるような高周波の駆動音。


 壁、天井、床の全面に埋め込まれた無数のクリスタルが、侵入者を感知し、赤熱し始めている。


 数千の砲門による、全方位包囲射撃。


「――迎え撃ちましょう」


 レオの声は、冷徹なほどに落ち着いていた。


「逃げれば背中を焼かれるだけだね。……正面から、潰そう」


 その判断に応えるように、アーヴィン王が一歩前に出た。


 直後、数千のレーザーが一斉に解放される。逃げ場のない光の豪雨。だが、王は一歩も退かない。


 彼が指揮者のように指先を振るうと、一行の周囲に幾何学的な光の多面体が出現した。


 第五位階光属性防御魔法≪ プリズム・ウォール ≫。


 着弾したレーザーは、透明な壁に弾かれるのではない。壁の内部で屈折し、収束され、そして――倍化された出力で、発射源である壁面の砲台へと跳ね返された。


 光が光を穿つ。


 轟音と共に壁面のクリスタルが次々と破砕され、光の雨が止む。


「売られた喧嘩だからね。買わない手はないだろう?」


 アーヴィンが涼しい顔で微笑む。防御ではない。これは、敵の力を利用した広範囲殲滅攻撃……所謂カウンターだ。


 その爆炎を切り裂いて、前方から新たな敵影が迫る。


 空間が歪み、現れたのは三体の巨人。第1層で見た「プリズム・ガーディアン」よりも二回りは巨大な、重装甲の上位種だ。


 透明な大剣を振りかぶり、物理攻撃を透過させる特性を持つ厄介な守護者。


 それを見てシルビアが踏み込む。癒やしのマナで極限まで強化された脚力が、石床を踏み砕いて加速する。


 透明化による物理無効?関係ない。彼女の拳には、「マナ振動」が乗せられている。透過しようとする敵のマナ配列そのものを、拳の振動で強制的に共振させ、実体へと引きずり下ろす技術。


 一閃。


 シルビアの右拳が、先頭の巨人の腹部に深々とめり込んだ。


 ごう、と風穴が開く。巨人は悲鳴を上げる間もなく、硝子細工のように粉砕された。


 残る二体が左右からシルビアを挟撃しようとする。だが、その足元から漆黒の棘が突き出した。


「お膳立ては済ませております」


 ノイアーだ。


 彼が放った闇魔法≪ シャドウ・バインド ≫が、影から実体化した鎖となって巨人の動きを完全に封じていた。


 動きを止められた的など、レオにとっては止まっているも同然だ。


 銀閃が走る。


 レオは時空属性のマナを足場にし、空中で鋭角に軌道を変えながら、二体の巨人の首を同時に斬り飛ばした。


 着地と同時に、巨人の残骸が光の粒子となって霧散するのを確認すると、レオは小さく息を吐く。


「硬いですね。刃こぼれしそうだ」


 愛剣を一振りしてマナの残滓を払い、油断なく前方を見据えた。


 通路の奥からは、さらなる増援の気配。壁面の砲台も自己修復を始めている。


 終わりの見えない消耗戦。だが、今の彼らに焦りはない。


「数は多いですが、所詮はプログラムされた防衛機構のような感じですね。……理屈が分かれば、ただの作業です」


 レオがゴーグルの倍率を上げ、空間のマナ供給ラインを視覚化する。


「ノワル、灯を落としてくれ。陛下は反射角の調整を。シルビアさんは突撃の準備を」


 的確な指示が飛ぶ。


「御意」

「任せたまえ」

「はい!」


 三人が即座に応える。


 ノイアーが放つ闇の霧が、空間の輝度を強制的に下げ、砲台の照準精度を狂わせる。


 アーヴィンが展開するプリズムの盾が、あえて敵の射線上に割り込み、レーザーを敵の増援部隊へと誘導・誤射させる。


 混乱した敵陣へ、シルビアとレオが弾丸のように突き刺さる。


 彼らは、この殺意の回廊を、圧倒的な「暴力」と「技術」で蹂躙しながら進撃していた。


 破壊音がリズムを刻む。壁が砕け、巨人が舞い、光と闇が交錯する。


 それは戦闘というよりも、熟練の職人たちが障害物を撤去していく解体作業に近かった。


 三時間ほどが経過。


 どれほど敵を破壊しただろうか。永遠にも思える殲滅戦の果て、不意に敵の供給が止まった。


 静寂。


 通路の突き当たり。そこに鎮座するのは、これまでとは比較にならないほど巨大で、神々しい意匠が施された両開きの扉。


 ここが4層目ならば、目の前の扉は最奥への入り口だ。


 レオは足元に転がる巨人の頭部を軽く蹴って退かすと、乱れた呼吸一つせず、その扉の前に立った。


「……片付きましたね」


 振り返れば、通路は破壊の爪痕で埋め尽くされていたが、四人の体には傷一つない。


「良い運動になりましたわ」


 シルビアが涼しい顔で拳の埃を払う。


「ああ、そうだね。さて、次はなにかな?」


 アーヴィンも満足げに剣を納める。


 レオが扉に手をかけた。その表情にあるのは、恐怖ではなく、難解なパズルを解き明かした時のような、静かな達成感だけだった。


「準備はいいですか?」


 レオが重厚な扉を押し開ける。溢れ出すのは、神聖なる光の風。そこは、天井のない、無限の空が広がる円形の聖域だった。


 足元には浅く水を湛えた美しい水面が広がり、波紋が静かに広がっている。


 第4層までの無機質な迷宮とは異なる、神聖で、どこか懐かしさすら感じる空間。


 回廊最奥――『輝きの心奥〝ルクス・コル〟』。


「……綺麗な場所ですね。性格の悪さを隠すのが上手い」


 レオが皮肉っぽく呟き、水面の中央を見据える。光が収束するその場所に、ゆらりと「それ」が現れた。


 七色のプリズムで構成された、巨大なヒヒのようなシルエット。


 その姿を見た瞬間、レオの眉がピクリと動いた。


「おー。ラエタス様か?」


 英雄ショウの記憶にある、光輝く巨大なマントヒヒの姿。ゲレオールの眷属にして、光の大聖獣、ルクス・バンダルの「ラエタス」。


 だが、レオは即座にその思考を否定した。


 目の前の存在には、生物としての「生気」がない。あるのは、クリスタルと魔力で組み上げられた、精密かつ無機質な「模倣」の気配だ。


「なるほど。自分の眷属を模した人形をけしかけるとは……。さしずめ、悪趣味な『そっくりさん』といったところですか」


 レオが看破したことを察したのか。


 光の化身が、硝子のきしむような音を立てて、侵入者を見下ろし――ニヤリと、試すように嗤った。

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